第四話
一礼して部屋を後にするサラを見送った後、興奮覚めやらぬ表情で視線をオラトリオに向けるアンジェ。そんなアンジェの姿にオラトリオは大きくため息を吐いた。
「聞いたか、オラトリオ! ご、合コンだぞ! 合コンに呼んで貰えるんだぞ!! 出逢いが……ついに私にも出逢いが来るっ!!」
浮かれ気味にそんな事を口にするアンジェ。その姿を見ながら面倒くさそうに……そして、何より同情するようにオラトリオは憐憫の視線を向ける。
「……あんな? アンジェ、お前合コンってどんな場所かわかってるのか?」
「先ほどの説明を聞く限り、出逢いの場所なんだろう?」
「そうだよ。出逢いの場所だよ。でもな? お前、出逢いだけで済ますつもりは無いんだろう? きちんとお付き合いして、行く行くは結婚まで……みたいな事も考えてるんだろ?」
「そ、それは……まあ」
少しだけ顔を赤らめてもじもじとし出すアンジェ。見る人が見れば愛らしい、そんなアンジェの姿に、オラトリオは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて見せる。
「うわ……似合わねえ……」
「し、失礼な事を言うなっ!! わ、私だってこう……あ、憧れがあるんだ! 何時かは湖の畔にある二階建ての一軒家に住んで、庭には大きなブランコがあって、素敵な旦那様と生意気だけど可愛い息子、愛らしい娘と犬のジョンの四人と一匹で慎ましやかに暮らす夢がっ!!」
「犬の名前は確定なのな。にしても……似合わねえ夢見るなよな? つうか、お前なら王都の一等地にお屋敷みたいな豪邸だって持てるぐらいの貯金、あるんじゃねえの?」
「いや、あるけど……そうじゃないんだ。そんな生活じゃなくて……もうちょっと普通の生活がしたいんだ! 旦那様と子供に手料理を振舞うような、そんな生活が!!」
「手料理って……」
「自分で言うのもなんだが、そこそこ料理は巧い方だろうが? 魔王討伐時代は他のパーティーにも振舞っていただろう? 評判だったじゃないか」
実際、魔王討伐の為の旅暮らしが長かった為にアンジェの料理はそこまで下手ではない。そもそも、『勇者』などがっつり体が資本の商売、『お腹が空いて力が出ない』では話にならないのでアンジェも三食しっかり食べる習慣だけは崩した事はなく、野宿の多い生活、必然的に料理の腕前も上がっていったのである。上がって行ったのではあるが。
「……得意料理、なんだっけ?」
「オークの丸焼きだが?」
「……これだもんな」
料理の腕は上がっては行ったが、残念な事にアンジェの作る料理は完全な『オトコメシ』、言ってみれば『喰えればいい』という感じの料理なので……まあ、味は普通だが、少なくとも見た目はさして良くはない。っていうか、愛する旦那様と子供達に振舞う料理ではない。
「だ、駄目なのか? 最近は市場でもオークが出回っていると聞いたので、作る事が出来ると思っていたのだが……」
「いや、駄目じゃねーけど……流石に新妻が作った初の手料理がオークの丸焼きだったら、俺が旦那なら愕然とするね。煮物とかじゃね?」
「……そんなちまちま作る料理は……む、無理だ。で、でもな! サラだって料理は得意じゃないって言ってたぞ!! 面倒くさいから市場で出来合いの物で済ますって言ってたし!!」
「いや、サラはほら……なんか、可愛らしい感じがするだろ? 無表情だけど庇護欲そそる感じがするし……そういう面で売って行く方法もあるじゃん?」
「わ、私だって可愛らしいだろうが! これでも整った顔をしていると言われるぞ!!」
「いや、まあお前が顔が良いのは認めるけどよ~。でも、『庇護欲そそる』のは無理がねーか? 世界を救った勇者が庇護欲そそるって、どんなだよ? そもそも腹筋が六個に割れている女性に『可愛い』はねーわ、『可愛い』は」
「わ、私だって好きで腹筋を六個に割った訳じゃない!! し、仕方ないだろう!! 勝手に割れたんだ!! 私だって女性らしい『くびれ』とか欲しかった!」
まあ、毎日魔物と斬った張ったをしていれば自然と腹筋も割れてくるというものである。
「後はまあ……趣味とか特技とか、男性受けするのが必要なんじゃね? 合コンに行って男捕まえようって考えてるだったらさ? お前、特技なんだっけ?」
「特技は……」
「特技は?」
「…………ど、ドラゴンを狩る事、だな……」
「……」
「あ、ど、毒草と薬草を見分ける事も出来るぞっ!! ぴ、ピクニックとか行った時に重宝しないか!?」
「……趣味は?」
「……け、剣の手入れとか……こ、心が落ち着くんだ、あれをしていると。あ、武器とか防具とか見るのも好きだな! こう、古い武器を見ると『いいな』って思う瞬間があるんだ! 持ち主の思いとか、経歴を感じさせるだろう!!」
「…………」
「ま、待て! や、やり直し! しゅ、趣味は……そ、その……め、迷宮探索とアンデッド狩りだな! 管理職と言えど体が資本、なまってしまうからなっ!!」
「……言い直した方の趣味の方が悪い件。なんだよ、迷宮探索とアンデッド狩りって」
ため息一つ。
「……まあなんだ? お前にはきっと合コンは向いて無いって。な? 下手に合コンに行って恥かいても嫌だろ? だからまあ、今回は諦めておけって」
話は終わり。そう思い、オラトリオは椅子から立ち上がって。
「……なんだよ?」
その手をぎゅっと握るアンジェ。何時になく――ああ、違う。いつも通り力の入ったアンジェの握りにオラトリオの骨が『ミシッ』と鳴った。
「いてーよ! なんだよ!!」
「……って」
「は?」
「手伝って!! オラトリオ、手伝ってくれ!! 私が合コンで恥を掻かない様に……頼むっ!!」