第二十六話 必要と不必要の存在
会話・説明文が多いです。ですが、最後まで読んでくれると嬉しいです!
「此度の件は誠に申し訳なかった、この通りじゃ!」
「いや、もういいって。誤解も解けた事だしな」
――アルバラスを撃退した後の事。
和心の母親である茉心に拉致され、結果的に終業式をサボってしまった宗士郎は実家に彼女を連れて来ていた。この世界に来た目的を知る為だが、それは直接聞かずとも容易に予想できてしまう。
実際に茉心に事の次第を確かめてみると、娘の和心を探しにきたという事らしい。
そもそもの発端は『異界』の聖域『シェラティス』という場で、何者かが『神天狐』の力を求めているのを知った事だという。『神天狐』の彼女が手に入らなかった為に、その血を引く和心に白羽の矢が立ち、この世界――つまり『地球』に刺客が向かった。
和心が攫われるのを未然に防ぐ為、茉心は娘のいた神社で手掛かりを探し、そこで宗士郎が茉心の怒りを買う原因となってしまった、和心の置手紙を発見したようだった。
ちなみに、突如として拉致された宗士郎を心配して、仲間達から無事を確かめる大量のメールが送られてきていた。なので宗士郎は無事を知らせるメールを五体満足という事がわかる写真と共に送りつけてやった。
「ほれ、和心も謝らんか!」
「イタッ!? うぅぅ~申し訳ございませんでした、鳴神様ぁ~」
手紙に勘違いされるような内容を書き残した和心の脳天に母親の拳骨を振り下ろされ、その痛みで大量の涙を零しながら和心は宗士郎に謝った。
泣きじゃくる和心の頭をナデナデし、宗士郎は茉心に視線を向ける。
「よーしよし、今度からはしないようにな。……それにしても」
「ん? なんじゃ?」
「いや、和心から聞いていた話と違うな、と」
正確には、少し前に妹の柚子葉経由で伝え聞いた和心の母親の人物像。
今までの姿勢、立ち振る舞いや性格面といった茉心という人物像と和心の情報を照らし合わせても、どうしても嚙み合わない。
彼女が厳格だという事はまだ理解できた。子を持つ親として、厳しくするのは普通だと宗士郎も考えるからだ。
しかしだ。
茉心が娘の和心以上に『茶目っ気が過ぎる』という点だけは、どうしても信じられなかった。まだ彼女の全てを知った訳ではないので、断定はできないが、それでも出会ってからのイメージと結びつかないのだ。
「(仕事や家族に関しては厳しく、休暇だと急にはっちゃけるタイプなのか……? まあ、まだ茉心の信用を得られた訳でもないしな。深く考えないでおこう)」
なんにしても、知り合ったばかりの人の性格をアレコレと考えるのも野暮というもの。早々に思考を打ち切る事にする。
「それじゃ改めて、自己紹介……って、する必要もないか」
「何をいう。吾輩はおぬしの事もそっちで突っ立ってるそちらの小娘の事も詳しく知らんのだ。だから、互いの事を知り合おうではないか」
部屋の隅で息を殺すように立っているみなもを顎で指す茉心の指摘に、それもそうだな、と宗士郎は頷く。どちらも一方的に、それも断片的な事しか知らないのだから、自己紹介は行って然るべきだろう。
「わかった。じゃあ俺から。俺は鳴神 宗士郎、人間だ。ここ、地球という惑星に存在する日本で魔物と戦う学生だ。和心とは、偶然神社で魔物に襲われてる所に遭遇して出会った。よろしくな」
「…………それじゃあ、次は私。私は桜庭 みなも、人間です。鳴神君と同じく、魔物と戦う学生で鳴神君の家で居候中の身だよ。よろしくお願いしますね」
「うむっ! 吾輩は狐人族にして、神の僕――茉心じゃ。おぬし達、こちらの住人で言う所の、『異界』からはるばるやってきた。吾輩の事をどう呼んでも構わん。愛娘の和心共々よろしく頼むぞ」
「そして、その愛娘こと和心でございます! お世話になっております!」
それぞれの紹介に温度差はあれど、ひとまずはお互いを知る事ができた。が、念の為の確認として一応尋ねておく。
「えー、茉心って呼んで良いよな? 今更だが」
「はぁ……どう呼んでも構わんとさっき言ったばかりじゃろ。心配せずとも呼び捨てにした件は大して気にしておらぬ。その代わり、おぬしの事も好きに呼ばせてもらうぞ」
軽い溜息。
ほんの少し前、会ったばかりの彼女を呼び捨てにする、といった『礼を失した行為』を取ってしまった宗士郎の憂い事は茉心の微笑みによって一笑に付された。
和心と出会った日に聞いた彼女の母親、つまり茉心の年齢。
当時は笑って流されたが、在りし日の記憶によると、茉心は〝三百歳〟を優に超えているらしい……。そのような『高齢者』という枠を超越した茉心の艶やかな容姿と実年齢が相まって、重大な事を遅ればせながらに思い出していた。
本来ならば、「無礼であろう!」と激怒されたり、ぶたれたりと、何をされても文句は言えない立場の宗士郎だったが、積年の経験よる彼女の心の広さに内心感謝する。
「ん? 今なにか……不穏当、もしくは失礼な事を考えておらんかったか?」
「…………いや、何も?」
訂正。
茉心は自らの年齢をかなり気にしている節が見られる。年齢の事は聞かれない限りは口にしない、宗士郎は固く誓った。
懸念が無くなった所で、次に話すべき話題はやはりあの事だろう。
「それで少し聞きたいんだが……あの魔人族、アルバラスは消滅させたのか?」
宗士郎にとって、今一番重要な問題。
それは、アルバラスの生存確認だ。
決して敵の身を案じての確認などではない。宗士郎にとって、魔人アルバラスは『異界』に赴く為に必要かつ貴重な情報源なのだ。魔神カイザル=ディザストルの危険性を総理に開示出来なければ、『異界』に行く事も今後できなくなる。
もし、仮に茉心がアルバラスを完全に消し飛ばしていた場合、宗士郎達は神族アリスティア達から託された使命をも遂行できなくなってしまう。アルバラスが無事でないならば、警備の厳重な『異界の門』を強行突破する必要があるのだが…………
「安心せい、と言いたい所じゃが。断念ながら……あの魔人族は生きておる、五体満足とは言えんがな」
「え?」
茉心の口から出た言葉はこちらの予想を遥かに上回るものだった。いや、ある意味では安心した……とも云うべきか。
「和心から聞いておるとは思うが、『妖狐』並びに『神天狐』は魔力の代わりに神力を用いて、力を行使する。吾輩だけかもしれぬが、この世界での力の燃費が悪いのなんの。奴を吹き飛ばすだけの力が残ってなかったのじゃ。して、何故そのような事を聞く?」
「それは…………まあ色々あるが、一番の理由は魔神から世界を守る為だ」
「魔神? それは魔人族の頂点に君臨する輩か? それと世界を守る為、じゃと……?」
茉心の疑問全てにおいて、少し考えてから宗士郎は頷きを返し、その訳を説明した。
「ふむ……成程。小童は交流のある神に〝魔神を打倒してくれ〟と頼まれた。だからこそまずは、こちらの世界――『イミタティオ』に行く術を手に入れる為、魔人族から魔神の恐ろしさ訊き出し、国の長に伝える必要がある、と……。そして強者達と協力関係を結び、ゆくゆくは魔神を討ち滅ぼす、という訳じゃな」
「大体はそんな感じだ」
様々な情報の詰まったこちらの事情をかいつまんで説明すると、聞く事と平行して頭の中で整理していたのか、かなりまとまったものが返ってきた。その上で初めて知り得た事なのだが、彼女達の住人が生きる『異界』(地球人側での呼称)を『イミタティオ』というらしい。
その後、『異界』についての基本的な説明を軽くしてもらった。
向こうの世界には大きく分けて二つの種族がある。魔人族と亜人族である。
魔人族は北一帯、亜人族は南一帯を支配しているとの事。数百年も前には、宗士郎達人間とほぼ同じの人間族もいたらしいが、数百年前の大戦で人間族は滅びたらしく、噂では今でも生き残りが何処かでひっそりと暮らしている話もあるらしい。
現在でも、亜人族と魔人族が何百年間もの間に何度も戦争を起こしているようだ。
「まあ、そんなこんなで……魔人族、それを統率する魔神どもを小童達が倒すというのならば、こちらとしては願ったり叶ったりな訳じゃ」
「そうなのか…………」
「それと一つ言っておくが、吾輩が『イミタティオ』に連れていっても構わん」
「っ……いいのか?」
思わず、宗士郎は身を乗り出して聞き返してしまう。
渡りに船、とは正にこの事で、アルバラスから証拠を得ずとも次元を超えられるのならば、是非もない。
だが……
「食い気味なところ申し訳なく思うが、確実に連れて行ける……とは断定できないのじゃ」
「どういう事だ?」
「吾輩は和心がいた神社、そこに生まれた次元の裂け目を通って、この世界に来た。じゃが、元々不安定なもの故、いつ裂け目が閉じるかもわからぬのだ。愛娘を救ってくれた恩人に恩を返したいと思っておったが、期待させてすまぬの」
「……いや、気にするな。アルバラスから情報を得る為に今まで頑張ってきたんだ。その過程に意味がなくなるのは少し残念だからな」
正直なところ、ガッカリする気持ちを抑えられない。
アルバラスから確実に証拠を得られる訳でもない現状、もしもの予防策を持ちうる事ができるというのは、宗士郎の心に余裕を持たせるものだったからだ。
「じゃがその代わりと言ってはなんじゃが…………あの魔人族から情報を引き出す事に協力する、というのはどうじゃ?」
「それは助かるが、具体的には……?」
「そうじゃな~……おぬし達が負けないように加勢するのと、奴の記憶から魔神の情報を投影して、小童の国の長にその危険性を教えるのを手伝おうではないか」
「っ! そんな事が可能なのか!?」
「もちろんじゃ。吾輩は神の僕、『神天狐』じゃぞ? そんなものは朝飯前じゃ」
神に仕える事を誇りに思っているのか、座りながら腰に手を当てた茉心が豊満なバストを揺らしてふんぞり返る。彼女の胸に目が釣られそうになるが、後ろから突き刺さる冷ややかな視線を無視できず、宗士郎は努めて平静を装った。
「っ……ありがたい、助かるよ。問題は奴の居場所と力がどんなものかになるんだが、前者は分からないとして、力の方は少し見当がついてる」
「恐らく寄生能力……じゃな」
「ああ」
「――何で寄生する能力って分かるの?」
そこで、今まで空気だったみなもが宗士郎達の近くに座ると同時に話に割り込む。
目の前で狂気に陥った自衛隊員の見て悲しみや怒りを抱いた彼女としては、アルバラスの力がどのようなものか知りたくなるのも当然といえよう。
「アルバラスが自衛隊に植え付けた『蜂種』。あれは眷属である蜂の毒針で植え付けたものだと、奴は言っていた。眷属はつまり寄生虫のようなもので、それで人を操り人形にしてるんだと思う」
「そういう事じゃ。そういう力の持ち主は、依り代となった者の全能力を格段に向上させる事も可能でな。もちろん素体の性能が良ければ、圧倒的強さを得られる。今は吾輩が痛手を加えたおかげで奴自身、半日は動けない筈じゃ。再び誰かを依り代にして直接寄生しない限りは、な……」
「へえ~、じゃあ今までも人間の力を引き上げてたんだね」
納得の表情を浮かべ、俯いて何やら考え込むみなも。
その表情に、いつもの明るさは微塵も感じられない。会話に参加してくれた事を嬉しく思う宗士郎だったが、決して普段のみなもではないという一点に関しては、自らの心の奥で痛みが走った。
「(桜庭……どうしちゃったんだよ。俺に何か言いたいことがあるなら、はっきりと言ってくれよ……)」
女の機微には疎い宗士郎は、みなもが今何を思って会話に参加したのか分からない。
人間とはもとより、他人の心を完全に読む事などできはしないが、それでも行動や表情の端々で何となくの予想はできるというもの。
宗士郎も例外ではなく、男女関係なく軽く予想はできるものの、彼女の――みなもの心情を知る事はできなかった。
宗士郎を無視する彼女が、何故自身の話を聞いてくれたのか。
そこだけが頭に引っ掛かりを覚え、宗士郎の頭を悩ませていた。
「…………」
「……ほいっとな!」
「!?」
宗士郎とみなも。
二人して暗い顔しているのを気にしてか、茉心がパン! と軽く手拍子を行い、気付かない内に下を向いていた宗士郎達の顔が音に驚愕した拍子に前を向いた。
「それで奴の居場所なのじゃが…………時間をくれれば、居場所を突き止める事は可能じゃ」
「あ、ああ…………そうか。どれくらい必要だ?」
「もしや、急いでおるのか」
「まあな。明日いっぱいまでって言えば、伝わるか?」
「心得たのじゃ。時間はざっと半日程ってところかの」
随分と時間が掛かるな、と問いかければ、気配が一切感じられない相手には仕方ないとの返答が返ってきた。宗士郎自身も闘氣法・『索氣』で、闘氣の波を少しずつ広げて捜索しているが、捜索網に引っ掛からないでいる。
幾ら神に仕える神獣とはいえ、茉心の力でもそのくらい掛かるのは仕方のない事だと理解した。
「話はこんなものか……もう少し昼時だし、柚子葉達が帰ってくるまではゆっくりとするか」
そうして伸びをする宗士郎の身体から骨の音がボキボキと鳴った。緊張感のある会話だったからか、身体が凝り固まっていたようだ。
脱力する宗士郎達を見て、茉心が両手の人差し指をツンツンと合わせながら口を開いた。
「…………のう、物は相談なんじゃが、吾輩をここに泊めてくれんかの? 吾輩、今日寝る場所も確保できておらんのじゃ。もちろん、どこででも寝る事はできるぞ? じゃが、和心が心配じゃし腹も減ったし…………のう?」
「ははっ、分かってるよ。和心もお母さんと一緒の方が良いだろうし、全然構わない。部屋も余ってるしな」
「まことか!!」
先の宗士郎のように、身を乗り出した茉心はジリジリと熱い砂漠でオアシス見つけた如く喜びをあらわにした。
「お母さん! 今日は久しぶりに一緒に寝れるのですね!」
「嗚呼っ。今までどうしておったのか……今日は沢山聞かせておくれ」
茉心の斜め後ろで控えていた和心が感極まった様子で茉心に抱き着いた。
家族のふれあいが羨ましいと宗士郎が思ったのは、これで二度目だ。それ程に美しく心温まる光景だった。
―三十分後―
必死の形相で帰ってきた柚子葉、楓、響を何とかして宥める事に成功した宗士郎は、茉心の素性と攫われた理由、そして魔人アルバラスから情報を得る際に彼女が協力してくれる事を伝えた。
もちろん、納得してもらうまで時間を要した(楓が茉心に突っかかった為)が、無事事なきを得て、いつもの面子とそこに茉心を加えた七人で昼食を取った。
この世界で初の食事に舌鼓を打つ茉心の反応は、初めて和心が日本の料理を口にした時と酷似していた。その辺はやはり親子であると周囲からは微笑ましく思った。
その後、茉心が和心と共にアルバラスの所在を確かめるべく、早速部屋に籠って集中し出す。半日という事は一日の終わりの前後に終了するだろうから、恐らくは明日アルバラスの元へ向かう手筈となるだろう。
――そうして夕食前の事。
「私、ちょっと散歩してくるね」
「え? もう少しで夕飯だよ! なるべく早く帰ってきてね!!」
「うん。ありがとう、柚子葉ちゃん」
夕飯ができる数十分前に、突然みなもが外へ出歩きに行った。
当然、本当にすぐ出来上がると踏んでいた柚子葉は引き留めたが、強く引き留めなかった為に彼女の足を止める事はできなかった。
宗士郎もこの時間帯から出歩くのは心配だと考えていたが、今の自分が彼女になんと言って呼び止めればいいのか見当がつかず、宗士郎は引き留める事さえしなかった。
「茉心さんは、今の鳴神君に必要な存在。今は不必要な私でも、一人でアルバラスから情報を得る事ができれば…………また鳴神君に必要として貰える、かな……」
――今にして思えば、そこで誰かがみなもを引き留めておくべきだったのだろう。
心の闇が深く重いものになり、脆くなった彼女自身の弱さに付け込まれるよりも前に…………。
魔人アルバラスから情報を得る転機となった『神天狐』茉心。宗士郎にとっては喜ばしいものだったが、みなもにとっては新たな闇を抱える原因となってしまうのだった。
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