プロローグ
新作、始めました。
暗い、暗い――魔王城。
その一室、大広間。玉座に座るのは『この世全ての悪』と呼ばれた魔王メルバ。泰然と構えたその姿に、多くの人は恐れおののくが――対峙する女性は怯むことなく『光の剣』を構えていた。年のころは二十代半ば、美しい金髪を腰まで伸ばしたその姿は『光の剣』を構えた立ち姿と合わさって『美しい』や『綺麗』よりも凛々しい印象を与える。
なにより、その顔の中にある釣りめがちな目がより一層、その印象を際立たせている。精悍な顔つき、決して美人で無い訳ではない、どちらかと言えば美形な顔立ちであるのにも関わらず、女性らしさよりも凛々しさを強調している。
「……よく来たな、勇者アンジェリーナよ。我こそがこの世全ての悪、魔王メルバ! 我が軍勢を打ち滅ぼし、よくぞ此処まで辿り着いた。褒めてつかわそう」
そんな勇者――アンジェリーナに対して、魔王メルバは不遜な態度を崩さない。その態度のまま、魔王メルバは言葉を継いだ。
「……我は強い者が好きだ、勇者アンジェリーナよ。どうだ? 脆弱な人間どもの傍ではなく、我と共に歩もうではないか。そうだな……もしも、我のもとに来るのであれば、世界の半分をそなたにやろうではないか」
玉座から立ち上がり、両手を広げる魔王。そんな魔王に、アンジェリーナの眉がピクリと上がった。
「……世界の半分、だと?」
少しだけ興味を惹かれたかの様な声音。その声音に反応したのは魔王――ではなく、アンジェリーナの後ろに控える一人の男性だった。年のころはアンジェリーナと一緒ぐらい、精悍……とはお世辞にも呼べない、にやけ切った笑顔が特徴な男であるが、今はその表情に焦りが浮かんでいた。
「馬鹿! アンジェ、そんな言葉に反応するな!」
アンジェリーナを『アンジェ』と呼んだ男性の名はオラトリオ。アンジェリーナの唯一の仲間であり――そして、『授ける神』であり、『記録する神』でもある。神々の座にありながら、アンジェに勇者の『神託』を授けた神だ。
「うはははは!! そうだ! 世界の半分だっ!! どうだ、勇者アンジェリーナ? 興味があるか? 興味があるのなら、我と一緒に――」
「――それは、『共同統治者』として……という事か?」
「――この世界を……え?」
広い、広い玉間に沈黙が降りた。そんな雰囲気もなんのその、アンジェは軽快に言葉を続ける。
「どうなんだ? 共同統治者として、私を伴侶に迎え入れたいと……そういう意味か? ん? どうなんだ? 私の魅力に参ってしまって、私を妻に迎え入れたいと……そういう事で、良いか?」
「……は?」
魔王メルバ、ぽかんである。きっと彼の人生――魔王生で見たこともない間抜け面を晒しているだろう。そんなメルバに、眼圧だけで語り掛けるアンジェに思わず目を逸らしたメルバは助けを求める様に宿敵であるはずの『神』であるオラトリオに視線を向けた。
「……おい、授ける神」
「……何も言うな。つうか、お前が勘違いするような事を言うから悪い」
「か、勘違いだと!? 我のどの言葉に勘違いする要素があるのだ!! お、おかしいだろう!?」
「おかしいんだよ!! ウチの勇者様はなぁ! 周りがどんどんどん結婚したせいで、お前のそんな言葉ですらプロポーズに聞こえる様になるほど、頭がおかしいんだよっ!!」
「そんなやつを勇者にするなよっ!! 我、今回の目覚めで一番びっくりしたんだけど!!」
魔王のもっともと言えばもっともの言葉が響く。そんな魔王に、一歩、アンジェがにじり寄った。
「……どうなんだ? 先ほどのはプロポーズなのか? うん?」
「ひ、ひぃ!!」
そんなアンジェに、怯える様に一歩後ずさる魔王メルバ。彼の生涯で初めて感じる圧――そう、『婚活の圧』に流石の魔王と言えども耐えることができない。
「……どうだ? ああ、私は別にお前が働かなくても一向にかまわんし、家事もしなくていいぞ? なに、報奨金はたんまりあるし、旅生活だったから料理も出来る。どうだ? 中々に優良物件だろう? ああ、魔法も使えるから便利だぞ? 後は――」
「圧!! 圧が凄い!!」
「ふふふふ……最早人間の男どころか、魔物ですら私を見たら怯えて逃げる始末だ。こうなったら魔王――お前しかいないっ!! まさかお前からプロポーズをされるとはな!!」
「してない!! 何処にプロポーズの要素があった!? 我、びっくりなんですけど!!」
「共に過ごそうと言ってくれたじゃないか!! アレがプロポーズでなくて何がプロポーズだ!!」
「え、ええー……」
物凄く情けない音量でそう囁く魔王メルバ。しかして、アンジェはそんな魔王メルバをさらに追い詰める様に一歩、また一歩と歩みを進める。
「……さあ」
ついに、メルバの背中が壁についた。逃げ道をなくしたことを悟ったメルバは、やがて覚悟を決めた様に。
「……我……肉食系女子は……ちょっと」
「しねぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
「ぬおおおおーーーーーーーーーーーーー!! こ、こんな最後は嫌だぁーーーーーーーー!!!」
バスターソード、一閃。魔王メルバの体が光の粒子になって消えていくその姿を儚げに見つめて、アンジェはオラトリオを振り返る。
「――帰ろう、オラトリオ。悪は滅びた」
「……流石にあれは魔王が可哀想過ぎるんだが。っていうか、分かってる? 俺、記録する神だからな? この出来事、『神話』として残るんだからな?」
「……カットできないか?」
「いや、無理だろう」
肩を落とすアンジェを見つめながら、オラトリオはため息をついて。
――このお話は『魔王に結婚を迫って断られた勇者アンジェリーナが逆切れして魔王を倒した』、通称『逆切れ勇者アンジェ』の飽くなき婚活の物語である。