第九話
明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
『今日は有給を取る! 絶対に取る!! その為に仕事をこなすんだ!!』と目を血走らせながら励むアンジェの表情にオラトリオが恐怖を覚えたり、『燃えている長官……素敵です』と、頬に手を当てて『ほうぅ』と色っぽいため息をサラが吐いて見せたり、『……今日の長官はなにか……鬼気迫るものがありますが……どうしたのですか、オラトリオ様?』と勇者庁の文官が引き攣った顔で聞いてきたりと色々あったが……どうにかこうにか一日の仕事を午前中に片付けたアンジェとオラトリオは、そのまま街に繰り出していた。
「んで? 何処に行くよ? どんな服が欲しいんだ?」
街中の少しだけ小洒落たカフェでサンドイッチを頬張りながらそんな事を聞くオラトリオに、ストローを咥えてスムージーを飲んでいたアンジェの眉が八の字に下がる。
「……どんな服が欲しいと言われても……お、男受けのする服?」
アンジェの言葉に、イヤそうに顔を顰めるオラトリオ。
「うわ……発言がビッチ」
「び、ビッチってなんだ!! そ、そうじゃなくて……正直、どんな服を選んで良いか分からないんだよっ!! だから、オラトリオに付いて来て貰ってるんじゃないか!!」
「いや、まあそうなんだろうけど……なんかイヤだろ、言い方が」
世界を救った勇者が『男受けのする服が欲しいです、きゃるん!』なんて星を飛ばしていたら、オラトリオじゃなくても顔がチベットスナギツネ案件ではある。
「……っていうかそもそも論なんだけど……お前ってそんなにセンス、悪いか? 私服は見た事無いけど……そもそもお前、似合わない服ってあんの?」
アンジェは世界を救った勇者、つまりまあ、大冒険をして来た女性だ。一般の女性よりも……『運動』をして来た女性であり、しまった体つきをしている。かといって、筋骨隆々という訳でも無いし、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んだ均整の取れたプロポーションをしている。その体の上に乗るお顔だって、極上の美女と言っても差し支えない優れた造詣をしているのだ。
「勇者庁の制服だってピシッと着こなしてるし、冒険者服だっていい感じだったんじゃね?」
「……勇者庁の制服も冒険者服も決まった『形』があるだろう? 誰が着てもあんなもん、さして変わらんじゃないか」
「……そうとも言えんが」
勇者庁の制服を着ている女性・男性問わず、同じ衣装でも微妙に『垢抜けない』格好に見える人間はいるものだ。
「……お前の場合、サイズ感も良い感じだしそこまでダサくなるってのが逆にあんまり想像つかないんだけどな?」
勿論、持って生まれた体形や顔もあるにはあるが服装が『ダサく』見える一番の要因はサイズ感と清潔感だ。良くある、『学ランはダサい』と言われる理由は学ラン自体がダサいのではなく、入学当初に今後の成長を見越して大きめのサイズの服を選ぶことに起因し、これによって『服に着られている』という絶妙な間抜けさを出すのである。清潔感については言うまでも無いだろう。
「……ドレスは荼毘に付したぞ?」
「そうなんだよな~……そこまで変な服になるって逆に興味が沸くよな」
「……お前、なんかちょっと楽しんでないか?」
ジト目を向けるアンジェに、オラトリオは心外だと言わんばかりに大きく首を横に振って見せる。
「失敬な。『ちょっと』じゃねーよ。だいぶ、楽しんでる」
「おおーい!! さっきお前、面倒くさそうな顔してたじゃないか!! っていうか酷くないか!? 私は真剣に悩んでいるんだぞっ!!」
「いや、正直面倒くさいは面倒くさいよ? でもまあ、折角なら楽しんだ方が良いかなって」
「お、お前というヤツは……」
「……まあ、綺麗に着飾ったアンジェもたまには良いんじゃね? そんな姿も見てみたいしな」
そう言って微笑むオラトリオに、アンジェの頬が朱に染まる。
「そ、そうか……そ、それじゃ……が、頑張って似合う服を着てみる……」
「……チョロ」
「ん? なんか言ったか?」
「なんでも。それじゃ……そうだな」
そう言ってオラトリオは一件のお店を指で指し示す。
「あそこ、言ってみようぜ? 結構何でも揃うって評判の店だし……似合うのもあるんじゃねーか?」
「あ、あそこ!? あそこは最近、若い子に人気の服屋じゃないか! さ、流石に私の年であそこに行くのは……は、張り切った感がないか?」
「実際張り切ってるじゃねーか。ほれ、行くぞ」
躊躇するアンジェの手を引っ張って、歩みを進めるオラトリオ。店内は二階建てで大きめに取られた売り場には所せましと服が並んでいた。その余りの量に、アンジェは目を丸くして呆気に取られたようにぐるりと店内を見まわす。
「ふ、ふわぁ……」
「呆けた顔をしてるんじゃねーよ。ほれ、選んで来い」
「え、選ぶ!? な、なんで!? オラトリオが選んでくれるんじゃなかったのか!?」
「選ぶよ? でもまあ、選ぶ前にお前の好きな服を持ってきてみろよ? 好みだってあるだろうが?」
「それは……ま、まあ」
「だから、取り敢えずお前が持ってきた服の系統から判断するために、一度持ってこい。ああ、別に『本当はこっちだけど……気を使って本当の事言ってくれないかも知れないから……』とか考えなくても良いぞ? 安心しろ、駄目な奴はガンガン駄目出ししてやるから」
「……わお。びっくりだな、オラトリオ。私のお前への評価がそんなに高いと思っていると思っているとは思わなかったぞ? 安心しろ、お前は私の心が傷付こうがお構いなしに言いたい放題言うヤツだと信じている。だから連れて来たんだしな!」
「……なんか、選びたくなくなってきたな~」
オラトリオの言葉に、『じょ、冗談だ!』と言って逃げる様に背を向けるアンジェ。そんな後ろ姿にため息を吐いて、オラトリオはそれでもと思ってレディースの服を数着見繕う。
「……オラトリオ」
待つことしばし、後ろから声を掛けられたオラトリオは振り返ってアンジェと、そのアンジェの手に持つワンピースを見て。
「…………え? なんで? お前、それがマジで良いと思っているの?」
「……だ、駄目か? マコウテイオオクジャクは、メスに求愛するときにその美しい羽根を広げると聞いているのだが……」
――手に持った、『レインボーカラー』のワンピースに、思わず目を覆う。前途は多難そうだ、オラトリオ。




