幼馴染、桃園凛に関する一つの仮説
高槻から連絡が返ってくるよりも先に動きがあった。どうやら結衣の姉に接触した人物は本物の記者だったようだ。
結衣の姉とやりとりしてから二週間後、高槻はネット上で話題の人物となっていた。最初の一報は高槻の不倫。有名な元女子アナの妻を持つ高槻の不倫はそれなりに世間を騒がせた。続いてネットの片隅で噂されていた大学時代の女性トラブルの話がどこからか流れ、その他にも良からぬゴシップがネットや紙面を飛び交っていた。一県議会議員のゴシップにしては盛り上がりすぎているくらいだ。
高槻は不倫に関しては事実を認め、妻には誠意ある対応をしますなどと取り繕っていた。それでも次の国政選挙の野心は捨てていないようで、その態度はネットを中心に反感を買っていた。ただネットでいかに嫌われようが高槻の地盤は盤石。出馬すれば当選するだろうというのが大方の予想だ。
高槻が結衣にしたことはまだどこも報じていなかった。まだ結衣の姉にも秘密の日記帳のパスワードは教えていない。俺は静かに高槻からの連絡を待っていた。
ネットで高槻のゴシップがとりだたされる一方で、俺の通う高校でのゴシップの中心には凛、そしてなんと俺がいた。
なんでも凛は付き合っている噂があったサッカー部の先輩を振ったらしい。
それも極めて豪胆に校内一のイケメンを切り捨てたと言うのだ。曰く、「私は終生の愛を幼馴染である長谷川リク君ただ一人に誓っています。これ以上私との変な噂を流さないでください。おかげでリク君は勘違いして私と話してもくれなくなってしまったのです」
その凛としか言えない異常な言葉一句一句がヒソヒソとした噂となって生徒の間を巡っていた。一体なぜ、校内一の美少女桃園凛はあの友達も少なく、うだつのあがらない長谷川リクに入れ込んでいるのか。そして長谷川リクはなぜ桃園凛のような高嶺の花を拒絶するのかは格好の噂のまとになっていた。
もちろん俺から弁明するつもりもないが、そもそも凛は誤解している。確かに俺は結衣の日記を読み終えた後、凛に「もう二度と、桃園さんとは一緒に時間を過ごさないと決めました。今まで一緒にいてくれてありがとう」とメッセージを送った。凛は俺がそんなメッセージを送った理由を、サッカー部の先輩との噂のせいだと誤解しているようだが、そんな低レベルな理由では断じてない。一つの凛に関する仮説が俺の頭を悩ませていたのだ。
俺は凛がなぜ自分に執着するのが昔から分からなかった。結衣もよく俺と付き合いたいのなんのと言っていたが凛の場合もう少し強烈で、俺以外の男子と会話することをほとんど拒絶し、俺だけとずっと一緒にいるのだ。
そして現代に生きるはずの凛はなぜだか秘密の日記帳という化石のようなサイトを知っていた。さらには結衣が自殺したことを知って、疑惑はますます強くなった。もしかしたら結衣もまた転生したんじゃないか。
恐らく、凛は俺と違って前世を全て記憶しているわけではない。印象だと僅かに記憶が残っている程度に思える。ただ記憶がないだけで、前世で幼馴染を裏切ったという負い目だけは魂の深い部分に記憶されていて、それが理由で幼馴染に執着しているというのが俺が導き出した仮説だった。
そしてそうであるなら、万が一何かのきっかけで記憶が全て戻った時、凛はどうなってしまうのだろう。高槻が結衣にした行為なんかを凛に思い出して欲しくはなかった。あんな出来事は凛からできるだけ遠ざけたかった。
凛は普通の女子高生らしく政治家に関するニュースなんてまるっきり興味がないから、そこから記憶が戻る可能性は低そうだ。つまり、高槻と凛を結びつけるとしたら、俺しかいない。俺という存在が前世の記憶が戻るきっかけになるのが怖かった。俺は凛と離れて暮らさないといけない。
ただ凛はなかなか頑固なところがある。凛を避けて下校しようとすると「リクちゃん、今日は放課後デートしよ!」といつの間にか俺の横を歩いているし、昼ご飯を求めて購買の列に並んでいると、いきなり手作りのお弁当を渡してきて俺を慌てさせた。その度には俺は無言で拒絶した。早く俺のことなんか忘れてくれ。これまで少しも幼馴染を信用してこなかったくせに、なぜだか凛のことは絶対に守りたかった。
そんな生活がしばらく続いた。もしかしたら高槻からは何の連絡もないかもしれない。やはり素直に秘密の日記帳のパスワードを結衣の姉に託したほうがいいかと諦めかけていた頃、期待通りのメールが届いていた。送り主を明かさない匿名のメールだったが相手は分かっていた。「電話で話をつけよう」そう文面にはあった。




