第二話
「……合コン、だと……?」
サラの言葉に、驚愕の表情を浮かべるアンジェ。何がそんなにこの長官の琴線に触れたのか分からないのか、小さく首を傾げながらサラは言葉を続けた。
「はい。と言っても、数合わせなんですが……ともかく、参加して欲しいとの事なので。正直、気は進みませんが……お世話になった先輩のお誘いですので、ちょっと顔だけ出しておこうかと思います」
「そ、そうか……合コンか……それは……」
そう言ってアンジェは何かを考え込む。そんなアンジェに、オラトリオは声を掛けた。
「……アンジェ、お前『合コン』って知ってるのか?」
「馬鹿にしているのか、オラトリオ? 知っているに決まっているだろう。合コンくらい」
「……へぇ」
アンジェの前半生――十歳くらいまでは普通の少女であったが、それから十八歳までの八年間はひたすら修行、その後の六年間は魔王退治、そして最近の一年は勇者庁と言う名のブラック企業でデスマーチである。『記録する神』として、常にアンジェの側に居たオラトリオ的に、アンジェが合コンを知っているのは少しばかり意外ではあった。少なくとも、そんな『青春』チックな事をしているアンジェなんか見たこともない。思えば暗い青春であっただろう。若干不憫に思いながらアンジェを見るオラトリオに、アンジェが首を傾げて言葉を――
「……そんな怪訝そうな顔をするか? オラトリオも一緒に行っただろう? 楽しそうにしていたじゃないか。『俺がヤッてやるぜ!』と、随分乗り気だった気がするが?」
「俺!?」
――言葉じゃなくて爆弾でした。オラトリオ、びっくりである。少なくとも彼の中でそんな記憶は微塵もない。
「……神様と言えどもやっぱり男性なのですね。世界を救う合間にそんな事をしていらしたのですか、オラトリオ様」
アンジェの言葉に軽蔑した様な視線を向けるサラ。そんなサラの視線にオラトリオはぶんぶんと両手を振って見せる。
「い、いや、誤解だって!! サラ、誤解だから!!」
「いえ、私は別に気にしていませんから……あ、もう少し離れて貰っても良いですか?」
「それ、めっちゃ気にしてるヤツ! おい、アンジェ! お前のせいで謂れもない冤罪を受けているんだが!! 合コンなんて行った事ないだろうが!」
「? おかしなことを言うオラトリオだな? 覚えてないのか? 何度も一緒に行ったじゃないか」
――合同コンクエスト、と。
「…………は?」
「ほら、オークの里殲滅作戦で他の勇者パーティーと一緒に討伐に向かっただろう? 『合コン』とは合同でやったコンクエスト戦を指す言葉なのだろう? あの時のオラトリオ、輝いていたな。私も『エース』を取ったし……いい思い出だ」
きょとんとした顔の後、その時の記憶を懐かしむ様ににこやかな笑みを浮かべるアンジェにオラトリオ、言葉もない。
「……おい、誰だ。こいつをこんなポンコツに育てたの。どこの世界に合コンを合同コンクエストだと思うヤツがいるんだよ?」
「……失礼ながら長官が十歳の時から常に寄り添っておられたのはオラトリオ様ですよね? でしたら、責任の一端はオラトリオ様にあるかと」
「うぐぅ……」
修業期間から一緒のオラトリオだ。確かに、責任の一端はあるっちゃある。ならば、それを正すのも育ての親の務め、そう思いオラトリオは優しい笑顔をアンジェに向けた。
「あー……アンジェ? 合コンってのはな? そういう意味じゃ――」
「しかし……大丈夫なのか、サラ? コンクエスト戦は結構厳しいぞ? 勇者庁長官公設第一秘書であるサラには厳しいのではないか? 武芸は嗜む程度だろう? あれは文官には中々に厳しいミッションだぞ?」
「――ない……うん、アンジェ。俺の話を聞け。そして、コンクエストからちょっと離れようか?」
「違うのか?」
「……長官、違います。合コンは合同コンクエストの略ではなく……合同コンパの略です」
「合同……コンパ……?」
「はい」
「なんだ……それは?」
そんな単語は知らない、と言わんばかりのアンジェの表情にため息を吐き、サラはオラトリオをじろりと睨む。
「……強さは申し分ありませんが……仮にも妙齢の女性ですよ? 『合コン』ぐらいは教えておいてくださいませ。教養でしょう、教養。恥を掻きますよ、アンジェ様が。どれだけ箱入りにお育てなのですか?」
「……箱に入って大人しくしてるタマじゃないけどな、こいつ」
「口ごたえしない」
「……はい」
はぁーっと小さくため息を吐いて、サラは視線をアンジェに向ける。その視線は何処か優しげで……まあ、アレだ。親が子供を見る目である。
「……アンジェ様? 合同コンパ、合コンとは……未婚の男女が一緒の席で飲み会を開き、親交を深める機会です」
「……侵攻を深めて征服するのか?」
「……コンクエストから離れて下さい。そして、男性を征服しようと思わないでください。いや、長官なら物理的に出来るでしょうが……そうではなくて……そうですね、一緒に飲み会を開いてお話をすれば相手の事が良く知れるでしょう? そうなれば、『いいな』と思う人が出来るかもしれないじゃないですか? つまり『恋人』を作る機会、でしょうか?」
ダンと、椅子が音を立てて倒れた。何のことはない、アンジェが慌てて立ち上がったせいだ。
「こ、恋人を作る場所……だ、だとぉ!!」
「はい」
「そ、それは、なにか……? そのまま仲が深まれば、その……け、結婚、とか……」
「まあ、そうでしょうね。私も遊びで男性とお付き合いするつもりはありませんし……」
言ってみれば、と。
「――出逢いの場、ですかね?」
アンジェの目が輝いたのは……まあ、言わずとも分かる事だろう。