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第5話 剣と魔法の世界

「えっ、何だこれ。ポケッツアドベンチャーの街並みまんまじゃん。剣と魔法の世界じゃん」


 穴の先は、まさにポケッツアドベンチャーの世界が広がっていた。

 トンネルを抜けるとそこが雪国だったように、白銀のブラックホールを抜けるとそこがポケッツアドベンチャーだったのだ。

 一昔前のヨーロッパ風建築の家々に、中世チックな服を着飾る様々な種族たち。

 妙に両耳がとんがり帽子みたいに尖っているエルフや、二足歩行のオオトカゲの姿をしたリザードマン。一つ目小僧ならぬ、一つ目幼女のサイクロプス。その他にも亜人、獣人、ゴブリン、オーガなど。

 ポケッツアドベンチャーに登場するこれだけの種族が、街の大通りを行き来しているのだ。


「……いったいどうなってるんだ!?」


 ゲームの世界に転生したかのようなこれらの光景に、僕は呆気にとられた。四方をレンガ造りの建物に囲まれた、大通りのド真ん中で。


 しかし唯一ポケッツアドベンチャーの世界と違う点と言えば、彼ら彼女らがお供として連れているモンスターがみなジュラ紀、白亜紀に存在していた恐竜だということだ。

 これらの知識も全て、お父さんに買ってもらった子供辞典から得た。

 実際大通り周辺には、中生代白亜紀後期に生息していたパラサウロロフスをラクダ代わりに使っているエルフや、白亜期前期に生息していたイグアノドンを馬車代わりに使っているリザードマン、またさらにはプテラノドンの背中にまたがり、空飛ぶタクシーとして使用しているサイクロプスなどがいた。


 白銀のブラックホールをくぐり抜けたかと思ったら、まさかこんなところに行きつくなんて……。

 いったいここは日本のどの町なんだろう。

 ってかそもそもなんで、この町の人たちは揃いも揃って、ポケッツアドベンチャーに登場するモンスターのコスプレをしているのだろうか。

 もう訳がわからない。

 ここはポケッツアドベンチャーをこよなく愛するオタクたちの集まり場か何かなのだろうか。

 東映太秦(とうえいうずまさ)映画村ならぬ、ポケッツアドベンチャー映画村だというのだろうか。

 

 ……まあそんなことはさておき。

 白銀のブラックホールに消えた銀髪の娘を追いかけ、その彼女と同じように穴に吸い込まれていった谷川の安否も気になるところだ。

 ハサミを持ちながら、執拗にあのいたいけな少女を追いかけ回している時点で、不審者そのものだし、どこかでトラブルを起こさなければいいんだけど……。


「おい! ジロ吉! こんなところに居たのか。探したぜ」


 中世ヨーロッパ風の町をぽけーっと眺めながら、そのようなことを考えていると、背後から谷川の声が聞こえてきた。


「谷川? ……っておい、何があったんだよ? 服、ボロボロじゃんか」


 いざそちらの方を振り返ってみると……当の谷川はまるで追い剥ぎに遭った後のようなみすぼらしい格好で僕の方に近づいてきたのだ。


「……ああ。俺さっき恐竜に襲われたんだ。それで服をビリビリに引き裂かれちまって……」


「へっ? 恐竜? 恐竜に襲われた?」


 谷川の服は、まるで野生のクマに襲われたかのようにビリビリに破けていた。まるで爪のような物で深く切り刻まれたかのような。

 しかし幸い、これといった外傷は見られなかった。別に身体のどの部位からも血が流れていることもない。

 ……にしても恐竜に襲われたって? 

 僕の耳がどうかしてなかったら、谷川は間違いなくそう言っていたはずだ。


「マジでひどい目にあったぜ。

 ……俺、あの女を必死で追いかけて、とうとう路地裏まで追い詰めたんだけどよ。

 そしたらあの女、追い詰められた途端いきなり呪文のようなものを唱えやがって、それから……」


「それから?」


「ヴェロキラプトルの姿をしたモンスターが数体召喚されて、そいつらが束になって俺に襲い掛かって来たんだよ。

 最終的に何とか逃げきれたからいいんだけどよ、全くひどい目に遭ったぜ。まさかあの女、あんな能力を隠し持っていただなんて。

 ……今度あの白髪野郎を見かけたら、ぜってえぶっ飛ばしてやる。復讐だ」


 谷川の目は、その言葉通り明らかに復讐の念に満ち溢れていた。

 話を聞く限り、谷川にとって相当な災難だったようだ。

 にしても、ヴェロキラプトルか。

 剣と魔法の世界にしてはあまりにも不釣り合いな存在のように思える。

 白亜期の恐竜に中世ファンタジーって……。

 ポケッツアドベンチャーの世界観にも、全くと言っていいほどそぐわない。


 こうして僕たちがあの白銀のブラックホールをくぐってからというものの、次々と現実離れしたことが起こっている。

 こんなのつい最近、金曜ロードショーでやってた千と千尋の神隠しみたいじゃないか。

 不気味なトンネルを抜けたら、そこは異世界で、しかも死者たちが集まる世界。

 そしてその死者の世界に長居しすぎると、半透明になって存在そのものが消えてしまう。

 ……ひょっとして僕たちも、この風変わりな世界であの映画のヒロインみたいに存在そのものが消えてなくなってしまうかもしれない。

 いや存在が消えないまでも、あのヒロインの両親みたいに、何かの拍子で肥えた豚に成り替わるかもしれない。


「……何だろう。だんだんこの世界が恐ろしく思えてきた」


 きっと僕たちは、この世界のお尋ね者に違いない。

 細胞に侵入し、アレルギー反応を引き起こす悪玉ウイルスみたいなものかもしれない。

 もしその仮説通り、僕たちがこの世界のお尋ね者としたら、自然と免疫のようなものが働き、世界そのものが僕たちという存在を排除してくるかもしれない。

 こういう時、何かしら良くないことが起きるというものだ。これ映画の鉄則。

 ……手遅れになる前に、早くこの世界から出る方法を考える必要があるだろう。

 ポケッツアドベンチャーもどきの世界を探索してみたい気持ちよりも、むしろ僕はこの不慣れな状況に加え、今後僕たちの身に何が起こるのかわからないことの方が恐怖だったのだ。


「谷川、帰ろう! たぶんなんだけど、ここあんまり良くない場所な気がする。

 だっておかしいでしょ? 剣と魔法の世界に、それに恐竜がいるだなんて」


 もしここがサイレントヒルの世界だとしたら、夜を迎え、町全体が暗闇に包まれた途端、異形の怪物が徘徊することになる。

 そうなったらもう、失禁どころの話じゃなくなってしまう。


「……ん? ああ、そうだな。俺もさっきラプトルに食われそうになったし。危うく命失いかけたし。

 それにエルフにオーガにリザードマンもいるし……。

 色々とわけのわからんことばっかり起きてるし、お前の言う通り、とっとと元の世界に帰った方がいいかもな。

 もしここが、ダイナソーパニックとか、デスゲームの世界だったら大変だ。

 ……俺、最近神様の言う通りとか、今際の国のアリスとか読んでたからよぉ。ちょっとおしっこちびりそうな思いだ。

 火の矢とか、ダルマさんが転んだとか、変なイベントが起こる前に早く帰ろうぜ」


 僕はその手の漫画を読んだことがないので、谷川の言っていることが理解できなかった。

 だがひとまず谷川は僕の意見に賛成のよう。

 谷川の頭の中からも、すでに自由研究のことは抜けているようだ。あとは谷川と協力して、あの白銀のブラックホールを探すのみ……。

 と言いたいところだが、白銀のブラックホールは僕たちがこの世界に行きついた時点ですでに消滅していた。

 前後ろと振り返ってみても、ただ中世の建物と道が並ぶばかりだった。

 

「となりゃ、あの娘を探すしかないのかな、谷川」


「ああ、そうだなジロ吉。あの白髪のチビをとっとと捕まえて、俺達を元の世界に戻させようぜ」


 時の扉というスキルを使って、白銀のブラックホールを発生させたあの銀髪の少女パールを探し出し、元の世界へ戻ろうと考えていたその時。


「きゃあああ! 助けて勇者様!」


 向かいの大通りから、1つの悲鳴が聞こえてきた。

 と同時に、何だか辺りが騒がしくなってきた。

 と言うのも、向かいの大通りにあの銀髪の少女パールが通りを全力で駆けている様子があったからだ。……数体のヴェロキラプトルとセットで。

 非捕食者側は明らかにあの銀髪の少女で、対してその少女の肉を喰らおうとしているのが捕食者側のヴェロキラプトルだったのだ。


「きゃあああ! ごめんなさい! ごめんなさい! あなたたちを転移魔法”時の扉”で勝手に呼び寄せちゃってごめんなさい!

 だってあのハサミ男が怖かったんですもん! だから肉食なあなたたちを呼び寄せて、追い払ってもらおうと思ったのに!

 そしていざあの標的を追い払ったと思ったら、今度はわたしがターゲットになって……きゃあああ!」


 あの娘が大声で泣き叫んでくれたおかげで、全ての状況が理解できた。

 この状況を一言で説明するならば、敵の敵が味方じゃなくなってしまったということだ。


「……谷川、どうする?」


「そうだな。俺たちの今置かれてる状況的に、あの娘を助けに行った方がいいだろう。

 そして恩を着せさせて、俺達を元の世界に返してもらおうぜ」


「おっけー」


 そうして僕たちは数体のラプトルに追いかけられし銀髪の少女パールの後を追ったのだった。

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