第6話 助けて勇者様!
「きゃあああ! 助けて勇者様ー!」
銀髪の少女パールは、”勇者様助けて”をひたすら連呼している。
街の大通りをパールと数匹のラプトルが駆けていくその様は、まさしくトムとジェリーだ。
彼女とラプトルのそのドタバタ劇に、近くの野次馬はただ見守るだけである。
誰一人して、彼女の助けての声に応えようとする者はいなかった。
各々数匹のヴェロキラプトルに恐れをなしてか、通りの隅にはけたり、建物内に引っ込んだりしていたのだ。
……このような状況なため、僕たち2人が、銀髪少女の言うその勇者様になるしかなかったのである。
すでにパールと数匹のラプトルは郊外を出て、だだっ広い平原の中を走っている。
僕たちはそんなパールと数匹のラプトルの後を追っていた。
だだっ広い緑の平原には代表的な草食恐竜であるトリケラトプス、ブラキオサウルスなどが群れを形成し、ゆったりと歩いている。
他にもステゴサウルス、アンキロサウルス、頭部があのつるピカ先生とまるっきり同じなパキケファロサウルスも居た。
これらの広大な平原に集いし多くの草食恐竜たち……。
いかにも巨大な肉食恐竜が登場しそうなシチュエーションではあるが、今のところそのような気配はない。
僕たちもそれらの草食恐竜たちの群れに交じりながら、パールと数匹のラプトルの後を走って追いかけているのだが……。
「おい、ジロ吉。そういえばさあ、何で俺達、こんなにも早く走れてるんだ?
何であのラプトルたちと同じ速度で走れちゃってるのさ?」
「さ、さあ……。なんでだろうね」
お父さんに買ってもらった子供辞典によると、ヴェロキラプトルの走行速度は40km。
ほぼ普通自動車と同じ速さだ。それに100メートル9秒58の世界記録を持つウサイン・ボルトとも同じくらいだ。
……そう何を隠そう、僕たち2人はラプトルの時速40kmのスピードに一切引き離されることなく、この足でなぜか追えてしまっているのだ。
体力測定の順位がいつも下から数えた方が早い僕が、ウサイン・ボルト並みに速いラプトルを追走できている。
風を薙ぎ払い、足元が雲のようなこの爽快な感覚。……これは本当にクセになりそうだ。生まれてはじめて、足の速い人の感覚がわかった気がする。
でもそれにしてもなぜ、普段鈍足で非力な僕がこんなにも軽快に走れているのだろうか。
ただでさえ短距離走や長距離走のタイムがクラスの中でぶっちぎりに遅い僕。
そんな僕が、自動車並みの速度を出せているばかりか、長いこと走っていても一切息切れしていない。
これは異常事態だ。天変地異だ。大富豪で革命が出た時と同じくらいの衝撃だ。
「は、走るのって、こんなにも楽しんだね!」
まるで某ウマ娘と同じようなセリフを吐いていると……隣の谷川が、遥か前方を走る銀髪少女パールを見るなり、次のことを言った。
「おい、ジロ吉! 大変だ! あの白髪のチビ、走るペースがどんどん落ちてるぞ!
このままじゃ、あのラプトルに追いつかれるぞ!」
銀髪の少女パールは白銀の霧のような物を纏いながら、迫りくるラプトルからずっと逃げ続けていた。
一種の補助魔法か何かはわからないが、とにかくその霧のような物が薄くなってきてから、明らかに走る速度が落ちている。
谷川の言う通り、このままではラプトルに食い物にされてしまうだろう。
僕たちが元の世界に帰るためには、数匹のラプトルの魔の手からあの娘を助け出さなければならない。
「きゃあああ! 走力、体力補助の魔法が尽きてきた! このままじゃ、わたしラプトルの胃の中だわ! きゃあああ!」
身の危険を感じ始めたのか、パールの言動にいよいよ余裕がなくなってきた。
その間もラプトルとパールとの距離は、どんどん詰められていく。
「ジロ吉! どうするよ!? あのチビ、もうすぐ食われちまうぞ!」
「そんなこと言われても、わからないよ僕。
……せめて何かであのラプトルの気を引けたら、状況を変えられるのに」
「……それだ。それだジロ吉! ラプトルの気を俺たちだけで引ければいいんだ!
このおにぎりを奴らの目の前に投げ入れてやればいいんだ!」
谷川は突然そのようなことを言うと、ズボンのポケットからゴソゴソと、ラップに包まれたおにぎりを二つほど取り出した。
「あいつらってよお、お腹を空かせてるから、あのチビを追いかけ回してるんだろ?
お腹を空かせてるんだったら、このおにぎりをあいつらの目の前に投げ入れてやればいいんだよ!
何せ食堂経営の俺の母ちゃんがつくってくれたおにぎりだからな。
匂いにつられて、きっと食らいつくはずだ!」
まるで運動会のパン食い競争のようなことを言い出した谷川。
目の前にエサをちらつかせ、注意をそちらの方に向ける。
そしてそのエサに食らいついている隙に、追われている彼女を救い出そうといったところか。
……なるほど、谷川にしてはいい考え? なのかもしれない。
「ちなみにそのおにぎりの具は何なの、谷川?」
「聞いて驚くなよ、ジロ吉。何と牛肉が入ってるんだぜ! それもちょっとばかし高級なやつだ!」
「……まあ何でもいいや。とにかく早くやってくれ、谷川」
「おうよ! そーれ!」
谷川はそう言うと、すぐに手に持っていたおにぎりをソフトボール投げの要領で投げ入れた。
……それはそうと、確か谷川は鳩山で僕に対して、おにぎりも水筒も持って来ていないと言っていた。
にも関わらず、これみよがしに谷川のズボンのポケットから取り出された二つのおにぎり。
しかも中の具は牛肉で、それもちょっと高級な物だという。
……これはいったいどういうことなのだろうか。元の世界に帰ったら、後で谷川をとことん問い詰めることにしよう。
話は戻り、谷川によって放り投げられた二つのおにぎりは陸上のやり投げのように、しなるように飛んでいった。
確か谷川のソフトボール投げの記録は、ダントツの最下位だったはず。
短距離、長距離、シャトルランの記録はクラスの中でも上位二桁に入るほどの腕前だったが、唯一球技だけは苦手としていた。
谷川のソフトボール投げは、まるで女の子のような投げ方で、ろくに距離が伸びていなかった。
そうだったにも関わらず、谷川の放ったおにぎりは綺麗な放物線を描き、ストンとピンポイントで、ラプトルの目の前に落下させたのである。
「よし、かかったぜ!」
その状況を見て、釣りで大物がかかった時のような喜び方をした谷川。
砲丸投げで自己最高記録を叩き出し、雄叫びをあげている選手の姿と重なるものがあった。
(プオン、プオン、プオオオン!)
谷川の思惑通り、数匹のラプトルは自身の目の前に投下されたおにぎりに視線を奪われ、その場で立ち止まっていた。
ラプトルがその高級な具の入ったおにぎりに気を取られている隙に、僕たちは魔力が尽きかけていた銀髪の彼女の元に駆け寄った。
それからというものの、ここから遠く離れた場所まで、僕たちは彼女を連れだし、無事ラプトルの追っ手を撒くことに成功したのであった。




