《キスゲーム事件》開始から5時間前のできごとから、開幕まで。
西暦2030年。
日本国、世間一般的なゲーム世論はこうだ。
【あの『エレメンタルワールド・オンライン』の最新作、今日発売だな!】
【もうやってる、すげークオリティ! ストーリーもめっちゃ面白い!】
【本格王道ファンタジー! PV観たけどめっちゃ作り込まれてる!】
【VRでもARでもなく、MRが普及し終わってない中で、この面白さは異常】
【それだけノウハウを蓄積した状態で出したかったって事だろ?】
【あーやっぱ王道ファンタジーって良いわ~】
【VR空間でもAR空間でも遊べるのが良いね】
【おれリアルで歩きながら遊んでる~、歩きスマホってレベルじゃないけど。運動がてら遊ぶのもいいね】
【ログイン数1000万人ってもう社会現象レベルだなwww】
◆
日本国、国会は慌ただしかった。
野党が徒党を組んでいても、首相が夢みた【絶対の意思】は。この5年間で盤石なものとなっていた。全国の天才達が完璧な論文を制作。弁護士陣も最強軍団。お金も無敵。
国会・内閣・裁判所。そして禁断の王族にまで根をはり、自分の手中に収めていた。無論、国内・国外全てに完璧な『いいわけ』を用意し納得、賛同と賞賛の道を駆け上がっていた。何度も失敗した、何度も何度も……。
だが、『子供を産み育てる環境を作る』と言うこと自体に。『産めよ増やせよ』は、何も悪いことが無かったので最初は不安な要素も多かったものの。その部分も軌道修正。
「無駄だ、この5年間で首相の味方は3分の2だ。どうあがいても多数決で負ける……」
野党の敗因は2つある。
1つ目は、『子供を増やす』は実現可能だが夢物語であること。法案が実行されたとしても、効果は限定的であろう。と、楽観視したこと。
2つ目は、神様の超常現象。魔法の存在に気づけなかったこと。知られなかったこと。まさかこの法案が可決された瞬間に。ゲームプレイヤー1000万人を魔法の力で強制異世界転移。強制デート・強制『産めよ増やせよ』が可能な法律だと見抜けなかったこと。見抜けた人がいたとしても、実証もなく・憶測だけで・魔法も今の今まで発動もしてなければ・目視で確認もしていない。これでは防ぎようがなかった。
誰かが叫んだ、まるで【こんな未来にするんじゃないぞ!】と。未来から過去への悲願の声だった。
「こんな法律が! 日本国が! あってたまるかぁあああああああああああああああああああ――――!!!!」
《以上により、【真・少子化対策推進法】案は。可決されました!!》
――――カァン!!!!
決定の槌が鳴り響く。歴史が歪んだ方向へ流れてしまった瞬間の音だった。歴史的快挙と言えば聞こえは良いが……。
野党は悲鳴をあげる。
「決まってしまった……!」
「ひっくり返ってしまった……!」
「もう、誰も止められない。誰もだ。この時代じゃ、この日本国じゃ。今この瞬間じゃ『あっちが正義』で。『俺達が悪』なんだよ……」
「時代が変わってしまった」
「俺達の築き上げてきた【伝統がなくなる】……そんなの嫌だ!」
同時に、あるゲーム会社で禁断のスイッチが押される……!
◆
ゲーム会社『神道社』世界運営管理室。
「本当にやるのか? 幸、みことは了承してるんだろうけどさ……」
『こんなチャンス5年に1度だけだ。計画は大幅に変わったが、私は私の《神のゲーム》ができる。待ち望んだぞこの時を! 私(神)にとっては20年の悲願……ッ! これだ、こういうのをやりたかったんだよッ!』
そして、たった一つ。この世の全てをひっくり返せるだけの力がボタン一つに集中した。その禁断のスイッチを……。
『ノータイムだ!』
――押された。
ゲームプレイヤー1000万人を魔法の力で強制『異世界転移』。
極大魔法による《キスゲーム事件》の開幕である。
◆
異世界『アンノーン』。
――瞬間。デジタルな描写と共にどこかへプレイヤーは飛ばされる。デジタル世界に居た人も、リアル世界に居た人も。鐘の鳴る一か所の広場に集められた。
「なんだなんだ?」
「何でプレイヤーの皆が一か所に集められてるの?」
「てかここ何処だ? 異世界『アンノーン』て何処だ!?」
「おい! 広場から出られないぞ! どうなってるんだ!」
「ログアウトボタンも反応しない! ロックされてる!」
そこにステータス画面に1通のメールが全員に送られる、そこにはこう書かれていた。
◎
このゲームのログイン・ログアウト方法はただ一つ《デートして、キスをする》。そして、ゲームのクリア方法は《真実の愛がなければクリアできない》。
《『神のゲーム』の名の通り、『賭けるものは人生』であり。クリアしたものは全てを手に入れ、リタイアしたものは、現実でもゲームでも【一生子孫を残せない体になります】。そして沖縄に島流しです》
◎
プレイヤー達は戦慄する。
「何だ……これ?」
「バカじゃねーの?」
「ふざけんな! おい! ログアウトさせろ!」
ざわついたプレイヤーの声の中、その広場の中央に。1人の等身大の女性が遅れて姿を現した。演説の為である。
そしてひときわ大音量に。大画面に。プレイヤーに、異世界人に、日本国に、全世界に聞こえるように。話す。
『初めまして、私の名前は明浄みこと。神様・星明幸を憑依させている。れっきとした神様である。』
「?」
『つーても。いちいち最初から最後まで説明するのも、面倒だから。簡潔に言う、これは《デスゲーム》ではなく《キスゲーム》であり。合法である』
「どうしてこんなことをやってるんだ?」
『ん~。面倒だから5W1Hで話そう』
「ざわざわざわ」
・いつ? 西暦2030年の今日から。
・どこで? 舞台は異世界『アンノーン』と『地球』で。
・誰が? ゲーム会社社長と、日本国首相が。
・何を? 『少子化対策』の《キスゲーム》を。
・なぜ? 理由はいろいろあるが、お前たちが子供を産まないから。
一瞬戦慄してからプレイヤーからは「なんだそれ……」と動揺の声が聞こえてくる。
『ま、舞台は用意したからあとは頑張ってくれ。お前らに与えられた選択肢は《キスするか・キスしないか》だから。じゃあな』
そう言って、説明不足のままそのゲームからログアウトした。
一瞬静まり返ってから、このゲームを理解し始める。プレイヤー達。
「キスだな」
「キスすれば出られるんだな」
「おい、お前。試しにキスしようぜ」
「イヤよ! 変態!」
「キャー!」
「一生童貞は嫌だ!」
「さっきまでやってた、法案可決ってこれか!?」
「無理やりにでもキスしてやる! だってコレ合法なんだろ!?」
「今の世の中じゃキスするのは正義で、しないのは悪なんだよ!」
ガイガイ!
ザワザワ!
わあぁあああああああああああああァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁ!!!!
まるで、集団男女椅子取りゲームが始まったような感覚。
かくして、この狂気と欲望の満ち溢れる《キスゲーム》が始まった。