第二話 応援依頼
西ヨーロッパ大陸。この大陸に建国歴一九〇〇に入る大国が存在する。
その大国の名はアーリアと言う。農業。漁業。製造業。建築業。運輸。商業――と。多くの産業に恵まれた王国だ。総人口一億六千万にもなるこの王国。さて、その王国の首都。
ロイヤルポスト(王立郵便局)『アーリントン支部』の、支部長室で眠る男がいる。
支部長室の奥に設置されたテーブルと椅子。その椅子に腰を掛けて眠る人物こそ、アーリントン支部長のダグラス・グリントその人だ。狼のような印象を持たせる強面の顔と大きな肉体。
その男はまさに、小さな休息と言わんばかりに大きな寝息を立てている。
「――入ります。ダグラス様」
しかし、ノック音と女性の声。その両者がダグラスが眠りから覚める要因となった。
目を開け、大きな伸びをすると同時に入室するのは茶色の短髪に黒い眼鏡が特徴的な若い娘。
「ようローレッタちゃん。元気かい?」
起きてすぐ、秘書のローレッタ・レインズの姿を見たダグラスは手をヒラヒラさせて見せた。
しかし、彼のその様子を見た秘書は呆れたようにため息を漏らす。
「ダグラス様。また無理をなさいましたね? もう何日も帰られてないでしょう?」
秘書の指摘に、ダグラスは首を引っ込めた。説教が始まるようだ。
「……まあな」
「あなたが倒れたら、どうなさるおつもりですか。あなたの代わりはいませんから」
秘書は厳しくそう述べると、小脇に挟んでいた書類をダグラスに差し出した。
「本日届きました。クルティアより要請です」
秘書の声が少しだけ低いのを感じとり、ダグラスは書類を手に取る。
内容を確認し、ダグラスは怪訝そうな顔をした。
「クルティアには一人いただろ。そいつはどうした」
書類の内容は、ある事業に関する『要請』だったのだ。
内容はこのアーリントンから『ある力を持つ少女』を一人こちらに寄越せ、というもの。
「お忘れですか? 数日前に起きた暴行事件で今は昏睡状況です。だからこちらに要請が来ているんですよ。彼女の代わりはいないんです」
ローレッタが事情をそう付け加えた。ダグラスは額に手を添え、うねり声を上げた。
「……で、繋がりのある配達員は誰だ」
「アイリスです。彼女には話を通してあります。本人はすぐにでも行きたい様子でした」
聞き覚えのある少女の名と意志を耳にしたダグラスは、静かに笑った。
数日前に彼女は失敗をしている。取り返しの付かないミスを。それでも前に進むと誓った。次に行くとなれば、彼女は無理をするだろう。例え命の危険があろうと。
「……ダグラス様。その、そのまま行かせるのですか?」
答えを出そうとした時だ。秘書が暗い顔を見せたので、ダグラスは顔を上げた。
「心配か?」
「……はい。この国は手紙の国です。手紙を運ぶ少女達はアーリア人にとっては愛すべき存在でした。でも、その郵便配達の女の子達が暴行を受け、多くの子が倒れています。過去の常識ではありえない事態です。もう、一人で行動させるのはあまりに危険ではありませんか?」
ある常識とある概念。その二つを述べ、一つの現実をローレッタが告げる。
彼女の言葉に、ダグラスは大きな吐息をした。彼女が言おうとしているのは、安全面の事だ。
「少し前に上げていた、護衛の話だな?」
「はい。勿論、費用がかかるのは承知の上です。ですが、未来を担う若者の命を守らずして」
「何の未来があるか、か。母親と似たような事を言い出すようになったな」
そう言うと、ローレッタがムッとした顔をする。こんな時に冗談を言うな、と言いたげな顔。
その顔に向け、ダグラスは用意していた書類の一枚を差し出す。
「ローレッタちゃん。こいつを連れて来てもらえるか?」
秘書が書類の中身を一瞥し、一瞬驚いた顔をした。すぐに秘書が真っ直ぐな瞳を見せる。
「……このお方をお呼びになるのですね、ダグラス様」
「まあな。この手の話では、こいつが一番だ」
ダグラスは笑みを浮かべながらそう言い、座椅子に背中を預けた。
「こっちで準備をしておく。あの馬鹿を連れてきてくれ。俺が話をするから」