第二十八話 残念娘と謝罪
――三時限目 修練場
今日の鍛錬内容は以下の通り。
・各自、異能の可能性を探る
・感応武装の試験運用
・模擬戦
まずは各々で新技開発なり、感覚拡張の練習なりし、芹香が開発した感応武装の試験運用をクラスの非異能力者達にしてもらい、最後に非異能力者達にも感応武装を使い、模擬戦に参加してもらう事になる。
普段なら非異能力者達は見学か、凛に徒手の手解きをしてもらうのだが、今回は誰でも扱える感応武装があるので、それを使って模擬戦してもらい、データを取る必要があるのだ。
その為に開発者の芹香も授業を抜け出して、データを取りに来ている。
「神敵拒絶!」
みなもが異能を発動させる。側から見ていた宗士郎はある事に気付いた。
「桜庭、異能の展開スピードがまた速くなったんじゃないか?」
最初に異能を見た時よりも、格段に向上しているのがわかった。鳴神家の道場で、鍛錬した成果が少しずつ出ているようだ。
「そうかな? 自分ではあまり変わらない気がするけど」
「そういうもんだろ。自分の変化には気付きにくいものだ」
「鳴神君から見てそうなら、私もちょっとは強くなったかな?」
「ああ、少しずつだが確実にレベルアップしてるよ。そういえば、前に榎本の攻撃を防いだ時の事、覚えてるか?」
「うん、覚えてるよ」
反天した亮と対峙した時の事だ。あの時、構築する技のイメージが不足していたみなもは無意識に詠唱していた。感覚拡張は可能性を広げる技で、〝イメージが足りないから〟と詠唱する者は誰一人としていなかった。
みなもだけの新しい感覚拡張の形であった為、宗士郎は家で鍛錬していた時も気になっていたのだ。
「今ここでできるか? 他に感覚拡張ができない生徒が成功できる可能性が上がるかもしれない」
『詠唱』という行為は本来なら、他の技と間違えない為だとか、気分を高揚させる為だとか、ただの厨二発言だったりするが、言葉として出す事でイメージをはっきりさせるという意味では『詠唱』は感覚拡張を成功させる上で、効果的かもしれないのだ。
〝燃えろ〟と〝地獄の業火で灰となれ〟では、後の方が強いイメージを持つだろう。自らの技を強くイメージすることができれば、あるいは……という事だ。
「あの時は無我夢中だったから、なんて言ったか覚えてないよ」
「たしか……〝神聖なる光の前に全てを打ち消さん! 五芒聖光!〟だったか?」
「え、私そんな恥ずかしい事言ってたの……っ!? ぁぁ〜! 悶え死ぬ〜!?」
忘れていた詠唱セリフを宗士郎が教える。すると、本当に無自覚だったのか、恥ずかしさで頭を抱える。宗士郎はクラスメイトの命がかかっていたので、「別に恥ずかしくないと思うんだがな〜」と頭をかく。
「とにかくやってみてくれ。できるなら他の人にも、やり方を広める。できないなら、その時はまた練習すれば良い」
「ぅぅ〜恥ずかしいよ、皆見てるし……」
「頭を抱えて、恥ずかしい格好を既に晒してるから、問題ない」
「わ、わかったよぉ」
諦めたように肩幅まで足を開き、両手を前に突き出すみなも。宗士郎は五芒聖光で打ち消す物を探すと、鍛錬している響が目に入った。
「打ち消す物がいるな……響!」
「ふっ! ――んあ? どうした宗士郎」
「今日もあれ持ってるよな」
「あれな。いくつか持ってるけど、どうするんだ?」
「桜庭の技の練習だ。威力が一番弱い物にしてくれ」
「そういう事なら、これだな。テッテレ〜! 少し大きい癇癪玉〜」
響が宗士郎に近付き、腰にぶら下げている野球ボール程の球を放り投げる。響お手製の爆弾(BB弾やビー玉などを異能で爆弾にした物)で、子供のおもちゃとされる本来の大きさより大きく、火力も本来の物より少しだけ高い。
どうすれば、あの時の技を成功させる事ができるのか思案していたみなもは響によってもたらされたBIG癇癪玉を見て取り乱す。
「癇癪玉? えっ!? そんな危ない物を私に投げる気なの!?」
「大丈夫だ、死にはしない。成功させないと少し痛い目に合うだけだ」
「余計不安なんだけど!?」
「ちなみにこの癇癪玉は響がいつでも爆発させる事ができるが、今回は目の前で確実に爆発させるから成功させないと、本当に痛い目に合うからな〜」
「なんて容赦のない練習っ! さながら強くなる為に矯正ギプスをつけて生活する野球少年みたいだよ!?」
千本ノックやタイヤ走り込みを矯正ギプスをつけてやるくらい容赦がない。今はそこまでしなくても良い訳だが、そこまでするのには理由があった。宗士郎は容赦なくカウントダウンを始める。
「一、二の三で投げるからな、い〜ち!」
「わわわわっ!? 嘘待って――!? 〝神聖なる光の前に――」
待てと言われて、待つだろうか? いや、待たない。今回はそれでは意味がないからだ。
「にぃの!」
「――全てを打ち消さん!〟」
「三ッ!」
「五芒……えっ――」
みなもは驚きを隠せなかった。
なぜなら、〝三〟と言うと同時に宗士郎が癇癪玉を投げたからだ。どうやらみなもは〝三〟と言ってからだと思っていたようだ。詠唱途中で投げられた癇癪玉は止める事ができず、一秒にも満たないタイミングのズレが致命的なものになってしまう。
これが宗士郎がわざわざカウントダウンしてまで、投げた理由だ。突然の〝投げるぞ〟宣言からのタイミングのズレ……危機的状況に追いやるには充分過ぎる材料だった。
みなもは本能的に詠唱の最後を言い終える。
「っ……五芒聖光!」
刹那、詠唱に反応するかのように神敵拒絶の光壁が展開され、五芒星の形の光へと変わる。癇癪玉が五芒星の光に受け止められ……
「やっ――!?」
みなもが喜んだ瞬間――
「ぅきゃうっ!?」
勢いよく飛んできた癇癪玉は五芒星の光に受け止められるかと思いきや、透過するかのように通り過ぎ、みなもの額へと激突した。ぬか喜びである。
「〜〜〜〜〜〜ッ!?」
額を押さえて、声にもならない声を上げて、地面でジタバタと悶え苦しむみなも。
「やっぱりだめか。生命の危機になると隠された力が発揮されると思ったんだがな……やっぱり迷信か」
「流石に無理があったろ!? 桜庭さん、惜しかったと思うんだけどな……」
「本気にさせる為に脅したけど、本当に爆発させるべきだったか……」
「いや流石にそれはやめて差し上げろ!? 女の子の身体に傷がついたら事だぞ!?」
冷静に分析し、とんでもない事を言い出す宗士郎に響が必死に宥める。実はあの癇癪玉、響が作ったのは間違いないが、端からから爆発させる気などさらさらなかったのだ。
悶えていたみなもは学生服のスカートがまくれあがっており、その奥に覗く純白の下着が丸見えであった。それを下心を隠しもしない響が立ったまま、スカートの神域を覗こうと必死になっている。
「ぅぅ……痛いよぉ。結局、技は成功しなかったし、癇癪玉は爆発しなかったけど、当たると物凄く痛いし……ぉあっ、い、痛い〜っ!?」
「お、おおぅ!? み、見え!? 見えっ!?」
「何してんだお前は!?」
流石にデリカシーが無さ過ぎると思った宗士郎は響の頭を引っ叩く。誰かに止めてもらわなければ、みなもが止めない限り、ずっと続けそうだ。
そんな馬鹿騒ぎ――もとい、感覚拡張の練習をしていたみなもの元に、呆れた顔をしたクラスメイトがやってきた。
「俺は、こんな残念な奴に負けたってのかぁ……暴走してたとはいえ、普通に悔しいわ」
先日、五芒聖光で攻撃を打ち消された亮が片膝をつきながら、みなもを眺めていた。なお、未だにみなもの純白パンツは見えている。
「え、榎本君……」
「桜庭ぁ、よく〝残念な奴〟って言われないか?」
「ひどい!?」
「榎本か。もう身体はいいんだな?」
亮の身体を蹴り飛ばしたり、殴ったりしていた宗士郎が身体の安否を確認する。暴走していたとはいえ、やり過ぎた自覚はあった。亮は腕をさすったり、腹部を撫でたりしながら答える。
「ああ、お前にやられた怪我もすっかり良くなったぜ。神代先生の異能で霜焼けにはなったけどな」
「そうか、それは良かった……のか?」
「もう治ったから、問題ないさ」
さて……と亮は立ち上がり、みなもを正面に捉える。憂いを帯びた横顔から、これから何をするかを容易に感じ取れる。
「桜庭」
「う、うん……何?」
「――あ、あの時は本当にすまなかったっ!!!」
「えっ?」
頭を下げ、修練場中に木霊する程の声で、亮はみなもに謝った。突然響いた声に、鍛錬中のクラスメイト達が一斉に亮の方を向く。
「操られ、暴走していたとはいえ、桜庭に危害を加えよる形になってしまって、本当にすまなかったっ!」
何者かに操られ、人為的な反天をした上でクラスメイトを襲った事実。それは自分の意識が介入していなかったとはいえ、自分の中に邪悪な心が介在していた事は変わりようのない真実だった。
「他のみんなも聞いてくれっ! 俺は、俺はっ!? 下手をするとここにいる桜庭だけじゃなく、他の奴らまで殺す所だった! 幸い、死人は出なかったし、俺は鳴神と神代先生に救われた……後から自分のやってる事に気付いた時、俺は自分を許せなくなった! 俺が普段していた事は相手だけじゃなく、自分も苦しめていた事に気付いた。俺は救われた後、心を入れ替えて、〝異能を持っている〟〝選ばれたエリート〟云々関係なく、接するようにする! 抵抗はあるだろうが、受け入れてほしいと思ってる! でも、それでも納得がいかない、許せないと思ってるなら名乗り出てほしい! 俺は何をされても、それを受け止める……!」
亮の心の叫びにクラスメイトは動揺を隠せない。
〝なんで今になって……〟
〝そんな事を急に言われても、なあ?〟
〝俺は何もされてないから、別に〟
口々にクラスメイトの口から言の葉が溢れる。確かにそうだ。被害を受けたのは異能を持たない元春と和人だけだ。他にも異能を持たない人はいたが、その大体が女子だった為、手を出していなかったのだ。
結局はかなり前から虐められていた当の本人達、元春と和人が許すかどうかなのだ。一度謝罪したが、公の場で謝る事で、昔のような関係から脱却したいという事を周知の元にさらす事が大事だった。
「も、元春……僕は別にもう何とも思ってないし、元春も前に許したから、良いよね?」
「……………」
感応武装の仕組みを教えてもらっていた元春と和人。和人は「これからもうしないのなら」と自分の中で整理はついているようだ。しかし元春は以前、謝罪を受けた時に不気味なくらいあっさりと許したのだ。上辺だけの返事をしたのか、本当にもう大丈夫だったのか、仲の良い和人でさえわからなかった。
元春は和人の言葉を聞かなかったようにして、無言で未だに頭を下げている亮の元に近づく。
そう……銃型の感応武装――光線銃を所持したままで、だ。
「っ……」
なんと元春は銃口を亮の額へとかざしたのだ。トリガーに指はかけられたままで、セーフティも外されている。
宗士郎と先生である凛を除く、クラスメイトの全員に緊張が走る。いつでも対処できる範囲にいる二人は多少の緊張はあれど、慌てるレベルではない事がよくわかる。
「そっか、許してやるよ。お前の命と引き換えにな」
「ダメッ!?」
どこからともなく聞こえてきた静止の声を振り切り、元春は躊躇いなくトリガーを引いた。




