第三十四話 潜入
「――私もこれくらいしか知らないの……ごめんなさい。それよりも貴方、私と向こうでゆっくり話さない?」
「ははは……お誘いは嬉しいです……が――っ!?」
煌びやかなドレスを纏った大人の魅力溢れる女性の誘いを断ろうとした瞬間、同じくドレスを着た楓に宗士郎は左足を踏み抜かれる。
「ふふ、士郎は貴方にはなびかないわ。子供に手を出す程、見境ない女狐にはあそこで高笑いしているヒキガエルがお似合いよ?」
「は、はぁ!? おお、お、大きなお世話よっ!」
女性は仮面でも外したかのように浮かべた笑顔を取っ払い、カンカンになってその場を離れた。
「痛って~!? 何するの楓さん!」
「士郎が鼻の下を伸ばしてたから」
「伸ばしてないって!?」
「士郎はあんな風にはならないでね?」
「?」
楓が視線を向けた方向に顔を動かす。
「――デッヘヘ! 綺麗なお姉さんッ! 僕とお付き合いしませんか!?」
「あらお上手、私みたいな女に〝お姉さん〟だなんて……嬉しいけれど、隣の彼女さんが泣くわよ?」
「ちょ、ちょっと響君! 何ぃ~してるのっ!? 今回の目的忘れてない!?」
年上の美女に鼻の下を天狗のように伸ばし、だらしなく告白? のようなものする響をみなもが服を引っ張って窘めていた。
「…………」
「はあ~やっぱり今回の潜入に響は連れてくるんじゃなかったわ……」
「かもしれない。響は目的を履き違えてるからな。今回の目的は魔物を使用した賭け事の現場を押さえることなのに……」
現在、宗士郎達は街中のある一角に位置する夜の賭博場で聞き込み調査をしていた。
なぜ調査しているのかは、学園長室での朝にまで遡る。
「朝早くに済まない、よく集まってくれたね。さあかけてくれまえ」
学園が始まる一時間前、宗士郎達は学園長室に集まっていた。模擬戦のあった日の夜に宗吉から宗士郎へと『新しい依頼がある。明朝、響君と桜庭君を連れて学園長室まで来てくれないか?』という内容のメールが届いた。
正直、荒事になれている宗士郎以外に響を指定したという事はそれなりにやばい案件のようだった。だが、宗士郎にはみなもを呼んだ理由が皆目見当がつかなかった。仕方なく理由を尋ねることにする。
「学園長、依頼で俺や響が呼ばれるのはわかりますが、なぜ桜庭を?」
「私も気になってました。というか依頼って何ですか?」
「今回の依頼は男女二組で行ってもらうことになるからだよ。たまに宗士郎君にはD.Dのような魔物の殲滅や裏組織の壊滅も任せていてね、荒事全般を『依頼』という形で引き受けてもらっているんだよ。もうすぐ学内戦もあるから申し訳ないけどね」
「依頼とか受けてたんだ。エージェントみたいだね」
「宗吉さん! もしかしてデートでもするんですか!?」
響が冗談半分で聞くと、宗吉は笑って答える。
「はははっ! そのまさかだよ! 君たちには金持ちのカップルとして、ある場所に潜入してもらう」
「えええっ!? ……ってあれ? でも宗士郎があぶれるな……俺と桜庭さん、宗士郎は一人寂しく脳内彼女とのデートって訳か!」
「何ナチュラルに俺を外してるんだ!? 男女二組って言ってただろうが。……という事はもう一人は楓さんですね?」
全くよくわからん思考回路をしている響はどうでもいい。問題はもう一人は誰だという事だが、それは心当たりがあった。
「正解! ペア構成としては宗士郎君と楓……、響君と桜庭君になるね。潜入する場所が場所だから、お金持ちという設定の上、今回はいざとなれば異能の使用を許可するよ……」
「お金持ち、それに異能の許可ですか……違法営業の取締り、とかですか?」
宗吉がやけに良い笑顔でペアを発表するが、肝心の仕事内容がまだだったので、宗士郎はなんとなく当たりをつけて聞いてみる。
「それも正解! 実はね、この翠玲学園からそう遠くはない場所で魔物を使用した賭博場があるっていう信頼する筋からの情報が入ってね」
「――なっ!?」
「依頼の内容は『魔物の殲滅と賭博場を取り仕切っているオーナーの捕縛』…………背後関係とかはこっちで訊問するから、まずは聞き込みして情報を集めてほしい」
宗士郎は愕然とした。
賭博場に潜入する事に驚いたわけではない。気になったのは『魔物を使用した賭博場』の方だ。驚いた宗士郎を不思議に思ったのか、みなもが宗士郎の顔を覗き込んだ。
「何を驚いてるの? あ、いやっ!? 驚いてないわけじゃないんだけどね! 賭博場に潜入か~いやあ初めてだから緊張する~!」
「本気で言ってるのか桜庭? さすがは残念娘」
「酷くない!? どこに残念な要素があったのっ!?」
「あのなあ、おかしいと思わないのか? ただでさえ、最低危険度の魔物でも異能力者じゃない人が戦えば命を落としかねないのに、魔物を使った賭け事だぞ? なんで魔物を連れてくる事ができたんだ?」
「あ…………」
みなももようやく気が付いたようだ。
ただの賭博場なら警察が対応すればいい。だが、魔物を使った物となれば話は別だ。問題は政府が手を焼いている魔物がどのようにして連れてこられ、賭け事に利用されたのかという所だ。
このまま放置すれば、いずれ魔物が脱走し、街に被害がでるかもしれないのだ。
「なるほどな~。つまり宗士郎は魔物をなんとかできる奴らが糸を引いているって言いたいんだよな?」
「ああ、自衛隊か公的機関に属さない武装集団、あるいは異能力者が関与している可能性がある。もしそうだとしたら、そいつらを叩き切る必要がある」
「うお、おっかねえ。まあでも、魔物が逃げたりでもしたら大量の死者がでるかもしれないしな」
「そういう事だよ、響君。仮にも残された人類の一部だしねえ、なんとかしないわけにはいかないといけないわけだ」
宗吉が溜息をついて、自分で注いだ紅茶をすする。
「で、どうかな宗士郎君。この依頼、受けてくれるかな?」
「俺は別に賭博場にいる奴らがどうなろうと知りませんが、街に被害が出るかもしれないなら話は別です。俺は構いませんけど、響や初めての桜庭はどうだ?」
「愚門だな! 俺は行くぜ!」
「二人や楓さんがいるなら安心かなあ。もしもの時は守ってくれそうだし、私もいいよ!」
響とみなもが意気揚々と返事をする。だが危ない橋も渡るかもしれないのに、みなもはあまりにも楽観ししている気がする。
「どうやら決まりのようだね。じゃあ早速準備に取り掛かろうか。――誰かある!」
「――お傍に」
「うおっ!?」
「え!? メイドさん!?」
宗吉の呼び掛けに反応した女性メイドさんがどこからともなくシュタッ! と目の前に現れる。予想外の出来事に、慣れていた宗士郎以外の二人が目を見開き驚く。
「まずは衣装選びからだ、二条院家のメイド衆に採寸させるから、その間に君たちペアの設定を書いた資料を見ていてくれたまえ。先に楓も衣装を選んでいるからね」
「――失礼致します」
「え、ちょ!?」
「え!? え!?」
「依頼中の授業は免除するから思う存分に頑張ってくれたまえ!」
有無を言わせず、戸惑うみなもと響の腕を引っ張って、メイドさんが学園長室の奥の部屋に二人を突っ込む。もちろん中はカーテンで仕切られており、メイドさん達が目を光らせているのでのぞきの心配はない。
残された宗士郎と宗吉は未だにソファに腰かけている。
「どうして俺を残したんですか、学園長」
「二人の時は〝宗吉さん〟で構わないよ。この依頼とは関係なく、君にだけは伝えておかなければならない事がある」
「なんですか? もったいぶらずに教えてくださ――」
「佐々木 元春君が失踪した」
「は…………?」
思わず、素っ頓狂な声が出てしまった。
「いま、なんて……」
「佐々木 元春君が失踪したんだよ。昨日から家に戻ってないらしい。家に連絡もなくいなくなるような子じゃないと佐々木君のご両親が言っていた」
「本当にそうなんですか!?」
「一応、探索系の異能を持つ他校の生徒に探してもらったけど、少なくとも学園付近の場所や家周辺の地域にはいないみたいだよ」
「………………」
突然の事で頭が真っ白になった。なぜいなくなったのか、何かに巻き込まれたのかという不安が頭に渦巻くが、考えても霞を掴むように答えはでない。
「ともかく宗士郎君にだけは伝えておこうかと思ったんだ。急なことで済まない、私も持てる力の全てを使って、捜索しているから」
「は、はい…………お願いします」
いつものような覇気が自分の中から抜け落ちているのを感じる。それほどまでに元春の事が気掛かりでならかった。
「仕事前にこんな話しちゃって悪いけど、宗士郎君も衣装選びに行っておいで。楓の着替えをのぞいてもいいから!」
「そんなことしませんってば!? ……じゃあ行ってきます」
宗吉さんに気を使われたようだ。
それほどまでに酷い顔をいていたのだろう。宗吉さんの娘である楓の名前を使ってまで現実に引き戻してくれた事に感謝する。
(今は依頼の遂行が先決だ。元春の事は宗吉さんに任せて、俺も衣装を選ばないと)
宗士郎は緩めていた気を引き締めて、仕事の前準備を進めることにした。
こうした経緯があって、件の賭博場に足を踏み入れているわけだ。なお、その間の和心の面倒は柚子葉と門下生の人達が引き受けている。
「それにしても、似合ってないよなあ俺」
現在、宗士郎は髪をワックスで整え、黒衣のタキシードを身に纏っている。普段の自分からかけ離れた格好なので、違和感しかないと感じる。
「士郎はどんな格好をしてても素敵よ?」
「楓さんはそう言うけど、なんか気持ち悪くて」
楓は宗士郎にぞっこんだった。例え、宗士郎がむせて水を勢いよく吐き出したとしても、楓の目には美化されて映るのだろう。
「そうそう! いつもと違って、宗士郎はなんか違和感が凄いよな!」
話していた二人の所に、見事ナンパに失敗した響とやけに疲れたような顔をしているみなもが戻ってきた。
「今回ばかりは響に激しく同意する……」
「鳴神君は似合ってるよ! 私なんか〝ドレスを着ている〟というよりは〝服に着られてる〟感が半端なくて……」
宗士郎と同じくタキシードを着た響が心にもある事を言ってくれたので、少しは気が楽になった。響は背が高いので、基本的に何を着ても似合う。
フォローしてくれたみなもには若紫色の髪が映えるように、二条院家のメイドさんが純白のドレスを用意してくれた。
これでブーケでも持とう物なら、結婚式で祝われる花嫁に見間違える所だ。
「しっかし、とても外が廃工場の内装には見えないな~」
「だね~まさか地下に大きな空間があるとは思わなかったよ」
響とみなもが関心したように辺りを見渡す。
賭博場は郊外の廃工場の地下に展開されていた。外観は廃れた工場なのだが、地下には空洞があり、そこに手を加えたものと推定する。現にトイレは水洗であるし、電気も通っている。内装と賑わいだけを見れば、ナイトクラブと言って差し支えないだろう。
「それにしても、やけにあっさりと潜入できたわね。ここのオーナーは無能なのかしら?」
「無能かどうかは知らないけど、自己顕示欲は高そうだ」
先程の女性に聞いた話だとここを仕切っているオーナーは随分と自己顕示欲の塊のような男で、魔物と魔物の争わせ、「私にはこれくらいできる」と財力を誇示するかのように警戒心が薄いらしい。
入場の際、入場料として一人一万円を渡す事で賭博場に入る事ができたのだ。会員制だったなら、もう少し策を練る必要があったのだが、ここはありがたく調査させてもらおう。
「俺達の目的は賭博場のオーナーの捕縛と魔物の殲滅だ。俺達の目的を気取られないように、今日のところは『オーナーの素性』と『どうやって魔物を入手したか』を調べてくれ。特に響と桜庭! お前達が一番ボロを出しそうなんだから、バレないようにしろよ?」
「なんでだよ!?」
「酷いよ、鳴神君!?」
何故わからない。自分の事だろうに。
「会話のはずみでうっかり口を滑らしそうだからに決まっているだろ。ただのボンボンのカップルとして、怪しまれないように下の名前で呼ぶ設定も忘れそうだし」
宗士郎達の今の設定は二条院グループのご令嬢とその婚約者という設定で――宗士郎と楓。そしてどこかの会社の御曹司とその彼女さんという設定で、響と桜庭だ。
その設定を疑われないように呼び方を変えている。先程、みなもが響の事を「沢渡君」ではなく、「響君」と呼んでいたのはそういう事だ。
見かねた楓が響とみなもに援護射撃する。
「でも大丈夫、心配ないわ」
「楓さん……っ」
「まさか俺達の事を信じて…………」
響とみなもが天使を見るような目で、楓を見る。
「――口を滑らしそうになったら、時間逆進でフォローしてあげるから」
「うわっ信じてない!?」
「そこまで信用されてないのか俺達…………」
だが違った。
むしろ心配しかされていなかった。楓は心底優しい顔で笑いかけていた。それはもう、諦めの成分がたっぷりと凝縮されたかのような憐れみの表情だった。
「さて、茶番はこれくらいにして、そろそろ調査の続きを始めるぞ。魔物の賭け事が始まるまでに情報を集める。三十分後にまたここで」
「わかったぜ!」
「任せてよ!」
宗士郎達は聞き込みをするべく、再び会場内を回るのであった。




