寝る間の予行演習
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
こーちゃんの家って、もうコタツしまった?
え? 今年はコタツなしで乗り切ったの? よくやるねえ。うちはいい天気が続くからって、数日前にコタツ布団を干しちゃったよ。少なくとも今年の年末あたりまでお預けだね。
コタツに限った話じゃないけど、こーちゃんは寝るときに、しっかり布団をかけているかい? 前に、寝相が悪くて布団を蹴散らしちゃう〜、みたいなこと、いってなかったっけ?
よく寝相が悪いことって、問題視されるよねえ。眠りが浅いせいとか、環境が悪いせいとか。でもさ、ベッドから落ちた先が針の山、とかじゃない限り、寝相ってたいした問題じゃないって、感じたことない?
僕もちょっと前までは、そう考えていたんだけどね。どうも寝相がいいほうがよろしい理由、他にもあるらしいんだ。
それを知った話なんだけど、聞いてみない?
こーちゃんは寝相が悪い時の夢見、どんなものだったか覚えている?
ま、たいてい覚えていないよねえ。夢って目が覚めたら忘れちゃうものだから。
けれど、僕のいとこは良く夢を覚えているようだった。それも自分が死んでしまう夢ばかり、印象に残るらしいんだ。
よく、自分や他人が死ぬ夢というのは、吉兆だといわれている。プラスになる環境の変化や、新しい自分への成長を暗示しているからなんだってさ。
ただ、いとこのその夢は現実と非常に区別がつきづらい。というのも、眠っているところから、起きて始まるタイプだからだ。そして、必ず死んで終わりというわけでもない。
部屋で着替えをしていたら、足が急に滑って、倒れこんだ先に転がっていたハンガー。その引っかける部分が、のどに直撃……という目覚めもある。かと思えば、登校中に歩道へトラックが乗り上げてきて猛突進。逃げ場がなく、他の人が次々なぎ倒されていって「あ、死ぬわ」と思う。そうしてバンパー部分に鼻息が当たるかってときに、トラックは唐突に止まる。
ぽかんとして運転席を見ると、そこには誰も乗っていない。そこでようやく夢だと分かって、ほどなく目が覚めるんだとか。
「ここんところ、二日に一回はこんな夢見ててさ。心なしか、本当に目が覚めたときにも身体がだるいっていうか」
そういっていとこは、首をぐりぐり回してたっけな。
その話を母さんにすると、ちょっと難しい顔をしながら告げてきた。
確かに死を味わう夢は良い証とされる。けれどあまりに頻繁に見ていて、かつ身体に疲労が残る場合は、別の可能性も考えられる。
母さんはこのことを、「死神の予行演習」だと話してくれた。
僕たちも小さい頃、虫とかにいたずらで手を出して、ひどい目に遭わせることがあるだろ? そうして動かなくなってしまって、初めて「死」というものを学ぶ。どれほどの力、どれほどの方法で臨んだらこうなってしまうかを、感じ取るんだ。
その学習は死神にも当てはまる。母さんが聞いた話だと、死神というのはやたらに死を振りまく真似は許されない。しかるべきときに対象へ死をもたらすことができて、一人前の死神になれるのだとか。
だから新米の死神は、どの程度で人が死んでしまうのかを、学ぶ機会を得なくてはいけない。そこで目をつけられるのが、眠っている人。厳密にはそのパジャマや布団にしみついている、その人の命なのだとか。
「布団は一日の3割ほどの時間、身を浸らせるもの。パジャマもまた然りで、私たちの汗と一緒に命がしみ込んでいるの。
眠っている間に服へしみ込んでいく命は多く、何個分もの力を持っている。それを使って新米死神はどのくらいのことが起きれば死んでしまうのか、夢の中で実地体験するわけよ」
――ははあ、ようするに残機とか、コインのクレジットと同じねえ。
僕はそう感じた。やり直しがきくような環境で、人体実験をしていると。
「ただね。布団を剥いじゃっていたりすると命が丸出しだし、おニューのものを使うと命がしみ込んでいないでしょ? そういうときには、うっかり命を使いつくして、本人が死んでしまう可能性が高まるのよ。
寝ている間の突然死とか、話で聞いたりするでしょ? そのうちの何割かは、命の使われ過ぎってわけ」
だからうちでは、掛け布団のガワは代えても、中身は代えていないのよと母さんは話していたっけな。
それからしばらく、この話はすっぽり頭から抜けていたんだけど、一回だけ危ない時があった。僕が自分で新しいパジャマを買って、寝たときのことだった。
ぱっと目が覚めたかと思うと、背中から伝わってくる揺れ。掛けてある布団ごとぐらぐらと動かし、えもんかけたちも大きすぎる身震いを見せ始めた。
地震。初めてではないその事態に、僕はゆったり構えていたよ。けれど、唐突に頭上で揺れていたはずの蛍光灯が、笠ごと落ちてきたんだ。
ただ降ってきたんじゃない。笠と蛍光灯をつなぐ端子部がとれて、僕に向かってきたんだ。その尖った無数の端子の真下には、僕のまなこがある……。
僕の右目は確かに衝撃を受けた。目のあちらこちらに同時に刺さる、硬い金属の感覚をまともに食らったんだ。
でも、思わずぐっと閉じたまぶたを恐る恐る開けてみると、視界にはなんの影響もない。けれど笠がついていたはずの部分は、屋根がぽっかりと大きな口を開き、空がのぞいていた。
穴を囲う板の端は、無理やりはがされた影響で、ぎざぎざの歯のようだ。それがまだ収まらない揺れを受けて、きしみ始める。
「まずい」と身体を起こしかけたが、もう遅い。上から押さえつけたように、内側へ不自然にせり出してくる屋根の板材はもげ、その歯の部分を僕に向けながら殺到する。
いずれも僕の顔の大きさくらいはある。その先がちょうど鼻の下に突き刺さった。
それでも僕は生きていた。そこでようやく僕は、これが夢なんだと。母さんが言っていたような「死神の予行演習」に付き合わされているんだと分かったよ。
どうすれば夢から覚めることができるのか、分からない。布団が思ったより重くて、身体を起こすことができない。
そうこうしているうちに、布団わきのハンガー掛けがぐらつき出した。そのキャリー部分がひとりでに滑ったかと思うと、僕の身体にぶつかり、その拍子に尖った角の部分が僕の顔に……。
当たらなかった。すれすれを抜けて、角は僕の枕に吸い込まれた。
はっと天井を見ると、屋根は無事。けれど、照明の笠はぐらんぐらん揺れている。
部屋の戸がノックされ、母親の声。つい先ほど、かなり大きめの地震が起きたのだとか。
この時は、夢じゃなかった。
そして僕は、知らぬ間に布団を剥いじゃっていて、ハンガー掛けの服たちが、じかにパジャマへ倒れこんでいる有様だったんだ。
もしあそこで、予行演習がまだ続いていたのなら、僕はいまこうしてここにいないかもしれないね。