第五十八話 戦士達の休息
不意に訪れた暫しの休息。
魔物との戦闘で疲れた宗士郎達の心身を癒すには、丁度良かった。あの後、和心の札による転移を行う前に改めて全員の意見を聞いたが、見事に全員一致とはいかなかった。
反天した三人を助けて、牧原 静流の計画を阻止したいと思う一方で、蘭子・幸子・和人の三人には戦いを勝ち抜く事よりも生き抜く事にすら、不安を覚えていた。
幸子は異能力者ではあるが、戦闘向きの異能ではない上、あまり争い事を好むような性格でもないので、助けに行きたくとも「行っても足手まとい」というのが本当の所である。残りの二人は非異能力者の上、最近まで徒手格闘に明け暮れる日々だった。いくら芹香が開発した感覚武装を装備したからといって、「戦力になる訳がない」というのが蘭子と和人の意見だった。
迷う気持ちも考慮し、生徒を大事に思う凛は「明日の戦いに三人は私と一緒に避難場所に指定されている『修練場』で警備をしてはどうです?」と提案した。
静流が指定してきた修練場地下施設は学園長と一部の先生しか知りえない。ただ、地下シェルター並みの大きさと耐久度があるので、戦いに巻き込まれる心配が少ないはずという凛の配慮だったが、それでも三人は答えを渋った。
ならば、行動を決定する為にも別荘で気持ちを整理してみてはどうだ? と宗吉が快く送り出した。
そして、午後七時。和心を伴った転移移動は無事終了し、宗士郎達は二条院家が保有する別荘に足を踏み入れた。
その後、気付かれずについて来ていた二条院家のメイドさんに度肝を抜かれつつも、夕食を取り、男女別々に大型の檜風呂に入る事になったのだが――――
「士郎は私とこっちね」
「はあ!?」
男女の暖簾が掛かっている直ぐ横で、何故か「夫婦の営み専用」と書かれている暖簾があり、他の皆が性別別に分かれようとしている際、楓が宗士郎の腕を引っ張って行こうとしていた。
「? 何で驚くのかしら?」
「この状況で驚かない奴がいたら、余程肝が据わってるか、積極的な猿だと笑ってしまう所なんだけどな!?」
「いいじゃない。昔は一緒に入ってたんだから」
「歳を考えろ!? 俺達大人! ビバ大人!」
「……嫌なの?」
「嫌って訳じゃ……とにかく駄目!」
そんな二人のやり取りを見て、男達がそれぞれ憤慨していた。
「何だこれはぁ!? ぅぷ!」
「彼女が居ない上に、親しい女の子すらいないのに…………これが勝ち組って奴なのかな」
「………………」
「沢渡ぃ! お前は何とも思わねぇのか!」
「…………いや、な。俺昔からお情け同然で昔からここに来て一緒に遊んだりしてたんだけど、来る度来る度……! 目の前の寸劇を飽きることなく繰り広げるんだ…………! モテない俺の気持ちが抉りに抉られ…………ごふっ」
「沢渡ぃ! いや響ぃ! 今日は俺達の……! 男の友情を育もうじゃねぇかぁ!」
「榎本…………いや、亮! お前実はいい奴だったんだな! 和人もモテない者同士、慰め会おうぜ!」
「う、うん!」
うおおおおおおん! と泣き叫び、男達は宗士郎を放って男風呂に入っていく。
「って! おい! 助けてくれないのか!? っく、柚子葉は――!」
助けを求めようと、宗士郎は妹の方を見るのだが――――
「――みなもちゃんもあっちに混ざってきたら? 少し前、お兄ちゃんと良い雰囲気だったでしょ? あの夜、お兄ちゃんに顔を近づけられて、顔真っ赤にしてたみなもちゃん?」
「ゆ、ゆゆゆ……柚子葉ちゃん!? 何故それを!?」
「そんな事はどうでもいいの。ちょっとは意識してるみたいだし、みなもちゃんが良いなら、お兄ちゃん襲っていいよ」
「ええええ!? 柚子葉ちゃん、妹としてその発言はおかしい! 色々おかしいよ!?」
「みなも様、鳴神様の夜伽をするのでございますか!? ならばっ! 狐人族に代々伝わる夜伽用の礼装を!」
「薄っ!? そんな事はしないの!」
どうやらこちらもお取込み中らしい。助けを呼べる空気ではない。何の話をしてるのかは宗士郎には
思い当たる節がないでもない。
そして、どこからともなくヴェールとも言うべき、スケスケの極薄布切れを和心が取り出し、みなもに押し付けていた。狐人族専用の夜伽の礼装がそんな薄生地では、誘っているようなもの――いや、むしろ自ら襲うと言っているようなもの。みなもは礼装をていっ! と地べたに放り捨て、追求を逃れるべく女風呂に逃走し、柚子葉と和心もそれを獲物を仕留めるが如く追尾する。
「くそ!? 凛えもん、お助け――」
ネコ型ロボットに頼るように、普段呼びもしない呼称で凛に助けを求めるが…………
「うわぁ、鳴神君の妹さん……凄い笑顔」
「う、うん。桜庭さんも凄く真っ赤」
「さて、私達も参りましょう…………菅野さん?」
構うと面倒とばかりに目を逸らし、蘭子、幸子、芹香を誘う凛。どうやら完全に見捨てられたらしい。
目の前を駆け抜けていった三人を傍目に見つつ、凛達がそれに続こうすると、何故か芹香がカメラを取り出していた。それもカメラをよく知らない人が見ても、超絶ドン引きするような改造が施されたものだ。
「これっすか? うししっ、これはっすね! 〝~湯けむりの中でもバッチリとあなたの裸体を独り占めッ!~〟……その名も――『グヘヘ、これで奴らの秘密を隠し撮りよ君』ッ! グッヘッヘっす、これで皆の一糸まとわぬ姿を盗撮し、それを学園の男子共に横流しして開発資金を――」
「………………」
「ああああ!? 『グヘヘ、これで奴らの秘密を隠し撮りよ君』がぁっすぅ~~~~!?」
瞬時に冷気を纏った凛がカメラを異能で氷漬けにし、そのまま砕いた。芹香の欲と労力と開発資金が文字通り粉々となった。泣き崩れる芹香をズルズルと引きずり、凛は蘭子と幸子を連れて暖簾を潜っていった。
「士郎、諦めて一緒に入るわよ」
「明日の事で響達の覚悟を知る必要があるから断る!」
「はぁ、仕方ないわね。時間加速」
「ぐぅお!? 引きずられる!? かくなる上は――――!!!」
異能を行使してまで力づくで「夫婦の営み専用」の暖簾を潜らせようとする楓。宗士郎にとってそれはこの上なく嬉しい事であり、『据え膳食わぬは男の恥』状態なのだが、今回は見送らせてもらう。
「し、士郎!?」
「フハハハハ! これなら追いつけまい! ばいなら~ははは!」
刀剣召喚で男の暖簾の向こう側に刀剣を創生し、感覚昇華を使用した、刀剣と自分の相対位置を入れ替えて事態を脱する。
「やっぱりだめね~。強引にいくべきかしら。……奪う、私は士郎の初めてを必ず奪う。…………私も入ろっと」
狂気すら滲み出る程の自己暗示しながら、宗士郎の初物を奪おうと画策する楓。握り拳は力強く握られている。
取り残された楓は男風呂でも入っていきそうなものだったが、宗吉の言っていた考えを整理する時間という事を思い出し、自らも暖簾を潜り、入浴しに行くのだった。
「くぁ~! 疲れた身体に染み渡るぅ~!」
響が中年のオッサンのようなセリフを吐く。
「こいつぁ凄ぇや。響の言う通り、かなり気持ちがいい」
響に同調する亮が満天の夜空を見上げる。閉め切った個室ではなく、上部が吹き抜けとなっており新鮮な空気が常に取り入れられている。
「そうだね……これを何度も味わってたのか、響と鳴神――ごほんッ! モテ神君は」
「……おい。なんで今言い直した? 嫌味か?」
先程、男同士で結託していた和人がわざとらしい意趣返し攻撃をする。宗士郎自身に見せつけていた自覚はなかったが、周囲からは嫌味のように見せつけられていたのが現実だ。
「まあ、いい。で、改めて聞くまでもないが、響と榎本は計画を阻止するという事でいいんだな?」
「もちろんだぜ! 牧原先生があんな奴だとは思わなかったけど、知ったからには必ず止める」
「あぁ。あいつの計画は狂っていやがるからなぁ、俺と同じ犠牲者を出さない為にも二度と変な考えを起こさないように魂に燃やし付けてやる。それと佐々木にはまだ償いができてないからなぁ、さっさと引きずり戻してやる」
二人の覚悟は本物だった。言動から眼を観るまで確固たる意志が宿っている事が明白だった。やはり、聞くまでもなかったようだ。
「あぁ、それとだなぁ。鳴神ぃ、俺の事は〝亮〟って呼んでくれ。俺も〝宗士郎〟って呼ばせてもらうからよぉ」
「それは別に構わないが……いきなりだな」
「響や和人にもお前が入る前に同じ事を提案して、それにのっかったぁ。お前だけが仲間外れなのも可哀想だからなぁ」
「そういう事なら……亮って呼ばせてもらう」
「ああ、改めてよろしくなぁ。宗士郎」
檜風呂で、満点の夜空の下で、男二人は裸で手を握り合った。
「そんな汚いもん見せるんじゃねえよ!」
「そうだそうだ! 誰がそんなものを見たいと思うんだ! 女の子の裸を所望する!」
良い話っぽく? 纏まっていたのにその空気を速攻で潰しにくる響達。確かに男のナニを見せられて喜ぶ者はこの場にいまい。
「あのなぁ、大事な事なんだぞ。こういう呼び方の確認も」
「そうだぜぇっと…………鳴神――宗士郎の話の続きがまだあったな。続けてくれぇ」
「そうだな。和人、明日の戦い……元春を心の底から助けたいと思うのなら、来るべきだ。何があっても必ず助けるっていう覚悟をもってな」
「僕は…………! 僕は…………」
全員で和人の顔を覗き込む。
「…………元春を助けたい。たしかに元春は力を渇望してたけど、あんなのに頼るほどじゃなかった。きっと何かされたんだと思うんだ」
「俺の時も洗脳まがいの事をされたしなぁ」
「そうだとしたら、目を覚まさせてやらないと…………! 友達として! 僕に何ができるのかわからないけどね…………」
自嘲気味にせっかく上げたテンションを自ら下げる和人。
「洗脳を解くカギは元春に最も近い和人なんだ。後悔したくないなら〝何ができる〟とか悩んでないで、俺達を頼れ。適材適所だ」
「そうだぜ! 俺達が元春の元まで無傷で届けてやるよ!」
「あぁ、そして今度こそ俺達の関係をリスタートしようぜぇ」
「…………皆! 僕、頑張るよ!」
全員が互いの拳を打ち付けあい、和人の覚悟が決まったのだった。
「あっちは話が纏まったみたいね…………で、貴方達はどうするのかしら?」
女風呂で楓が蘭子と幸子に問いかける。浴場の上部分が吹き抜けとなっている為、必然的に声も楽々と拾う事ができた。
「幸子はともかく、私は戦闘になったらお役に立てないですし、付いていっても足手まといですよ」
「そ、そそ、そんな! 私も足を引っ張るよ~!? 異能で回避できる不幸は自分だけだし…………」
「自分は攻守を兼ね備えた物を異能で作るので、モーマンタイっすね~」
蘭子と幸子がお荷物であると鼻から行く気がない事を示す中、聞かれてもいない芹香が行く気満々の雰囲気を醸し出す。
そんな芹香をさらっと流し、
「…………貴方達、本当にそれで後悔しない? 戦力になるとは、最初から思ってないけど、知らない場所で勝手に話が進んじゃって、後で結末を知って本当に後悔しない?」
「楓ちゃん、それは言い過ぎです。もっと言い方を考えて――」
「凛さんは甘すぎなのよ。だいたい、核心を突くのに言い方もなにもないのよ。大事なのは〝自分がどうしたいか〟でしょ?」
楓が少し辛辣に話を進めると、凛がそれを咎める。
「貴方達はその…………元春君? のクラスメイトなんでしょ? 確か元気な貴方の方は非異能力者同士だったから、親しく話す仲だったと聞き及んでいるわよ」
「いつの間に…………流石学園長の娘の楓さんだ。学園の内情は知りつくしてるんだね~」
楓の発言にみなもが感嘆の声を漏らす。内情というより、個人情報の域に迫っている気がしないでもないが…………
「反天はイマイチわかりませんけど、佐々木君がその…………牧原先生に良いように利用されているんですよね?」
「彼が話した計画に嘘がなければ、ですが」
先生である凛に尋ねる蘭子。
反天で犠牲になった子供達を蘇らせる目的がどれほど崇高なるものかは、人によって千差万別に意見が分かれるが、だからといって今を生きる子供達を犠牲にしてもいい免罪符になる訳でもないのだ。
「私にできる事があれば…………私に戦える力がなくても、行きたいと思います」
「それは大丈夫ね。あっちで盛り上がってる男達の話から察すると、洗脳を解く為に『対話』をするらしいから、貴方にもできる事はあるのよ。そっちのぼうっとした貴方もよ、異能も馬鹿にできないしね」
「わ、私ですか!? …………蘭子ちゃん、やろうよ。蘭子ちゃんは私が側で幸運体質で何とかして守るから…………!」
「幸っちゃん…………っ、私も……私達も明日の戦いに付いていかせてください!!」
座ったまま蘭子と幸子は凛に向かって、頭を下げる。温まっているはずの身体が凍えるように震えており、それが『寒さ』からくるものではなく、覚悟からくるものであると誰から見ても一目瞭然だった。
「別にいいわよね、凛さん?」
「…………はぁ。ここで断ったら私が悪者みたいになるじゃない…………いいわ、許可します」
「やった~!」
「――ただし、菅野さんの開発した『戦闘服』を身に着け、私達から離れない事。菅野さん、いけますか?」
「ブクブク、っぷは! 大丈夫っすよ! そう言われると思って、既に複製してるっす!」
凛が芹香に視線を向けると、温泉のお湯を子供のようにブクブクと泡立てている所だった。普段なら、行儀がなっていないと凛が怒るはずだが、今日は見逃す方向らしい。そして、以前のように準備がいい芹香に凛が礼を言う。
「これで、心置きなく明日に臨めるわね。柚子葉、あれやってくれない?」
「………………」
「柚子葉?」
話にケリがつき、楓が離れた場所にいる柚子葉に話しかけるが、のぼせたようにボーっとする柚子葉。
「……なに、楓さん?」
「電撃風呂やってもらおうかと思ったのだけど、大丈夫?」
「うん、宮内君と雛璃ちゃん…………特に雛璃がどうして自分から計画に加担したのか気になって」
「それは明日、本音でぶつかって確かめなさい。多分それが一番いいから」
「うん。……正面から向き合ってみるよ。ありがとう、楓さん」
「どういたしまして、じゃあ電撃風呂頼むわよ? 無理をしない程度でね」
「うん!」
柚子葉の異能で微弱な電流を流し、乳酸の溜まった身体を程よくほぐしていく。
「お!? 身体がビリビリしてきたぞ! 柚子葉ちゃん、ありがとう~!」
「あばばばっ、柚子葉お姉様が流れ込んでくる〜」
男風呂から響の嬉しそうな声が響き渡る。ここのお湯は男女で繋がっているので、電流も届くのだ。そして、柚子葉の目の前で卑猥とも取れるような事を言う和心。
不本意にも訪れた暫しの休息だったが、宗士郎達は改めて覚悟が決まったようだった。修学旅行に行った時のように、娯楽をちょっとばかし楽しみ、少しだけガールズ(ボーイズ)トークをしてから全員が眠りついた。
海に近い二条院家の別荘。宗士郎達は波のさざめく心地よい音に揺られながら、夜は更けていった。
戦う力が存分になくとも、友の為なら。
不意に訪れた休息は宗士郎達の心身を着実に癒し、迫りくる時間は刻一刻と過ぎ去っていく。
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