第二十五話 それは八つ当たりと言うのでは?
「あぼぉらっ!?」
「ぐふっ!?」
『赦謝裏出』の舎弟二人がそれぞれの顔面、腹部を楓の拳によって打ち抜かれる。
「は、速いっ!? 舎弟九号と十号が一撃で!?」
「フッ……だが、奴らは数合わせの下っ端……! 我ら、舎弟一号、二号の足元にも及ばん! くらえっ! 我らの合体奥義! バストゥッブレイ――!」
「――時間加速。せあっ!!!」
「おぐぅぎゃ!!?」
「おっぅぐぅす!!?」
舎弟一号、二号による合体奥義? バストゥブレイなんちゃら(乳揉みポーズver.白鳥の羽ばたき)の溜めが結構長かった所為もあり、男の弱点ともいうべき股間がガラ空きだった。
楓の異能――万物掌握の象徴である、時計が右の瞳に浮かび、時計回りに針が回る。
時間を圧縮し加速する『時間加速』を使って、自らの動作の全てを加速させ、舎弟一号、二号の股間目掛けて渾身の蹴りを叩き込んだ。
叩き込まれた二人は口から泡をブクブクと出しており、身体は痙攣していた。もう彼らのナニは使い物にならないだろう。なぜなら――楓が二人のゴールデンボールをゴールデンボンバーしたからだ。
そんな光景を見た宗士郎は同じ男として、最大限の同情と言い知れぬ恐怖をこの身で味わいつつ、股間を抑えていた。みなもは乾いた笑みを浮かべ、和心は感心していた。
「おおぅ……」
「楓さん、容赦ないなあ〜ははっ、女である私でさえも寒気を感じたよ……」
「楓様はお強いのですね〜驚きです!」
次々と倒れていく『赦謝裏出』のメンバー。その危機的状況に舎弟の一人が自棄を起こし、手に持っていた鉄パイプを楓に向かって、投擲する。
「楓さん!?」
みなもの危険を知らせる声が楓へと届く――
が、時既に遅し。
鉄パイプは楓の顔へと吸い込まれるように近づき、舎弟のしてやったり顔が浮かぶと同時に、激突する。宗士郎を除く、全員がそう思った時――
「時間逆進」
楓が静かに呟き、右手を90度回し終えると、鉄パイプが楓の顔の一歩手前で静止し、不自然に鉄パイプの軌道上へと巻き戻され、地に落ちる。
「な、なん……だと……」
「――邪魔するんじゃないわよ……」
「へっ? ――ゴブゥ!?」
楓の身体がゆらりと揺れた瞬間、時間加速によって、刹那のうちに肉薄した楓が鉄パイプを投擲した舎弟三号の顎目掛けて拳を放ち、浮いた身体に回し蹴りを叩き込んで吹き飛ばす。
無残に吹っ飛んだ三号の身体は『赦謝裏出』のヘッドである馬鹿の前へと転がった。
「ヒィッ!?」
「よくも……よくもっ……士郎との――」
「か、楓さん?」
事の成り行きを見守っていた宗士郎は途端におかしくなった楓の様子が気になった。が、それは杞憂だったようだ。
「――よくもっ!? 士郎とのっ!? デートをっ!? 台無しにしてくれたわねッ!!! 貴方達……ただ済むと思ってっ、いるのかしらッ!?」
その理由は至極簡単――〝ただキレているだけ〟だったからだ。それも物凄くただ八つ当たりだという事がわかる言動だった。舎弟達が一人、また二人と次々に天国へと飛び立っていく。
それを見かねた宗士郎は弁解――というよりはただの状況説明をするのだが……
「いや、楓さん……桜庭や和心もいるから。それと台無しにしたのは俺であって、それはただ八つ当たりーー」
「士郎は何も悪くないわよ!? 『赦謝裏出』とかいう奴らが出しゃばってきた所為だから!」
それは八つ当たりと言うのではないだろうか? と宗士郎達は思った。『赦謝裏出』の舎弟方達に申し訳なさが込み上げてくる。
無残に散っていく舎弟を見ながら、買い物に出かける前の楓の態度から期待していた事に気付いていたみなもは宗士郎をジト〜と見てから、溜息をつく。異界にいた和心は『デート』という単語に聞き覚えがなかったので、みなもに聞く事にした。
「期待してなかったって言ってたけど、やっぱり気にしてたんだね……」
「でぇ〜と? みなも様、楓様の言う〝でぇ〜と〟とは何でございますか?」
「知らないの、和心ちゃん?」
「聞いた事がありません……」
「デートっていうのは、簡単に言うと――男女が二人きりで買い物したり、遊んだり、一緒に過ごしたりする事だよ」
「むぅ〜つまり――若い年頃の男女がくんずほぐれつっ、互いに遊んだりする事ですね!」
「それなんか微妙に違うぅ!?」
丁寧に説明したみなもだったが、微妙にズラしている和心の答えに驚愕する。和心のそれは天然物だとは思うが宗士郎の一件もあり、意図的にしているようにしか見えない。
「何やってんだ、あの二人……」
緊張感のかけらもない二人の会話に少々呆れ気味になる宗士郎だったが、楓が舎弟達を軒並み倒し終わったので、少し警戒を解く。
宗士郎が警戒を解いたのがわかったや否や、馬鹿が有り得ない、といった様子で笑い始める。
「は、はははっ……や、ややや、やるじゃないか。俺様の舎弟達をこうもあっさり倒してしまうなんてな……だが、俺様の異能――不良の生き様の前には、無力に等しいぜ!」
「お、おおぅ! ……ヘッドの異能がっ、今、火を噴くぜぇえ……」
どうやら遂に馬鹿の異能が見られるらしい。宗士郎達を襲おうと考えたのは自分の異能に自信があったからなのだろう。他に伏していた舎弟一号がボロボロになりながらも、歓喜の声を上げる。この様子からすると、馬鹿の異能に期待が持てそうだ。
が、地味に凄い異能なのに馬鹿は異能の説明をしてきた。余程の馬鹿なのか、自信があるのかさっぱりわからなくなってきた。負ける気が一切ない楓は馬鹿の心配をする。
「俺の『不良の生き様』は〝俺を慕ってくれる仲間の数だけ、強くなる〟異能だ。つまり、数が多い程強くなるって寸法だ……」
「あら、力を敵に教えても大丈夫なの?」
「俺のは単純に人数と力の掛け算だからな。隠しても意味がねえし、バレても大して問題はねえよ! お前を倒して、そこの男をぶっ殺すには十分なんだよぉ!」
「あらそう。仮にも私は負けないし、士郎は私より強いし、全く心配してないから、さっさとかかって来なさい――馬鹿丸出さん?」
「――っ!? 殺ォスッ!!! 不良の生き様ッ!」
圧倒的自信を誇る馬鹿に楓はあえてわかりやすい挑発をした。楓の予想通り、挑発に乗ってから馬鹿は異能を発動させると、身体に纏った光と共に、一足飛びに楓に接近し攻撃する。
「死ねぇやぁ!!!」
「――やっぱり馬鹿丸出しねっ!」
「グハッ!?」
馬鹿が攻撃する直前、不自然に馬鹿を包んでいた光が消え、一瞬にして底上げされていた力が元に戻った。そこに加速して、動きが鈍くなった馬鹿の背後に回った楓が肘鉄を食らわせた。
「な、なんでだ……たしかに異能は発動したはず――」
「まだ察しがつかないの? 本当にお馬鹿さんねえ」
「このッ!? 不良の生き様ッ!」
「本当に学習しないわね――はっ!」
「ごぶぅあっ!? なんで、俺様の攻撃が届かない……」
先程から何度も攻撃を仕掛けては、楓に殴り飛ばされる始末。「なぜ、強くなった俺様が……」と馬鹿は考えているのだろうが、この結果は必然的なものであった。
「確かに、貴方の異能は凄いわ。単純だけど、それ故に強い。今までそれで、誰にも負けた事がなかったんでしょうね……だから、自分の異能を過信する所があるわ。貴方は自分を観てなさ過ぎる」
「な、なにぃ……?」
「だからといって、観た所で止められる訳でもないけど……私が時間を巻き戻す時間逆進を使っていた事に気付かなかったでしょ?」
「何だと……」
単純に強い……それは良い。だが、過信し過ぎて周りが見えなくなるのは良くなかった。周りの人間は馬鹿の変化に気付いていたが、馬鹿自身はその変化に全く気付くことができなかった。いや――知覚できなかったのだ。
昔から今の今まで、ずっと一緒にいた宗士郎は楓の異能の性質について、よく知っていたし『時間を操る』だけが楓の異能の本質ではなかった。
「あれが本当の意味での、楓さんの異能の恐ろしさだ」
「どういうことなの、鳴神君? 動きが鈍くなったのはわかったけど……」
「和心もなのです。どういう事でございますか?」
「あらゆる物の時間を操れる楓さんの万物掌握は――本人以外の異能の対象者はたとえ、どんな事をしても、その変化を知覚できないんだ」
「何、それ……私が神敵拒絶を使っていても、楓さんが私の時間を操る事で、本当は使う前に戻されているのに、私は使っていると錯覚している事になる……って事だね」
「本人以外の対象者はいずれにしても、変化に気づく事が出来ず、理由もわからないままやられる事があるという事でございますね」
「そうだ――だからこそ、さっきの鉄パイプが巻き戻った事や楓さんが加速した事も知覚できたのは、俺達が対象を客観視できていたからだ」
楓の異能が真の意味で恐ろしいのは、対象者が知覚できない点だった。
例として、食事の時に時間を戻されたとすると、対象者は『食べた』と知覚するが、実際は食べる前に戻されているので、それ自体を知覚出来ず、ほぼ無限に『食べる』という行為を繰り返す事になる。他人に指摘されて、ようやく自らの状況を把握できるが、楓が異能の行使をやめない限り、終わる事は決してない。
「う、うっ、うわぁああああぁああああッ!!? ば、化け物ぉっおおお!?」
「――ふふっ……」
「う、うっ、うわぁああああぁああああッ!!? ば、化け物ぉっおおお!?」
「ヘッドッ!?」
勝てないと本能が理解したのか、底知れぬ恐怖に襲われたのか、馬鹿は舎弟達を見捨てて逃走する。が、楓に時間逆進によって、時間を巻き戻される。
――逃げる
――巻き戻される
――逃げる
――巻き戻される
――逃げる
――巻き戻される
――逃げる
――巻き戻される
『逃げる』という行為の繰り返し。
馬鹿は逃げているつもりだが、楓に時間を巻き戻され、1秒前の自分に戻される――その繰り返しだ。いくら逃げても、遠ざかる事はなかった。
「あ゛ァぁあ゛ぁァ――……?!?!!!?」
馬鹿はあまりの恐怖に意識を手放した。逃げられなかった『恐怖』の代わりに、遠ざかったのは馬鹿自身の『意識』だった。
『赦謝裏出』のヘッドである馬鹿が倒されてしまったので、舎弟達にまだ続けるのか? と楓が問う。
「で、貴方達はどうするのかしら?」
「どう、とは……」
「このまま、こいつと同じように殴られては時間を巻き戻され、また殴られては時間を巻き戻される事を続けたいかしら?」
「――い、いえっ!!? 滅相もありません! 俺達が悪かったですぅ!? これからはあなたに忠誠を誓います!」
「違うわ……忠誠を誓うのは昔もこれからも、ここにいるこいつ。二度と悪さしないなら、これからは街の人々を守る為に頑張りなさい……」
「はいぃっ! わかりました、姉御!」
「そう、わかったのなら――姉御?」
おかしい。忠誠を誓うのはここで転がっている馬鹿なはず。姉御とはどういう事だ? と思った宗士郎が堪らず、舎弟に声をかける。
「ちょっといいか、なんで楓さんが姉御なんだ?」
「俺達、『赦謝裏出』一同! 姉御の傘下に入ります!」
「傘下、だと……!?」
「現場のリーダーは元よりヘッド、ヘッドの上司にあたるのが姉御というわけです! という訳で、よろしくお願いします、姉御!」
「なんだか……あ、頭痛くなってきたわ……」
要するに、彼ら『赦謝裏出』は楓の直属の部下になると言っているのだ。戦うよりは仲間にしてもらった方がマシだという事なのだろう。
ヘッドである馬鹿の承諾など、楓に負けた後なので断る事もできないだろうから、事後承諾オッケー! という事で、楓は望んでもいない仲間を手に入れたのであった。




