第三話
「……サラ?」
「はい? どうしましたか、長官?」
「い、いやな? そ、その……ご、合コンと云うのは……た、楽しいのか?」
「人による、としか。私自身は先ほども申した通り、仕事が恋人ですので。然程、出逢いも求めてませんのでただただ億劫と言うか……」
「おい、ちょっとそのポジション、代われ」
まるで地の底から聞こえる様な、底冷えする声。これが怨嗟、というものか……まるで亡者の様なその声に、びっくりした表情をサラは浮かべて見せる。
「ちょ、長官? い、今の声は……?」
「な、なんでもない! こ、コホン……そ、そうか、億劫か」
「え、ええ」
「……だがな、サラ? 若いうちだけだぞ、そんな事を言っていられるのも。年を取れば、どんどんと出逢いの場は少なくなっていく。今のうちに良い伴侶を見つけておけ。でないと、周りの友人がどんどん結婚していき、『まあ、普通の幸せだけどね~。いいな、アンジェは。バリバリ仕事してたのしそー』みたいな事を言われたりするようになるぞ? 人の御祝儀代という名の貯金が増えて行くんだ。その貯金は、自身が結婚出来ないと取り崩せないんだぞ?」
「……長官が何をおっしゃりたいのかよく分かりませんが……」
言うならば親心である。そんなアンジェの気遣いに、サラは首を傾げて。
「私は長官に憧れておりますので……一生、独り身でも良いかな、と」
「ぐふぅ!?」
……あかん、サラ。それはアンジェの心の地雷や。
「わ、私だって好きで独り身の訳では……わ、私だって……」
完全にグロッキーなアンジェ。そんなアンジェの姿に、不思議そうにサラは首を傾げた。
「……長官は出逢いが欲しいのですか?」
――ここで、『うん』と可愛く頷くことが出来れば、ひょっとしたらアンジェの結婚はもうちょっと早かったかも知れない。
「べ、別に私は出逢いが欲しいとか、そういう訳では無いぞ!! た、ただ……そ、その……そうだ! 仮にも世界を救った勇者だからなっ!! やはり、ある程度世俗の事にも興味を向ける必要があるだろう!?」
……だが、悲しいかな、アンジェは世界を救った勇者だ。流石に部下に対して『出逢いが欲しいの~。サラ、紹介して~』とは……まあ、プライドとか地位とか体裁とか色んなものが邪魔して中々素直に頷けないのである。めんどうくせぇー女? 正解でーす。
「……なるほど。確かに今の勇者庁は『住民を魔物から守る』という業務から派生した形で貴族の護衛や街の警護も兼ねていますからね。確かに、世俗の動きを知る、というのも長官として、上に立つものとして必要な事かも知れませんね」
「う? ……う、うん! そうだ、そうだ! その為に私は合コンに興味があるのだ! べ、別に出逢いを求めている訳ではないからなっ!!」
「分かっています。長官は我々、『仕事が恋人』の女性の憧れですから。長官程とは言わないまでも、ある程度の稼ぎと地位があれば女一人でも充分生きていける時代ですものね」
「うぐぅ……そ、そんな憧れになりたいわけでは無いのだが……」
「はい?」
「……なんでもない」
先の魔王の復活により、街の働き手の男の多くは魔王との戦いに駆り出されていた。運良く五体満足でかえって来たものもいれば、手足の欠損があったり……場合によっては命を落としたものもいる。
「……今の街中って女性の方が強いもんな~」
ポツリとつぶやくオラトリオの言葉通り、現在は街中でも店先に立つのは女性の姿が多い。男性もいない訳では無いのだが……相対的に、男女比のバランスが崩れてはいるのだ。そんな中、『世界を救った英雄の女勇者』は働く女性達の憧れだったりする。本人の望まぬところで、だが。
「……ですが、長官のお気持ちは分りました。幾ら女性の地位が上がったとは言え、力では男性に負けてしまいます。合コンがどういう場か、危険性はどんなものかわかれば、今後の警護の際にも活かす事が出来るでしょう」
「そ、そうだろう、そうだろう!! そ、それで? その……今日の、ご、合コンなのだが……」
キラキラと期待の籠った視線を向けるアンジェ。その視線からそっと目を逸らし、気まずそうにサラは言葉を継いだ。
「……申し訳ありません、長官。流石に私も今回は呼ばれた身、加えて男女比を変えてしまうとあまり良く思われませんので……飛び入りの参加は、少し難しいかと」
「そ、そうか……あ、あはは……そ、それはそうだよな……」
あからさまにがっかりとし、しょぼんと肩を落とすアンジェ。そんなアンジェの肩を、サラが優しく触れる。
「……サラ?」
触れたまま、無表情がデフォルトのサラにしては珍しく微笑みを浮かべて見せる。
「ですが……ご安心下さい。今日の合コン、少しばかり張り切らせて頂きます。長官に相応しいと思う殿方を数人見繕って、今度はその数人と合コンを開こうと思いますので」
ですから、と。
「――その日を、どうぞお楽しみに」
「っ!! サラ! 愛しているぞ!!」
「私もです、長官」
サラの胸に顔を埋めるアンジェ。そんなアンジェの頭を優しくなでるサラを見ながら、オラトリオはため息を吐いて。
「……これ、絶対面倒くせーヤツじゃん」




