第3話 ツチノコは見つからない
太陽が西へ傾き始めてきた。
残念ながら、ツチノコはまだ見つかっていない。
……そもそもの話、見つかるような気配すらなかった。
手当たり次第、トレジャーハンター感覚で土を掘り起こしたはいいものの、腹は減るわ、喉は渇くわで、僕はすでに地面に座り込んでいた。
「もう無理~」
スコップを手放し、木に寄りかかって少し休憩していたところ、そこに般若の顔をした谷川がやって来た。
僕がこうして木陰で休んでいる間も、谷川は相変わらずスコップを握ったまま、辺りの土を必死に掘り続けていた。
「おい! ジロ吉! 何ちんたらしてんだ!? 手を動かせ、手を!
誰の許可で休んでいいって言ったんだ!? ああん!?」
谷川は不良の上級生みたいに、僕の襟首を乱暴に掴んできた。
「もう限界だって、谷川~。腹は減ってきたし、喉も渇いてきたし」
「それもツチノコを見つけるまでの辛抱だ、ジロ吉! ツチノコ見つけたら、俺たち帰れるんだから!」
「えええ!? 嘘っ!? これずっと続けるの!?」
「当たりめえだ、バカ野郎! 自由研究、提出明日までなんだぞ!?
……ほら、さっさとツチノコ探せ、探せ! それまで休憩はなしだ!」
僕と谷川がこの鳩山でツチノコを探してから、かなりの時間が経過していた。
ここまで一度も、休憩はおろか水すら飲んでいない。
「……ってか、谷川。お前、無計画にも程があるよ! こんな長丁場になるんだったら、なんで水筒とかおにぎり持って来てなかったんだよ!
放課後、谷川に誘われたもんだから、てっきりその辺、ちゃんと用意してるもんだと思ってた!!」
「うっせえ! 想定外だったんだよ! 想定外! 俺だってここまで時間かかるって思ってなかったからな!
……ってか、そんなことはいいからとにかく立て、ジロ吉!
早くツチノコ探さねえと、俺たちこの鳩山で野宿しなきゃならねえぞ!」
「はああ!? お前野宿までするつもりだったのか? ツチノコ見つかるまで本当に帰らないつもりだったのか!?
ならなおさら、おにぎり用意してくるべきだったじゃん!? 何で、僕と谷川の分の虫網と虫かごとスコップしか用意してこなかったんだよ!」
谷川はバツが悪そうに、次のことを言った。
「……丸1日探せば、ツチノコもてっきり見つかるもんだと思ってたからだよ!
色違いのポケモソみたいに、ツチノコも大抵粘れば見つかると思ってたから! サイトにもそう書いてあったから!
だから用意してこなかったんだよ!」
「嘘だろ!? おいおいおい! どうすんだよ、谷川! 僕たちこのままじゃ、干からびて死んじゃうよ!」
「だからそうなる前に、ツチノコ探すんだよ、ジロ吉!! ……ほれ、さっさとツチノコ探し再開するぞ!
立て! 働け!」
谷川はこの後も懲りずに、ツチノコ探しを続けるらしい。
まだ元気が有り余っている谷川に対して僕はというと、すでに心身ともに限界を迎えており……
「……こんなことだったら、さっさと漢字ドリルなり家に帰ってやっとくんだった。
谷川のせいで時間無駄にしたよ! 僕もう帰る!」
僕は谷川のあまりの無計画っぷりに失望し、山を降りる決意をした。
そして谷川に手渡された虫取り網と虫かごにスコップを、地面に思いっきり叩きつけ、近くの山道にあるバス停の方に向かった。
「ちょっと待て、ジロ吉! 落ち着け! 話せばわかる!」
「もういいって! 谷川といるより、家で算数ドリルしてた方がよかったし!
もうお前とは絶交だからな! 谷川!」
僕は谷川の方を一切振り返ることなく、そのまま山を下った。
「待て! ジロ吉! このままじゃお前、あのつるピカ先生に渾身の頭突きをもらっちまうぞ!?
それでもいいのか、ジロ吉!?」
谷川の言葉を全て右から左へと聞き流し、僕は山道をあれよあれよと言う間に駆け降りていく。
「……おい! 待ちやがれ、ジロ吉! 俺をこんな山奥に1人、置いてくな!」
案の定、谷川は背後でやかましく叫びながら、しつこく追いかけてきた。
僕は背後から迫りくる谷川に追いつかれぬよう懸命に走り続けた。
でこぼこした木の根っこをかき分け、ぬかるんだ土に足を滑らさぬよう、細心の注意を払いながら。
僕は冬季オリンピックのアルペンスキーのように身体を左右にクネクネさせつつ、山の障害物を避けながら、軽快に降りていった。
……背中にしつこく感じていた谷川の声も、それから次第に小さくなってきた。
田舎育ち、山育ちの谷川に対して、僕は圧倒的な差をつけていたのだ。
「余裕、余裕~。これで谷川から逃げ切れる!」
そう思ってホッとしたのも束の間。
突然ゴロゴロゴロ……っと、それまで雲一つなかった上空の空が急に曇り出し、遠くの方から雷の音が聞こえてきた。
「えっ? 雷っ!? 山の天気は変わりやすいって言うけど……」
快晴の空が一転、いったいどこから湧き出てきたのやら……ちょうど僕たちの居る鳩山の真上辺りに、雨雲が発生しだした。
習字の墨のような色合いをしたそれらの雲は、みるみるうちに太陽に覆い被さっていく。
日の光が突如発生したその真っ黒な雲によって完全に遮断され、足元もやや暗くなってきたと思っていた、また次の瞬間。
……突然自分の走っているコース目の前の山の樹木に、ゴロゴロドッカーン! っと、どでかい雷が落ちてきたのである。
「うわっ!」
それまで雲行きも何ら怪しくなかった空から、雷が舞い降り、僕は驚きのあまり、その場で尻もちをついてしまった。
……間一髪だった。
運が悪ければ、僕は今頃、黒焦げのトーストみたいになっていただろう。
「雷だってぇ!? おい、大丈夫か!? ジロ吉!」
背後から僕を付け回していた谷川が、心配に思ってくれたのか、急いで駆けつけてきた。
「うん、大丈夫。ちょっとびっくりしただけだよ。痛たた、尻思いっきり打っちゃったよ」
「そうか、まあ無事で何よりだジロ吉。
……でもそれにしても変だな。全然曇り空でも何でもなかったのに、いきなり雷が落ちてくるなんて」
「そうだね。……ちょっと天気が怪しくなってきてるっぽいし、この辺で引き揚げようよ、谷川」
雷が落ちてきたとなれば、これ以上のツチノコ探しは命の危険を伴う。
ツチノコのことは諦めて、明日の朝までに何か別の自由研究を考えよう。
そう思って僕は、谷川に山を降りることを提案してみた。すると当の谷川から返ってきた返事はと言うと……
「いや、それとこれとでは話が違う。ツチノコを探すまで、俺たちは帰れまてんだからな。
雷がなんぼのもんじゃい。そんなもん、直撃しなかったらいいんだよ」
冗談か冗談じゃないのか、曖昧なラインのギャグを言ってきて、少し反応に困っていたところ……。
「うわっ! まぶしい! 何あれ! 何か光り出した!」
雷が直撃し、一瞬で真っ黒焦げになった目の前の樹木が、突然白銀に輝くコンサートホールの舞台照明のような光を放ち始めたのだ。
そのあまりのまぶしさ故に僕は思わず、顔をしかめる。
部屋の明かりもつけず、真っ暗な部屋の中で深夜もぶっ通しでポケッツアドベンチャーをやっていた時に、ふと僕の部屋を訪れたお父さんが部屋の明かりをマックスに付けた時と同じくらい、その光はまばゆかった。
そうしてしばらく僕は目をずっと開けられずにいた。
が、しばらくしてようやくその光に目が慣れてきたのか、申し訳程度に目を開けれるようになったところで、前方にある樹木をチラッと見てみると……何とそこには驚きの光景が広がっていたのである。
「おい! なんだあれ、ジロ吉! 空中に何かブラックホールみたいなのができてるぞ!?」
谷川がこうして驚くのも無理はない。
なぜなら僕たちの前に、時空の裂け目が現れたのだ。
何もない空間に襖が破れた時にできた穴のような物が現れ、またその穴の周囲には白銀色のした結晶がチカチカと漂っている。
……それはまるで別世界に通じる扉を思わせた。某SFドラマの設定では、よくここから別次元の世界のモンスターが現れる。
「すっげーよ、谷川! これを写真に収めれば、自由研究になりそうだね!」
「確かに! これは自由研究大賞ものだぞ、ジロ吉。よし、スマホのカメラで写真、一杯撮るぞ!」
谷川がそう言って、ウキウキした表情でポケットからスマホを取り出そうとしたその矢先のこと……。
「きゃあああ!」
その白銀のブラックホールの中から、何とストレートの銀髪にオオカミみたいな耳が生えた、いたいけな少女が悲鳴を上げながら、ひょっこりと出てきたのだ。
その少女は穴の周囲に漂っている白銀の結晶と同じ輝きを、身体中の至るところから放っており、その様はまるで精霊を司りし聖職者のようだった。
服装もポケッツアドベンチャーに出てくる、真っ白なローブを羽織った聖職者そのものだった。
「え……、何だ何だこの娘は!? いきなり現れたぞ!
すっげー、この娘銀色の髪をしてる! それに肌がめっちゃ白い! 何だかお餅みたい!」
それにこの子は、フランスのお人形のように顔が整っていて、とてもかわいかった。
……これは、最近テレビでよく見かけるようになった千年に一度の逸材と同じくらいのルックスの持ち主だ!
間違いない。僕の目に狂いはない。
「うわっ! おい、ジロ吉! あいつ、チビの癖にめっちゃ白髪生えてるぞ! 何だありゃ。
……とりあえずシャッター切りまくるぜ!」
谷川にはその銀色の髪が、ただの白髪に見えるらしい。
谷川の目は節穴か何かかな? と僕が思っている横で、谷川はカメラのフラッシュを焚きながら、ひたすら連写していた。
オオカミみたいな耳の生えたその少女は、スマホのフラッシュの光を手でかざし、ムッとした表情を浮かべたまま、谷川に対し以下のことを言った。
「ちょっと、止めなさい! わたしの麗しきこの髪にケチをつけたそこの人! 光の属性魔法を使っているそこの人!
即刻辞めなさい! それからわたしの髪にケチ付けたことを即刻謝罪しなさい!」
お餅のような透き通る白い肌がみるみるうちに紅潮していく。どうやらこの少女、おかんむりのようだ。
「うっせえ! 思ったまんまのこと言っただけじゃねえかよう! 俺にケチつけるのか、この、このお!」
出会って数秒後。谷川は銀髪の少女の一言にカチンときたのか、スマホをその辺に雑に投げ捨て、喧嘩をおっぱじめたのだった。
……そういえば、この娘。見た目からして完全に海外の人だというのに、めちゃくちゃ流ちょうな日本語を喋っている。
てかむしろこの僕よりも、立派に日本語を喋れているまである。
「なんだなんだ。いったい、何が起こってんだ!?
……おい! 谷川! 喧嘩はよせ! 女の子の髪を乱暴に鷲掴んだら、ダメだ!」
そうしてこの銀髪の謎の少女と僕たちは出会った。
夏休みの自由研究をかけた一日限りの短い冒険がはじまったのである。




