上司と寄り道
「すいません、遅れました」
「遅かったけど何かあった?」
「朝の支度をするのに少し手間取ってしまって」
だいぶ気まづい、遅刻した上に来てもらって挙げ句の果てには人には言えないような事で待たせてしまっている、迷惑かけるどころではない。
弁解をしたいができるのだろうか、素直に平謝りして仕事を頑張った方がいい気がする。
「申し訳ないです、入社してから目立った成果も上げずにここまでご迷惑をかけてしまって……」
「そう、悩みがあるならいっていいのよ、松井くんの担当は私なんだから」
「そうですね……特にこれと言ってあるわけではないので体調が悪くなっただけかもしれないです、体調管理をしていなかった怠慢です、以後ないよう気をつけ…… 」
「うーん、そうね、言いづらそうだから少し場所を移そうか、喫茶店でも行かない?」
「えっ……はい、ありがとうございます」
説教でも来るのだろうか、落ち着かない。
人気の少ない喫茶店
「あの……何か食べられますか?自分の責任なのでここは持ちますから」
「いいよ、気にしなくて、でも時間もお昼だから丁度いいしランチでも頼もうかな」
時刻は午後十二時過ぎと言った所だろうか、時間帯的にもご飯を食べる時間であり、いまから職場に戻ったところで出来ることはないだろうと開き直り彼から色々聞き出そうと思う。
さっきの出来事に特段やましい事が無ければそれでいい、しかしそれとはまた別に昨日のあの青ざめ方を見たら何かと不安にはなってしまう。
もしかしたら何かしらの出来事があって自暴自棄になっているかもしれない、なんにしても初めての後輩という事もあって手はかけたくなってしまう。
「松井くん……昨日何かあった?嫌じゃ無ければ教えて欲しいんだけど、今朝も少し体調が悪そうだったから何かあるのかなって 」
「えっと、何かあったと言えばあったんですけど……これと言って報告するほどの事ではなくて、むしろ今日は体調がいいくらいです、ご心配をかけてしまって度々すいません……」
やっぱりおかしい、体はどこかもじもじしているし目線は泳いでいる。その癖して体調がいいくらいなどと言われれば信憑性はないに等しい、一体全体何を考えているのだろうか、心配をかけさせないようにするのもいいがもう少し頼って欲しい。
「そっか、深くは聞かない方がいいんだね、わかった、それじゃあ昨日帰る時は無事に帰れた?ここにいるってことは大丈夫だとは思うんだけど、今日も遅刻しちゃったし、会社に言い訳くらいは作っとかないと」
「か、帰ってからですか?す、すいません……熱があったのかあまり覚えてなくて……でもこの通りピンピンしてるのできっと寝てたんだと思います」
「そうなんだ、それが本当ならいいんだけどな〜、会社には寝坊で遅刻って伝えとく?それとも体調が良くなかったって伝えて欲しい?私が言っておけば信頼してもらえると思うけど」
「出来れば体調不良って事でお願いします、顔見せができないので……」
「ふーん、そうなんだ、顔見せができないような理由があるんだ、へー」
「!?」
「いいんだよ、いいんだよ、全然、そりゃ担当の上司だからさ、面倒くらい見るよ、それは良いんだけど隠し事されるのはちょっと嫌かなぁって思っただけで、全然、気にしなくて良いよ」
我ながら性格が悪いとは思うが気になる事は気になる、あまりこう言った時間も最近はなかったし、松井くんともそこまで仲を深めるようなきっかけも少なかった。
こういった機会に先輩として特権を使っても許されるだろう、なんたって打ち解けた話をしようにも向こうから話す気がないなら損する一方だ。
「意地が悪いって言われません?先輩」
「あんまりないよ、こんなことする必要も特にないし、でもまぁこう言った機会だしぶっちゃけた話くらいはして欲しいなぁって、ほら、うち少しブラックでしょ、朝も早くて夜は遅いからやっぱりつまったものもあったと思うんだよね」
「だからほら、話したいことがあればなんでも話して」
「……実は昨日寝坊してしまって……焦って電車に乗ったら人混みに酔っちゃったんですよね、それで顔色が悪かったかもしれないです、あとはあの山積みの仕事とか」
「そっかそっか、そうだったんだ、隠すようなことなかったじゃん、言ってくれれば仕事の量は減らせないけど私が肩代わりする事だって出来たんだよ、実際昨日も私が一部やったし 」
「そうだったんですか!?ほんとにすいません!そんなことになるなんて思わなくて……」
事を聞いた途端また顔が真っ青になって面白いことになっている、体もプルプル震えているし、ほんとに隠し事が出来ないような人間だ、何故わかりやすいのにここまで隠す必要があるのか。
「ほんとだよー、あの量だから私1人じゃどうしようもなくてさ、結局終わらせずに帰っちゃったんだから、でも相談してくれればさ、こんなふうに私も手伝えるから、次からは無理しないで欲しいな」
「本当にありがとうございます、次からはしっかりとしますので……」
「いいよいいよ、気にしなくて、それよりもさ、ほらランチも来た事だしゆっくり食べない?今日はもう仕事休んじゃって良いから、私も病院付き添ったことにしとくよ」
「はい……」
それから食事をしながら他愛のない話を少しした。
思っていたより彼は普段仕事から帰ってからの生活が荒れていたらしく、ご飯もあまり作れていなかったりして疲れも溜まっていたとの事だった。
社会人として経験の少ない彼をここまでみていなかった事に情けなさを感じてしまう、彼を責めるべきではなかった。
むしろ私の責任の方が大きいだろう、こうなってしまえば私なりに彼に対して何かしらの補助をするべきだ。
「ごめんね……いままで気づかなくて、仕事でそこまで追い詰められてるとは思わなくて、もっと気が回れば良かったよね」
「いえいえそんな、先輩が気にするような事じゃないですよ、元はと言えばだらしない生活をしていたのが悪いですから、本当に」
「とは言っても実際仕事に影響が出ちゃったじゃん…?だから何かしら解決案は出した方がいいと思うの」
「解決案…ですか?」
「例えばなんだけど朝私が迎えに行くとか、先輩としての仕事かって聞かれたらあれだけど、電話じゃ起きなかったみたいだし、もし松井くんが良ければなんだけどね」
「全然大丈夫です!!でも先輩にそこまで迷惑かけてしまったらどうお返しをしていいか……」
「そんなの気にしなくて良いよ、君が生活できるようになって仕事さえしてくれればそれでいいから、ほら、だから先輩に安心して頼っちゃいなよ」
ここまで言えば押し切れるだろう、まぁ実際家から少し距離があるのを考えたらうーんとなるが、先輩としての責任は出来る限りを尽くしたい。
彼を直接教育していた期間だってそう多くはなかったし、こればかりは自己満足かもしれない。
あと気になることといえば……。
「この件はこれで決まりね、異論は認めません、君がしっかりと社会人できるまでは私が責任を持ちます、OK?」
「わかりました!!一人前の社会人になれるよう頑張ります!!」
「良い返事だね、それじゃあ最後の内容にも答えてくれるかな」
「?」
「朝、私が来た時、松井くん扉の向こうで何してたの?」
「!?それは…その……」
「ん?聞こえない、もう少ししっかり答えて欲しいな」
「えっと、実は料理を作ってて、それであまり見せられるような状態じゃなかったんですよね、あははは……」
「ふーん、そうなんだ、へー、さっきはご飯作る時間なんか無いって言ってたよね、それにあの朝は起きたばっかりだっただろうし、でも松井くんが言うなら本当なんだろうな〜、さっきあれだけ私の事信頼して話してくれてたからね、うんうん」
「……どうしても言わなきゃダメですか?」
「言いたくなかったら全然良いんだよ、パワハラかもしれないし、答える義務なんてないから、でもさ、ほら」
「玄関越しに女上司がいる状態で裸になる変態さんなんでしょ?君」
「〜!?そ、それは」
「何かあった?気にすることはないよ、ただ変態さんなだけだからさ、あー、でもこれはこれでセクハラで訴えられるかも」
「ご、ごめんなさい、話します!話すので一旦声を潜めてもらって……」
「裸な変態さんなのは認めるんだ、ふふっ、まぁ良いけど、話したら許してもらえると思ってる?」
「いえ……」
「そうだよね、でも質問には答えるしかないよ、ほら、話して、誰の事を考えながら何をしていたのか、まさか別の人の事考えながらあんな変態なことしてたわけじゃないよね、男の人が何で満足するかは知らないけど、どんなことしてたのかは知りたいなぁ」
顔が赤くなったり青くなったりと面白い、信号機でこの切り替えの速さなら今頃事故が起きてるレベルだ。
普段であればそこまで聞くような事はなくスルーして無かった事として処理しただろうが、私の仕事時間を取られたのもあり、なにより私が迎えに来たタイミングであんな恥ずかしがっていたのだ。
気にはなるし男の人がどういった事を考えていたのか知りたくなる悪魔が私にもいる。
「えっと…はい…どこからお話しすれば……」
「そこまで長い事してた最中だったのかな、それはそれですごいなー、そのままで私に対応したんだ」
「ち、違います!」
「それじゃあ私と顔を合わせてからなんだ、ふーん」
「あっ、その、あぁ……」
面白い表情をしてくれる、良い顔だ。
なかなかいじめてしまう男の子がいると話には聞いていたが、こんな近くに居たとは、確かにわかる気はする、ちょっかいをかけたくなる感じと母性本能みたいなものが刺激されるようなこの感覚はゾクゾクする。
やがて彼は覚悟を決めたかのように体を固めてこっちをみた。
「……話します」
「いいよ」
「実はあの時裸だったのには理由があって、寝るときに服を着ないタイプなんです」
「それで間違えて出てきちゃったんだ、わざとじゃなかったんだ」
「はい……そうです、つい焦って出てしまってあのような無様を…… 」
「それで、その後は?」
「……」
「後は?」
「……」
「答えてくれるんじゃなかったんだ、それならどうしようかな……こっちにも考えがあるけど」
「こ、答えます」
何故だろうか、少し興奮してしまっている自分がいる、手汗が止まらない、普段から仕事などで困る為シルクの手袋をつけているがそれも結構湿ってきている。もう少しいじめたい。
「あ、あの時はどうしようもなくて」
「どうしようもなくやっちゃったんだ」
「そんなつもりじゃなかったんです、ただ体が勝手に……」
「勝手に?何をしちゃったの?」
心なしか彼の息が荒い、素質があるのだろう、とことんやってしまいたくなるものを持っている。
どこまで行けるのか、やってみたい。
「勝手に……オ、オ……」
「オ?何かな?しっかり答えて」
「オ、おn」
パリーン
皿の割れた音が後ろから聞こえてきた。
振り返るとバイト衣装を着ているであろう女の子が顔を真っ赤にしながらすいませんでしたと言って消えてしまう。
皿はいいのだろうか、どちらにしても良いところだったのに邪魔されてしまった。これじゃあ雰囲気も何もない、仕切り直しだ。
「うん、まぁいいよ、私もいじめちゃったから、この話はここでおしまい、教えてくれてありがとうね」
「いえ、そんな事はないです、失礼な事をしてしまったので……」
「あはは、明日から普通にしてくれればそれでいいよ、明日から同じ事したら許さないからね、わかった?」
「はい、もちろんです、絶対にないようにします」
「偉い偉い、その言葉しかと受け止めた、ふふっ」
笑わずには居られない、こんなの会社で見てしまってもダメな類だろう、面白すぎる。
あー、満たされた。とりあえず今日はもう帰ってしまって適当に明日早めに出てしまおう。
「それじゃあばいばい、変態くん」
「うぅっ、分かりました…お疲れ様です」
どこまでもいじめがいのある子だ。
少し遅れました、今日中に皆さんが楽しんでいただけるような話を投稿するのでお待ちください。






