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第二十二話 託された想いと秘密の発露

 




 過ぎ去ったものに心を痛めていたみなもは宗士郎の言葉と家族の温もりに触れ、過去を振り返るのも大事だが前を向くのも大事だと学んだ。だからこそ、今はただ宗士郎に背中を押されて、みなもは家族に甘えている。


 ――過ぎ去った事を省みつつも、未来へと目を向ける。過去に囚われるのは愚か者がする事だ。


 宗士郎はそう、みなもに伝えたかったのだ。


 大事な友達、仲間としても……。自らの慢心が原因で失った薫子(家族)の事にいつまでも固執せず、決意を打ち立てた自分から彼女へと送る教訓として。


「(家族、か…………)」


 家族に甘えるみなもの姿を見て、感慨深く思う。母・薫子は他界、父・蒼仁は現在他県にて異能保持問わずに子供達を鍛えている。故郷を()ってから一度たりとも再会していない。身近にいる家族は妹の柚子葉のみ。


 今までは、それも仕方のない事だと思っていた。柚子葉だけでなく、仲間も大勢いるのだから今以上は望むまいと。


 しかし、眼前の家族が眩しかった。家族からの愛情を一身に受け止める彼女が羨ましかった。


 有り体に言えば、宗士郎はみなもに『嫉妬』していた訳である。


 みなもに偉い口を叩いておいて、本当なら存在していた家族の温もりを求め(すが)りたいなどと口が裂けても言えない。


 宗士郎は胸の痛みに見て見ぬ振りをして、平静を装った。


「鳴神君! 私はもう大丈夫。心配かけてごめん」

「気にするな。それより、もう甘えなくていいのか?」


 家族の元を離れ、笑顔を取り戻したみなもが戻ってきた。甘えていた時間はざっと五分くらいだろうか。もう少し話してきてもいいんじゃないか、と宗士郎は笑い混じりに尋ねた。


「話したい事が多すぎて、とても時間が足りないよ~っ。十分甘えたからもう良いの」


 共に過ごした時間は約一ヶ月程。


 その短さに反して、濃密な時間を過ごしてきたのだから、語りつくせないというのも頷ける。全ての出来事について話そうと思えば、一日では足りないのではないか……と、宗士郎が素直に思う程に。


「わかった。なら、行くか」

「ああっと! ちょっと待て、鳴神 宗士郎」


 みなもを引き連れて、仲間達の元へ戻ろうと背を向けた時、みなもの父・淳之介に呼び止められた。また何か要らぬ誤解でも生んだだろうか、と心当たりのない不安を抱きつつも宗士郎は淳之介の元へ向かった。次いで、みなもも宗士郎に続こうとする。


「いや、みなもちゃんは待ってなさい。これは個人的に話しておきたい事だから」

「あ、うん……わかった(個人的にって……何を話すつもりだろう。ま、いっか)」


 娘の前では完全武装状態(貼り付けた笑み)を崩さない淳之介に、戸惑いを隠せないみなも。自分の友達には悪い事はしないだろう、と父親を信じてみなもは後ろに下がった。


「えっと、俺に何か?」

「私達からちょっとしたお願いよ」

「お願い、ですか?」

「そうだ。私としては、とてもとても重大なお願いだ。ケッ」


 口を開いてすぐ、まず宗士郎は二人の手によってみなもから遠ざけられた。余程、娘には聞かれたくない話らしい。美千留と淳之介で言葉は違えど、言葉の圧が凄まじく、ズズイッと詰め寄ってくる様は宗教勧誘のソレだ。


 数秒の間隔を空けて、美千留が口を開いた。


「まずは、いつも娘と仲良くしてくれてありがとね、鳴神君。娘を見ていれば、とてもいい関係を築けてる事がわかるわ」

「はは、そうだと良いんですが」

「一緒に過ごしてわかったでしょうけど……あの子は頑固だけど、一度心が折れたら一人で塞ぎ込む事が多くてね~。迷惑いっぱい掛けたでしょ?」

「そんな事は、ありません。俺は彼女の意思の強さに救われた事があったので……」


 不意に、牧原 静流に立ち向かった時のみなもを思い出す。あの時の姿に勇気を貰ったおかげで、再び剣を取り立ち上がる事ができた。


「そうだったの? なら、その代わりと言ってはなんだけど……これからも娘を、みなもをよろしくお願いします」


 そして、美千留に深々と頭を下げられる。年上の人に頭を下げられる機会など、殆どなかった宗士郎はタジタジになる。


「え、ちょ、ちょっと、頭を上げてください……! 仲間を守るのは当然の事なんで!」

「そうだ。当然の事だ。手塩に掛けて育ててきた大事な大事なみなもをキサマの……いでっ、君の元へ預けたのだからな」


 淳之介の宗士郎に対する口調は口汚く、隣で頭を下げている美千留にエルボーを入れられている。


「学園ではキサマが一番強いと風の噂で聞いた。きっと、さっきの騒動のような事がまるで運命のように、これからも幾度となく起きると思う。キサマ如きに頭を下げるのは癪だが、その時は俺の代わりに、みなもをどうか守ってやってくれ。よろしく頼む」

「お父さん…………」


 娘を愛しすぎるが故に、愛娘に群がるハイエナには容赦なく毒舌で地をいく淳之介だが、嫌だと言いながらも頭を下げるその姿に宗士郎はジ~ンと来るものがあった。


「(愛されてるな……桜庭は)」


 心の底から本当に娘を、みなもを愛してると伝わってきたからだ。その想いに答えるべく、宗士郎は握手しようと手を差し出して――


「だ れ が……お父さんだコラ? ウン? ……みなもに何かあったら、ただじゃおかないぞ」


 いきなりガン飛ばされた。


 やはり宗士郎に対する淳之介の態度は娘の敵そのものだった。娘を大事に思っているからこそ、取り繕う事もなく、感情を剝き出しにしている。


 ならば尚のこと、その熱意に応えない訳にはいかないだろう。


「俺があいつを――二人にとって大事な宝である桜庭を必ず守ります」


 今ここに、また一つ決意を打ち立てる。


 それはまるで、王に忠誠を誓う騎士のようでもあり、彼女の両親に結婚挨拶する漢のようでもあった。


「その言葉、信じるわ」

「ふ、フン……なかなか勇ましいじゃあないか。期待している」


 美千留が顔を綻ばせ、淳之介が苦々しくも顔を引き攣らせる。正反対過ぎる反応を前に、宗士郎は頷きを返した。


「所で話は変わるけど……鳴神君はみなもの事をどう思ってるのかしら?」

「……桜庭のことをですか?」


 話がひと段落したら、美千留のこの質問である。


 美千留の目は期待を十二分に含ませたようなキラキラとしたもの。


「(どういう意図があって、聞いたのかわからんが、素直に答える事にしよう)」

「?」


 一瞬、後ろで待っているみなもの顔を見てから咳払い一つ。


「ごほん。外見だけで言えば、アイドル顔負けの美少女。性格で言えば、頑固だけど他人を思いやる事ができる奴だと思ってます」

「あ、いやそのね……? そういうことを聞いてるんじゃなくて――」

「いや、わかる! わかるぞぉー! その気持ち! なんだキサマ、中々に良い眼をしているじゃないか! うん!」


 思ってた答えと違う、とばかりに訂正しようとする美千留を遮り、態度が急変した淳之介が肩をバッシバシと叩いてくる。


「(ストレートに〝好き〟かどうか聞かないとわからない程に鈍いのね…………娘の恋路は前途多難ね……トホホ)」


 テンションMAXの淳之介と違って、ガックシと肩を落とす美千留に宗士郎は小首を傾げた。





「ねえ鳴神君。お母さん達と何話してきたの? なんか、〝頑張りなさい、我が娘よ〟とか泣きながら言われたんだけど」

「さあ? 残念な娘だけどよろしくね、としか」

「いやいやいやいや!? 流石にそれは嘘だよね!! お母さん達がそんなこと言う筈ないよ!?」


 みなもの家族との交流が終わり、仲間達の元へ戻っている最中。


 去り際、母親である美千留に何か吹き込まれたみなもは話題を気にしていたので、わざわざみなもを遠ざけてまで頼まれた事を隠し、適当に返してやる宗士郎。


 すっかり元のみなも……いや、元の関係に戻ったようなやり取りに、宗士郎は嬉しさを隠せず笑った。


「みなもはすっかり元通りね。全く、心配して損したわ」

「でも、元気になったみたいで良かった」

「楓さん、響」

「(関係の拗れた二人の仲をどうやって戻そうかと考えてたけれど、その必要は……なさそうね)」


 仲間達がいた場所へと戻ると、楓と響がオーバーに嘆息した。


 見た所、幼馴染二人と妹を除いて、亮達はいなくなっていた。その代わりに、先程いなかった和心が戻ってきていた。


「鳴神様……動いて大丈夫でございますか?」


 ズタボロになった『戦闘服』を見て、和心が顔を俯かせる。


「和心! お前が無事で良かった…………俺の方は大丈――っと」

「大丈夫、鳴神君?」

「あ、ああ…………」


 そんな彼女を安心させようと、宗士郎は力こぶを作ろうとして、不意に身体がふらついた。傍にいたみなもが身体を支えてくれたおかげで、地面に身体を打ち付けずに済む。


「お兄ちゃん、ちょっとごめんね」


 心配して駆け寄ってきた柚子葉が闘氣法を用いて、宗士郎に渦巻く生命力の波動を調べる。


「……お兄ちゃんの生命力が弱まってるね」

「そりゃそうだろ。ここ三日で疲労がピークに達してるだろうからな」

「士郎もそうだけど、皆も休息を取った方が良さそうね…………ねぇ士郎、私のマッサージ受けてみない? それもオイルをねっとり、たっぷりと使った……貴方だけの特別なものを」

「っ……」


 目を細めてすり寄ってきた楓が宗士郎の胸板を人差し指でスススッと撫でるようになぞる。耳元で小さく囁かれた言の葉と胸のこそばゆさに、ゾクゾクとさせられる。


「と、特別……」

「オイルでねっ、ねね、ねっとりっと……!」

「マッサージ、だとぅ……!?」


 耳ざとく聞いていた柚子葉、みなも、響の身体に衝撃が走った。純真過ぎる和心は邪な想像などする筈もなく、事の成り行きを見守っている。


「ねぇ……どうなの? 答えて」

「――じゃあ、お願いしようかな。どんな凄いマッサージをされるか楽しみだ」

「はぇぇあ!?」

「「ええええ!!?」」


 返答の代わりに逆に迫って肩を掴むと予想と反応が噛み合わなかったのか、楓が顔を沸騰させて目を激しく泳がせ始めた。


「な、なな……!?」

「(フッ、甘いぞ楓さん。十年と長い付き合いの中で、数千回もからかわれた俺に死角などない!)」


 楓は一見クールに決めているが迫った相手に逆に迫られると、しどろもどろになる癖がある。それを知っていれば、多少ドキドキしても対処は可能なのだ。


「いやー楽しみだな。楓さん特別の――」

「や、やっぱり今のなし。異論は認めないわっ……」

「……わかった。機会があったら、普通の方を頼むよ」

「き、機会があったら、ね……」


 逆にやり込める事に成功した宗士郎は態度を崩して、普段通りに笑いかけた。動揺している楓は長い髪を指で絡めとってクルクルと回している。


「楓さんも懲りないね~」

「なー、あれで付き合ってないとかマジでおかしい」

「お二人はやはり仲が良いのでございますね!」

「そ、そうだね」


 宗士郎と楓のやり取りに柚子葉達が微笑む中、みなもは自らの胸に痛みが走った事が不思議でならなかった。


「(また、胸が痛い……私、二人の関係が羨ましいって思ってるの?)」


 痛む胸に手を当て、葛藤とするみなも。周囲はその変化に気付く事なく、話は進む。


「戦いも一旦終わった事だし、今日は私の家でお疲れ様会でもしましょうか」

「楓さんの豪邸で? 本当にいいの?」

「いつもは柚子葉達の家にお邪魔してるから、今度はこっちが招待するわ」


 楓が自身の実家でもてなすと提案すると柚子葉が躊躇いがちに聞き返した。歓迎の返事をもらうと、宗士郎達は「久々だ!」や「初めてでございます!」とはしゃぎ出す。


「みなもも当然来るでしょ?」

「う、うん……初めてだから緊張するな~あはは」


 その場の空気から切り離されていると錯覚していたみなもは、一応の返事をして上っ面だけの喜びを示した。





「見た事ない料理ばっかだったけど、美味しかったね和心ちゃん!」

「はいでございます! この世界にはまだ未知の美味しい食べ物があるのだと知って感激しました!」

「満足してくれたなら嬉しいわ」


 その日の夜。


 楓の提案通り、二条院家が誇る豪邸に招待された宗士郎達は一流シェフの繰り出す豪勢な料理の数々に舌鼓を打ち、満足げに腹を膨らませていた。


「あれ? お兄ちゃん達は?」

「士郎達なら、先にお風呂に汗を流しに行ったわよ。乙女よりも先に湯に浸かるなんて、ちょっと腹が立つけども」


 食事を終えてすぐに、宗士郎達は一軒家にあるような浴槽の十倍以上の大きさの風呂に入りにいった。


「なら私達はその間、お茶しない?」

「良いわね。持ってこさせるわ、爺やお願い」

「かしこまりました、楓お嬢様」

「流石お嬢様……!」


 楓の脇に控えていた男性執事に命令すると、彼は悠然とした立ち振る舞いにてその場を後にする。楓曰く、名前はお約束というか〝セバスチャン〟らしいが、昔から〝爺や〟と呼んでいた為、前者で呼称するのはやめているらしい。


 楓の家に着いてから上の空だったみなもは食事のテーブルから席を立ち、ふらふらと彷徨うように部屋を出た。


「みなも? どこに行くのかしら……私、ちょっと行ってくるわ」

「うん。私達はここでお喋りしとくねー」


 気になった楓は柚子葉達に断りを入れて部屋を後にし、みなもの背中を見つける。彼女が進む方向は楓にとっては、見られたくない物が所狭しと存在する自室だった。


「ま、まさか……入るんじゃないでしょうねっ……死ぬ自信しかないわ!」


 楓は異能を使って動きを加速させて、みなもの背中を追った。





「いでっ……! あれ……? ここは」


 ボーっとしたいたみなもは何かに顔面をぶつけるまで、何を考えてどうしていたのか分からない状態だった。ぶつかった視線の先には大きい重厚な外見のドアが。


 中が気になり、みなもは興味の惹かれるままドアを押し開け…………。


 そして、絶句した。


「え、なっ……なにこれ……見渡す限り、鳴神君がいっぱい…………!?」


 ドアの先の世界はまさに、妖精の国ならぬ『宗士郎の国』が広がっていた。


 巨大宗士郎ポスターに、宗士郎抱き枕。宗士郎ブロマイドに、宗士郎等身大フィギュア等々。


 中には盗撮したかのような写真も多数発見し、みなもは驚きのあまり仰け反った。


「これは……一体!?」

「――見てはだめぇえええぇぇえええ!!?」

「ごっふゥ!?」


 突如として聞えた背後からの絶叫に、みなもは反射的に振り向いた。次の瞬間、みなもの腹部には強烈な衝撃が加わり、ぶつかってきた何かと共に床へと倒れた。


「いたた……もう、一体何がどうなって……」

「見たのね!? 貴方、見てしまったのね!? この私のユートピアを!!!」

「か、楓さん……! じゃあやっぱり、ここは……! って、イダダダ!?」


 みなもの想像通り、ここは楓の自室だった。この鬼気迫る反応からそれは明白。


 楓の指が肩口に食い込みまくり、みなもは悲鳴を上げる。


「記憶おいてけ、ねぇ! 見たな。見たんでしょ。ねぇ見たんでしょう、みなも」

「いた、痛い!? と、というか楓さん! 私の記憶を巻き戻したら綺麗サッパリ、だったと思うんだけど」

「…………」


 その指摘に楓の動きが止まるが、なお強烈な握力による肩の痛みは継続中。視点すら定まらない楓の瞳はみなもの瞳を覗き込んだ後。


「え?」


 楓の目尻から涙が滴った。


「もう無理よ。効果範囲外だわ。これを見られたからには、貴方を殺して私も死――」

「待って待って!? 言わない! 私、言わないです誰にも! 特に鳴神君! だから早まらないで~~~~っっっ!!!」





みなもの両親から想いとみなもを託された宗士郎は新たに一つ、誓いを立てる。その後、招待された楓の家にて、宗士郎達の別行動を取っていたみなもは楓も知られざる秘密を知ってしまうのだった。



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