第十三話 なんだこの辱めは?
お話中心回です!
『――報告は以上です』
「くそッ!!!」
壮年の男は電話中の携帯端末を握り締め、反対の拳でビルの壁を殴りつけた。
「大枚をはたいてやったというのに、しくじるとはッ! やはり社会の屑は、屑のような結果しか残せないのだ!!!」
殴りつけた拳を再度、壁へと叩きつける。
この男――国家公安委員長の嶽内 健五郎は相当苛立っていた。
ほんの一週間程前、現在の日本で暗殺稼業している者に、翠玲学園のある特定の人物達に重傷を負わせろと、大金を積んで依頼していた。
しかし、今しがた事の成り行きを見張らせていた部下から暗殺者が依頼に失敗したと連絡が入ったのだ。元より綿密な計画を立てた訳でもなく思いつきで依頼した事もあり、大した期待はしていなかった。が、実際に自らの魂胆が不発に終わると内から沸々と怒りが込み上げてきていた。
「それでっ、今奴等はどうなってる?」
『危険度Aを含む複数の魔物が出現し、それの対処をしている模様。ご指示を頂いていた通り、学園の他生徒には、警報並びに情報が行き渡らないように致しました』
「よしよし。で、青蘭女学院には知らせたか?」
『はい。何かと理由を付け、リーダー格の生徒に知らせると同時に味方を連れてくるようにと。現在はリーダ―格の子が順調に邪魔をして苦戦していますね』
「くくく、いい気味だ。総理の目の前で恥をかかせてくれた、あんの忌々しき小僧……鳴神 宗士郎にあの日の屈辱を倍、いや……百倍返しにせねば気が済まない!」
健五郎は内に巣くう怒りの根源を解放するかのように吐き捨てた。
――小僧は大成総理に認められ、私は恥をかいた上に信頼を失った。
自尊心の塊だった健五郎には、それが溜まらなく許せなかった。だからこそ、『異界』に赴こうとしている鳴神 宗士郎達の邪魔を行っている。
目の上のたんこぶである子供を足が付かない方法で痛めつけ、かつ総理が考えていた当初の思惑通り『異界』行きを阻止する。そして、見事阻止した自分は以前よりも総理からの高い信頼と評価を獲得し、国の更に中枢へと登り詰める…………それが健五郎の思い描いたシナリオだ。
つまり、現在の苦戦している状況は最高の展開ともいえる。
「このまま奴が重傷でも負ってくれれば御の字なんだがな~」
『――嶽内委員長!!?』
「ぐわっ!? な、なんだ突然大声を上げおって!?」
健五郎がそう呟くと、電話中の部下が大声を上げた。
『たった今! 鳴神 宗士郎の仲間が見た事ない魔物にやられてぶっ倒れています!!!』
「なに!?」
『あれじゃあ確実に骨の二、三本は折れたな…………あっ!!!』
「今度はなんだ!」
『鳴神 宗士郎が今にもやられそうな程に攻撃を受けています!!!』
「なっ、なんだとぉおおおおおおおッ!?」
実況するように状況報告してきた部下の言葉に、健五郎は歓喜の叫びを上げた。生唾を飲み込みつつ、次の言葉を促す。
「そ、それで……! どうだ! 死んだか!?」
『今にも死にそうです……あっ、今青蘭女学院の援軍が到着して足を引っ張っていますよ!』
「ヒャッホーーーーイ!!!」
健五郎はその場で、柄にもなく子供のように跳ねて喜ぶ。天にも昇る気持ちとは、正にこの事だ。部下が観察している場所より少し離れた場所で電話しており、今は避難勧告で周囲に誰もいないからこそのオーバーな喜びようだった。
「(もうすぐだ……! もうすぐで忌々しき小僧が逝く! 逝くぞぉ!!!)」
『あぁあああ!!?』
「やったか!!?」
『それが、その…………』
「ハッキリしろォ! 奴は死んだのか!? ん!!?」
部下のハッキリしない物言いに、健五郎は片足をタンタンと踏み鳴らしながら怒鳴り散らす。すると、部下が恐る恐る口を開いた。
『いえ、勝ちました……鳴神 宗士郎が魔物をぶった切って……』
「………………………………は?」
告げられた部下の一言に、健五郎の耳が都合の良いように遠のいた。まるで、その事実を受け入れたくないと言わんばかりに。
「は? いま、なんと言った……?」
部下が何を言ったのか、一瞬理解出来なかった。健五郎は聞かされた言葉を頭の中で反芻してまた反芻する。
五回程、自分の中で心の整理をした後、健五郎がゆっくりと口を開いた。
「魔物を倒したのか……? ん? イマイチお前の言っている事が理解できないのだが……もう一度説明してくれるか?」
『……奴が凄まじい二刀流剣技を放った後、魔物がまるでキャベツの千切りのように細切れとなり、見事討伐しました。後、どういう訳か仲間達も無事のようです』
「なん、だと……!?」
再び部下の言葉を聞いた瞬間、身体全体からフッと力が抜け落ち、携帯端末を握っていた手の腕がぶらんと垂れ下がった。
「そんな、バカな…………」
『委員長? 嶽内委員長!!!』
端末のスピーカーから部下の声が聞えてくるが、それも右から左へと抜けていく。先程まで劣勢だったというのに、そんな逆転劇があって良いのか? 何故無事なんだ? と、健五郎は頭の中で繰り返し繰り返し考えた。
ふと思ったのは、
「また振り出しか……」
一からやり直し、という事だけだった。最初の思惑こそ失敗したが、後のものは中々良い感じに事が運んでいたと考える。天は私に味方してくれている、とさえ思ったくらいに。
だが、
「この嶽内 健五郎、ただでは終わらん。奴を叩きのめすまではな!」
『そ、その通りですよ! まだ策は残っています!』
健五郎は奮起した。
鳴神 宗士郎に復讐して総理に再評価してもらえるまでが、彼の計画なのだから。健五郎は部下に指示を与えると、電話を切った。
「そうだ、終わらん。総理からの信頼を回復させる為にも…………」
『――その為にも、もっと頑張らないとねぇん』
「!?」
そこで不意に声が聞えた。肉声ではなく、ましてや普通の声などでもない。まるでマイクなどに通したような、直接頭に訴えかけてくるような声が。
「誰だ、なんだお前は!?」
『あらぁ忘れちゃったのぉ~? 私よ私。姿形は違うけれど、貴方の計画に賛同したアルバよ』
問いかけると、目の前に浮遊する蜂の大群が羽音を鳴らしながら喋りかけてくる。
「な、なんだ…………君か、ふぅ~。驚かせおって」
『ちょっと下手こいちゃって。この姿なのはそれが理由』
健五郎は冷や汗を拭い、一息吐いた。そして、ふとある思考が脳裏をよぎる。
「(ん? 何故私は、虫が人の言葉を喋る事に何の疑問も持たないのだ……? このアルバという奴の事は知っていて……ぐっ!?)」
だがその思考は何かに阻まれるかのようにストップした。健五郎は突然の頭痛に顔をしかめながらも話を続ける。
「っ、で……何のようだね?」
『私の方も欲しいものを手に入れられなかったっていう報告とぉ、ただの挨拶?』
「なんだ、君の方も失敗したのか。また、新しい手を打たなければな……」
『そうねぇん、その為にもちょ~と借りるわよ?』
「は? ――グムぅああああああ!!??」
アルバが健五郎に賛同した刹那、蜂達が一斉に健五郎の耳や鼻、口などの穴から大量に体内へと侵入していく。何十もの虫が羽音を鳴らし、体内で蠢く。まるで皮などを隔てない生身の肉体に塩を塗りたくられるような壮絶なる痛みが健五郎を襲った。
『ひとまず寄生完了っとぉ。何がアルバよ、私は~〝アルバラス〟だってのにぃ』
健五郎の口から女性の声が漏れる。身体の様々な関節部分が不規則に動き、白目を剝いているその姿は、ホラー映画で出てくる地縛霊に憑依された人の様。
『不必要な情報は消去。新しい情報も入ってるわねぇん……失敗して良かったというか、悪かったというか。彼が私の障害になるのが間違いないわねぇん、悲しいけどぉ』
健五郎――否、アルバラスは健五郎の肉体を乗っ取り、完成したジグソーパズルのピースを抜き取るかのように、一部の記憶を抹消する。健五郎の脳に宿る経験・記憶・思い出を閲覧し顔を歪めた。
『主様のご命令を遂行するべく、数々の肉体を乗っ取り、この国の情報を手に入れ、利用しやすいこの肉体に辿り着いた訳だけどぉ、役立たずねぇん。和心ちゃんを攫う為に、この国の軍隊や学び舎の生徒達を動かし、更には魔物まで動かしたというのに……』
アルバラスは健五郎の記憶を読み取り、携帯端末を起動。とある番号にコールする。繋がるまでの間、何度か咳払いをし、喉の調子を整える。
『――はい、こちら関東地方自衛隊本部』
『私だ、嶽内健五郎だ』
口から出てきた声は、嶽内 健五郎そのものの肉声。相手は何ら疑いを持つ素振りすらない。記憶を読み取ったアルバラスは健五郎の声・口調・仕草の全てをトレースできるのだ。
『何かご用件でも……?』
『単刀直入かつ一方的に言わせてもらうがね、何でも此度の魔物討伐に失敗したらしいじゃないか。人民の避難はできたものの、数名死人が出た上に重傷者も出たと。そして、異能力を持つ子供達が魔物を討伐し、君達はノコノコと逃げ帰った訳だ。全く、この国の戦士として子供に頼るのは恥ずかしいと思わないのかね!? もしも命令に背けば、君達の首が飛ぶという事を理解しておきたまえ! 次の任務も頑張るようにな!!!』
そして、電話を一方的に切った。言い切ってやったとアルバラスはニヤニヤと薄ら笑いを浮かべるのだった。
「――痛いって」
ツンツン。
「いや、本気で痛いんだって」
ツンツン。
「いい加減にしろォ! 痛いって言って――っ、痛痛痛痛痛ェェェーー!?」
魔物を討伐した戦場で、宗士郎の怒声と悲鳴が木霊した。そんな声を聞いて、響はニタニタと不敵に笑う。
「あ、いやすまんな~! まさか? その? お前がそこまで痛がるとは思わなくてな~!」
「オマエ後でぶち殺すっ」
「鳴神君、落ち着いて……? また身体が痛むよ」
宗士郎はみなもの言葉に従い、ジタバタしていた身体を抑え込み、地面へと寝転がった。
現在は学園長である宗吉の部下達が、破壊された住宅地や道などの修復、また討伐した魔物の魔石を回収している。修復の為の資材は呼び出された芹香が物質可変で生成し、作業員のおっちゃん達と修繕に当たっている。
別れた柚子葉達とは既に連絡を取り、こちらに向かっている。何でも話したい事があるそうだ。
それで、何故宗士郎達が未だこの場に残っているのかと言えば――、
「――私、感動致しました! 未だかつてあのような剣技を見た事がありません!」
「私もです! 颯爽と私達と魔物の攻撃の間に現れ、助けて下さるなんて……!」
「そして極めつけは、あの二刀流剣技! 一瞬で魔物を幾重にも切り裂いてしまうなんて! まるで現代に生きる宮本武蔵ですわ!」
目をキラキラと輝かせ、青蘭女学院の生徒達が宗士郎の事を誉めちぎっているからだ。ただ魔物を討伐しただけというのに、何故ここまで感心されるのだろうか。あと、流石の宮本武蔵でも魔物相手に異能なしで討伐できないだろう。
「えっと、お前達。ちょっと静かに――」
「キャァ~~~~!? 〝お前達〟ですって~!?」
「お胸に突き刺さるぅ!」
「――しろって言っても聞かなそうだな、はぁ」
先程、みなも達に騒がれた時もそうだが、身体のあちこちが悲鳴を上げているので、大声で叫ばれると何故か激痛が走る。黄色い歓声を聞いて溜息を吐くと、宗士郎はゲッソリとした。
――ズキッ……
褒められる宗士郎を見て、不意にみなもの胸が痛んだ。
「(あれ……何で今、嫌だと思ったんだろう? 今はまだ気まずいから、楽しそうにしてる彼女達に嫉妬したの……? それとも、私が鳴神君の事を――)」
みなもが自分の中で答えを見出すよりも前に、響がプルプルと震え出し叫んだ。
「なんでお前ばっかりモテるんだよぉ!? 顔は俺の方が良いのにィィィィ!!!」
「いや知るかよ、てか自分で言うのかよそれ。その性格がまず駄目なんだろうが」
「おまっ! 言うに事を欠いて性格の話を!? 俺だって好きでこんな性格になった訳じゃねえよぉ!?」
宗士郎の襟首を掴んでグワングワンと揺する。かなり揺する。激痛が走るが、響の話に付き合う事にすると、響が目の前で泣き出す始末。本当に面倒な親友である。
考え事の邪魔をされたみなもは、胸の痛みが頭に引っ掛かりつつも会話に混ざった。
「……響君の闇は結構深いんだね、あはは」
「笑ってる暇があったら、このバカを止めてくれよ」
みなもが響に同情し苦笑いを浮かべる。
「私もあの殿方の性格がダメというのに、賛成ですわ。誰があんな盛りの付いた犬なんかを好きになるのかしら!」
と、そこで金髪縦ロールのカンナが宗士郎に同調する。何もそこまで言ってないが、言い過ぎではないだろうか。
「お前みたいな、がもちょろぎ野郎に言われたかねぇよ!? いくらお嬢様でも、お前みたいなお高くつく奴なんてごめんだろうよ!!!」
「なぁんですってー!? レディーに対してそんな事を言っているから、モテないんですのよ! オーッホッホッホッホ!」
「あぁ!!?」
そして、火に油を注ぎ、響の怒りは頂点へと昇る。ワイワイと歓声を上げていた青蘭の女生徒達もみなもも、響達のつまらないケンカに溜息を吐いた。
そんな響達を放って、青蘭女学院の女生徒の一人が宗士郎に話しかけてくる。
「そういえば、助けて頂いたのにお名前を窺っていませんでした! お名前を窺っても?」
「ん? ああ、翠玲学園二年の鳴神 宗士郎だ。こっちは桜庭 みなも、あっちのバカは沢渡 響」
名前を聞かれ、宗士郎は自分の名前と所属、そして仲間達の名前を名乗った。この手合いは無視すると、面倒な事に発展しそうであるというのが、他人に無関心に近い宗士郎の素直な気持ちだった。
「やっぱり……」
「ええ、あの噂は本当だったのね」
いざ名乗ってみると、女生徒達はコソコソと耳打ちで話し始める。
「お、おい……どうしたんだ?」
「成程! やはり『斬滅の刀使い』様でしたか!!!」
「は?」
一人の女生徒が勝手に納得し、妙な言葉を口にした。そこで、響達もンン? と小首を傾げた。
「えと、なんの話だ?」
「ご本人が知らないのも無理はありません。何せ、私達の学園で噂されているものですから」
「いや、だからな? そのイタイ称号というか、二つ名は……なんだ?」
その話に薄々わかり始める。その称号が何を指すかを。宗士郎は頬に伝う冷や汗を感じながら、パンドラの箱を開けた。
「『斬滅の刀使い』! それは! 我が学園にて、話題沸騰中の殿方――そう! 貴方の事ですよ、鳴神 宗士郎さん!!!」
「なん……だと……」
告げられた事実に宗士郎は地面に背を預けながら、ショックを受けた。そのイタイ二つ名を指すものがつまり俺だと……!? と心の中で叫んだ。
「まさか助けて頂いたのが、噂の殿方だったとは……私達は思いもしませんでした」
「………………」
「『斬滅の刀使い』、ああ……なんて良い響きなんでしょうか!」
「正直、心底惚れ込みました!」
「………………」
「嗚呼! 『斬滅の刀使い』様ぁ!」
「…………がっは」
そこで宗士郎は血反吐を吐いた。
「(なんだこれは!? 新手の拷問か! 俺になんか恨みでもあるのかこいつら!?)」
「「「キャアアア~!? 『斬滅の刀使い』様~~~~!!!」」」
「ごふっ…………――――」
そして、そこで宗士郎の意識はプッツリと途切れた。
企みが失敗に終わった健五郎。その背後には魔人族アルバラスの姿があった。そして、宗士郎は首元に迫る刃をまだ知らない。しかし何故か、助けた青蘭女学院生徒からの謎の辱めを受けるのだった。
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