第二十話 非道なショー
翌日――試験最終日だった日。
昨夜と同様、宗士郎達異能力者が交代制で学園を徘徊・警戒していたが、今回も異変は起こらなかった。連日の戦闘、並びに油断が許されない学園徘徊もあり、警戒していた宗士郎達の体力と神経はすり減らされている。
魔物との戦闘経験豊富な宗士郎達ならともかく、学園に泊まった他生徒達の顔はどれも暗いものばかり。それ程、先日の戦闘で疲弊したという事だろう。
今この状況で魔人族側に攻められれば、確実に死傷者が出る。
だが、魔人族側はそれをしなかった。
あくまで目的は、『神天狐』の娘である和心であると言いたいばかりに。
そのおかげか、昼間まで休息を取る事ができた。「攻めてくるかもしれない」という不安があった為、満足のいく効果が得られたか怪しいが。
「皆の体力も限界か…………」
学食で休憩を取る学園の仲間達の表情を見て、壁に背を預けて立つ宗士郎は言葉を零した。
「それだけ昨日の戦いが辛かったって事よ」
隣で寄り添うように立つ楓に、まさにその通りだなと頷く。
「……こっちから打って出るべきか」
「そのアルバラスって奴の居場所はわかってるの?」
「わからない。だけど、おびき出す策はまだある」
楓や主要メンバーの面々には、既に今回の首謀者が魔人族のアルバラスである事は伝えてある。その上、狙いが和心である事も。
「狙いである和心が学園から離れれば、学園に被害が及ぶ事もなくなる。だから俺は和心を連れて、山奥に行ってくる」
「それって、本当に囮になるって事? 私は反対よ」
「――私も反対だよ」
と、そこで家族と談笑してきたみなもが会話に割り込んできた。
「行くなら私も行く」
「クオリアが完全に回復しきってないのにか?」
「……それでも行くよ。鳴神君や和心ちゃんだけを危ない目に逢わせたくない」
悲痛な表情。心から心配している事がわかる程の意思が、彼女の眼から伝わってくる。
「頑固だな、桜庭は」
「鳴神君ほどじゃないよ」
しばらくお互いを見つめ合う。
みなもの決意が固い事は今も少し前もわかりきっている事だった。関係が未だに少し拗れている中、自身の心に正直であろうとするみなもの真摯さには尊敬の念すら覚える。
「ならこうしようぜ! 皆で行くってことで!」
「なっ……響!?」
「お兄ちゃんだけカッコイイ事はさせないからね!」
「柚子葉まで……!」
話を聞いていたのか、幼馴染と妹が背中に負ぶさってくる。
「決まりね。さあ行くわよ」
「いやいやいやいや! 待てって!? 学園の守りはどうするっ!?」
「そいつはぁ俺等に任せろ」
「亮!?」
宗士郎の苦しい言い訳は後から現れた亮によって、バッサリとへし折られた。
「追加の魔人族は恐らく、アルバラス? って奴一人だろ。敵があのちびっ子をどうしても欲しかったのならぁ、あの時もっと増援がいた筈だからなぁ」
「それはそうだが……!」
「俺や和人達、神代先生、それにこの後輩達もいるしなぁ」
そう言って、亮の影から見知った二人の一年生が出てくる。
「あたしを忘れるなんて酷いっす!」
「あの時助けてもらえなかったら、今の僕はいません。だから僕にも手伝わせてください、宗士郎さん」
「りかっち……それに宮内君まで。もう怪我は良いのか?」
「はい、もうすっかり。宗士郎さんにやられた傷も目が覚めたら、治ってましたので」
頼もしい後輩達の言葉に、宗士郎の胸の奥が熱くなってくる。
既に大雅の傷は学園の女医――祥子先生こと、神族のラヴィアスと同じく神族のアリスティアが癒していたのだった。
「(外堀がどんどん埋められていくな、これは)」
最早どれだけ言葉を尽くしても、彼等の心は決まっている。
ならば…………。
「じゃあ頼む。俺はお前達を信じる」
宗士郎の言葉に、その場にいる仲間達が各々頷いた。
「響、桜庭、柚子葉、楓さんは俺と共に和心を守る。亮達は俺達がいない間、学園にいる全ての人を守ってくれ」
「お兄ちゃんに付いて行くよ!」
「俺等に任せろぉ」
皆が皆、良い表情と声で再び頷く。
その光景を目に焼き付けた後、宗士郎は学園長室にいる和心を連れて、学外に赴いた。
「――鳴神様~今更なのですが、本当に敵は来るのでしょうか?」
学外に出る前、学園の敷地内で和心がふと疑問を口にした。
「敵は仲間を失い、時間もかなり喰っている。和心が目的なら、もうなりふり構っていられない筈だ。それと、事後承諾で悪いな……和心」
「いえいえ。私としても、これ以上私の所為で皆様が苦しむのは見ていられなかったので。これを機に魔人族をボッコボコにしてやりましょう!」
和心がフンスッと小さな両手で握りこぶしを作り、意気込みを露わにする。
今度は本当に囮になる、という事を理解した上の発言はとても年端もいかぬ少女とは思えない。彼女が見た目以上に聡明である事を宗士郎は再認識した。
「物騒過ぎるよ和心ちゃん――って、あれ?」
「どうしたんだ、柚子葉ちゃん?」
学園の外へ向かっている途中、前方からこちら――否、翠玲学園へと進む人影と大きな車両が多数見受けられた。
その正体とは…………。
「迷彩服に、戦車…………」
「自衛隊、だよね? あれ……」
「学園に何の用かしら」
「俺が聞いてくる、皆はそこで待っててくれ」
「待ってよ、お兄ちゃん!?」
みなも口にした通り、学園の敷地に入ってきているのは自衛隊だった。それも銃器や戦車を数台引き連れて武装した上でだ。
どういう訳か気になった宗士郎は皆を代表して、自衛隊の元に走った。
「あの、学園に何か用ですか?」
「君は……学園の生徒か。学園が日夜、魔物に襲われていると耳に挟み、救援に来た次第だ」
「救、援……だと?」
隊員の説明を聞き、宗士郎は小首を傾げた。
救援に来てくれるのは、確かに有り難い。学園の近隣住民がここ数日の騒動に疑問を持って、政府に連絡を入れたのだろう。だが宗士郎が気になったのは、自衛隊の武装だ。
魔物と戦う学園側の救援というのならば、魔物に対抗できる感覚武装をその身に所持している筈。
「(助けにきた体裁はわかる。だが、それなら何故一昔前のものを……?)」
なのに彼等が持つ武装は小銃や拳銃、手榴弾、そして戦車。どれも感覚武装が支給される前の人を敵と想定した武装その物だった。
「君の疑問はわかる。だが安心してくれ。水、食糧などの支援物資は揃えてある」
「いや、そういう事じゃ――」
「それでは私達は行くよ。君も用事ならすぐに済ませて、早く学内に戻りなさい」
「あ、おい……!」
一方的に話を打ち切り、自衛隊は戦車を引き連れて学内へと入っていく。その去り際、宗士郎はある物体を見て、目を見張った。
「なんだ、あれは……っ」
宗士郎が視線を集中させたのは、自衛隊員達のうなじ部分。
そこから生えるように伸びている不思議な芽が宗士郎の第六感を激しく刺激した。
「っ」
「どうだったの……って、ねえちょっとお兄ちゃん!?」
「嫌な予感がするっ……皆は和心と一緒にいてやってくれッ」
寄ってきた柚子葉達の脇を通り抜け、宗士郎は自衛隊の後を物凄い速さで追う。
「何かありそうね……私達も一旦戻るわよ」
「了解でございます!」
そうして柚子葉達も自衛隊と宗士郎を追って、進めていた歩を後ろに向けて走り出した。
――翠玲学園、校舎前。
「おい、あれを見ろ……!」
「あれは、自衛隊? どうしてここに」
学内を徘徊していた亮、和人が窓の外で校舎に向かってきている自衛隊を視界に捉えた。自衛隊がここに居る訳が気になった和人だったが、その答えはすぐにもたらされる事になる。
「――私達は君達の救援にきた! 水や食料などの物資もあるので、誰か中に運び込む手伝いをして欲しい!!」
一人の隊員が拡声器を使って校舎内に呼び掛けた。
「確かに助かるがぁ、何故自分達で運び込まない?」
「そんな事はどうでもいいよ! 亮もほら、一緒に行こ! 皆も行っているみたいだしさ」
「オ、オイ和人!?」
和人に腕を引っ張られ、亮は引きずられるようにして学内から外へ。その際、他の生徒や保護者達も何の疑問も持たずに続々と自衛隊の元に集まっていく。
「ほら、アナタも手伝うのよ」
「ええぇ~みなもちゅわんの為じゃないと動きたくないぃ~」
集まっていく人波の中には、みなもの両親――淳之介と美千留もいた。いつの間にか、生徒や保護者も合わせて百人以上は外に出て来ている。
「はぁっはぁっ……! 人がこんなにも外に……っ!」
急いで戻ってきた宗士郎が人が大勢集まる状況を見て、更に嫌な予感が増していく。そこに宗士郎を見かけた亮達が駆け寄ってきた。
「宗士郎! お前、山奥に向かったんじゃなかったかぁ?」
「嫌な予感がして戻ってきた。自衛隊から離れるように触れ回ってくれ、今すぐだ!!!」
「んぁ? よくわかんねぇがわかっ――」
亮が頷き、動こうとした瞬間…………、
――パァンッ!!
という乾いた銃声が辺り一面の空気を支配した。
音の発生源は校舎前の人だかり。人が大勢集まった自衛隊より轟いた。
「えっ……?」
保護者の一人の男性が声にもならない声を漏らした。その男性の視線はまず、眼前の――自衛隊員の一人が持つ拳銃の銃口へ。
煙が……火薬の発火によって生じた硝煙が空気に揺られる。
そして、向けられた銃口の先。射線上にある自らの身体…………徐々に熱を帯び始める、自身の太股に目を向けた。そこには、ポッカリと小さな風穴が。
彼はそれを認識すると同時に、
「ぐあぁぁぁああああぁぁぁッッッ?!?!?!」
――痛みと現実をその身を以って理解した。
「じ、自衛隊が……! ひひ、人をうっ……撃った!?」
「うぁ、ぅわああぁぁああああっ!!?」
一人の男性による悲鳴と恐怖が周囲の人に伝播し、瞬時に辺りは混乱の渦に巻きこまれた。そして、大人も子供も関係なくその心身を恐怖に苛まれ、校舎内に逃げようと近場にいる邪魔者を押し退け始める。
「――おい! お前何をやったかわかって――ゴバァ!!?」
「………………」
と、自衛隊員の一人が発砲した仲間に近付いた瞬間、仲間が再び引き金を引き、近付いた隊員の顎を吹き飛ばした。
それをトリガーに、隊員達が逃げ惑う人々に向けて、鉛の雨を降らせていった。
「ぎゃぁ!?」
「っきゃぁああ!!?」
「おい、オイオイ……なんだよぉ…………これ」
「こんなの、絶対におかしい、おかしいよっ」
現状を理解できない亮と和人の二人が、逃げ惑う人々の悲鳴とけたたましく響く銃声の嵐が、二人の思考を徐々に混乱へと陥れていく。
「――ッ!!?」
だが、宗士郎はそんな二人を置いて、闘氣法の全力使用を以って身体能力を強化し、鉛玉の雨嵐に突っ込んでいく。
「オイ、宗士郎!? ったく! 和人、お前は草陰に隠れてろぉ!!」
「え、あぇ……うんっ」
亮も宗士郎に続き、炎上籠手を発現させて自衛隊の元へと向かった。
――ドパパパパパパァン!!!
「やめろッ!!! お前達が今何をしてるのかわかってるのか!?」
「………………」
自衛隊と逃げる人々の間に割り込んだ宗士郎は刀剣召喚で創生した二振りの刀で、音速を超えて飛来する銃弾の尽くを弾き流す。
呼び掛けにも応じない彼等の手は止まらず、なおも数百は下らない銃弾の弾幕が宗士郎やその後ろにいる人々に襲い掛かる。
「ぐぅっ……!?」
「宗士郎ォ! 灼熱扇炎ッ!!」
数百以上の銃弾を背後に飛ばさないよう、弾く宗士郎が早くも音を上げ始めた時、宗士郎の前に割り込んだ亮が地面に燃える拳を打ち付けた。
瞬間、前方に四百度を超える炎のカーテンが出現し、炎に触れた銃弾は吸い込まれるように一瞬で溶けていく。
「助かった、亮!」
「長くは持たねぇ…………! 力が尽きる前に、この状況を何とかしやがれっ」
「ああっ。といっても、自衛隊の奴等に何が起こってるのか見当がつかない」
今は炎の壁で見えないが、鳴り響く銃声に恐らく今も乱射しているのだろう。気になるとすれば、彼等のうなじ部分に生えていた芽のようなものなのだが…………。
「――気に入って頂けたかしらぁん?」
「!?」
打開策を考えていた宗士郎の頭上で、女の声が聞えた。宗士郎はすかさず空を見上げる。
「タイミングの良過ぎる登場、お前がアルバラスか……!」
「いかにもぉ。カイザル様の忠実なる僕、魔傑将が一人――アルバラスとはぁ私の事よぉん」
頭上では空中に佇む一人の女性――魔人族のアルバラスがいた。
「どうかしら。部下達の無念の想いが込められた、この素晴らしいショーは」
「ショーだと? ふざけるなッ! あいつ等に何をした!」
「あいつ等……あぁ、自衛隊の殿方達ねぇん。彼等には私の眷属である蜂の針――『蜂種』を植えて操ってるだけよぉ」
「針? あれの事か……!」
その言葉に宗士郎はすぐに思い至った。
自衛隊員のうなじ部分に生えていた芽がそうなのだと。全ての隊員に植えなかったのは、アルバラスの言うショーの一環だろう。非道な事をしてくれる、と宗士郎の怒りの炎がメラメラと燃え上がる。
「貴方達が苦しんでる間、私はゆっくりと和心ちゃんを探しに行くわねぇん」
「させるかっ――ッ!?」
アルバラスが空中で身を翻し、この場を離れようとした時、宗士郎の身体は反射的に動くもすぐにその動きは止まる。
「なっ……!? 身体が……!」
「ここ連日の戦闘。そして、魔法でも使ってるのかしらぁん? その状態を維持する事で、身体が思った以上に疲労しているみたいねぇん」
「……チッ!?」
アルバラスの言葉通り、宗士郎の身体は既に悲鳴を上げていた。強化していた身体もすぐにガクガクと震え出し、痙攣が止まらない。
「――これは……いったい……?」
と、そこで後から駆け付けてきたみなも達が目の前の光景を見て瞠目した。
「あらぁ、お仲間かしらぁん?」
「あいつは……!?」
「声も姿も違うけど、あの気色悪い口調……間違いないわ。あの時の魔人族よ!」
柚子葉と楓が空に浮かぶアルバラスを敵視し始める。
「気色悪いって、酷いわねぇん! ん? 貴方達はあの時の……という事はやはり……」
暴言を吐かれたアルバラスは楓達を見て、以前に和心奪取に失敗した時の事を思い出す。そして、辺りを見渡して愉悦に顔を歪ませた。
「っ!」
「見つけたわぁ! 神天狐の娘ぇ!」
「ヤバい!? 俺達で和心ちゃんを守るんだ!」
アルバラスが和心の存在を認識した瞬間、響が柚子葉達と共に和心を守るように立ちはだかった。
「あ……ぁ、お母さん……お父さん……」
しかし、そんな響の声を無視して、みなもが銃を乱射し続ける自衛隊とその前方で怪我している生徒や保護者――特に自身の両親を虚ろな目で見ていた。
「……ゃ……め…………や、め…………っ」
「みなも、しっかりしなさい!? 貴方のご両親なら無事――」
頭を抱えて、思考が混迷とし出すみなもの肩を掴み、楓が両親の無事を伝えようとした瞬間――――!
「やめてええぇぇええええええッ!!!!!!」
みなもの絶叫と共に発現させた、神敵拒絶の神々しい結界が物凄い勢いで広がり、辺り一面にいる楓や響、宗士郎達をまとめて吹き飛ばした。
「きゃあ!?」
「ぐぬぉおおお!?」
「がぁっは!?」
急速接近する結界に触れて吹き飛んだ宗士郎達や自衛隊の誰もが例外なく、校舎の壁へと激突。岩壁から剝がれ落ち、地面に這いつくばる。
「桜庭っ……ゴフッ……!?」
よろよろと立ち上がった宗士郎が血反吐を吐く。『戦闘服』を着ていなければ、壁に激突していた時点で肉塊と化していただろう。
――しかし、たった一人。
みなもの結界で吹き飛ばなかった者がいた。正確には、本体が無事な者が一人だけ存在していた。
『まさか寄生が解除されるなんて……ここは一旦退いて身体を癒さないと……』
宿主の女性だけが吹っ飛び、その場に取り残されたアルバラスは蜂の群体となっていた。ダメージを受けたのは、宿主だけでなくアルバラス本人もだったようだが……。
「――逃がぁすかぁあああ!!?」
『!?』
しかし、退こうとするアルバラスを見過ごすほど甘くはない。悲鳴を上げる身体の痛みを無視し、宗士郎が二刀を持って、空中にいるアルバラスに斬りかかった。
『うぎゃぁあああああ!?』
数百はいる蜂の群体の数十匹を一呼吸で幾重にも斬り裂いた宗士郎。
走る激痛にアルバラスがたまらず悲鳴を上げる。
「もう、一撃……!? あっ――ガッ!?」
後、一撃叩き込もうとした宗士郎だったが、身体の悲鳴に耐えられずそのまま地面へと落下。地面に衝突した宗士郎はそこで意識を失った。
『今は身を引くわぁ。お、覚えてなさい……! 身体が回復したら必ず和心ちゃんを攫いに来るからぁ!!!』
重症を負ったアルバラスは去り際にそう言って、何処かへと飛んでいくのだった。
アルバラスが催した、下劣極まるショー。みなもと宗士郎の異能によって、重症を負わせる事に成功するもアルバラスを取り逃がしてしまうのだった。
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