第五話
「いや、手伝ってって……」
オラトリオ、呆然。いや、手伝ってと言われても、という感じではある。
「良いじゃないか。私だって世界を救うために頑張って働いて来たんだぞ? そ、その……す、少しくらいは、その……と、年頃の女の子のように楽しんでも……ば、罰は当たらないのじゃないか?」
そう言って、潤んだ瞳で上目遣いでオラトリオを見上げるアンジェ。まあ、色々言ったが……アンジェ、顔立ち自体は物凄く整っている、いわば美女でありそんな美女の可愛らしい姿に、思わずオラトリオも『うぐぅ』と変な声が喉奥から漏れる。
「……はぁ。離せ」
「……おらとりおぉ~。いかないでぇ……」
「……行かないから。話を聞いてやるよ」
頭をガシガシと掻いて、オラトリオが上げた腰をどかっと降ろしてソファに深く体を沈める。まあ、アレだ。オラトリオも『授ける神』としてアンジェに神託を授け勇者とした――まあ、彼女から『普通の一生』を奪ってしまったという罪悪感みたいなものもある。彼女が『普通の幸せ』とやらを望むのであれば……まあ、ちょっとぐらいは手伝ってやろうか、という心もあるのだ。
……まあ、お願いの内容が聞きようによっては『合コンで男漁り』なのは如何なものかという感じもするが……その辺はスルーで。
「……一応、言っておくけどな? 今回は流石に分が悪いと思う。お前、根本的に男受けのするタイプじゃないしさ?」
「……そうか?」
「まあ、『世界を救った勇者』ってのが一番の曲者だよな。流石にそんな人間を好き好んで伴侶にしようって人間も……居ないとは言わねーけどよ? 数は少ないぞ? 魔王に逆プロポーズしてフラれたって話もあるし」
「あ、あれはオラトリオが皆に言うからだろ!?」
「俺は授ける神であり、記録する神なの。勇者の行動は記録する義務があるし……『神話』を作る義務も、広める義務もあるしな」
この世界の『勇者』や『魔王』などの特殊な人々の記録をオラトリオは記録する義務があり、それを後世に『神話』として残す仕事がある。オラトリオの説明に、イヤそうな顔をするアンジェ。
「……魔王に逆プロポーズしてフラれた話が神話になるのか……」
「……一応、注意しただろ? お前の行動は『神話』になるから、迂闊な行動をするなって」
「……止められなかったんだ。っていうか、あれは実際求婚みたいなもんじゃないか!! あの魔王、女に恥を掻かせやがって!!」
「ちげーよ。あれは魔王の様式美なの」
「そんな様式美は知らん!」
「お前は……まあ、ともかく、だ。今のお前の現状を考えれば、お前が簡単に出逢いを見つけて結婚まで漕ぎつけるのは不可能に近い。オッケー?」
「ぐ……そ、そんな事はないんじゃ……」
「現実はきちんと認識しろ。無理なもんは無理だ。次に……まあ、趣味や特技だな。もうちょっとこう、女性らしい趣味に寄せて行く方向で行くべきだろう? 特にお前の場合、普段が普段だからさ? こう、なんて言うの? ギャップ萌え? そっちを狙う方が良いと思わねーか?」
「ぎゃ、ギャップ萌え?」
「……例えば魔王がさ? 捨て猫に餌あげてる姿とか見たらどう思うよ、お前?」
「……優しい一面もあるんだなって思う……はっ!!」
「そういう事だ。アンジェ、残念だけど……お前が世界を救った勇者なのは事実だ。どう頑張っても覆せない真実だ」
「ぐ……」
「だが、裏を返せばお前は『強くて格好いい』っていう女のレッテルが張られている。だったら、それを覆す様な『ギャップ』を作れば……」
「出逢いのチャンスもある……と!」
「……まあ、ワンチャンって感じだがな。そもそもパワーワード過ぎんだろ、『世界を救った勇者』って」
「うぐぅ……」
「……だが、やらないよりはマシだと思うぞ?」
「そうだな……うん、そうだな! 流石、オラトリオだ! 授ける神なだけある! 素晴らしい知恵を授けてくれた!!」
「……いや、うん、授ける神ってそういう意味じゃないんだけどね?」
彼の仕事に恋愛関係のアドバイスを授ける仕事はない。あくまで神託を授けるだけなのだ。
「……まあ、ともかくだ。まずはお前の得意料理からだな」
「……オークの丸焼きは」
「駄目に決まってんだろ。さっきも言っただろ? ギャップだ、ギャップ。だからまあ……」
そう言ってうーんと中空を見つめ。
「――よし! お前の得意料理は『里芋の煮っ転がし』だな」
「里芋の煮っ転がし!?」
「やっぱ、家庭料理の代表は煮物だろ? 肉じゃがとかも良いけど……流石にあざとすぎるからな」
「い、いや……だが、私は里芋の煮っ転がしなんか作った事が無いぞ!? それを流石に得意料理というのは……嘘ではないか、それは」
「嘘じゃねーよ。明日、お前は里芋の煮っ転がしを作るだろ? そしたらどうだ?」
「ど、どうだって……」
「お前は里芋の煮っ転がしを作った事がある。そして、他の料理は作った事はない」
「お、オークの丸焼きは……」
「あんまり言いたくないけど……魔物を丸焼きにしただけって、ぶっちゃけあんなの料理じゃねーよ。食える物作ってるだけだ」
「なっ!!」
「ともかく! 他の料理に比べれば……例えば王宮で食ったコース料理みたいなのに比べれば得意料理じゃねーか。だって一回作った事があるんだから」
「……そ、それは」
「な? 嘘は言って無いだろ?」
嘘は言ってない。ただ、誇大表現なだけで。
「この発言のミソは『どれくらい』得意かは言わないところだ。『この間、里芋の煮っ転がしを作ったんだ。まだ練習中だけど……』とでも言っておけばそこまで突っ込まれる事はねーよ」
「そ、そうなのか?」
「あたりめーだ。合コンで里芋の煮っ転がしの作り方を聞いてくる男なんている訳ねーだろうが。アンジェがどれくらい出来るかなんて、誰にもわかんねーよ。言ったもん勝ちだ、言ったもん勝ち」
「そ、それは詐欺では……」
「詐欺?」
アンジェの言葉に、はんっと鼻を鳴らして。
「――男女の出逢いなんてそもそも騙し合いだろうが。騙されたヤツが悪いんだよ」
ニヤリと笑って、とても神様が口にする様な言葉じゃない言葉を吐いた。