プロローグ 暗躍する影
お久しぶりです! 読者の皆様!
長らくお待たせしました、第二章開幕です!
『聖域シェラティス』
――それは気まぐれな神の一柱が人々の生活を確かめるべく、その地に顕現した際にできたとされる清浄の区域。
訪れた者を祝福するかのようにその地に咲き誇る光輝く花々。その蕾から生まれた幾千もの聖なる光玉が一晩中、辺りを照らすかのように駆け巡っている。
有名な古文書の一説によれば、聖域は数百年も前から存在しているとの事。数百年も存在しているとなれば、当然噂も立った。
〝聖域で己の犯した罪を告白し懺悔すれば、その言葉を聞き届けた神が何でも一つ願いを叶えてくれる〟
と、そんなありきたりな噂が木々に燃え移る炎のように住民から住民へと伝播していった。
噂の出所自体は古文書の一部に記されている一文を読んだ者が話題作りに広めたもので、話の大筋は変わらなかったが、その一文が伝言ゲームのように、徐々に内容自体が変化し、今の噂となった。
その噂を聞きつけた人々は当然の如く、真偽を疑った。そんな都合の良い話があってたまるかと。だが、『火のない所に煙は立たぬ』とはよく言ったもので、実際に願いが叶った者が続出した。
〝黄金の財宝が手に入った〟
〝誰にも負けない強さを手に入れた〟
〝永遠の生命を手に入れた〟
〝夫の重い病が治った〟
悪人から善人まで……
罪の大小も問わず…………
どんな願いでも………………
聖域で懺悔した者は例外なく願いが叶った。願いが叶わなかった者もいたようだが、気まぐれな神様の事だ。気分次第で願いを叶えない時もあったのだろうと周囲からは納得された。
叶った人の多さと話の信憑性から――やはり神様が存在するのではないか? ……と住民達は口々に噂するようになった。
噂が気になったとある一人の若い男はその真相を確かめるべく世界各国へと足を伸ばし、噂を辿っては好奇心に惹かれるまま古い文献を読み漁った。
そして、旅に出て数十年。
太古の遺跡の最深部にて、ついに噂の根源にあたる古文書を手に入れた。
古文書に記されている聖域の情報には神が顕現した際にできたと綴られており、不格好ながらにも書かれた聖域の挿絵と説明文を読んで、男は真相はどうであれ、噂が偽りではない事を理解した。
噂が出回り始めてから既に数十年経つというのに、当の噂は全く消える様子はない。
願いを叶えてくれる噂も聖域に神が存在する噂も。
人生の大半を費やした男はいつしか思った。
〝私をここまで衝き動かした神様とはどのようなお方なのだろうか? 噂を信じて私も聖域へと足を運んでみよう〟
と…………。
人生を賭して知った古文書の情報は男の好奇心を満たし、満たされた好奇心は次第に純粋な欲へと変化した。
苦節、ウン十年。
人生の大半を費やした男は死期が近い事を悟っていた。だからこそ、聖域に赴きあわよくば、死ぬ前に願いを叶えてもらおうと考えた。
古文書を手に、故郷へと帰った男はすぐさま身支度を整え、『聖域シェラティス』へと赴いた。辿り着いた男は聖域を満たす清浄の息吹をその身に感じながら、心の赴くまま光り輝く花畑を歩き回った。
辺りを散策しながら花畑を抜けると、視界に広がったのは大きな泉。一切の濁りもない、正に聖域にあるべくして存在する聖水の泉。
男はここが神の御座す場なのだと直感で悟った。泉を覗き込めば、まるで泉がこちらを覗いているようにも男は錯覚した。
早速、男は自らの罪を懺悔した。そして、噂に登場したどんな願いよりも不可能に近い願いを口にした。
だが、流石に無理があると思った男は願いを変えようとした…………次の瞬間、
〝おお……っ、まさか本当に……!〟
顕現したのだ……懺悔した男の眼前に、
神々しい閃光を纏った神が…………。
泉がこちらを覗いていたと錯覚した事が本当だった訳だ。
男が死ぬ間際に、神に請うた願いは……
〝神様に会ってみたい〟
――という幼い子供でも思いつくような願いだった。
だが、その願いは一度たりとて口にされる事はなかったのだ。願いを口にする者は皆、自らの欲に囚われた醜い化け物だったからだ。
〝おお……神よ……このような老骨の前に姿を顕していただき誠に感謝します〟
神がわざわざ人などという矮小なる存在の前に現れる事自体、有り得ない事だと思っていた男は咽び泣きながら神を拝んだ。
泉に浮かぶように顕現した神は暫く何も告げずに、泣いている男の様子を眺め見た後、男に問うた。
〝汝が望むものは何か?〟
泣きっ面を晒していた男は質問の意図が分からず、首を傾げて答えた。
〝貴方様の御顔を拝謁する事こそが私の願いです。それ以上は望みません〟
既に願いは叶えてもらった。噂の真相も明らかになった。もう欲しいものなど、どこにも無いのだと男は答えた。神は男の答えに悩む素振りすら見せず、虚空越しに男の心臓を鷲掴みにした。
そのまま宙に持ち上げられ、苦悶の表情を浮かべる男を他所に神は口を開く。
〝そうか、ないと申すか…………汝にはなくとも我にはある。天上の意思である我を呼び寄せたのだ、それ相応の対価は払ってもらうぞ……人間〟
〝なっ……対価だとっ、そんな話は聞いていない!?〟
対価の話を男が知らないのも無理はなかった。
神は人の願いを叶える代わりに代償を求める。
代償の形はそれぞれだったが、その痛みも哀しみも他者に口外できぬよう呪いをかけていたのだ。代償の事は伏せて、神に都合の良い利益しか生まない話題だけを広めるようにと。結果、願いが叶った噂は流れても代償の話など出る筈もなかった。
心臓を掴まれた男の身体から生気と魂魄が抜けていき、全てが抜け落ちる頃には男はミイラのような風貌となってしまった。既に息はなく魂すらも抜かれた男は既に死人同然。神に命を取られたのは、彼が最初で最後だった。
〝ふん、またこの書物か。これに惹かれてやってきた男だったという訳か。また元の位置へと戻しておかなければな、我の為にも――――…………〟
神は男の持っていた古文書に見覚えがあった。そして、慣れた手付きで何らかの呪いを施し、元の場所へと戻し姿をくらませた。
………………。
…………。
……。
「――これがこの古文書に内包していた記憶の全容か……、胸糞悪い内容じゃったな」
『聖域シェラティス』の地下深く。
空間を捻じ曲げられて存在する大きな空洞で、古文書に手に瞑目していた狐人族と思われる女性は静かに本を閉じた。代わりに懐からボロボロになった紙片を取り出す。
神を信じているが、古文書から読み取った著者と読者の記憶で見た神は彼女が知っている神に到底似ても似つかなかった。〝神〟を騙っていた自称神に怒りを覚えながらも思考を巡らせる。
「聖域は神が創りしもの……、それを隠れ蓑できる程の者がこの世におるとはのぅ」
神に魂を喰らわれた男は古文書の内容を読んではいたが、それが全容ではなかった。実はその古文書には一ページだけ破り捨てられた跡があり、一説にはまだ続きがあったのだ。
〝願いを叶えてはくれるが、代償がない訳ではなかった。その代償はあまりにも膨大かつ残酷なものだ。決してその地に脚を踏み入れてはならない。これを読んだ者が不幸に苛まれないように祈る――――と〟
ボロボロの紙片は破り捨てられたページそのもの。破り捨てられた次のページに著者の名が記されていた事から著者の経験談のようだ。口を封じても書き記される事までは自称神も予想できなかったか、もしくは呪いを突破できる者が古文書に記したのか。
どこからかそれを知った自称神が意図的にページを破り捨てたようだが、それが誰かまでは彼女も記憶を辿る事ができなかったようだ。
「吾輩が永い時を眠っておる中、よくもまあ神を侮辱してくれたな…………ふん捕まえてとっちめてくれるわ…………っ!?」
憤怒のオーラを身に纏い、今にも爆発しそうな勢いだったが、急に聴こえてきた声に狐人族の女は耳をピンと立てて聞き耳を立てる。
「――――っ、――、…………」
「むぅ、やはり聞えぬか。仕方ない、もう少し近付くとするかのぅ」
元々、古文書に記されている噂の内容から胡散臭いものを感じていた狐人族の女は聖域付近を探索した所、地下に空間がある事を知った。
この地下空間は彼女が眠りに入る前はなかった物なので、気になった彼女は地下へと転移し、探索範囲を広げていたのだ。
都合良く姿を現すなど有り得ないと思っていた矢先、喋り声が聞えてきた。これはキナ臭くなってきたと思い、喋り声が聞える場所まで気配を殺して移動した。
「――今日の首尾はどうだ」
「ん…………まあまあだよ」
「まあまあか…………代償は負のエネルギー。一度に全てを取り込めば、お前もただでは済まないからな」
「あたしの力、役に立ってるかな?」
「無論だ。我と同じ魔神の身にて、我をも超えるその超常の力。しかと我が野望の礎となっているぞ」
光が閉ざされた暗黒空間。
辛うじて見えるのは、石で出来た玉座に座る中性的な相貌の男に、見るもの全てを魅了する深淵のように深い蒼髪の女。会話の内容から、先程古文書から読み取った情報を合わせるにあの二人が首謀者なのは明白だった。
「しかし、人間も阿呆だな。馬鹿の一つ覚えのように、願いを請うてくるなど。大いなる願いには大いなる代償というものが必要だろうに」
「兄様、あれが不可抗力だという事は……」
「わかっておる。我の魔法にて、人間共を欲に忠実にさせているのだからな。逆える者などおらぬ」
「――御歓談中、失礼致します!」
突如、二人の会話に割り込む者が現れた。
「(余計な事を……後もう、ちっとで更なる情報も引き出せたろうに)」
狐人族の女は思わず心中で舌打ちした。噂の根源を断ち切りに来た彼女にとって、彼等の会話は有用なもの。それを邪魔した奴を睨み付けた。
「何様だ」
「潜伏していた者からの報告にございます!」
「許す。存分に語れ」
「はっ! 華仙郷にて神天狐なる者おらず! 住人の全てが雲隠れしている模様!」
「(なっ……華仙郷じゃと!? 何の目的があって奴等は……それに〝神天狐〟の存在まで……!?)」
狐人族の女を突然現れた者の口から出た情報に瞠目する。彼女の故郷である『華仙郷』を出る際、不祥事が起こる可能性を考えた彼女は里の者を別の地に疎開させていたが、今も驚きを隠せない様子だ。
「(どうするっ……相打ち覚悟で奴等を叩くのもありじゃが……!? あの様子じゃと、里の者の居場所がバレるのも時間の問題じゃ!)」
奴等の目的が『神天狐』なる存在だとすれば、かなり不味い状況だ。狙いのものがすぐ近くに潜んでいるのだから。
だが、その不安が表面化されるよりも前に、中性的な顔の男が口にした言葉が狐人族の女の背筋を凍らせた。
「――ふむ、神天狐には娘がいたな。確か、和心……といったか。この世界とは別の場所でそやつを見かけたな」
「(和心、じゃとっ……!?)」
狐人族の女の身体に衝撃が走り、思わず声に出そうになったのを必死に抑える。彼女にとって里の者以上に大切な存在なので当然の反応だった。
「十年程前に、あたし達が存在する物質界と繋がった世界の事でしょ?」
「ああ。我の玩具を見つけた場所でもある。神天狐の存在は我にも掴めぬ。だが、神天狐の娘ともなれば、潜在的に力の一端を秘めてるだろうて。そやつには野望の歯車になってもらおうぞ」
「では…………?」
「うむ……魔傑将の一人、アルバラスに伝えろ! 別世界にいる神天狐の娘、和心をこの場に引きずり出せとなッ!」
「はっ!」
中性的な顔の男は即決し、アルバラスという配下と思わる者への伝言を伝令役に言い渡す。すぐに伝令役は暗闇へと消え、狐人族の女の動揺しどうしだったが、一瞬だけ。
「っ!?」
足下が闇に紛れて見えなかった為に、動揺し足を退いた時に小さな瓦礫を触れてしまった。コトッ、という程のほんの僅か音だったが、蒼髪の女が音に気付いたように辺りに首を巡らせる。
「…………」
「どうした?」
「ううん、別に。誰かいた様な気がしたけど、気のせいだったみたい」
蒼髪の女は誤魔化したが、首を巡らせた際に暗闇の一部に眼光を光らせていた。確かに、狐人族の女の居場所を掴んでいた。
にも関わらず、見逃したのだ。
音を立てた瞬間、狐人族の女は闇に紛れ気配を消した。どういう意図があるのかさえも、動揺した狐人族の女には気にする余裕すらなかったが、それでも彼女は自らの力を使ってこの場を離脱した。
「(まずいっ、不味いのだ! 一刻も早く、和心を迎えに行かなければ! あの子の居場所は恐らくあの神社…………じゃが、存在が一切感じ取れん!? 和心の神力の残滓を辿ればあるいは……!)」
追手の来襲があるかもしれない中、視界が暗黒で塗り固められた世界を音もなく駆け抜ける。先兵による魔の手よりも早く、大事な狐人族の子供を保護しなければならない。だが、中性的な顔の男が言っていた『異世界』への行き方がわからない以上、心当たりを辿る他ない。
「(待っておれよ……吾輩の大切な和心よ…………!!!)」
焦燥に駆られながらも、狐人族の女はこの場から逃げ出すように走り去っていった。
不安に駆られる狐人族の女。そして、野望を抱く男女。
彼等の目的とは…………。
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