第三十六話 似た者同士
引き続き柚子葉視点です。
お付き合いください!
「ただいま〜」
「柚子葉お姉様! おかえりなさいです!」
買い物から戻った私を和心ちゃんが出迎えてくれました。前に服を買いに行った時にはなかった異種族特有の耳と尻尾が目につきます。
「改めて見ると、和心ちゃんはやっぱり異種族の子なんだなって、思うな〜」
黄金色の髪と狐耳、そしてフリフリと可愛いらしく揺れる尻尾。和心ちゃんが異種族、狐人族だって事を改めて実感させられます。正直、モフモフしたいです。
「まだお兄ちゃんは……帰ってないよね?」
「まだお帰りになっていません。どうかしましたか?」
「ううん、なんでもないよ! それより、今から夕食の準備をするんだけど手伝ってくれる?」
「はいでございます!」
和心ちゃんはすっかり鳴神家の一員です。私と一緒に家事やご飯の用意を手伝ってくれる優しい子。
私は念入りに手を洗って、台所に立ちます。もちろん和心ちゃんも手を洗いました。
「今日は疲れた身体に良く効く、柚子葉ちゃん特製のカレーライスを作ろうと思います!」
「作ろうと思います! ――カレーライスとはなんでございますか?」
あらら、やっぱり知らないよね。仕方ない説明しましょう。
「愛情がたっぷりとこもった温かい料理だよ。昔、お母さんがよく作ってくれたものなの」
「柚子葉お姉様のお母様が?」
「うん、私やお兄ちゃんがお父さんに鍛錬でしごかれて帰ってきた時によく作ってくれたの。疲れた身体に活力がみなぎるような美味しさだったな〜」
十年前のあの日まで、家に帰ると必ずお母さんがいて、「おかえり」って、言ってくれたなあ……。剣術を修めていたから、お父さんと一緒にお兄ちゃんをしごいては怒ったりしてた。
普段はおっとりしてる分、お兄ちゃんを鍛える時だけは修羅に見えた事が今でも脳裏に蘇ります。
「和心ちゃんは寂しくない? いつお母さんの元に帰れるかわからないけど」
「むぅ、寂しくないと言えば嘘になりますが……見聞を広めるため、人としての格を上げるため、神社にて巫女をしていたわけですから、ある程度は覚悟していましたよ? ただ……」
「ただ?」
「覚悟していた事とはいえ、お母さんの元を離れるのがこんなに寂しいとは思いませんでした。えへへ……」
和心ちゃんの眼に涙が浮かんできました。やっぱり寂しいのでしょう、決して私が巻いていた玉ねぎの所為ではないはずです。
私は巻いていた玉ねぎを置いて、手を洗ってから和心ちゃんの頭を撫でます。
「あ……」
「大丈夫、寂しがらなくてもいいの。ここにいる間は、私達が和心ちゃんの家族だからね?」
「柚子葉お姉様……ありがとうございます」
和心ちゃんが私の腰に手を回し、抱きついてきます。まるで今の私とお兄ちゃんのようです。
「よし、じゃあ帰ってくる家族の為に美味しいご飯を作りましょうか!」
「はい!」
その後は順調に作業が進み、柚子葉ちゃん特製カレーライスが完成しました! まあ当然の如く、お兄ちゃんは遅くなると言っていたので、いつもの時間には帰ってきませんでしたけど。
仕方なく私と和心ちゃんで、カレーライスを口に運んだ。
「ぅむうっ!? 美味しいでございます!」
「そう? 口に合って良かった」
一緒に作ったカレーライスは和心ちゃんに好評だった。一口、また一口と口にスプーンを押し入れていきます。和心ちゃんの舌に合わせて甘口と中辛を混ぜて作ったけど、丁度良かったみたいで安心した。
「っ、帰ってお母さんに食べさせてあげたいです!」
「きっと気に入ってもらえると思うよ。そういえば、和心ちゃんのお母さんはどんな人なの?」
「お母さんですか? う~ん……」
和心ちゃんは少し考える素振りを見せてから答える。
「一言で言うと、〝厳格〟な人ですね?」
「んん? なんで疑問形なの?」
「いえ、厳しい事には厳しいのですが、何というかお茶目な方で」
厳しいのにお茶目? どういう事だろう?
「お兄ちゃんから和心ちゃんは茶目っ気が強いって聞いてるけど、それ以上なの?」
「うう……!? 痛い所をっ、でございます……」
和心ちゃんが苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる。
「自分以外の人には凄く厳しいのです。ですが、そのぅ、物凄く自由気ままで周りをからかったりするのですよ。ええ、私のお母さんながら少し恥ずかしい程に……」
「私のお母さんとほぼ正反対の性格だ! 厳しいってところは同じだけど!」
お母さん、普段はおっとりした優しいお母さんだったんだけど、優しいのと同じくらいに途轍もなく厳しかったんだよね~。何度も怒られて恐かった……ぶるぶる。
「和心ちゃんと私は似た者同士かもね! 私達二人とも、厳しいお母さんを持ってるし」
「あはは! そうでございますね!」
私達は笑い合った。いつしか思い出していた郷愁の想いも霧散していました。
「お話をするのはすごく楽しいですが、カレーライスが冷めてしまいます!?」
「そうだね、ほどほどに――」
おっと、話に夢中でカレーライスが冷める所だった。私は適度に話しながら、食べようとして……
グモオオオオオオオオオオ!!!
「っ!?」
突如聞こえた何かの叫び声に握っていたスプーンを落としてしまいました。
「何事でしょうか!?」
「わからない! でもこの感じ……!」
何でしょう。凄く嫌な予感がします。
時間帯は夜。
周囲に住んでいる人達は夕食やお風呂に入っている時間です。痴女さんや変態さんを除けば、この時間帯に大声で叫ぶ要素は皆無!
「陣風迅雷っ!」
嫌な気配が私を急かすように、私は雷心嵐牙を発現し、身体を帯電させる。
「――柚子葉お姉様!? きゃう!?」
「ごめん! 家で待ってて!?」
移動速度を数倍に跳ね上げると和心ちゃんを置いて、私は外へと飛び出した。
事態を把握する為に家の外に出た後、私は家の屋根から真上に大きく跳躍し、辺りを見渡す。
「確かこっちの方向から聞こえたような……っ!?」
――見つけた……
少し離れている所為で、小さく見えるけど間違いないはずです。
「あれはミノタウロス!? それに近くに人が!」
少し離れた場所で、牛頭の巨人と性別は分かりませんが、人を一人見つけました。周囲に助けてくれそうな人はおらず、その人は立ち竦んでいます。
何度か単独で対峙したこともあるから恐怖は微塵もない。むしろ、あの人を助けないと! という気持ちが心の中で大きくなるのを感じます。
私は家の屋根に着地した後、弓を引き絞るように足に力をためてから、ミノタウロスのいる方向へと凄まじい勢いで移動を開始した。
ミノタウロスに向かって、脱兎のごとく屋根の上を軽やかに駆ける。身体中から迸る電気が屋根に着地する毎にスパークして火花を散らすが、屋根に損傷は一切ない。私がこの十年間で自分の異能の性質を理解し、力をコントロールしているからだ。
「何で夜にミノタウロスが……」
目的地に着くほんの数十秒の間、ミノタウロスが夜に姿を現したのかを考える。
1魔物は陸海空に生息しており、ミノタウロスは〝陸〟に生息する危険度Aの魔物です。〝陸〟とは広義の意味で山や森、市街地全般の事を指しますが、狭義では山や森……つまりは自然豊かな場所でしか生息していないとされています。
それに加えて、夜――日が沈んでから日が昇るまでは殆どの魔物は息をひそめるように活動をしていません。ミノタウロスもその一つなのですが、どうしてなんだろう?
そうこう考えているうちにミノタウロスの真上に到着しました。
「っひ、ひいいっ!!!??」
「グモモモモモモモッッッ!!!」
ミノタウロスの巨大な体躯から持ち上げられる大斧が月の光に反射され、鈍く光る。所々、刃が欠けており、幾重にも獲物を屠ってきた事がわかる。
「雷槍っ!!!」
「グッモモガガガガガッ!?」
悲鳴を上げた人が叩き切られる前に、私は瞬時に雷の槍を右手に顕現させてミノタウロスに投擲し、感電させた。
「大丈夫ですか!」
ミノタウロスと人の間にシュタッと着地すると安否を確認する。
「ゆ、柚子葉ちゃん!?」
「え? 伊散さん!?」
なんと助けたのは、うちの道場の門下生の伊散さんだった。服装から見るに仕事帰りだという事がわかります。
「助かった~~~、あ…………」
「伊散さん? どうかしました……あ――」
安心しきった伊散さんは緊張の糸が解けたのか、ズボンの股間部分をしだいに濡らしていく。
「え、え~と…………大丈夫です、見てませんから」
「ガッツリ見てた癖によく言うよ!? ――っ、柚子葉ちゃん危ない!!!」
「っ!」
伊散さんに警告され、即座にその場から飛びのく。
私がいた場所は見るも無残に砕け散っていた。その証拠にミノタウロスの大斧が地面に叩きつけられており、アスファルトが粉々になっていた。
「咄嗟の攻撃でイメージが不完全で倒しきれなかった!?」
感覚拡張で、『雷槍』には〝感電〟の他に〝貫通〟のイメージを組み込んでいたけど、咄嗟にイメージを編み上げたので、〝貫通〟のイメージを構成しきれてなかった。その所為で感電はしたものの、ミノタウロスを倒すに至れなかったようです。
「なら――」
異なる技を繰り出す為、〝切断〟を意識して今度は明確にイメージする。
「雷斬・閃断!!!」
電気で構成された一振りの刀を顕現させ、二連撃――鳴神流『閃断』を繰り出す。一連撃目で、大斧を手にするミノタウロスの左腕を斬り上げ、二連撃目の返す刀で頭部から地面と垂直に真っ二つに斬り下した。
ミノタウロスの身体がズルリとずれ落ちる。絶命したのは目にも明らかだった。
「ふぅ~それで、伊散さんは何でミノタウロスなんかに襲われていたんですか?」
「いやあ仕事帰りにここら辺をぶらついていたら、突然物陰からさっきの奴が現れてね! 当然の事過ぎて、腰が抜けちゃったんだよ~」
「鳴神流の門下生として、ダメダメじゃないですか…………」
全くもう、これじゃ鳴神流の門下生として示しがつかないです。まあでも助かったので、良しとします!
「さあ、家まで護衛しながら送りますから、とりあえず立ってください」
「下が濡れたまま帰るのは恥ずかしいんだけど、しょうがないよね……はは」
伊散さんが苦笑し、その場で立ち上がった。辺りを警戒しつつ、私は異能を維持したまま歩き出そうとして…………
「――柚子葉お姉様! 避けてー!?」
「え? ――っきゃあ!? ぁぐ……」
突然聞こえた警告の声と同時に私の身体は巨大な手によって、鷲掴みにされた。警告の瞬間、伊散さんを突き飛ばしていたから無事だけど、私の身体からミシミシと骨が軋むような音が鳴っている。
「ぐっ、ぁぁ!? あぐっ!? なんで、ミノタウロスが……っ!?」
「柚子葉ちゃん!?」
伊散さんの心配する声が聞こえます。倒したはずのミノタウロスが私の身体掴んで――いやそうじゃない。後から現れたもう一匹のミノタウロスが私の身体を拘束しているんだ。
「柚子葉お姉様!」
「わ、わこ……ちゃ、ん……?」
警告を投げかけてくれたのは、家に置いてきたはずの和心ちゃんだった。何でここに……?
「和心ちゃん逃げて……っ!? 私がなんとかするから、伊散さんを連れて早くぅ……!?」
「できません! 折角出来た家族の事を見捨てる程、私は落ちぶれてはございません!!!」
家族……?
そうだ、今の和心ちゃんは昔の私だ。お母さんを目の前で亡くした時の幼い私なんだ。
本当に私達は良く似てるなぁ……本当に、本当にっ、なんでまた何も出来ずに諦めようとしてるんだろう。こんな幼い子に教えられるなんて、死んだお母さんに笑われちゃうよ!
「うぁっ! 雷心嵐牙ぁああああ!!!」
最大出力で、雷心嵐牙を行使する。身体全体から放電し、敵を焼き殺す!
「グモッ!? グモモモモモァ!?」
「っ!」
身体を拘束する力が緩まったのを見逃さず、ミノタウロスの手から逃がれる。
「和心ちゃんごめん! 助かったよ!」
「いえ! それよりもあいつを倒しましょう! 私が妖狐の力で拘束します!」
感謝の言葉を投げかけると、今はそれどころではないといった様子で、和心ちゃんが素早く印を結んで叫ぶ。
「炎鎖っ!」
黄金色の球体が目の前にスッと浮かび、拍手をした瞬間、球体から炎輪が飛び出てミノタウロスの身体を固定する。
「今でございます!」
「――雷斬・土竜昇りっ!」
懐深くへの踏み込みから峻烈な逆袈裟斬り。
ミノタウロスの左下腹部から右肩部を〝切断〟をイメージした雷刀が肉を焼いて斬り裂いた。
「はあっ、はっ、はあ……」
ミノタウロスが音を立てて、倒れる。
周囲に気を巡らせて、視覚、嗅覚、聴覚を駆使して気配を探るが、今度こそ魔物の気配がない事がわかり、私は膝をついた。
「……和心ちゃん、何で来たのかな?」
「ひぅ!? ご、ごめんなさいです。嫌な予感がしたので、つい……」
私が怒気を滲ませると和心ちゃんは怯えたように、ビクッと身体を硬らせる。
本当に、もう……私達は似ているなぁ。
「助けてくれてありがとう。おかげで助かったよ……」
「柚子葉お姉様……はい! 良かったです!」
静かに抱きしめると弛緩したように、和心ちゃん顔を綻ばせた。
「あの柚子葉ちゃん? 俺の事忘れてない?」
「あ、すみません伊散さん。存在感が薄くて、つい……」
「さっき漏らしたから存在力は高まったはずだよぉ!?」
本当にうっかり忘れていました! うん。というか弁解する所、そこなんですか。相手をするのが面倒なので、伊散さんをさらっと無視して、先程から浮かんでいた疑問を口に出す。
「それにしても、この時間帯に魔物が出るなんて、どうなってるんだろう? ミノタウロスが夜行性というわけでもないし…………」
「そうなのですか?」
「うん、ミノタウロスが出る事自体おかしいのに、複数の個体が出るなんて、今までなかったんだよ」
さっきのミノタウロスはお腹が減って、獲物を探している様子でもなかったし、もっと他の要因があるのかな……?
「そういえばここに来る途中、私の世界に存在する〝魔素〟が濃くなっている事がわかったのです」
「魔素って?」
「ええと、〝魔法〟という超常的な現象を引き起こす為の素とでも言いましょうか。私の世界で大気中に広がっていて、細かな魔素を凝縮したのが〝魔力〟という物です」
お兄ちゃんや響君がその手の漫画を持っていて、暇つぶしに見ているから、私でもなんとなくわかります。
「私の世界の住人は大体の生物が魔力を持っていて、先程のミノタウロスもそうです。濃くなった魔素に反応して、ここまで来たと思います。ですが、私がこの世界に来た時は魔素なんて、なかったはずなのですが…………」
「そこまでわかったなら、上出来だよ。ありがとう」
そんな物が私達に世界に……。和心ちゃんの説明だと、おそらく魔物が活性化しているという事なんだろう。
「お~い柚子葉ちゃん? 無視しないで? おじさん、そろそろ泣くよ?」
「あ、すみません! それじゃあ、家に送りますね」
伊散さんを家に送り届けてから、私達も家に帰る事にしました。
――お兄ちゃん。
今の世界は十年前よりもかなり様子が変みたいです。
何か最悪な事が起きるような――そんな気がしてなりません。
もし、そうなってしまうなら…………
私はお兄ちゃんと一緒に大切なものを守る為に、何があっても最後まで戦います。
それがどんな結末を迎えるのだとしても…………
次回から主人公である宗士郎視点に戻ります!
聞き込みを続ける所からになりますので、お楽しみに!




