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異能学園の斬滅者 ~創刀の剣士は平穏を守らんとす~(旧クオリアン・チルドレン)  作者: お芋ぷりん
第一章 学園編

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第六十一話 仲直りとお別れ

 




「ひな、り……ちゃん…………」


 予想だにしなかった雛璃の真意により、彼女の親友である柚子葉だけでなく、宗士郎も深くショックを受けていた。


 宗士郎はまだ良かった。


 好意を持たれ、求婚を迫られるだけだったのだから。


 対して、柚子葉は親友である雛璃の嫌悪の対象であった事を知り、ただでさえ敵に回った事だけでもショックだったというのに、今まで雛璃の気持ちに気付いていながらも放置していたツケが今になって回ってきた事で後悔の念が膨らんでいた。


 ある程度の覚悟を決めてきたとはいえ、柚子葉の心が折れるのは仕方ない事だった。


「柚子葉ちゃんと二条院先輩をここで殺して、お兄さんを独り占めにする……! 私はその為だけに力を求めたの!」

「…………本当にそうなのかしら?」


 放心状態の柚子葉を庇うように前に立ち、楓が毅然として雛璃に言葉をぶつける。


「今まで柚子葉と共に過ごして、生まれつき身体が弱い貴方が楽しそうにしていたのは知っているの。かなりの頻度で貴方の話題が上がるものだから」

「何が言いたいんですか?」


 突然、話題を変えた楓に雛璃は苛々を隠さず、表面に出した。


「貴方は柚子葉を憎んだり、殺したい程嫌いになんかなっていない。むしろ、大好きだから貴方は葛藤しているのよ」

「……見当違いも甚だしいですね。私はお兄さんが好き。柚子葉ちゃんも貴方も嫌いなんですよ」

「別に私が嫌いなのはいいけれど、嘘を吐くのは身体に毒よ? 貴方は自分が好きになった人が親友の兄だったから、柚子葉に遠慮していたのよ。この子のほんの少しだけ度の超えた兄妹愛を知っていたから」


 楓から滲み出す圧力が言の葉に力と重みを与え、反論しにくい雰囲気を作り出していた。その影響か、雛璃は言葉をつぐみ、楓の弁舌を聞き入れている。


 自ら行動を起こせば、楓の邪魔をしてしまうと察した宗士郎は妹に声をかけたくても、かけられない状況だった為、話をしながら妹の頭を撫でる楓に任せる事にした。


「それでも貴方は胸に秘めたその気持ちを抑える事はできなかった。だけど、肝心の想いを伝える勇気が出なかった。今の関係が崩壊するかもしれなかったから……」

「……その通りです。私は幸せそうにしている柚子葉ちゃんを……今の関係を壊したくなかった。でも、関係を壊さず、気持ちを伝える方法が思い付かなかった」


 雛璃の裏表のない本音が漏れると、消沈していた柚子葉の顔に少しだけ精気が舞い戻る。


「そうね、私も関係を壊すのは怖いわ。私が貴方の立場でも同じ答えを見出すでしょうね。でも貴方は〝好きな人と親友を天秤にかける〟という悪魔の選択に迫られた」

「……っ」

「図星みたいね。今までも貴方の考えを汲み取って話していたけど、今から想像に仮定を重ねて話すわね」


 楓の話を聞いて、雛璃が息を呑んだのがわかった。話の後半部分の『悪魔の選択』というのが核心を射ていたのだろう。


 雛璃の反応が狙い通りだった楓は少し雰囲気を和らげて、机上論を話し始める。


「天秤にかけた結果、貴方は好きな人をとってしまった。その時、偶然か必然かはわからないけど牧原 静流に……今回の『反天』の事を聞いた。告白する勇気を欲していた貴方には渡りに船だった。望んで親友の敵となり、『反天』の条件にある〝負の感情〟を高めて、自分の中の罪悪感を忘れ去ろうとしたのよ。……違うかしら?」

「…………少し違いますけど、大体合っています。……あ〜あ、柚子葉ちゃんに私の本当の気持ち、知られちゃったな〜。軽蔑した……っ、かな?」


 楓の仮説がおおよそ的中したと自白し、秘めたら気持ちを知られた雛璃は柚子葉から見えない角度で泣くのを堪えながら、どんな心持ちなのか尋ねた。


 だが、堪えていた涙は柚子葉からは見えなくとも、堤防が決壊している事はわかった。会話の端々で声音が弱々しくなるのが聞いていてわかったからだ。


 洗脳され、負の感情が前面に押し出されていてもなお、自らの本当の気持ちを吐露した雛璃の様子を見て、柚子葉は…………


「ごめんね、雛璃ちゃんっ」

「えっ…………」


 溢れんばかりの涙を流し、雛璃の背に手を回して謝罪した。


 個人的な感情に流され、想い人を選んだ雛璃は「軽蔑した」と当然返ってくるものだと思っていたので、面食らってしまう。


「私、雛璃ちゃんのお兄ちゃんへの気持ち、気付いてたんだ。それなのに私は似合う似合わない関係なく、応援しない事にしたの。……雛璃ちゃんよりも前から楓さんがいたから。私が正しい選択をしておけば、雛璃ちゃんがここまで悩む必要なんて、なかったのに……」

「ううん、そんな事ないよ。柚子葉ちゃんも悩んでたんだよね?」

「ひくっ……うん。私も関係が変わるのが怖かった。でも本当は雛璃ちゃんを応援したかったんだ。私の事もライバルになる楓さんにも遠慮しないでって……ごめん、ごめんねっ」


 雛璃が親友と想い人で悩んでいた時、柚子葉もまた今の関係が変わるかもしれないという事に葛藤していたのだ。


 距離が近過ぎるが故に、話すに話せず、ここまで関係が拗れてしまった。


 どちらも遠慮せずに己の気持ちを伝え合っていれば、今の状況にはならなかったのだ。


「雛璃ちゃん、私の事は気にしないで。これからはお兄ちゃんに猛アタックだよ?」

「…………うん。遠慮しない、私は柚子葉ちゃんのお兄さんが好き。もう悩まない。柚子葉ちゃんの気持ちも踏みにじらない」

「……どうやら話が纏まったようね。当然、私にも遠慮する事はないわ」


 話が終わった二人に楓が自信満々で言う。


「一夫多妻制の今の世の中じゃ、女性(私達)よりも男性()の気持ちが重要視される。士郎が良ければ、私もそれで良いわ。ただし、士郎を好きな気持ちは誰にも負けないけどね?」


 楓が暗に「くるなら来なさい。真っ向から叩き潰してあげるわ」という挑戦的な笑みを浮かべる。


「……私も負けません! 柚子葉ちゃんの為にも、私の為にも、絶対に認めてもらいます!」

「面白いわね、これからよろしく」


 完全に置いてけぼりを食らっている宗士郎は自分の知る所で、超間近で自分の事について話が進められている。二人の女の子が自分の事でここまで白熱するとは、思ってもみなかった。


「……ん?」


 盛り上がっている三人は気付いていなさそうだが、負の感情がゼロになったおかげで、雛璃のイヤリングに付いている感覚結晶(クオリアクリスタル)にヒビが入っていた。


 これはつまり、雛璃と柚子葉の友情によって洗脳が解かれたという事なのだろう。


 大団円を迎えてなければ、被害が及ぶ前に『斬る』事も考えていた宗士郎にとって、妹の親友を手に掛ける機会が失われて良かった。


「お兄さん、あの……」

「わかってる。返事は全部が終わった後にな。まずは異能を解いてくれ」

「わかりました。絶対ですよ――っく、ぁあああ!?」


 異能を解除しようとした瞬間、唐突に雛璃が頭を押さえ、悲鳴を上げ始めた。苦しみながら(うずくま)り、絶えず悲鳴を上げ続ける。


「雛璃ちゃん!? どうした……の……っ?」

「ち、力が……!」

「これ、は……雛璃ちゃんの異能、ぐっ!?」


 雛璃が苦しみ始めた辺りから、宗士郎の身体から生命力が奪われていく。死の源泉(デモニック・ドメイン)の効果がこの空間に限り、及んできているのだろう。


 だが、先程和解し、イヤリングに付いている感覚結晶(クオリアクリスタル)にヒビが入っている事から洗脳自体は解けているはずなのだ。それにもかかわらず、反天後の異能が解けておらず、未だなお宗士郎達に牙を剥き続けている。


 雛璃の苦しみ様から自らの意思で行使している訳ではないのは容易に理解できる。ならば、何故雛璃は苦しみ、異能が行使され続けるのか。


 …………その答えはすぐにわかった。


『…………何を、グッドエンディングを迎えているんです? 貴方の決断はそんなに脆いものだったのですか?』


 冷たい男性の声。


 聞き覚えのある声音。


「まさか……」


 宗士郎は瞬時に察した。この男の正体は――


「ぁぁああっ!? やめ、て……! 牧原先、生……!?」

『やめませんよ。裏切り者には罰を。洗脳が解けかけていた時には、覚悟していたんでしょう?』

「牧原、静流……!」


 宗士郎が怒りでギリっと歯を食いしばる。


 雛璃を苦しめていたのは、彼女に『反天』の事を教え、洗脳を施した牧原 静流だった。


 解けたと思われた洗脳も完全に解けた訳ではなく、静流が何らかの方法で再度洗脳し直しているのだろう。


 静流からすれば、自分が仲間に引き入れた者が敵と和解し、反旗を翻そうとしているのだから、おもしろくないはずだ。仕事ができない出来損ないの尻拭いを強制的に雛璃自身に取らせようというのだ。


 絶え間なく、急激に生命力が奪われていく状況は宗士郎達の命に関わるがそれ以上に、このまま無理に力を行使し続けると雛璃の命も危うくなる。


『さあ、このまま鳴神君達の命を削り切りなさい!』

「ああああっ!?」


 静流がそう言うと同時に、先ほどよりもさらに生命力が奪われていく。


 ここまでか、と宗士郎が口惜しく諦めようとした瞬間、突如異能の威力が格段に下がっていき始めた。


「嫌っ……私はっ、柚子葉ちゃんを……裏切らないっ」

「雛璃ちゃんっ……負けないで!」


 後悔からの決意が静流の洗脳に抗い続ける。自ら犯した過ちを払拭するかのように。


「もう二度と……嘘でも〝嫌い〟なんていわない……! 私は、先生の操り人形じゃ……ない!」

『なっ!?』


 雛璃が意思の力で、今度こそ洗脳を打ち破った。そのまま力尽きるように倒れた雛璃は心なしか顔色が青ざめている。


 洗脳の証であるイヤリングは結晶(クリスタル)部分が腐敗するように脆くなり、砕け散った。


「雛璃ちゃ……雛璃ちゃん!?」

「ぁぁ、柚子葉ちゃん。……無事、で良かったぁ」


 すぐに倒れ込んだ雛璃に近づく柚子葉。その表情は蒼白としており、震える手で雛璃を抱きとめる。


「桃上さん!? 士郎! 容態は!?」

「今見てるッ! …………っ、クソがッ!」


 反天した力――死の源泉(デモニック・ドメイン)を強制的に酷使させられた雛璃の身体は身の丈に合わない力の奔流により、ズタズタに傷付き、命のタイムリミットを大幅に削っていた。


 今朝の宗士郎の話を思い出した楓は闘氣法による生命力の波動を探るように宗士郎に頼む。


 宗士郎もそのタイムリミットが予定より早く迫っているのでは? と考え、容態を確認しすぐに拳を地面にぶつけた。


「お兄ちゃん!? まさか……!?」

「…………手遅れだ。今日の夕方を待たずに雛璃ちゃんは……」

「いや、嫌ぁ!? 雛璃ちゃん、これからだよ!? これからなんだよ!」

「泣かないで、柚子葉ちゃん…………。みんなが無事で、良か……っごほっごほ!?」


 霞むような声で話す雛璃が咳き込むと、鮮血が尋常ではない程に飛び散る。


「お兄さんの答え、まだ聞けてないのに……」

「喋っちゃダメだよ!?」

「ほら、いつもみたいに笑ってよ。柚子葉ちゃんの笑顔が見れないと、死んじゃうよ?」

「縁起でもない事言わないで! 今、笑うから…………!」


 いつもなら楽しいはずの二人のやり取りが、今は今生の別れの前触れのように痛々しく、そして見ていて切ない。


 二人を見て、何もできない事に歯痒さを覚え、見ていられないと目を背ける宗士郎と楓。大事な人の命が今再び、終わりを告げようとしている。宗士郎の母親である薫子の時の事を思い出し、悔しさがこみあげてきていた。


「見えない、よ…………太陽のような笑顔が、柚子葉ちゃんの最高の笑顔が」

「なに、言ってるの…………ほら、に~って、やってるのにっ…………」


 人の身には到底扱いこなせない、異能の本来の力を引き出す『反天』の影響だろうか、表面にこそ変化は現れてないが、その実、内側から何から何まで崩壊してきているようだ。雛璃の様子を素直に受け取ると、眼が見えなくなったようだ。


「雛璃ちゃん、助けられなくてすまない…………」

「あ………………」


 宗士郎が雛璃の身体を強く抱きしめる。眼に見えなくても、ここにいるんだと証明するかのように。


「温かいなぁ…………身体が弱くてもいいから、どうせなら万全の状態で抱きしめられたかったなぁ」

「何度でもしてやる、だから死ぬな…………!」

「私は幸せだな……親友と好きな人から悲しんでもらえるなんて。…………二条院先輩」

「何かしら」


 楓が雛璃の前にしゃがみ込む。


「お兄さんの事、お願いしますね?」

「言われなくても、わかっているわ」

「もし、仲良くできてなかったら、天国から舞い戻っちゃいますよ?」

「そうならないように努力するわ。だから、生きて見せつけられなさい」

「あはは、それはもう……無理かな」


 雛璃の身体がさらに重たく感じる。眠った人の身体は重いと聞くが、魂の抜け殻となる肉体は本当に重いのだと知った。


「……絶対、先生の計画を阻止してください…………カイザルには気を付けて」

「ああ、わかってる」

「あは、応援して、ます……………………」


 雛璃は最後にとびっきりの笑顔を振りまき、身体中から力という力が抜けた。


「ぁ、ぁぁ…………うああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」


 親友の死に、柚子葉が枯れるのではないかというくらい涙を零した。同時に宗士郎達を覆っていた雛璃の異能防音ドームも崩れていく。


「柚子葉ちゃん!?」


 泣き叫ぶ柚子葉に気付いた響達が駆けよってくる。どうやら魔物は全滅させたらしい。


「…………牧原、静流ーーーーーーッッッ!!!! お前だけは、お前だけは…………必ず殺す! どんな強力な力を持っていようと、どれだけ逃げようとも、俺の刀が…………俺が折れない限り必ず追い詰めて殺してやる!!! 俺の()()()()()に手を出したんだ! 覚悟はできてるだろうな!!!」


 この場にいなくてもおそらく事の成り行きも声も見聞きしているであろう静流に向かって、宗士郎は雛璃の為に悲しみ、そして激怒した。


 雛璃と話していた三人以外、目の前で人が死んだという事しかわからないが、目の前の少女の死を共に悼んだのだった。







「なんてこと……私の子が…………」


 虚無の空間で一人の女性が地上にいる少女の魂をその掌で包み込む。


「十年前のあの子に与えた力は何重にも封印を施してるから力が及ばなかったのだろうけど。一度覗いてみましょうか」


 無の表面に顔を突っ込むと、そこには地下施設で歩く男女達の姿があった。


「貴方の大事な人達なのね。そう、助けてあげて……か。今の彼の封印は一つだけ解かれているわね。やるなら、封印を後一つ二つかしらね。後は自力でね」


 魂を慈しむように撫でる女性。見る人が見れば、聖母を思い浮かべるだろう。


「頑張りなさい、私の子供達」


 女性は一言呟くと、いそいそとなにかの準備を始めたのだった。





今、一人の少女がこの世での生を終えた。

嘆き、悲しみ。そして、涙を流し、悼む。

少女をこんな形で殺した奴だけは、必ず殺す。


宗士郎は怒りに身を震わせ、敵の懐へと潜り込む。


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