十六年ぶりの対話
秘書から連絡が来る可能性もあったが、電話で話をする相手は高槻本人だとはっきりわかった。用心のためか声はボイスチェンジャーか何かで変えられていたが、軽薄な喋り方は高校の時と一緒だった。ただ違和感を覚える。政治家にしては実に声が弱々しく、力がない。何かに怯えている、そんな印象を持った。
「自殺した俺の後輩の名を騙って連絡してくるなんてどういう神経をしているんだ」そう言う高槻の声は震えていた。「随分と悪趣味ないたずらだな」
「俺は十六年前に自殺した木村ヒロ本人だ。高槻先輩」
高槻は一度絶句したが「木村ヒロは死んでいる。またふざけたことを」
試しに十六年前の二人しか知り得ない記憶、「お前ら二人いつも一緒にいるのに、やってなかったんだな。悪いな、俺がもらっちまった。結衣の初体験。ほんと、いい身体してたよ」と口にすると、高槻は再び絶句した。
そして俺は秘密の日記帳に残されていた音声ファイルを高槻に聞かせた。このファイルには結衣だけじゃなく、高槻の声もしっかりと残されていた。
「そんなもの私は知らない。関係ない」と高槻は言った。その声は明らかに動揺していたし、声は震えていた。高槻を調べる過程で数多く読んだ、スキャンダルに晒されて、精神を病んでしまった議員らの話をふと思い出した。
「一体、どこからそんな音声が出てきたんだ」
「白石結衣は知ってるな?」
しばらくの沈黙があり、高槻は言った。
「ああ、もちろん。十六年前、連続して自殺した生徒のうちの一人だ。あれは子供ながら衝撃的な事件だった。名前くらいは知っている」
「名前だけじゃないはずだ。お前は結衣の自殺に一番深く関わっている」
また、しばらく沈黙があった。そして高槻は言った。
「無関係とは言えないかもしれない。俺たちは交際していたからな」
交際?そんな話はまるで聞いたことがない。日記帳にもそんなことは書かれていなかった。
「俺と白石結衣は交際をしていた。記憶にはないがさっきの音声も交際していた白石結衣と喧嘩した時に録音されていたものかもしれない」
これは明確な嘘だ。高槻が結衣にしたことは単なる喧嘩を遥かに超えた鬼畜めいたことだ。俺は冷静に言った。
「高槻さん。どうも音声ファイルに気をとられているみたいだが、俺が知りたいのはそんなことじゃない。俺は個人的に知りたいんだ。どんな形で白石結衣と出会い、二人はホテルへ行くことになったのかを。ただそれが知りたいだけだ。正直に話してくれれば、この音声ファイルを使ってどうこうしようとは思わない」
もちろんブラフだった。ただ、このまま怯えさせても高槻は嘘をつき続けるだけだ。俺は高槻があの日のことをどう語るのかは興味があった。もちろん嘘は多分に含まれるだろう。ただ同時に真実も幾分は含まれているだろう。どんな答えが返ってくるにせよ、これで過去と決別したい。俺はそう考えていた。
「俺と白石結衣との馴れ初めなんか聞いても誰かが面白がるとは思えないが」
「だろうな。俺以外知りたい奴なんて誰もいない。だからこそあんたが語ってもあんたのダメージにはならない。あんたが話すだけで、音声ファイルはまた眠りにつく。あんたにとってはメリットしかない」
おそらく音声ファイル以外の話は無害だと判断したのだろう。しばらくして高槻は語り始めた。高槻目線のあの日のことを。