第五十四話 信頼のなせる力
「シッ! っ……今ので最後かぁ?」
「うん。私の出番、ほとんどなかったなあ。攻撃に参加できてなかった気がするよ……」
宗士郎達や響達が各地にて出現した魔物を討伐している中、多種多様な魔物の軍勢が進攻してきていた西側の地は亮とみなもの働きにより、静けさを取り戻していた。
既に避難者の学園への避難は完了しているとの報告を受けた二人は避難を迅速かつ安全に行う為に展開していたみなもの神敵拒絶による障壁を解除し、残った魔物を各個撃破。先程、亮がトドメを刺した魔物で最後だったという訳だ。
「そうかぁ? 俺が前しか見えてなかった時、後ろから襲ってきた魔物を倒してくれたじゃねぇか」
「あ、いやうん! それはそうなんだけど! 鳴神君に教えてもらった対人盾殴りスタイルをあんまり活かせてなかったなって……」
「あぁ、俺との模擬戦の時のあれか……。対人戦じゃねぇんだしよ、別にいいんじゃねぇか?」
「ゴブリンとかオークも姿形は違うけど、対人戦とほとんど変わりないよ~」
みなもが自身の戦闘の成果に肩を落とす。たしかにみなもは攻撃に入る事が少なかった。亮が魔物を根こそぎ燃やし尽くしていた所為もあったが、今のスタイルが定着していないのが主な理由だろう。
元々、みなもは自らの異能を「他者を守る」ものとして認識していた手前、防御から攻撃へと転じる事に未だ違和感を感じているのだ。
しかし、誰かを守る為には守るだけでは駄目だと思った。だからこそ、みなもはこうして宗士郎に教えてもらった今のスタイルを実戦の中で研ぎ澄まそうと考えた訳だが…………
「イメージ力が足りないのかな~? 思ったよりも威力がでないし……もうちょっと、こう…………」
「……ったく。我がライバルながら、もう少し緊張感を持てないものかねぇ」
ブツブツと自分だけの世界に入り込み、頭の中でシミュレートし始める。そんなみなもの様子に感心したのか呆れたのか溜息を吐きつつ、亮は辺りの警戒を厳とした。
「(しっかし、敵の手勢がここまで少ないのも変だよなぁ。あのカタラとかいう女の様子だと、鳴神の実力を見抜いてたみてぇだし、援軍が来ると考えていた方がいいかぁ)」
自軍が敵軍を相手取る時、策を弄して戦うのがいつの世も同じ事だが、突出した実力者が存在せず、味方の勢力が敵勢力と拮抗している場合、敵よりも数を揃えた方が勝率は上がるだろう。今回、カタラが学園に攻める場合、戦闘能力の高い人間がいると理解している為、それと同等か格上をぶつける方が勝率は高いはずなのである。
だからこそ、今回の敵勢力の戦力と数が少ないのはおかしいはずなのである。その事を念頭に置き、亮は警戒しながらも、他の味方と合流すべきか待機しておくべきなのか悩む。
「なあ――」
桜庭、と亮が声をかけようとした瞬間、
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!
「ふぇっ!? な、なに!?」
「っぐ、なんだぁコレはぁ!」
地響きと共に空気が揺れ動き、辺りがざわめき始めた。
自分の殻に籠っていたみなもも流石の異常事態に目を丸くして慌てる。亮も戸惑いつつも、現状把握に努めるが、何かがそれを邪魔してくる。
何か異質な…………常軌を逸した何かが、周辺に影響を及ぼしていた。みなもと亮自身の身体も、心がその異質な何かに屈服し、首を垂れるように、思ったように動けないでいた。次第に、外見だけでなく、内にある心臓までもが死ぬ前の最後の足掻きをするのように、激しい鼓動を繰り返す。その動悸の激しさ故か、二人は眠るように意識を落としていったのだった。
「ぅぐ……なんだってんだぁ、今のはぁ? おい、桜庭ぁ。目を覚ませっ」
一足先に目を覚ました亮が胸を押さえながら、起き上がる。同じく、横で倒れていたみなもを揺すり、覚醒を促した。
「ぅぅん……ぎゃらくてぃか、えくすぷろ~どケーキぃぃ……」
「なんだ、そのはちゃめちゃなケーキはぁ!? 起きろォッ!」
「ぎゃうん!?」
理解できない状況に見舞われたというのに、呑気に寝言を呟くみなもにイラッとした亮が問答無用で手刀をブチかました。
「ただでさえ、意味わかんねぇ状況だってんのに呑気に寝てんじゃねぇよ!」
「ご、ごめん。いびきうるさかった?」
「そういう事じゃねぇ!? 要するに戦場のど真ん中で寝るなって事だぁ!」
「あだっ!?」
再びみなもの頭部に手刀を叩きつける。残念要素を遺憾なく発揮しているみなもには、自分がなぜ怒鳴られているのか理解できない様子。怒っている亮であったが、自らも異常な状況で意識を失ってしまったので、これ以上は責めるに責められなかった。
「ぅぅ、ごめん…………」
「いんや、いい。それより、俺達はどれくらい意識を失ってたぁ? この異様な状況だが、倒したのもかかわらず、敵の援軍がない。戦いは終わったのか……?」
「ええと……太陽でできた電柱の影から考えると、そこまで時間は経ってないと思う。戦いはまだ終わってないよ」
「そこまで観察してたのか。なんでまだ戦いが続いてるって、わかるんだぁ?」
みなもが虚空を指さす。それを伝うように、亮もみなもが指し示した場所を見やる。
「なんだあれはぁ? 何かの紋様……それに知らない文字で綴られてるなぁ」
「なんだかね、あれを見ると心がざわつくの。さっきの感じとはまた別の、嫌な感じが……」
「た、たしかに。俺もなんだか強い圧力を感じるぜぇ。桜庭ぁ、何がきてもいいように、心の準備をしとけぇ」
「…………うん」
亮の注意喚起を受け、みなもは異能をいつでも発現できるように心掛けた。ジリジリと少しずつ距離を詰め、空に浮ぶ紋様の真下に二人は立った。
「う~ん、何も起こらないね」
「あぁ。何も起こらねぇなら、用はねぇ。急いで鳴神達と合流だぁ」
「そうだね。皆が心配だよ」
そのままその場を離れようとした時、
「っ!?」
「どうしたぁ、桜庭ぁ?」
「なんか壁があるみたいに前に進めないみたい……」
「ああん? そんなことねぇだろ。っぐ……!」
亮が前に一歩踏み出すが、最初からそこに壁があったかのように進む事は出来なかった。
「どういうこったぁ? さっきの紋様が関係してるのかぁ?」
「かもしれないね。榎本君、えと……炎上籠手であれを攻撃してみて。何かわかるかもしれない」
「わかったぁ」
空に浮かぶ紋様目掛けて、亮は炎弾を放った。すると、炎弾が何かと相殺されるように散り、そこに隠れていた何かが姿を現した。
「ぅぅ、気持ち悪い…………魔物?」
「十中八九そうだろうなぁ。目玉に触手と来たか…………聞いた事も見た事もない魔物だなぁ」
眼前に浮かぶそれは、無数の触手を生やした歪な形の魔物だった。
漂うように浮かぶ無数の触手。粘液でも掛かっているかのような光沢のある全身。それらが呼吸をするかのように脈動し、大きな瞳は眠るように閉じられていた。
「何にしても動かれる前にやる――炎狼の咆哮ッ!」
先程の炎弾よりも威力の高い狼を模した爆炎は魔物を大きく包み込み、燃焼させたかのように見えたが、
キュイン……ビュゥゥゥゥゥゥン!!!
突如、包まれた炎の中から、何かが集束し、攻撃した亮に向かって極大の光線が発射された。
「――っがぁ!?」
「榎本君!?」
光線は榎本の左目を抉るように通り過ぎ、その痛みと光線の衝撃波で亮は背後に吹っ飛んだ。
「っ、ぐあ……! ぁぐ、ガァアアア!?」
「左目が……!?」
みなもは急いで亮に駆け寄り、容態を確認する。抉られた亮の左目は蒸発するように焼け落ちていた。これは医者に見せなくてもわかる。失明しているのだと。
光線が左目だけを抉るに至ったのは、おそらく亮が本能的に発射された光線をギリギリ回避していたからだ。反応できなければ、今頃頭部が蒸発し絶命していた所だ。
「………………」
先の榎本の攻撃で目を覚ましたのか、閉じられていた目蓋が開かれ、漂っていた触手は蠢くように動き出した。
「ぐっ、桜庭ぁ。俺の事はいい。増援を連れてこいっ」
「そんな駄目だよ!? 絶対に置いていかない!」
「やっぱぁ、説得は無理かぁ……っぐ、なら俺も戦うぜぇ……」
亮がフラフラと立ち上がる。左目を失った痛みで、左目を手で覆っている上に身体のバランスを維持できていない。左目失った影響がそれまでの感覚を壊し、平衡感覚を失わせているのだ。
「どっちかが逃げても、死ぬかもしれないなら……最後まで足掻いてみるかぁ…………!」
「なら、榎本君は私の後ろに隠れて攻撃して? 神敵拒絶で全部防ぐ――――っ!?」
作戦を提案していたみなもに、話を遮るかのように無数の触手が唸りをあげて襲い掛かる。触手の一つ一つが鞭のようにしなり、逃げ場を封じる絶対領域を生み出す。
みなもは飛んでくる鞭のような触手を的確に見極め、消費を押さえながら最小限のクオリアで魔物の猛攻を防ぎ続ける。
「榎本君、今!」
「ああ! おぉおおおおおお!」
みなも盾とし、背後から炎弾を撃ち込む。だが…………
「狙いがっ…………くそったれぇえええ!!!」
闇雲に攻撃を続ける亮。ただでさえ、片方の目を失っているのに乱雑に撃てば当たるものも当たらなくなる。焦燥と激痛に耐えながら攻撃する亮はその事に一切気が付けなかった。また、みなももその事に気付き教えようとしていたが、なお止まる事のない触手の連打を防ぐだけで手一杯になっていた。
そして、その隙を突いてか、魔物が再び何かを集束させ、防ぎ続けるみなもに向かって光線を発射した。
「神聖なる光よ。その慈愛…………省略! 五芒聖光っ!」
感覚拡張の詠唱バージョンを始めるが、間に合わないと判断したみなもは詠唱でイメージを固めていたものを取っ払い、既に浮かんでいたイメージで技を発動。何度も練習したかいあって、神々しい光膜が光線を内包し、攻撃を打ち消した。
「あれはぁ……」
半分失った視界の中で、何かに気付いた亮は攻撃を防ぎ続けるみなも背中越しに魔物の大きな瞳を覗き込む。
攻撃しなくなった亮にかける言葉を絞り出せないまま、三度目の光線攻撃の為に何かを集束させる目玉の魔物。亮は巡ってきた光線の謎を解明すべく、黒色の火炎を作り出す。
「黒炎弾ぁ!」
亮が放った黒色の火炎は魔物に向けて放ったわけではなく、魔物の真上に放っていた。案の定、攻撃は当たらなかったが、一瞬だけ空を覆った事で魔物の光線に変化が現れた。
そのまま光線が発射され、それをみなもが防ぐが、最初に発射された時よりもあきらかに威力が落ちていた。
「やっぱりかぁ! 桜庭ぁ! おそらくアイツが張ってるであろう結界みたいなものに障壁を張って打ち消せ!」
「……神敵拒絶!」
一瞬の迷いが命取りとなると判断したみなもは亮に言われた通りに障壁を展開させる。
「もう一発だぁ!」
黒炎弾を障壁に向けて放ち、障壁に全体に広がるように黒色の火炎を燃え盛らせる。太陽の光が遮られ、黒一色で染まる障壁の内側で、目玉の魔物が再び何かを集束させようとするが………………
キュウウウゥゥゥゥ………………
集束されるであろう何かが集まらず、光線が一向に発射されなかった。そのおかげで余裕ができたみなもは光線が発射されなかった理由について亮に尋ねる。
「どういう事っ……?」
「アイツが放っていたのは太陽光だぁ。おそらくだが、アイツの結界が太陽光を効率良く集める為のものだった。それを防ぐ為に光を遮れるであろう黒色の火を放ったんだぁ」
「そういう事だったんだ! 今がチャンスだよ、榎本君!」
今、目玉の魔物は供給されるはずの太陽光が集まらなかった事で混乱の渦の中にある。絶え間なく飛んできた触手攻撃も今は止んでいる。みなもがこれ幸いと、亮に任せようとするが、亮は首を横に振った。
「俺の攻撃は奴には通らない。最大の技を使ってもなぁ」
「じゃあ、どうするの?」
「簡単な事だぁ。アイツの真似をする」
亮の考えはこうだ。
太陽光を集つめるのが魔物の攻撃なら、こちらは炎を集束して放てばいい。みなもの五芒聖光が感覚拡張による攻撃消失なら、炎を内包させて、みなものイメージで力と熱量を高めてから放てば勝てると…………そう、亮は考えた。
もちろん成功する保障などどこにもない。だが、この極限の状況の中で互いを信じ続けなければ勝てない。今までのみなもの行動を顧みて、亮はこの無謀ともいえる策を実行するに値する人物だと思ったからこその提案だった。
「じゃあ、いくぞぉ!」
「うん!」
二人が意気込んだと同時に混乱から立ち直った目玉の魔物が再び触手攻撃を再開する。
「神敵拒絶ッ!」
「焔焉ァ!」
みなもが前方に強めの光盾を展開、続けて手元で五芒聖光に似た光膜を作り上げる。その背後で自身の持つ技の中で最高威力の焔を掌に集束させていく。
「桜庭ぁ!」
「はぁあああ!!!」
限界まで高めた力を光膜へ内包させ、みなものイメージで力と熱量を練り上げるように上昇させていく。内包させた後も亮は焔の維持に努める。
二人が作り上げていくそれは、さながら小さな太陽!
「「聖焔ッッッ!!!」」
示し合わせたように発した焔は聖なる光に包まれ、眼前に立ちはだかる触手を浄火させていき、目玉の魔物の中心を穿った。
浮かんでいた魔物の身体は自然落下するよりも速く、灰も残らずに消え去った。
「や……ったぁ~~~っ」
「だなぁ! 今日だけは残念娘と呼ばないでやるよぉ!」
「今日だけじゃなくて、明日以降もそうしてよぉおおおおおお!!?」
目玉の魔物を倒した二人。今でけは左目の痛みを忘れて軽口を叩く亮に、みなもの勝利の嘆き? ともいうべき叫びが木霊したのだった。
短い期間で互いを信頼し合えるようになったみなもと亮。信頼が生み出す力は魔物を凌駕する。
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