第四十四話 合同特訓 前編
感覚拡張ができない宮内だったが、どうやら具体的にどんな技にしたいかが決まってないようだった。感覚拡張というのはイメージ次第で、ある程度自由に技を変質させられる。それはイメージが強い程、変質させやすいという事だ。
宗士郎の見えない斬撃を飛ばす――『概閃斬』然り、柚子葉の刀を電気で構成し、敵を焼き切る――『雷斬』然り、響の爆弾の中身を様々なモノに変換し、ぶつける――『なんちゃって鳥餅爆弾』、『痺れ爆弾』然り…………
強いイメージに加え、具体的なイメージを持つ事ができれば、誰にでも感覚拡張はできるものなのだが、たったそれだけの事が本当に難しいのだ。だからこそ、現に宮内が成功した試しがないのだ。みなもは例外として…………だが。
「で、宮内君はどんなことをしたいんだ?」
「えっと、宗士郎さんみたいに敵を斬ったり、一人でも魔物を倒せるように……ですね?」
「単騎で敵をなぎ倒したいと、そういう事か?」
「はい!」
難しい相談だ。
宮内の異能は使い方によっては強いのだが、異能自体は弱い。宗士郎を基準に考えており、自分と宗士郎の力量の差を視野に入れていない。宗士郎は一人でも強い魔物を屠れるが、それは圧倒的な戦闘力があってこその話だ。
異能自体が弱い宮内では、万が一攻撃が通っても自衛できる術が少なく、また弱い。模擬戦で柚子葉の威力の高い『雷槌』を喰らって、防げていないのがその証明だ。
「よし、ならまずは自分を守る技から感覚拡張で作るか」
「えっ……でも、空気障壁がありますけど…………?」
「宮内君のそれは一方向の攻撃しか防げない。一方から攻撃を受けて、他方から攻撃を受けたら防ぎきれないだろ?」
「はい…………」
宗士郎の言葉を受け、その通りだと頷く宮内。異能、技自体が弱いとは絶対に言わない。確かに弱いが、工夫次第でいくらでも化ける可能性を秘めているからこそ現段階では弱いとは言わないのだ。
それにここで弱いと言ってしまえば、本人の自信とモチベーションが著しく下げてしまう。魔物の大群が迫っている事を知らないからこそ、ここでやる気を削いでしまうのは最も避けなければならない。
「何も空気を圧縮して、壁をつくる事に執着しなくてもいいんだ。どんな攻撃でも勢いがなくなれば、恐くはない」
そう言いながら、宗士郎は刀剣召喚で二振りの刀を創生する。一つは右手に、もう片方は意思で操作し、空中で待機させる。
「だが、勢いを緩めることができなければ――」
意思による空中に待機させていた刀で自分自身を貫かんと肉薄させると、それを右手で持った刀の腹で川に流れる流水のように軌道を逸らせる。軌道が逸れた刀は修練場の地面に深々と突き刺さった。
「こうするしかない。今何をしたかわかるか?」
「受け流した…………あっ!」
今の行動だけで、宮内は宗士郎が何を言わんとしていたか理解したようだ。
「そう、受け流せばいいんだ。やんわりと風を受け流す柳のように」
「なるほどな~、要は風で一方向に受け流せばいいわけか」
宗士郎が説明するまで、ずっと拗ねて――静観していた響が答えを代弁する。少し馬鹿な響でも具体的な例を挙げてやれば、この通り。宮内がわからない訳がない。
「受け流すように…………軌道を逸らすように…………!」
宗士郎の言いたい事を理解した宮内が早速、感覚拡張の練習に入った。身体の外側を球体で隠すように、一定方向に強風を吹かせ続ける。傍から見れば、風を纏うように着ているように見える。
「沢渡先輩! さっきのもう一度お願いしてもいいですか!?」
「任せろ! オラよっと!!!」
懐から取り出した爆弾を宮内に向かって投擲する。ただ投げるだけでは芸がないと思った響が宮内に到達する直前で起爆させた。
「――っ!」
近くで見ていた宗士郎は宮内が息を呑んだのを見た。それはこれから来る衝撃に身を震わせていたのか、この技が成功するのか? と心配になったのか…………それは結果を目の当たりにしなければわからない。
だが、爆破の衝撃に身体が吹っ飛ばされたという事にはならなかったようだ。
「――あれ……? 衝撃が来ない…………痛くない……! やったぁあああああ!!!」
爆破により舞い上がった砂塵が晴れると、そこには五体満足の宮内が喜びを露わにしていた。どうやら感覚拡張が成功し、技も成功したようだった。喜んでいる最中も宮内の身体には風が吹き続けている。
「どうやら上手くいったみたいだな! 良かった良かった!」
「風により衝撃から身を守り、風で全てを受け流す技。さながら――『疾風の鎧』ってところか」
「疾風の鎧……! 良いですねそれ! 僕が初めて感覚拡張を会得した最初の技! やった! やりましたー!」
感覚拡張を成功した喜びを分かち合うように響とハイタッチする宮内。余程、嬉しかったのがわかる。宮内が謙遜して気付かなかっただけで、元々素質はあったのだ。自分の可能性に気付いた宮内はこれからグンと伸びるだろう。
「喜んでいるところに悪いが、次に進むぞ。自衛できる技が完成した訳だが、次は攻撃手段だ」
「あっ! そうでしたね。次はどんな感じがいいんだろう?」
「俺みたいな戦いがしたいなら、敵を切る事を考えればいいだろうな。ゲームとかで、風で切り裂きそうな技といえば、なんだと思う?」
「バ〇クロスッ!」
「順当にいけば、〝ウインドカッター〟でしょうか?」
ゲームに精通にしている響がこれだけは譲れん! と言わんばかりに某ゲームの技名を叫ぶ。宮内は少し遠慮気味で、思い当たる言葉を言った感じだ。どちらも悪くないが、イメージした上で扱いやすい『ウインドカッター』の方が良いだろう。『バ〇クロス』は技名として、色々と駄目だ。
「どっちも正解。でも今回はウインドカッターの方向で考えてみようか。イメージ的には空気を裂くように放出する感じか」
「こんな感じですか!」
イメージを伝えると、宮内が集中し、右手から三日月を模ったような風の刃をつくり出し、そのまま修練場の壁へと放出する。だが、イメージが弱いのかすぐに失速し、壁にたどり着くまでに刃は消失してしまった。
「惜しかった感じではあるよな、宗士郎」
「ああ、風の刃はイメージとしては大丈夫のはずだ。俺が〝放出〟って言った所為で余計なイメージを与えてしまったか…………」
『ウインドカッター』は攻撃手段として、一度は宮内も考えた技だろう。自信満々で技を放った宮内からもそれが見て取れる。問題は攻撃方法だ。手から放出するのではなく、別の方法の方がイメージしやすいだろう。
そう考えると、宗士郎は再び刀剣召喚で一振りの刀を創生し、居合の構えをとった。
「宮内君、この技でできるだけイメージしてくれ――秘剣! 概閃斬!」
気合と共に感覚拡張で斬撃が飛ぶイメージを乗せて、一気に振り抜く。『斬れる』という概念を刃にして、飛ばしている技なので、他人からはもちろん、宗士郎自身にも見えない斬撃だ。宗士郎が放った不可視の斬撃は壁に激突する前にCOQで構成された障壁に干渉し、障壁自体を斬ってしまった。おかげで一度、壊れた影響で障壁が揺らぐがすぐに元に戻る。
「あれが『概閃斬』…………不可視の斬撃……!」
「斬撃自体が見えないから、避けにくいんだよなあ、あれ」
「俺はイメージで空を斬った刀から斬撃を放った。これを宮内君なりに改良するなら、手から放出するのではなく、手刀から風の刃を形成してやればっ! いけるんじゃないか?」
宗士郎が虚空へと刀を消し、手刀で空を斬った。何も起こらないが、ヒントにはなるだろう。
「……やってみます!」
宮内が右手を手刀の形にして、構える。ブツブツと言葉を発し、頭の中でイメージを構築しているようだ。そのままイメージが固まったのか、右手を前方の壁へと振り抜く。
「はぁ!!!」
気合一閃………………
振り抜かれた手刀からは宮内のイメージで構成された風の刃が現出し、かなりの速度で壁に発射された。風の刃はCOQの障壁を斬るには至らなかったが、障壁に激突するまでは原型を留めていたので、成功といえよう。
「できた! 感覚拡張ができただけでも嬉しいのに、新しい技がこんなに……! ありがとうございます!」
「どうやら感覚拡張での攻撃手段を確立できたようだな。これは宮内君、お前が名前を付けろ。さっき勝手に命名してしまったからな」
「じゃあ……カッターじゃ味気ないので…………風刃って事にします!」
「いいんじゃないか!? 凄えカッコいい感が半端ないぞ!」
再び、響といえーい! とハイタッチを交わす宮内。できなかった事ができる喜びは本人にしか味わえないが、誰かと分かち合う事ができる。これでより一層、自信を持ってくれることだろう。
「じゃあ、これから宮内君は成功した二つの技の反復練習。響は自主トレをしてろ」
「はい! 宗士郎さん、ありがとうございました!」
「おう! ……って、なんでだよ!? 俺も感覚拡張教えるって!」
「感覚派のお前には同じ感覚派の奴を宛がいたいが、残念ながらここにそんな奴はいないんでな。他の奴に教えでもして、惑わせるのは駄目なんだよ」
「チックショー!? わかったっての!」
響の説明で宮内のように混乱する人が続出しない為にも、響には一人で特訓して貰う他あるまい。宗士郎は他に感覚拡張で困っている生徒がいないか見回る事にした。
しばらく歩いて回っていると、修練場の入口付近の壁にもたれかかるように座っている生徒がいた。
「あ、お兄さん……!」
「こんにちは、雛璃ちゃん。ここで何してるんだ?」
座っていたのは柚子葉の同級生であり、親友の雛璃だった。相変わらず顔色は悪く、地面にレジャーシートを敷いて、夏前だというのに膝掛けで脚を覆っていた。
「私も感覚拡張の練習……です。頑張ってる柚子葉ちゃんに負けないように、さっきから修練場で怪我した人の怪我を治しているんです」
「さっきから……!? 何やってるんだ! すぐにやめろ!」
身体が弱い雛璃は自らの異能――女神の涙を使う時に、クオリアと同時に体力も消費する。先程から使っているとしたら、体力をかなり削っている事になる。
「大丈夫です……! 私も役に立ちたいんです。もし戦いで怪我をした人を治せる手段があるなら、使うのが持つべき人の使命だと思うんです」
「だとしても、駄目だ。それで雛璃ちゃんが衰弱したら元も子もないだろうが……!」
こんなにも健気な子が他人の為に力を振るっている。これで異能を使うのに制約がなければ、今頃異能の名前のように『女神』と称される事だろう。だが、自分の身体の弱さを治療する事ができず、異能を使えば体力は湯水のように浪費される。現実は何故こんなにも彼女に冷たく、無情なのだろうか。
そうして、宗士郎が雛璃を気遣っている最中、
「――すみませーん、ここで怪我を治してもらえるって聞いたんですけど~?」
「――俺も俺も~! おっ、こんな可愛い子に治してもらえるとか、マジ感激なんですけど!?」
治してもらえるという噂を聞きつけてきた男女二人組が唐突にやってきた。
この生徒達は雛璃の状態について何も知らない様子だった。ただ、学校の帰りにコンビニに寄るような感覚でここに来たのだ。
やけにチャラチャラしたような二人組はおそらく宗士郎の一つ上の上級生だろう。だが、それらが宗士郎の逆鱗に触れた。
「――ッ!」
「「ひっ!?」」
さっさと失せろという意味を込めて、二人組だけに限定して濃密な殺気を当てた。雛璃の事しか見えておらず、雛璃にかなり近付いていた二人は、近くにいた宗士郎の殺気を一身に浴びて、身も毛もよだつような恐怖を感じ、瞬く間にその場から離れていった。
「あっ…………行っちゃいました。練習の機会だったのに」
「あんな雛璃ちゃんを便利道具のようにしか見えていない奴を治す必要はない」
残念がる雛璃には申し訳ないが、本当に治す必要はないだろう。修練場には医務室も常駐している女医もいるのだ。わざわざ雛璃に治してもらうまでもない。
「でもあの人達に悪いですよ……せっかく頼ってくれたのに」
「それでも駄目なものは駄目だ。俺がアドバイスしてあげるから、今日の特訓で一切、他の生徒には異能は使わないこと……いいな?」
「は、はい……っ!」
限定的に異能を使う事を念押しすると、雛璃は何故か嬉しそうな顔をする。特訓したい気持ちを少し踏みにじるような事なのに、嬉しそうにする理由がわからない。やっぱり女子は謎が多いな、と宗士郎は心の中で嘆息しながら、雛璃の横に腰を下ろした。
「雛璃ちゃんは感覚拡張で、何をしたいんだ?」
「ええと、私の異能は触れてないと使えないのは……知ってますよね?」
「ああ、それでいて異能を使った際の疲労も尋常じゃない事も」
「それで誰かに触れずに離れて、異能を使いたいんですけど、勝手がわからなくて…………」
雛璃の女神の涙は対象に触れていなければ、治療できない。また、触れずに治療しようとすると火傷程度の怪我しか治せない事も知っていた。そして、この異能の最大にして最悪な特徴は『身体の密着具合により治癒力も倍増していく』という事だ。治癒力が向上する分、対象者との身体的接触が多くなる。
過去に宗士郎がD.Dから受けた傷は雛璃の異能で治療されたのだが、後で聞くところによると、肌と肌を触れ合わせて治療したとの事だ。意識があったとしたら、間違いなく鼻息を荒くしてしまうだろうが、そんな事は断じてしない。善意で助けてくれた雛璃に申し訳がたたないからだ。
この一件で、雛璃は宗士郎の命の恩人だ。だからこそ、無闇に異能を使って体力を消費してほしくないと思うのだ。
「そうだな……よし」
宗士郎は小型ナイフくらいに創生した刀で自分の掌を軽く引くように切った。すると、徐々に鮮血がぷくっと湧き出てきた。それを見ると、雛璃は動揺したように心配してくる。
「なにやってるんですか……!? そんなことをしたら血が…………!」
「いいんだ、これくらいならすぐに治る。だけど、今回は離れて、この手を治してくれ。今日の特訓はこれでお終いな?」
「治しますけど、触れて治した方がいいですよ!」
「慌てるなって。また咳が止まらなくなるぞ?」
急いで手に触れて治そうとする雛璃を手で制する。
「この傷口に異能の根源――クオリアを導線にして繋ぐように意識…………繋げたら、そこから水をゆっくりと流すように少しずつ治療するんだ」
「……はい。導線をくっつけるように…………」
雛璃が宗士郎の切った掌に意識を集中させる。少しずつ、雛璃からクオリアの糸のような物が切った掌へと伸びていき、接触する。掌が何故だか温かくなってきたと思うと、ゆっくりと傷が癒えていく。
そして、十秒も掛からずに切った掌の傷は元通りとなった。
「治った…………! やりました! お兄さん!」
「ああ、辛いだろうに異能を使わせてごめんな」
「いえ、これくらいなら辛くありませんよ!」
掌を両手で掴んで、喜ぶ雛璃。少し無理をさせたが、成功して良かった。
「じゃあ、後は医務室で安静にしておくんだぞ?」
「はい……! そうします!」
「さっきの練習をしたら駄目だからな。フリでもないからな?」
「わかってますよ……!」
宗士郎は用が済んだとばかりに、立ってその場から離れようとする。
「お兄さん。…………きです」
「うん? 何か言ったか?」
「い~え! なんでもないですよ!」
「そっか、またな」
ただでさえ特訓中で騒がしかったので、雛璃の言葉がかすれて聞えなかった。だが、笑顔でなんでもないと言うからには大した事でもなかったのだろう。そのまま宗士郎は雛璃から離れて、特訓へと戻った。
「――やっぱり……大好きです、お兄さん…………」




