第三十一話 響VS幸子
宗士郎の説教により、みなもがまた一つ賢くなってからすぐに次の模擬戦が始まろうとしていた。
結果的にみなもと亮の一戦は亮の勝利で幕を閉じた。模擬戦での勝敗は成績の影響がなく、凛によってただただ「一勝二敗」などと記録、戦闘面での弱点や利点などを記載され、生徒達にメールが届く。それを見て、弱点を克服しようとしたり、凛にアドバイスを貰いに行くのが基本だ。
後日、みなもと亮には分析メールが届いている事だろう。
「桜庭さんが起きたことですし、そろそろ第二試合を始めましょうか」
みなもが起きるのを待っていたのは、模擬戦の時間が普通の授業よりも長く取られているからでもあるが、本当の理由は「他の生徒の模擬戦を見て、少しでも学んで欲しいから」という凛の取り計らいによる所が大きい。
「では第二試合、両者前へ!」
第二試合に出る響と幸子の二人が返事をし、間をとって並び立つ。響は身体中に特製爆弾を複数所持している。対して幸子は……
「あわっ、あわわわ!? ちゃんと使えるかなぁ……?」
銃型、剣型の感応武装――光線銃と光線剣を一つずつ所持していた。あらゆる不幸を幸運へと収束させる幸運体質は攻撃手段としても防御手段としても、使いづらい異能だ。今までは一方的に攻撃を受けて、その尽くが『不幸』と捉えられ、『幸運』として相手にその攻撃が返ってくる事の繰り返しだった。
芹香が「せっかく感覚武装を作ったんっすから、色んな人に使って欲しいっす!」との事で、後から幸子にも感覚武装が支給されたのた。
「夢見ちゃん、大丈夫?」
「う、うん〜なんとか……って、あ、わわっ!?」
危なそうに感覚武装を扱う幸子が見るに耐えなくて、響が心配の声をかける。光線剣のスイッチを間違えて入れてしまい、紅の刀身がブォンッと構成され、「呼んだか?」と顔を出す。慌ててスイッチを切ろうとして、お手玉でもするかのように手の上で踊る。
大丈夫じゃなさそうだ、と響は笑みをこぼす。既にCOQは再展開され、バリアジャケットを装着しているので最悪の展開にはならないはすだ。
「ふぅ……準備、できました〜!」
「では模擬戦第二試合――」
ようやくスイッチを切る事ができ、手に収める幸子。凛が準備ができたのを見計らい、右手をスッと上げる。
「始めッ!」
右手を下ろし、模擬戦が開始された。
「じゃあ俺から行くよ!」
先に仕掛けたのは響だった。特にその場から動くでもなく、腰に付けていた特製爆弾の一つをキャッチボールでもするかのように幸子へと放り投げた。足元へと転がったのを見計らい、爆弾を爆発させる。
「ふぇ? 何これ……っ! ――けほっこほっ!?」
爆発すると中から大量の粉末が宙を舞い、それを吸い込んでしまった幸子は咳き込んでしまう。
「これっけほっけほ……こ、胡椒?」
「その通り! その爆弾には感覚拡張で中の物質を爆破時に胡椒に変換させるイメージを吹き込んだものだ。その証拠に咳が止まらないでしょ?」
胡椒爆弾には殺傷性はなく、バリアジャケットにも影響はないが相手を攪乱するにはうってつけのものだった。響が自慢げにする中、咳き込む幸子を見て、外野が「最低!」「幸子ちゃんになにすんのよ!?」「このクズ!」と批判の声が上がる。そして、その批判のほとんどが幸子の友達である蘭子やクラスの女子だった。
模擬戦で誰が相手でも今回のような爆弾を躊躇なく使う所が響に彼女ができないのを後押ししているのだろう。もちろん、響自身はその事に気付いてない。根は優しく、友達を大事にする所は良い所なのだが、それを帳消しにするほどダメな行為であった。
「なんとかっ、攻撃を当てないと……」
咳き込む中、どうにかして攻撃を加えなければと思った幸子は光線銃のセーフティを外して、狙いを定めて撃とうとするが――
「くちゅん!?」
可愛らしいくしゃみの所為で、あらぬ方向へと紅の光線を撃ってしまう。
「はははっ、可愛いくしゃみだ――ねっぶるっああああ!?」
笑おうとしていた響が突然、訳が分からない叫び声とともに地べたへと倒れ伏し、右足を押さえて悶え苦しんでいる。なぜか――というと、あらぬ方向へと発射された光線はCOQの障壁へとぶつかって反射し、偶然にも響に被弾したからだ。
幸子の異能を知らない人は口を揃えてこう言うだろう。
――ただの偶然だ
と……
だがそんな言葉は幸子の異能の力のもとでは意味をなさない。それこそ幸運体質の真骨頂というものだからだ。「偶然? 不幸? 偶々? はんっ! それがどうしたてんだい!?」と元気なお祖母ちゃんが笑い飛ばすかのように、あまねく全ての現象が幸子に味方し、『幸運』という形となって返ってくるのだ。
未だに胡椒が宙を舞い、トリガーに指をかけたままくしゃみを連発するので、幸子がくしゃみをする度に光線が発射される。
「くちゅん!?」
「――うげぇ!?」
「くちゅっ、くちゅん!?」
「――ぁべっ!? ぐえっ!?」
それらの光線は幸運体質の力により、自動的に『幸運』へと変えられ、的確に響の肢体を撃ち抜いていく。
その光景を障壁の外から見ていた凛が笑い、もとい驚いていた。
「これは驚きですね……沢渡君のバリアジャケットがみるみる減少していきます。ぷふっ」
「攻撃手段がなかった夢見が感覚武装を持った瞬間、これですからね……。響の自業自得ですが……ぶふっ」
「そうだね。でも沢渡君、ちょっと可愛そうかも……ぷふぅっ!?」
撃ち抜かれる度、凛や宗士郎、みなもが笑いを堪えられずに吹き出す。
響のバリアジャケットの数値が340からどんどん下がり、既に三分の一程減っていた。
「くぬぅ……!? これならどうだ!」
流石に不味いと思った響は特性爆弾の数々をばら撒くように投擲するとタイミングを測って、爆発させる。
「っきゃあぁあああああ!?」
幸子から距離をとって、爆発させる事で爆弾付与の火力を上げ、かつ『幸運』へと変換させられる範囲外に逃れる事に成功した。その成果が出たのか、無規則の銃撃が止む。
無規則くしゃみ発砲の状況を作ったのも響だったが……
「女の子を蹴ったり殴ったりするのは、俺の紳士道に反するっ! だから爆弾を投げまくる事にする!」
そらそらそらっ! と爆弾を投げまくる響。幸子の手前で爆発させると、爆発と共に粉末や粘液のようなものが幸子に降り掛かる。いや、それどんな紳士道だよ!? と突っ込む人はいないが、心の中では突っ込んでいた。
「次は、なに……? ってきゃあ!? ベトベトぉ? それ――ひ?」
粘液が身体に付着し、粉末を吸い込んだ幸子はジタバタした後に感電したかのように身体が震える。
「今のは『なんちゃって鳥餅爆弾』と痺れ生肉ならぬ『痺れ爆弾』だ! 動く度に絡まって動けなくなる上に、身体が痺れるんだ。これもかなり辛いでしょ?」
「こ、こへ、はっ……れはぃ……!?」
痺れて舌が麻痺し、喋れなくなる幸子。連携をとるチーム戦のようなものでは致命的な事だが、これは個人戦……喋る必要などない事だ。だがしかし、身体が動かせないという事はその間、サンドバッグ状態になるというわけだ。
当然の如く、この状況に追いやった響は又もや、クラスの女子達に「死ね!」「なに考えてんのよ、この変態!」とブーイングの嵐を一手に受けていた。一方、男子の方はというと粘液塗れとなった幸子の姿に下半身を抑えていた。小動物のような可愛い顔、黒髪に眼鏡。髪や眼鏡に粘液がかかっているシチュエーションは思春期男子の桃色の妄想を掻き立てる事につながっていた。
悪いと思いつつも、クラスの男子達は「響、良くやった!」と心の中でサムズアップしていた。宗士郎はそんな事は思わなかったが、少し想像してしまい顔を赤くしていた。楓に見られると殺されるかもしれない。
(なんとかして逃げないと、次の攻撃が……!?)
痺れた身体でなんとかして鳥餅から逃れようと藻掻く。麻痺で感覚がない上に筋肉が収縮し身体を動かせないので、身体が動いているかさえも把握できない。
そんな中、幸子は必死に藻掻き、どうしたら勝てるのかを思案する。がしかし、ろくな戦闘経験のない幸子に妙案など思いつけるはずもなく、感覚のない身体を動かし続ける。
「手も足もでない夢見ちゃんなんて、ゲームに出てくるスライム同然! この勝負、もらったぁああああああああ!!!」
勝ちを確信した響はとっておきの爆弾を手に取り叫ぶ。手に取ったそれは戦争にも使われた集束爆弾――いわゆるクラスター爆弾だった。球体状の爆弾の中身はBB弾を爆弾付与で小型爆弾と化した物を二十粒程詰め込んである。
爆弾の外殻を爆発させることで、中の小型爆弾が散弾のように飛び出し、瞬時に爆裂し大ダメージを与える事ができる大変危険な代物だ。扱いには十分に気を付けなければならないが……
「そぉぉぉれぇええええ!!!」
なんと響はその大変危険な代物を一切の躊躇なく、幸子に向けて豪速球を投げるように投擲したのだ。何が「女の子を蹴ったり殴ったりするのは、俺の紳士道に反するっ!」だ。それより酷く恐ろしい事をしているではないか……と誰もが思った。
これでは紳士ではなく、正真正銘の屑である。
「やってしまえクラスターちゃんよ!!!」
幸子の真上に位置した場所で、クラスターちゃん(キラキラネーム命名 by響)の外殻を爆ぜた。カッと閃光を放つと、怒号のような爆発音と共に内蔵されていたBB弾型爆弾が幸子を取り囲むように爆散する。
「爆ぜろ!」
「きゃ!?」
耳がつんざくような外殻の爆発でバリアジャケットを大きく削られる幸子。思わず手に持っていた光線剣を放り投げてしまう。被弾したのを確認した響は瞬時にBB弾型爆弾を起爆させた。
「きゃあぁあああああ!!?」
「フッ……きれいな花火だ」
囲むように爆発した爆弾は中心にいた幸子に容赦なく、爆風と衝撃が襲い掛かる。直後、響は後ろを向き、勝ち誇ったように鼻で笑う。
「ようやく夢見ちゃんに勝っ……」
ズプッ!!!
「――た?」
勝ち誇った響の身体がなぜかビクリと脈動するように震える。次第に顔は引きつり、その原因となった箇所をゆっくりと見るとそこには――
「な、なんで……なんで、光線剣が」
胸元に幸子が先程放り投げた光線剣が突き刺さっていた。
幸子のバリアジャケットが尽きる前に響のバリアジャケットが光線剣による心臓部分へのダメージでの瞬く間にゼロとなり、COQが強制終了した。
「沢渡君のバリアジャケット全損により、勝者! 夢見 幸子!」
「あ、あれ? 私、勝てたの……?」
凛が模擬戦終了の口上を言い終える。幸子は自分が勝てた事に理解が追いついてないようだ。
「嘘、だろ。また夢見ちゃんに、負けた。なんでだ……」
「相手が悪かったとしか言いようがないが、敗因はお前のクラスター爆弾だ」
「いやいやいやいや!? あれで勝負が決まったはずだろ!? おかしいじゃん!」
模擬戦で幸子に当たる度、敗北している響は今日こそ勝てると確信したのに何故こうなったか訳分からずの様子だった。仕方なく、宗士郎が説明してやる事にした。
「最初の外側の爆発で、夢見が持っていた光線剣を宙に手放した後、二回目の爆発による衝撃で吹っ飛んでCOQの障壁で跳ね返って、響に突き刺さった。以上」
「そんなのありか!? 夢見ちゃん、恐ろしい子っ」
「ええええ!? そんな事、ないよぉ、私なにもしてないし、むしろ失敗ばっかり、だし」
「なっ……!?」
オドオドする幸子の発言にショックを受ける響。当然だ。幸子は自らの意思を持って攻撃を一切していない。全ての攻撃が誘発された物であり、その全てが響の攻撃によって引き起こされたものだからだった。
「これで夢見さんの八戦全勝ですね。夢見さんは立っているだけでも自己防衛が可能、と」
「あははっす! これじゃあ、データが取りづらいっすね〜。でもぉ、威力の方は申し分なしっと……」
凛が今回の模擬戦データを含めて、今までの戦歴を読み上げると、響の豆腐メンタルにやんわりとヒビが入った。
感覚武装のデータを取っていた芹香は異能力者が使うと、どのような変化があるのかを調べたかったようだが、威力以外何もわからなかったようだ。二人の言葉に響はガクッと膝をつく。
「とにかく、夢見戦の響の勝率はゼロパーセントだな。ドンマイ」
「沢渡君! ドンマイだよ!」
「ちっくしょぉおおおおお!!?」
響を哀れんだ宗士郎とみなもの慰め? により響の悔しさは修練場に木霊したのであった。




