第四十七話 学内戦開幕
読者の皆様、明けましておめでとうございます。
昨年も言った通り、粉骨砕身の気持ちで頑張りますので、
今年も引き続き、「クオリアン・チルドレン」を
よろしくお願いします!
「――ん……? 柚子葉に楓さん、それに皆も。どうしたんだ、こんな所で?」
家族である柚子葉に加え、愛しい楓、親友の響、友達であり仲間であるみなも、最近家族になった和心、そして……仲の良いクラスメイト達が正面を並んで歩いている。
「――――」
宗士郎の問いかけに柚子葉が後ろを振り返って立ち止まった。待っているようで、こちらに来てほしくないような視線が宗士郎に突き刺さる。
「俺を置いていくなよ。追いつくから待ってろよ……!」
その何とも言えぬ視線が不気味に思えた宗士郎は柚子葉達に向かって走り出した。
だが、一向に距離が縮まらない。
「――――」
またもや先程と似たような視線を感じつつも、近づいているような、逆に遠のいているような感覚に囚われる。その間も柚子葉達はそんな宗士郎を知ってか知らずか、足を進め宗士郎からゆっくりと離れていく。
――まるで、あちら側に行く事を拒絶されているかのように。
「待てっ!? 待ってくれよ! なあ聞こえてるんだろ!? 楓さん! 響!」
呼びかけに反応する事はなく、また距離が開いていく。追いつけない……置いていかれるといった焦燥感に駆られ、呼吸を荒くしながらも必死に追いつこうと疾走する。
すると、ようやく宗士郎の呼びかけに反応し、無視する事なく立ち止まってくれたのかと思いきや……
「――――!?」
「~~~~!?」
何故か、柚子葉達はそれぞれ異能や妖狐の力、感覚武装を展開し、臨戦態勢に入っていた。柚子葉達のさらに前を見ると、影を纏った異形の化け物が高笑いをし、柚子葉達と対峙している。
「魔物!? 不味い! 刀剣召――」
明らかに力量が開き過ぎていると本能的に感じた宗士郎は加勢しようと、自らも異能を発現させようとするが――――
「――っぐがぁあああ!?」
突如、右腹部を襲った鈍痛に顔を歪める。腹部に手を伸ばせば、そこに感覚はない。あるのは寂寥感を埋めるようにして出来た虚無の世界のみ。
抉られるように右腹部を失った宗士郎は地べたへと這いつくばった。そこに何もない筈なのに、恐怖と激痛が全身を襲い、大量の鮮血が飛び散る。
宗士郎が倒れても、誰も気にかけない。むしろ、宗士郎を庇うように全力で異形の者と戦いを繰り広げ続ける。痛みに眉をしかめつつも、戦闘を観察してみるが、苦戦というよりも善戦しているように見えた。
だが…………
バギィッ!!!!!
鈍い音が聞こえた瞬間、クラスメイト達全員が撲殺されていた。残った柚子葉達は怒り狂ったように全力の攻撃を放っていく。
「ぁ…………ぁぁっ」
目の前でクラスメイトが塵のように散っていく。声にもならない声で、震えながら手を飛ばす。
その手を拒むかのように、次々と大切な人達が命を落としていく。
……和心、みなも、響。
命を散らす度、心がはちきれそうな程に痛みを訴え、瞳から涙が零れ落ちる。
そして、異形の化け物が左手で、生命の概念をも無に返す暗黒の一撃を柚子葉と楓へと放った。
「――――っ……」
「――――……」
闇に呑まれる寸前に二人が宗士郎に向かって、痛々しそうな笑顔と涙を残し、闇へと消失した。
「――楓さんッ!!!? 柚子葉ぁああああああッ!!!?」
悪夢から覚めるように布団を勢いよく引っぺがし、二人を掴もうとした手が空を切る。
「……っはぁっはぁっはぁ、ゆ……夢か…………」
顔に手を当て、呼吸を落ち着かせる。落ち着くと、全身がビショビショになる程の汗をかいていた事に気付く。
目の前で大切な人達が何もできないまま死んでいき、自ら立てた誓いすら守れず、ただ涙を零して絶望するしかないだけの滑稽な自分を殺したくなる程に嫌な夢だった。
これはもう悪夢と言って差し支えないだろう。
学内戦当日にこんな夢を見るとは何かの予兆なのだろうか? 嫌な予感が頬を伝い、汗となって零れ落ちていく。今まで、ここまで不吉な夢を見た事がない所為か、心臓が激しく波打っていた。
「っくそ……最悪な寝覚めだ。夢なら夢で、楽しそうな内容にしろよ…………全く」
自分が見る夢を自由に変えられる訳がないだろうと溜息を吐いた後に気付いたが、先程の悪夢を見た事には変わりない。もしこれが何かの予兆かただの夢だとしても、何があっても大切な人達を守り切るという覚悟だけは十年前とは変わらない。障害となるものは、それが何であっても斬り捨てる。
「気持ち悪いし、朝ご飯の前にひとっ風呂浴びてくるか…………」
宗士郎は立ち上がり、大量にかいた汗を流すべく朝風呂に入るのであった。
「――じゃあ、行ってくる。家の事を頼みますね」
「おう、坊ちゃん! 任せてくれ」
「「「行ってきます!」」」
朝食を皆で食べた後、学園に登校すろ用意を整えた宗士郎は玄関で門下生の代表者ともいえる牛雄に挨拶をした。それに習って、柚子葉とみなもが牛雄に会釈する。そして何故か和心までもが…………
その事に一番遅く気付いたみなもがあれ? おかしいな……といった風に首を傾げる。
「なんで和心ちゃんまで服着替えて、行く気満々なの?」
「応援に行くからでございますよ! 何、当然な事をお約束みたいに聞いているですか?」
「そんな〝え、馬鹿なの?〟って、感じに言わないでほしいなぁ…………とほほ」
既に和心からも残念そうな人を見る目で見られているみなもは和心をモフモフしたい気持ちが失せていく程に、ガーンと落ち込んだ。それはもう、見るも残念な程に負のオーラを纏っていらっしゃった。
そんなみなもを見て、笑みを零した柚子葉が和心にもう一度理由を確かめる。
「和心ちゃん、応援してくれるのは嬉しいけど、他にも理由がありそうな顔だね?」
「それは…………嫌な気配を感じたので、万が一が起きた時の為に私も何か手伝えるようにと思いまして…………」
「嫌な気配……? 魔物のか?」
「いえ、得体の知れない……何かでございます…………」
宗士郎と違った形で嫌な何かを感じ取った和心。深刻そうな和心の声音に、宗士郎の身体に否が応でも緊張が走る。宗士郎が今朝見た不吉な夢に関係あるのかもしれない。
「わかった、和心も連れて行こう。それでいいよな?」
「うん。お兄ちゃんが良いなら……だけど、ちゃんと耳と尻尾は隠さないと駄目だよ?」
「はいでございます!」
「やばいよ、そろそろ行かないと遅刻しちゃう!?」
みなもが自らの携帯端末で時刻を確認してから、慌て始めた。確かに、そろそろ出なければ遅刻するかもしれない時間だった。今度こそ、牛雄さんに「行ってきます」と言い、学園に向かう。
そして一度家を出た後、思い出したかのように宗士郎が振り返り、家へと戻った。
「牛雄さん、最後に一つだけ」
「何ですかい?」
「もし…………もし、俺達がいない時に街に魔物の大群が来た場合、街で避難誘導しながら他の門下生を連れて、後から自分達も避難してくれ」
早朝にお風呂に入った宗士郎は夢で見た内容は伏せて、魔物の大群が攻めてくるかもしれないという事を牛雄に伝えていた。そして、その時は「門下生同士で守りを固めながら家を守ってください」という指示も出していたが、和心の話を聞いてその考えを改めた。
今回の学内戦――否、今日という日は宗士郎の考えていた以上に深刻なのかもしれないと再認識したからだ。いつものような敬語ではなく、牛雄を対等な存在として話しているのも事態は深刻であると言外に伝える為だ。
「……了解」
「じゃあ今度こそ行ってきます」
牛雄の返事を聞くと、先に歩いて行った皆を追いかけ、学園への道を急ぐのだった。
学園に間に合った宗士郎達は学年の違う柚子葉だけ途中で別れて、二年の宗士郎達の教室へと向かった。和心には先に修練場内部なる観客席に行くように伝えておいた。
そして、教室に着いた宗士郎はいつもの日常と変わらぬように友達と挨拶をする。そこにいるはずの元春は依然、学園からも家からも姿を消したままだった。
元春がいない事を憂いていると、何を勘違いしたのか亮が話しかけてくる。
「辛気臭い顔してるなぁ。もしかして、女に振られたかぁ?」
「振られてない。ただ…………今日もいないんだなって」
「佐々木か…………ようやく、前の関係を変えられると思ったのにな。残念でならないぜ」
「そういえば、合同特訓の時どこにいたんだ? 和人もいなかったんだが……」
「父親の力を借りて、佐々木を探していたんだよ。陣内も一緒にな」
合同特訓の際、感覚拡張の指導をして回っている時に気付いた事だ。亮はもちろん、和人も学園を休んでいたので、てっきり二人で心の整理をしているものだと考えていた。和人とは既に友達の一歩手前の関係にまでなっているらしく、元春の母親から元春の失踪を聞いた和人は陣内の力を借りて、捜索していたそうだ。
結果は芳しくなく、見つけられなかったそうだ。やはり、宗吉に聞いていた通り、ここら一帯には存在していないという事なのだろう。
「やっぱり、何かに巻き込まれているのかぁ?」
「わからない」
「そうかぁ……ま、今考えても仕方ねえ。学内戦に集中だ。俺と当たったら、容赦しないからなぁ?」
「ああ、その時は全力でお前を叩き斬る」
宗士郎の返事を聞くと、やけに上機嫌な様子で宗士郎から離れていった。それにすれ違うように今度は響とみなもが宗士郎の近くに寄ってきた。
「よっ、ひょうっ、宗士郎!」
「鳴神君~!? 私緊張してきたよぉ~!?」
「二人ともまた違った感じで緊張してるな。桜庭はともかく、響は初めてでもないのに何で緊張してるんだ?」
やけに緊張しているようだ。響は何故か緊張して舌を噛み、またみなもは前の学園になかった『学内戦』が初めてである事と、「自分なんかが戦い抜けるのか?」という不安が緊張として表れていた。
「だってさあ、戦ってる最中、皆俺の方を見る訳だろ? それに今回はマイリトルハニーである和心ちゃんが応援に来ているらしいじゃないか!? 緊張しない訳がないっ!」
「自意識過剰か、お前は。それに和心はお前にはやらん」
「別にお前のものでもないだろうが!」
毎度の如く、寸劇が繰り広げられる。緊張している理由は響の好みに直球ど真ん中な和心がいる所為だったようだ。既に〝小さなお嫁さん〟と呼んでいる辺り、和心にかなりご執心なのが窺い知れる。
「私は初めてだから、『学内戦』自体がどういうものかわかってなくて……! 不安がモリモリだよぉぉぉぉ!?」
「落ち着け残念娘。そろそろ――」
――説明されるはずだ、と言おうとした瞬間、
『――おはようございます、生徒諸君。今年も学内戦がやってまいりました』
教室の黒板上から、ウィィンッ! と機械音を出しながら、降りてきたモニターから映像と共に凛とした声が響き渡った。モニターに映っていたのは…………
『私を知らない人もいるかもしれませ――え? いない? そうですか…………ですが、改めて名乗ります……私は翠玲学園教師の神代 凛です。今回は学内戦の審判として選ばれました』
モニターに出てきたのは、宗士郎と浅からぬ縁があり、学園教師の凛だった。凛とした佇まいで画面越しにこちらに喋りかけてくるが、途中その佇まいが一瞬弛緩する。画面外でカンペでも出されているのだろう。気を取り直した凛が再び、知らない人の為に自己紹介をした。
『ちなみに…………私に指示しているのは、学園長である宗吉さんです。今すっごく、ニヤニヤ顔でこちらにカンペで指示を出しています。正直、冷凍してやりたいですが、このままスルーして、学内戦の説明を行いますね』
カンペを出して指示していたのは案の定、学園長の宗吉だった。こういった催しが大好物である事は楓から聞いて、知っているが、それが逆に凛の怒りを増幅させているようだ。だが、今回は大事な『学内戦』である為か、本来なら異能で氷漬けにされる所を我慢して説明してくれるようだ。
『学内戦は各学年毎に分かれて、試合を行います。修練場を三分割し、一年、二年、三年と分類して、それぞれのフィールドで戦ってもらいます。対戦相手はえっと…………〝宗吉の独断と偏見で決めます〟? 学園長、ふざけないでください! 対戦相手はランダムで決定し、対戦相手が決まると、生徒達のアドレスに対戦表が送信されます。試合時間は十分……相手のバリアジャケット数値をゼロになるか、相手を気絶させたら勝ちとします。また試合終了時に決着がつかなかった場合、バリアジャケット数値の多い方が勝者とします。
もちろん、展開されたCOQ内では、痛みはあっても死ぬ事はありませんが、相手を死に至らしめる攻撃は反則行為と見なし、私自ら半日凍結させます。そして今回、一年の菅野 芹香さんが考案した感覚武装を使って、非異能力者の方達も参加します。感覚武装を用いた非異能力者の方の場合、バリアジャケット数値は平均である数値に50加えて、300とします』
長々しい説明を教室にいる全ての生徒が静かに聞いていた。それ程までに今回の『学内戦』に皆、気合が入っているという事だろう。
既にやる気満々の亮、オドオドしている幸子、初めての戦闘でドキドキしている蘭子に和人、和心が応援してくれる(思い違い)と胸を高鳴らせている響、初めての『学内戦』でありつつも、逸る気持ちを抑えきれそうにないみなも。
そして、何度も修羅場を潜り抜けてきた宗士郎も柄にもなく緊張しており、『学内戦』という戦場に心躍らせていた。
『今年の学内戦…………初めての事も多いですが、今まで磨き上げていた力と技術を存分に震えるよう、期待しています! では三十分後に各自動きやすい服装に着替え、修練場へと集合してください!』
凛が喋り終えると、モニターは上へと戻っていき…………
――オォオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッッ!!!!!!
宗士郎の教室だけでなく、他の全てのクラスが凛が喋り終えると同時に喝采が起こり、雄たけびを上げた。突然の大声にみなもと幸子はビクゥッ!? とビビるが、次第に雄たけびの輪に加わっていった。
その雄たけびに混じって、ピロリンと宗士郎の携帯端末がメールを受信した。件の対戦表なのだろう。響達や他の生徒は大声で叫んでいる所為かそれにまだ気付かない。宗士郎はこっそりと対戦表を見た。
「対戦相手は…………他クラスの異能力者か……腕が鳴るな。見た所、最初ら辺は皆と当たらないようだな。最初から当たれば、それはそれで燃えるが、面白みに欠けるからな。さあ、戦いを楽しもう」
様々な思惑、不安が交差する中、遂に学内戦がスタートしたのだった。
次回の投稿は6日です。
正月は意外とやる事が多くて困るなぁ……




