第四話 スタンピード現象
「ほっほほーい! 我等が宗士郎くんがっ、授業をしてくれるんだとよぉおおおおお!!!」
――ワァアアアアアアアァァァ!!!
カンニングペーパーの恨みを持った響が教卓の上へ立つ。そのままクラスを扇動すると、そこかしこで男女問わず喝采が巻き起こった。このままでは退路を断たれてしまうと考えた宗士郎は断固たる意志で否定しようと口を動かす――
「っ、いや待て。まだやるとは言ってな――」
「鳴神くーん! 頑張ってー!!!」
「おま、桜庭なぁ!? 自分がやらないからって俺を推すなよ…………!」
「いや、だってぇ…………私勉強できないもん♪」
「白々しいな、おい!?」
が、白々しくもあざとく、舌を出して早々に面倒な戦線から離脱しようとするみなもから援護射撃が飛んでくる。ただし、援護の相手は宗士郎ではなく扇動する響だ。その上、みなもに乗っかった亮と和人の二人も響の仲間になってしまう。
「転入初日の恨み、ここで晴らさせてもらうからね!」
「……まだ根に持ってたのか。だが俺にはまだ頼もしい仲間が――!」
「鳴神様ぁ~~~~!!! 期待していますよ~!!!」
「仲間いねえ…………」
教室内に宗士郎の仲間など何処にもいなかった。
最後の頼みの綱、和心も授業への好奇心からか、あるいは宗士郎への期待からか喝采の波に加わっていた。宗士郎は額に手を当てて、味方のいない現状と授業をしなければならない現実に嘆く。
「鳴神君の〜! ちょっと良いとこ見てみたい!」
「「それ、先生♪ 先生♪ 先生♪ 先生♪ 先生♪」」
「息ぴったりだな、お前等!?」
所謂、陽キャ(陽キャラ)コールが宗士郎の逃げ道を確実に塞いでいく。そして、何故か示し合わせた様に息ピッタリだ。少し…………否かなり恐いくらいに。
「(……まあ、実際良い機会かもな)」
内閣総理大臣にして、『アマテラス』関東支部長の大成総理に証拠を突き付ける事に成功した暁には、日本を離れて『異界』に行く事になる。宗士郎達が『異界』に行っている間も魔物が人を襲わない可能性など有り得ない。
「仕方ない、引き受けてやるよ」
「おっしゃああああ!!! ざまあみろ宗士郎! なぁっはっはっはっはー! カンニングペーパー・リベンジィィィィッ!!!」
ならば、今この一瞬を自らの教えられる事全てを伝授する良い機会である。宗士郎は諦め気味に臨時教師を引き受けた。
だが、
「流石に調子に乗り過ぎ……だっ!」
「おふん!?」
後ろを向いていた響の尻に黒板の置いてあったチョークをダーツの要領でぶち込んだ。始業のチャイムが鳴った今、授業の障害を一早く片づけておく。気色悪い声を上げて倒れた響に、クラス全員が静まり返る。
「――次にこうなりたい奴は?」
「「いえ、そこの馬鹿だけで充分です」」
「そうかそうか、お前達が素直で先生は嬉しいぞ~」
響とクラス全員で突き出し、次の犠牲者は出ずに済んだ。宗士郎は構えていた次弾のチョークを黒板へと戻し、席につくように指示するとまもなく授業を開始した。
「でだ、お前達。何か教えて欲しいものはあるか? 言っちゃなんだが、普通の科目を教える自信はないからな」
「恋バナ!」
「却下」
「大人の保健体育!」
「却下だ。そもそも教えてもらった所で、披露する相手はいるのかよ」
「当然の如く下ネタに反応するのはどうかと思いますぅ、鳴神君先生」
いざ、授業を始めてみたものの、半ば自習に近い形であった為に皆の希望する科目をやろうと考えた宗士郎。質問の答え自体、授業とは全く関係のないものばかりである。真面目に先生やっている宗士郎とは裏腹に、クラスメイト達は極めて不真面目だった。
「うるさい。ネタとしてわかる時点でお前も同レベルだ。そういう桜庭は教えてほしい事はないのか」
「ん~そうだね…………武術関連は教えてもらった所で簡単にできるものじゃないし、ここはやっぱり異能についてかな?」
「今更過ぎやしないか?」
「私じゃなくて、読者の皆様に説明するべきだと私は思う!」
「メタ発言やめろぉ!? ……こほん、皆はそれでいいか?」
「意義なーし!」
「わ、私も…………」
「俺もだぁ」
クラスの異能力者、非異能力者のどちらも賛成する。宗士郎はチョークを取りながら、黒板へと向き直る。
「じゃあまずは基礎の基礎。俺達の異能は十年前の地震の際、光に包まれた後に発現した。中には神様に会った奴や高熱で眠った後、気付いたら異能が備わっていた奴もいるだろう」
チョークで黒板をなぞり、異能が発現した成り立ちを喋りながら描いていく。
「魔法のような力を手にした俺達が異能を行使する際、体内にある感覚臓器から生成されるクオリアというエネルギーを消費する。クオリアの平均値は…………夢見、答えてくれ」
「250、だよ……」
「正解だ。まああくまでも平均だから気にしないでいい。クオリアを限界まで使って回復したら、また異能を行使する。これだけで最大値は伸びる、かなりしんどいが…………。次に異能の種類だが……桜庭、答えてみろ」
「ええっと、腕力とかを底上げする『身体強化系』、鳴神君や響君みたいにクオリアを消費して〝物体〟を創る『生成系』、火や水みたいな五大元素の一つを操る『属性操作系』、あとなんだっけ…………?」
途中まで答えられていたみなもが思考を放棄、苦笑しながら宗士郎を見つめる。宗士郎は溜息をつくと、図を描いて説明を続ける。
「『特殊能力系』だ。大体はこの四つに分類される。わかったか、残念娘」
「残念娘って言う必要あった!?」
「特にない。時間が惜しいから進めるぞ」
「惜しいなら最初から言わなくてもいいのに」
「……夢見の幸運体質や一年の桃上 雛璃の女神の涙は特殊能力系に分類される。次に異能の技術についてだ」
みなもの呟きは聞かなかった事にし、書いた文字を黒板消しでなぞって消す。続いて、宗士郎は刀剣召喚で刀を創生する。
「まずは感覚拡張。強いイメージ力で異能の形を変質させる技術だ。響の胡椒爆弾とかがいい例だな。できる奴はこのクラスでも数人だが、使えるようになると戦術の幅が広がる。ただ、わかっていてほしいのは、イメージをちょっとでも緩めれば、形を保っていた力が崩壊する事だ」
「つ、使うか……これ? なんちゃって鳥餅爆弾や痺れ爆弾もあるぞっ」
「いや今作るな!? 女子達にリンチされても知らないからな!」
先程まで肛〇をチョークで抉られ気絶していた響が様々な爆弾を持って立ち上がった。クラスの女子から冷ややかな視線をプレゼントされている。宗士郎は咳払い一つして、話を進める。
「まずは異能を発現させる。次に技の形を頭で思い描き、異能をイメージで上書きすれば…………」
「あ、それ前に見た…………えっと、蓮根刀!」
「……みなも君! 廊下で立っとれぇえええい!」
「ひゃい!? すみません先生!」
宗士郎がイメージし実践したのは火炎を纏う刀、『煉獄刀』だ。決してベジタブルソードではない。某国民的アニメの先生のようにみなもを怒鳴ると、周囲からは笑いが巻き起こる。
「感覚拡張はこれくらいにして、と。次のは一応教えるくらいだ、テストにも出ないから安心してくれ」
「宗士郎、どういう事だぁ? まだあるのかよ」
「まだ凛さんが教えてないからな。それで使えるのが俺と凛さん、あとは…………」
「?」
悩むようにみなもを見やる宗士郎。計画を阻止する為、白鬼羅刹――今は亡き牧原 静流に立ち向かっていった時のみなもの異能は確かに、今教えようとしている高位の技術だ。それを一度教えたとはいえ、万が一にでもできていたと知れば調子に乗るのではないか。
「いや、なんでもない。ともかく今から――」
そう考えた宗士郎は言葉を紡ぐのをやめ、実演する為に尋常ではない程のイメージを固め始めた瞬間…………、
『――スタンピード警報発令!!! 市街地にて小規模の〝スタンピード〟発生! 魔物の数、およそ六十体! 後期課程二年の異能力者はただちに授業を放棄したのち、現場へと急行しなさい! 繰り返す――』
宗士郎達生徒のほんのわずかな日常が突然終わりを告げた。
「おいおい、スタンピード警報かよ!?」
「しかも、行くのは俺達と来たもんだぁ」
教室のスピーカーから大音量で出動命令が。声の主は凛だ。『スタンピード』とは街で魔物が溢れかえる現象であり、生徒それぞれの携帯端末機に位置情報が付与される。
「授業中止だ! 行くぞ! 非異能力者は待機、来たいなら感覚武装を取ってこい! さっきの技術の話は魔物相手で実演してやる。三分後に昇降口、響の指示の元動け! 俺は先に急行する!」
「わかった!」
「行くぞ、響ィ!」
「おうよ!」
クラスの全員が頷いたの確認すると、宗士郎は二階の教室の窓から身体を投げ出し、地面へと着地する。右手の薬指に填めた指輪に念じ、芹香お手製縮小型COQ――『戦闘服』を瞬間着用する。そのまま位置情報に従い、闘氣法で身体強化をしてから現場へと駆けた。
位置情報からするに、学園からそう遠くない距離だ。身体強化した上での時間はおよそ一分もかからない。集団行動で動けば、準備時間も入れて十分はかかるだろう。
「俺がする事は…………街や人が魔物に蹂躙されるのを防ぐ。その上で魔人族の差し向けたものか、確認する、だな」
そう離れていない場所で泣き叫ぶ悲鳴が聞こえる。十年も魔物と死との板挟みで生きてきたとはいえ、恐怖に慣れる事はない。慣れる方が問題なのだが。
住宅の上をお邪魔して、五メートルも離れた住宅の間を屋根伝いに飛び越え続けると、次第に騒ぎの元凶が見え始める。未だ逃げ遅れる人に加えて、
「あれは…………自衛隊?」
何故か小規模の自衛隊が住民の保護・避難をしながら、芹香が開発した感覚武装を手に魔物に対峙していた。
「翠玲学園の鳴神です、被害状況は!」
「私は尾田一等陸士、援軍感謝する。現在の被害はゼロだ」
自衛隊の一人の元へ着地し、挨拶するとこちらに向き直った自衛隊員の男がビシッと敬礼。どうやら被害はないらしい。だが、宗士郎には少し気になる事があった。
普通スタンピードを含む警報の場合、自衛隊員は魔物と交戦せず避難誘導をする。その間、魔物を殲滅するのが宗士郎達の仕事だ。新しく対魔物武器が既に軍に支給されているとは聞いていたが、今もなお眼前で交戦が行われてる。
「失礼ですが、戦闘行為は行わない筈では?」
「市民を守るのが我々の使命だ」
「…………」
「いや、すまない。今のは本音だが、私にもよくわからないんだ」
初めは大志を抱いた歴戦の戦士の顔をしていたが、瞳の奥を覗いている内に尾田一等陸士は少しだけ態度を弛緩させた。
「上から突然、階級が低い者達だけに出動命令が下った。しかし、命令の中には魔物との戦闘を行えとあった。今までこんな事はなかったから、何故いきなり戦闘を行うのか見当もつかん」
「そうですか……命令なら仕方ないですね。ですが、今回は身を引いてください。住民の避難を優先して」
「何故だ」
「厄介な魔物が混じっているからですよ」
宗士郎はゴブリンやオーク、スライムやトレントなどの比較的普段から見られる魔物の内の数体に目をやる。遭遇率自体が低く弱いが、特殊な力をもっている魔物に。
「ともかく、避難が完了するまで俺が戦線維持を務めますので、今のうちに避難所へ」
「……わかった。頼んだぞ!」
自衛隊員は仲間と住民を引き連れ、ここから近い避難所へと進んでいった。
「全く、面倒な奴が来たもんだ。――ッ!」
全身から闘志をさらけ出す。知性のかけらもない魔物が本能により感じた宗士郎の気配に、その全ての標的が宗士郎へと移り変わる。
「カタラがやったみたいに身体強化はされてなさそうだな。っと!? 威勢がいいな、その意気やよし!」
「ギャビ!?」
魔物を観察していると、突然真っ先にゴブリン数体が宗士郎へと棍棒を振りかざしてきた。攻撃を躱すと一体のゴブリンの頭を引っ掴み、勢いよく地面へと叩きつけ脳髄をぶちまけさせる。そのまま叩きつけた勢いで、ゴブリンの残骸ごと闘氣法で細胞を固定・強化し、ゴブリンの身体で眼前のゴブリン二体を薙ぎ払った。
ゴブリンの首元から血潮が舞い、その場が紅で彩られる。血の雨をその身に被った宗士郎は口角を少し吊り上げる。
「どうしたぁ? かかってこいよ…………俺は今、鬱憤が溜まってるんだ」
怪我による休息。それに伴い戦闘禁止。そして極めつけは頭の固い年長者に対するイライラ。それ等全てが宗士郎の内に眠る『誰でもいいから早く殺り合いたい』という感情を沸き上がらせていた。メイン武装である刀を使わず、素手で戦っているのはその為だ。
宗士郎から溢れ出す狂気に近い闘気は魔物の群れを否応なく震え上がらせる。
「こないならこっちから行くぞォ!」
その場で跳躍。魔物の集団の中に迷い込んだ宗士郎はあらゆる手を使って蹂躙を開始した。
「――あらぁ。あの子、好みだけど結構ヤバい子ね…………。この地に潜んでいた魔物をけしかけたけど、あっという間に終わっちゃうわぁん」
宗士郎が魔物数十体と戦闘を繰り広げている間、五十メートルは離れた位置で一人の女性が興味深そうに眺めていた。
「騒ぎを起せば、お目当てのものが現れてくれると思ったけど、来たのがあのナイスガイとは…………あの殺気、火傷しそうだわぁ。思わず火遊びしたくなっちゃう♪」
女性が艶かしく身をよじり、股間へと手を添えると、そのままエア自慰行為をし始める。
「昂ぶる……昂ぶっちゃうわぁ。達しそうになるぅ…………っ」
数分もしない内に呼吸が荒くなり、そろそろといった所で、
「――位置情報によればもうすぐだ! 急げ!」
「っぅ、あれはっ…………」
建物の影に隠れていた女性の前を学生服を纏った男女数十人が走り抜けていった。その中には女性の欲するものが存在した。
「うふ、見・つ・け・た♪ 待っててねん、和心ちゃん――――…………」
自らの指に舌を這わせ、ぴちゃぴちゃと水音を立てながら、女性は闇に溶けていった……。
課外授業となってしまい、久々の戦闘に身を震わせる宗士郎。
その陰では和心の名を口にする者が…………。
面白いと思って頂けたなら、ブックマークや【☆☆☆☆☆】の評価欄から応援して頂けると励みになります。感想・誤字・脱字などがございましたら、ページ下部からお願いします!




