第六話
「だ、騙し合いって……お、オラトリオ? それは違うんじゃないか? こう、恋愛ってもうちょっと……う、美しいものではないのか?」
少しばかり照れ臭いのか、そう言って頬を赤らめるアンジェ。そんなアンジェにオラトリオはふんと鼻を鳴らして。
「なーにナめた事言ってんだよ? んな甘いもんだと思うなよ、アンジェ? 恋愛ってのは言ってみれば戦争と一緒だ。ねだるな、勝ち取れの精神なんだよ」
「そ、そうなのか?」
「あたりめーだろうが。そもそもだな? 出逢い求めて合コンに行くんだろ? その時点で男は女を、女は男をゲットしようとしていくんだろ? 取り繕ったところでその事実は変わんねーだろうが。どれだけ自分を『優良物件』と見させるかにかかってんの」
「……」
アンジェの中で何かがガラガラと音を立てて壊れる感覚。アンジェに取って『恋愛』とはもうちょっと美しくて、甘酸っぱくて、せつないもののイメージだったのに、である。極論、アンジェの恋愛観は『いつか白馬の王子様が~』みたいな、若干痛い脳内であるのだが……まあ、多感な思春期を冒険、冒険で費やしてきたのだ。仕方ないっちゃ仕方ない。
「特にお前、特大の事故物件だしな」
「じ、事故物件ってなんだぁ!?」
「事故物件だろうが、『世界を救った勇者』なんて。少なくとも恋愛に取ってプラスに働くことはねーぞ? 男ってのは見栄っ張りだからな? 女に守って貰うなんて恥ずかしいって層が一定数はいんの」
「……」
アンジェ、否定できない。確かに、皆自分を『女』として見ないのはそういう理由がある事は理解しているからだ。
「だからまあ、ある程度『お化粧』しておこうぜって話だよ。今のお前はバックグランウドだけでも引かれるのに、この上趣味や特技があれじゃ話になんねーだろ?」
「……うぐぅ……だ、だがだな? 料理はともかく……しゅ、趣味や特技は一朝一夕でづにかなるものでは無いだろう? わ、私にだって分かるぞ? 流石に料理を作ってくれとは言われないだろうが、趣味の話になれば食いついて来るだろうって事ぐらいは!」
「確かにな。お見合いじゃねーけど『ご趣味は』定番中の定番の質問だから、流石にそこで嘘を付いたらボロが出るだろう」
「だ、だろう!? だから、趣味は――」
「――だから、誤魔化せ」
「――どうしようも……な、なに?」
「誤魔化すんだよ。お前の趣味はなんだ?」
「と、刀剣の手入れと、迷宮探索、アンデッド狩りだが……」
「よし」
にっこりと笑って。
「それじゃ今日からお前の趣味は美術品鑑賞と適度な運動だな」
「なぜに!?」
アンジェ、びっくり。そんなアンジェに冷静にオラトリオは言葉を継いだ。
「刀剣や防具の類は骨董品としての価値もあるものもあるだろ? 刀剣類を愛でるっていうのは美術鑑賞と言っても……嘘ではない」
完全にグレーゾーンではあるが、嘘ではない。拡大解釈に目をつむれば、であるが。
「迷宮探索とアンデッド狩りだって、運動って言えば運動だろう? 間違っちゃいねーだろうが?」
「そ、そうだが……」
「ほれ、どうだ? これでお前は『得意料理はオークの丸焼き、休日は刀剣の手入れと迷宮に潜ってアンデッドフルボッコにするヤバいヤツ』から」
「言い方!! ヤバいヤツってなんだ、ヤバいヤツって!!」
「なんと! 『得意料理は里芋の煮っ転がし、美術鑑賞を趣味として芸術に造詣が深く、適度の運動を心掛けるスポーティな女性』に早変わりだ!!」
「……」
……嘘は言ってないのである、嘘は。ただ、『得意料理は里芋の煮っ転がし(ほかの料理に比べれば)、美術鑑賞を趣味として芸術に造詣が深く(刀剣オンリー。絵画とかはさっぱり)、適度な運動を心掛けるスポーティな女性(アンデッドはフルボッコにしますけど、なにか?)』みたいに、それぞれに注釈は付くが……まあ、嘘ではない。
「後は薬草と毒草を見分ける事が出来る特技についてだが……これに関してはアレだ。『結構、草花に詳しくて』とでも言っておこう。花好きな女は好感度高いし」
「く、草はともかく花はからっきしだぞ! しかもなんだ、その設定。た、確かに古今東西、女の子は花好きのイメージはあるが……ね、狙いすぎじゃないか?」
「女の『子』って。二十代中盤過ぎてなに面の皮の厚い事言ってんだよ?」
「は、鼻で笑うなっ!!」
「それと……ああ、『ドラゴンを狩れる』ってのは言うな。大丈夫だ、嘘を付いた訳じゃないから。本当の事を言ってないだけで」
「それ、嘘つくよりタチが悪いんじゃないかっ!?」
「いや、流石にドラゴン狩り殺すのはどれだけ頑張ってもフォロー出来ないんだわ。つうか、それぐらい普通にお前なら出来ても不思議じゃないし、あえて言う必要はないだろうしな」
そう言ってオラトリオは『やりきった!』という表情で肩をぐりぐりと回して見せる。
「ま、現状で出来るのはこれぐらいのもんじゃね? 後は実戦の中で見つけて行くスタイルかな? お前、得意だろ? 実戦で何かを見つけるの」
「せ、戦場ではそうだが……」
「さっきも言ったろ? 合コンなんて戦場――というか、『狩り』の場なの。良い男捕まえたいんだったら、お前自身が頑張らんとどうしようもねーぞ?」
「そ、そうか……」
「まあ、お前、顔はそこそこ良いんだし、下手なボロ出さなきゃ付き合い……はともかく、男友達ぐらいは出来るんじゃね?」
「お、男友達……そ、そうか! そこから発展していく可能性も!!」
「……ま、精々頑張れよ」
一人拳を握り込むアンジェに、疲れたように手を振ってオラトリオは今度こそアンジェの執務室を後にした。まったく、世話の焼ける勇者様である。




