第四十五話 合同特訓 中編
「さてと、そろそろどんな具合か見に行くか……」
後回しにしていたみなもの感覚拡張特訓。何度か成功していた事もあり、楓に頼んで先に実戦的な身のこなしを体得できるよう頑張ってもらっていた。
宗士郎の家に居候に来てからは、牛雄さんら門下生の人達相手に朝夜合計二時間程、シールドバッシュを用いた戦闘技術を磨いてもらっているが、正直それだけでは魔物に対抗できない。だからこそ、感覚拡張とその応用技を少しでも伝授しようかと思って、みなも達の所まで来たのだが…………
「――腰が入ってないわよみなも! こうやって……! こうっ!」
「――くぅ……!? やりますね楓さん! でも、ていやぁああああ!」
「きゃあ!? いきなり異能を使うなんて卑怯よ!」
「使っちゃいけないなんて、言ってなかったですか……っら!」
「ふふ、なら……時間加速! はぁあああ!」
「ちょっ!? 速っ!? 速すぎる! イタタタタ!?」
楓がみなもの至らない点を指摘すると同時にジャブを二、三発。武術の心得がないみなもはそれをガードしきれず、全て身体に入るが、神敵拒絶の光盾で反撃。
異能を使われるとは露ほどにも思わなかった楓は反撃を喰らうが、仕返しとばかりに攻撃速度を上昇させ、先程とは比べ物にならない程の高速のジャブを叩き込む。流石に反応しきれなかったみなもは異能でガードするにも行えず、身体の隅々に攻撃をもらってしまっていた。
速い速度で飛来する質量体は遅い速度のソレよりも威力が高い。普通なら青あざができる程に痛いのだが、みなもがそれを〝痛い〟で済んでいるのは、COQで痛みを軽減している側面が大きい。
思ったよりも白熱しており、宗士郎は止めるに止められず、成り行きを見守るほかない様子だった。困り果てていると、視線の端から誰かが近づいてくるのがわかった宗士郎はそちらに視線を向ける。
「鳴神君、やっほー!」
「こ、こんにちは…………鳴神君」
「田村に夢見か、久しぶりに話す気がするな」
「そうよね! 前に修練場で榎本君が暴れた時以来じゃない?」
元気のいい声で声をかけてきた蘭子とオドオドした様子の幸子が眼前で繰り広げられる光景を最初から見なかったように素通りして話しかけてきた。
みなもが転入して来る前は顔を合わせる度に挨拶をしていたのだが、榎本の一件や宗士郎自身が考え事をしていた事、賭博場に潜入する為の準備として学校を公認欠席した事もあり、ほとんど話す機会がなかった。
「多分、それくらいだな。二人は休憩か?」
「うん…………感覚拡張が上手くいかなくて……」
「それを近くで見てた私も一緒に休憩って感じ。それで休憩もかねて、桜庭さん達の特訓を見てみようかなって、来てみたら…………」
「御覧の惨状を引き起こしていた訳か」
どうやら宗士郎が来る前から二人はヒートアップしていたようだ。異能力者である幸子は感覚拡張の練習、非異能力者の蘭子は腰にぶら下げている感覚武装の光線銃を見るに射撃練習でもしていたのであろう。そんな推測をしていると、幸子が何か思いついたように言葉を漏らす。
「あっ……! えと、その…………」
「どうした、夢見?」
「鳴神くんに……アドバイスを…………もらいたいなって…………」
「感覚拡張のか? いいぞ、俺に答えられる事なら」
「うん……! やろうとしてる事が曖昧だからいけないと思うんだけど、幸運体質で得た運を他の人のも分け与えられないかなって…………考えたんだけど、どうかな?」
「祝福を与える感じか…………難しいな」
幸運体質はあらゆる不幸を逆転させ、幸運を引き寄せる異能だ。雛璃のように対象者と接続を繋いで治癒するするわけにはいかず、幸子は己が従来、持ち合わせている不幸を幸運へと変えているだけなので、「他人に分け与える」という芸当が可能だとは思えなかった。
眉をしかめて、考え続けるが、先程他の皆にアドバイスしたようには方法を思いつかない。仕方なく思考を打ち切り、幸子に謝罪する。
「すまない、俺でも思いつかない。力になれなくて悪い」
「ううん………!? 別にいいよ……!」
「幸子の異能は体質みたいなものだから、与えられないのも無理ないか~!」
宗士郎が謝ると、幸子はブンブンと両手を振って受け入れてくれた。幼い頃から不幸な体質である事は聞いていたし、幸子が他人想いの良い子である事はわかっていたので、力になってあげたかった。何も思いつかなくて申し訳ないと宗士郎は思った。
「あ! そろそろ二人の特訓も終わりそうだね!」
話している内にみなもと楓の特訓という名のじゃれあいも終了しそうだった。
みなもが転入して来る前から、鳴神家の道場で宗士郎達と汗を流してきた楓はみなもの体力を大きく上回っており、現にみなもが息を上げる中、楓はまだまだ余裕がありそうな表情をしている。このままでは、疲労が出始めているみなもが楓の一発をもらってノックアウト……なんて事もあり得るだろう。
「でも、どっちかが怪我しそうだな……。無理やり止めてくる。はぁっ!!!」
宗士郎は刀を創生し、二人が一旦離れて、再び急迫する直前に『概閃斬』を放ち、二人の間の地面と白熱していた特訓の熱と同時に断ち切った。
「――っ!?」
「――っわわ!? …………ぶべぇえええええ!?!?」
ヒートアップしつつも、みなもの動きでけでなく、周りの状況も同時に把握していた楓は宗士郎の攻撃を感じとり、咄嗟に飛びのいた。それに対して、みなもは攻撃自体には反応できたが、斬撃が到達する直前で踏みとどまった左足に右足が引っかかり、そのまま地面へとキスする羽目になった。
辺りが静まり返る。
そんな静寂を無視するかのように、珍しく怒り心頭に発した楓が腕を組んで、宗士郎に怒声を浴びせる。
「もう士郎、危ないじゃない!?」
「ちょっと危なげだったから、つい無理やりね。このままだと桜庭がボコボコになりそうだったから」
「ボコボコではなくてボロボロにはなってるかもね?」
そんな楓の指摘にハッとする。
プロ野球選手ばりのヘッドスライディングをするかのように、顔面を地面に擦り付けていったみなも。ズザザザザッ! と音が聞こえるくらいには、熱烈に地面とマウストゥマウスしていたくらいだ。顔に擦り傷がいっぱいできているはず…………
「ぷはぁあああっ!?」
そんな心配をよそに、心配されていたみなもが背筋を鍛えるが如く反りあがり、地面から顔を勢いよく離した。突然の行動に周りにいた蘭子、幸子を含め、ギョッ!? とする羽目になる。
「み、みなも? 大丈夫…………?」
「大丈夫って何がですか?」
「だって、〝ぶべぇえええええ!?〟って言いながら、地面に滑っていたじゃない。怪我はないのかしら?」
「ああ! 神敵拒絶のバリアを地面との間に差し込んだので、無傷ですよ! それに〝ぶべぇえええええ!?〟は〝アイギィスゥゥゥゥ!?〟って、叫んでたんですよ?」
衝撃の事実。
なんと、「ぶべぇえええええ!?」は顔面をこすって出た唸り声ではなく、神敵拒絶のバリアに「ぶちゅ~~~~!」としていた時の声だったらしい。それ以外にも、地面に激突する寸前に、咄嗟に異能を展開していた事にも宗士郎と楓は驚いた。異能の発現スピードなら、宗士郎にも引けを取らない程に速いかもしれない。
「というか!? 誰がこんな危ない真似をしたの! 事と次第によっては、私の百あるくすぐり殺法が火を――」
「すまない、それ俺だ」
「――噴、く…………?」
攻撃の犯人が宗士郎だという事に気付いてはいなかったみなもが宗士郎の名乗りに少しずつ硬直していく。そして、声の聞える方にいる宗士郎と目を合わせた瞬間…………
「~~~ッ!」
勢いよく顔を背けた。
誰がやった!? とかくすぐり殺法の何番目の技にしようか!? とかそういう思考はかなぐり捨てて、ただただ顔を背けるみなも。宗士郎から見えないみなもの顔は熟したトマトとのように真っ赤に染まっていた。
周りにいた楓達が不思議に思うなか、何故顔を背けたのか気になった宗士郎はみなもの真っ赤に染まり切った顔を見て、自らもみなもから顔を背けた。
その理由は考えずとも、昨日宗士郎の母親である薫子の墓前にいた者なら、すぐにその理由にたどり着くだろう。すなわち、当事者である宗士郎とみなもは瞬時に悟った。
「(昨日の事思い出しちゃったよぉ~~~~!? 今朝は平気だったのになんで…………!)」
「(やばい!? 昨日の桜庭の顔を思い出してしまった…………! あの普段の様子からかけ離れた、表情が脳裏に焼き付いてる!?)」
怒っていたみなもと謝っていた宗士郎がそれぞれ赤面した事に蘭子と幸子は疑問を覚えていたが、昨日の光景を見ていた楓も数瞬遅れて、その理由に行きついた。
そう…………
『急にヒロイン力が増したみなもに宗士郎がドキッとした事』及び、『宗士郎がみなもの額に自分の額を押し当てた事』だ。
その二つの情景がそれぞれ二人の心を激しく揺さぶっていたのだ。
「むむむむむむっっっっ!!?」
「――ッ!?」
「――は!?」
だが、その状況も長くは続かない。二人同様に昨日の光景を思い出していた楓の羨望と嫉妬心が生む鋭い視線が二人を串刺しにしたからだ。
「士郎…………? 何をそんなにデレデレしてるの? 潰すわよ?」
「何を!? 濁してる分、余計に怖い!」
「それにみなも、士郎に色目を使うなんていい度胸じゃない。相手になってあげるわ…………」
「色目!? えっ! あれ!? 楓さんの背後になんだか変なものが見える!?」
何を潰すかわからない故の恐怖。〝潰す〟というワードに宗士郎は少し内股気味になっていた。そして、色目を使ったつもりが毛頭ないみなもは楓の溢れる怒気に若干ビクつきつつも、楓の背後にうっすらと見える何かに恐怖を抱いていた。
だが、そんな空気は一気に弛緩する。楓が怒気を緩めて、溜息をついたからだ。
「で、士郎。止めたって事は何か用事があったんでしょ? 用件は?」
「そ、そうだった……。そろそろ桜庭の感覚拡張の特訓も始めないといけないと思って、止めに入った次第です、はい」
楓の怒気に当てられ、まだ内股気味の宗士郎が用件を話す。
「そう、なら私はちょっと休憩してくるわね」
「あ、ちょっと待って楓さん。その前に、楓さんにもアドバイスというか、お願いしたい事があるんだけどいいかな?」
「わかった。みなも、それまで少し休憩していなさい」
「わかりました!」
休憩に入ったみなもを見て、楓は宗士郎に近づく。
「で、お願いって何? ここでも話せる内容?」
「できれば、ここじゃなくて静か所で。――楓さんの異能について…………」
「……わかったわ……なら修練場の外に行きましょうか」
これから話すのは、他人に聞かれたくはない話である為、いや――楓自身が聞かれたくはないはずの話である為、宗士郎が静かな場所で話せるよう配慮した。
みなもと蘭子達に「外に行ってくる」と言ってから、楓さんを連れて、そのまま外へと出た。
「ここら辺ならいいかな」
宗士郎が場所に選んだのは、修練場の外――自販機が置いてある場所だ。修練場の中に自販機がある為、ここには滅多に人は来ない。秘密の話をする時などは好都合の場所と言えよう。
「…………話って、万物掌握の事よね。私も感覚拡張の特訓はしてるわよ?」
「その話じゃないんだ。いや、近い話ではあるんだけどね」
「どういう事?」
「とりあえず、飲み物でも飲みながら話すよ」
ゴトン!
宗士郎が自販機のボタンを押すと、受け取り口にお茶のペットボトルが音を立てて落ちる。それを楓に手渡し、宗士郎自身もボタンを押し、受け取り口に落ちた缶ジュースを手に取った。
「ありがと。夏に熱いコーンスープ買うなんて、やっぱり変わってるわね」
「知ってるでしょ、好きなんだ」
二人同時に開け、中の液体をゴクリと飲む。疲れた身体に染み渡るようだ。一服して、喉が潤ったのがわかると、宗士郎は口火を切った。
「今回の戦い、魔物の数と強さによっては、死人がでるかもしれない。相手の戦力が未知数だからこそ、出来る事はしておきたい」
「そうね、みなもをもっと鍛えれば、戦力になると思うわ。私はいつも通り、サポートに徹する」
「いや…………できれば、楓さんには前線に出てほしい」
「………………」
北菱に魔物を卸していた白髪の女――カタラの要求通り、学内戦は行う。学内戦を行えば、何もしない可能性もあるだろうし、もしかしたら学内戦を行う云々関係なく、魔物の大群を街に放つかもしれない。
街の防衛に割ける人数は多くはない。だからこそ、戦える力を持つ異能力者達は前線へと出なければならない。その事を楓に伝えると、握ったペットボトルが少し軋む。
「楓さんが異能を意図的にセーブしてるのは知ってる。あの事が頭から吹っ切れてないって事も知ってる。でも……もし、俺達を救う為に力を使うなら迷わないで欲しい」
「………………」
楓は本来の力なら、〝五秒〟ではなく、それ以上の時を異能で操れる。だが、そうしないのには理由があった。宗士郎がその事に触れると、さらにペットボトルがグシャリと歪む。気にしているのがわかるくらいに…………
「……私ね、本当はこの異能が嫌いなのよ。あの事件が起きて、異能で目の前の人の時間を止めてしまってからは…………」
ぽつぽつと楓が話し始める。宗士郎もその事件は知っていた。
「いくら人助けの為とはいえ、その人を襲っていた人の時間を止めるのは駄目だった。子供の頃だったから、異能も制御できてない状態で使った。最初は人助けできた事が嬉しかった。でも、後から気付いたの…………時間を止められた人が全く動かない事に。動かなくなったその人の眼には私が映っていたけど、虚無に満ちていた。私はその人の命さえも止めたしまったのよ…………っ」
楓が異能に目覚めてから一年後。
同級生の友達が強盗に人質にされ、無意識に異能を使ってしまい、その人の人生を楓は自分自身の手で止めてしまったのだ。強盗は逃げる為に人を何人も殺し、追い詰められた所で同級生を人質にしていた。
罰を受けるのは当然なのかもしれないが、当時の子供の頃の楓にとっては心に大きな傷を負う程、ショックが大きかった。
カウンセラーや宗士郎達の励ましによって、普通に生活できるレベルにまで精神は回復したが、強盗犯は時間を止められて以来、動き出す事はなかった。それ以来、再び異能を使えるようになっても、異能に『五秒までしか時間を操れない』という心のリミッターをかけてしまっていた。
「今以上に強く力を使うと、もしかしたら次は士郎達の時間を止めてしまうかもしれない。だから、恐くて、嫌いなのよ。私の異能が…………」
楓は恐怖していた。
強盗犯と同じように人の時間を奪ってしまうかもしれない事に。本当なら楓はかなりの時間、操れる上に時をも止められるが、時間の『加速』と『逆進』しか使わないのが恐怖している事を物語っていた。
宗士郎は楓が吐露した話を最後まで聞き終えると、残りも全て飲み干し、ごみ箱に捨てる。そして、楓に近づくと、その華奢な身体を抱きしめた。
「…………士郎?」
「安心して。もし仮に誰かを時間の牢獄に閉じ込めたとしても、俺がその止められた時間ごと斬って助け出すから………………」
「そんなの出来る訳――」
「できる! いや、絶対にしてみせる。俺が大切な人の為なら、凄く頑張るのは知ってるでしょ?」
「そうだけど……いえ、そうね………………。士郎はそういう人だったわ」
抱きしめていた楓の身体を離して、続ける。
「本当に大切な人が危険な時以外はその力を解き放たなくていい。楓さんの覚悟が決まるまで、俺は……俺達は待ち続けるから」
「ありがと、士郎。おかげで気が楽になったわ……前線に出て、私が直接、力を振るうのは無理かもしれないけど…………覚悟ができたら、守る為に迷いなく万物掌握を使うわ」
「うん、それでいいよ。自分から話を振っておいてなんだけど、やっと元の楓さんに戻ったね。この話は終わり! そろそろ戻ろうか」
「ええ…………」
楓がペットボトルのお茶を飲み干し、ごみ箱へ捨ててから、二人は修練場へと戻っていった。




