第十一話
「では、行ってきます。遅くならない程度には帰ってきますので……長官をお借りしますね」
「い、行ってくるぞ、オラトリオ!!」
「……借りるって。ガキじゃないんだから、遅くなるかならないかの判断はアンジェでも出来るだろ?」
服購入イベントから数日後、ついにやって来た合コン当日にサラはアンジェを迎えに家に来ていた。ちなみにこの家、アンジェとオラトリオが二人で住んでいる家である。嫁入り前の男女が……という意見もあるだろうが、片方は神様、片方は魔王を一撃で葬るある意味人外の存在なので然程問題視はされていなかったりする。
「……なんだよ?」
手をひらひらと振って早く行けと言わんばかりのオラトリオをサラがいつもの無表情でじっと見つめる。その視線に居心地悪そうにするオラトリオを見ると小さくため息を吐く。
「……いえ、なんでもありません。それでは長官、行きましょうか」
「う、うむ! そ、それでは行ってくるからな、オラトリオ!」
「さっき聞いた。ほれ、早く行けって。遅れたら心象悪いだろう?」
オラトリオに促される様に家を出るアンジェ。出がけに、『ど、どうだろうか、今日の服装は?』『長官は何を来てもお似合いですよ』『……聞く人間を間違えていたな』みたいな会話をする二人を見送り、部屋の中にオラトリオは入って。
「――面倒くせぇええええええええーーーーーーーー!!!」
机に手を付いて、絶叫。すわ、神様、御乱心!?
『うぉ! び、びっくりした……急に大きな声を出すなっ!!』
御乱心、という訳ではない。不意に脳内から聞こえた『アンジェの声』にそこに居ないのを知りながらもオラトリオは虚空を睨む。
「面倒くせーんだよ、馬鹿アンジェ! なーにが『無理だ……きっと、私には無理だ……』だよっ!! なんだよ、『念話』で話せって!!」
『ば、馬鹿とはなんだ! わ、私だって嫌だぞ!? で、でも……し、仕方ないじゃないか!! 一人で話す自信はない!!』
「子供の授業参観じゃねーんだから……何が悲しくて合コン参観しなきゃいけないんだよ……」
そう言ってがっくりと肩を落とすオラトリオ。そう、残念ながらオラトリオの用意した会話デッキを覚えるも、ロールプレイングで悉くボロを出したアンジェがオラトリオに泣きついたのである。
――曰く、『念話で次の会話を考えてくれ』、と。
『念話』とは神々と契約した勇者が使える一種のテレパシーの様な物で、離れた相手と『通話』が可能な特殊能力である。神様と勇者の間であれば距離は関係なく、世界の端と端に居ても繋がるという凄い能力である。
「……初めて使ったぞ、こんなしょーも無い事で念話なんて……」
……凄い能力なのだが、現状はインカム代わりである。授ける神として、過去色々な勇者に『神託』を授けて来たオラトリオも流石にこんな事でこの神秘な技を使う事になるとは……という風に肩を落とした。
『オラトリオ? どうした、聞こえているか?』
「……悲しい事に聞こえてるよ」
『そ、そうか。それは良かった』
「俺は良くねーけど……まあ、今更言っても仕方ないか。さっさと終わらせようぜ。今どこにいるんだ?」
『今は大通りを歩いている。もうちょっとで戦場に着く』
「戦場って」
『ものの本で読んだ。『合コンは戦場だ。隣に居るのは味方じゃなく、敵だ』と。知らなかったぞ、オラトリオ。合コンは男を征服する事ではなく、隣の女性を叩き潰す作業なのだな』
「んな訳ねーだろ。ああ、いや、あながち間違っても無いけど……」
見た目が良かったり、面白かったり……女性の場合だったら料理が出来たり、男性の場合だったら年収が高かったりなんかの所謂『優良物件』にライバルが殺到するのは間違ってはない。間違ってはいないが、言い方が最悪過ぎる。と、そこまで考えてオラトリオは気付く。
「……つうか、そもそもお前、相手に求める条件とかあんの?」
結婚、結婚と言ってはいたが、具体的なタイプを聞いた事が無かった。外見が『アレ』な魔王に逆プロポーズしたぐらいだし見た目は関係ないだろうし、仮にも元勇者で現勇者庁長官のアンジェには、孫の代まで遊んで暮らせる程度の財産はある。そんなアンジェの『理想の男』とはどんなものか、想像もつかずに聞くオラトリオに。
『――ない。私の事を愛してくれれば、それで良い』
「……闇がふけぇ。なんだよ、『愛してくれれば良い』って」
『今まで愛されて来なかったからな。幼い頃に親とも離れ離れになったし、その後は魔族に憎まれては来たが、愛されてはいなかったからな』
「……」
『ああ、オラトリオを責めている訳ではないぞ? 私の力が世界を救ったんだ。そのことに関しては、神託を授けてくれたオラトリオに感謝しているさ』
「……みんなお前の事好きじゃねえか。サラも前に言ってただろ? 民衆はお前の事を愛しているって」
『民衆が愛しているのは私ではない。『アンジェリーナ・スワロフという名』の勇者を愛しているだけだ。それもまあ、有りがたい事だが……まあ、出来れば『私』を愛して欲しいな』
そう言って念話越しでも分かる様に小さく笑って。
『おっ! 着いたぞ、オラトリオ!! 後は宜しく頼む!!』




