第二十三話 お茶目な狐少女
「準備完了でございます! 鳴神様!」
和心が泣き止んでから、早数分。
神社に置いてあった私物を大きめの風呂敷に包んで、鳥居の前で待っていた宗士郎の元へ小走りでやってくる。
「よし、じゃあ行くか」
「あっ、少し待ってください! お母さんが探しに来た時の為に置き手紙を置いて行こうかと思います」
「そっか、気長に待ってるから行っておいで」
「はい!」
置き手紙を書きに、神社の中へ再び戻る和心。探しに来たお母さんと入れ違いになってしまった時の為の予防策を講じるというわけだ。
宗士郎から見て、齢六歳程に見える和心は中々に賢い少女のようだ。達者な話し方、気が回る機転の良さ――その二つを鑑みてもとても六歳程には思えない。
(異種族だし、地球の常識に当てはめたらダメだな。あのなりで、実は百歳は超えてたりして……)
「鳴神様ぁ〜! お待たせしました〜!」
「大丈夫、待ってないよ。それより和心って、見た目より年上だったりしないよな?」
「ふぇ? もう、なに言ってるんですかぁ〜! 私はれっきとした七歳の女の子ですよ!?」
宗士郎のお腹をポカポカと叩いて笑う和心。どうやら、地球の常識で当てはめても良いようだ。
「私のお母さんは若く見えますけど、三百歳は超えてますけどね〜! あははっ」
「え゛っ!?」
「ですから、三百歳超えてるんですよ」
「マジ?」
「マジですっ! でも、うっかり歳の話をすると一日中滝修行させられるから要注意です!」
「た、大変だな……やっぱそこら辺はファンタジーなんだな」
どうやら地球の常識はダメなものはダメらしい。和心のお母さんに会った時、「お若いですね〜! とても三百歳を超えてるようには見えませんよ〜!」とでも言おうものなら、宗士郎は血の海に沈められている事だろう。
「そういえば、置き手紙になんて書いたんだ?」
「えっとですね……『――お母さんへ。私は鳴神様の家の子になります。止めないでください、私はもう子供じゃありません。私は幸せになります、応援していてください。――和心より』です!」
「やめてぇえええ!? 超やめてぇえええ!? それ、とんでもない勘違いされるやつだから! 〝よくもうちの娘を!?〟って、ロリコン認定されて社会的にも人間的にも終わりを告げちゃうやつだからぁあああ!?」
「ふふっ、冗談でございますよ、鳴神様? いくらお茶目な私でもそんな事は書きませんよ〜!?」
「茶目っ気が過ぎるわっ! 危うく心臓が生きるのをやめるとこだったわっ!」
和心のとんでもない爆弾発言に危うく心臓が止まりかける宗士郎。置き手紙にその内容を本当に書いてないのか怪しいところだ。
「すみません。でも巫女である私は百歳を越えるまで、伴侶を取ることができないのですよ」
「そうなのか? 和心が成長したら絶対に美人になるだろうにな〜」
「あ、ありがとうございますっ……そ、それよりも早く鳴神様のお家に行きましょう!」
「あ、ああ」
不意打ちの言葉で、和心が照れ隠しに宗士郎の背中を押して先を急ごうとする。なぜ照れるのかわからなかった宗士郎は深く考えるのをやめて、帰路を急ぐのであった。
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「ほへぇ〜ここが鳴神様のお家ですか〜! ご立派なお家でございますね〜!」
山を降りて、家の前に到着した和心が感心したように家を見上げる。
「ご先祖様が武家の出で、先祖代々に受け継がれてきた流派が有名だったおかげかな。今は昔と比べて、門下生は少なくなったけど」
家の蔵に保管されていた古の巻物によると、先祖はごく普通の道場を経営していた武士だったらしい。苗字は鳴神と呼ぶが、それでは格好がつかないなどの理由で鳴神流という流派が誕生したのだ。
ある時をもって、土地神様に魔を打ち払う宝刀を授かり、それを使って戦に出て、向かう所敵なしになる程に戦果を挙げた結果、鳴神流は有名になり、当時仕えていた主に金と土地と屋敷を貰ったらしい。
その屋敷は老朽化が進んで今ではなくなったが、貰った金で新しく建て直し、現在になって蒼仁の父親がリフォームしたのが今の家というわけだ。
「ま、そんな事はいいから中に入るぞ〜」
本当はどうでもよくはないのだが、さっさと我が家に入りたい気持ちが先行して、和心を連れて中に入る。
「兄さん! おかえりなさい! ……ってその子、誰なの?」
宗士郎の帰還を待っていた柚子葉が聞くのは当然ともいうべき疑問をぶつける。
「この子は和心。訳あって、この子を保護することになった」
「保護って……!? その子もしかして、異種族? 見た目からして、狐人族でしょ!?」
「和心です! 鳴神様に命を救ってもらいました!」
「えっ!? それどういうこと、兄さん!?」
柚子葉にその時の状況について、説明する。ゴブリンから救った事、和心の簡単な出自、異世界に関する事を。
「なるほどね〜元の世界に戻ろうと思ったら、なぜか戻れなくて、仕方なく兄さんが保護したって事だよね?」
「ああ、宗吉さんを通じて、政府に許可をもらって元の世界に帰そうと思ってな。でも、許可が下りるまで時間がかかるだろうから、その間はうちで面倒みることにした」
「わかった、それじゃしばらくは一緒に住むようになるから、まずは自己紹介しよっか。私は柚子葉、えっと、和心……ちゃんって呼んでもいいかな?」
「はい! 鳴神様の御兄妹ですから、柚子葉様と呼ばせてもらいます!」
「やっ、ちょっとそれは……ね? お姉ちゃんとかじゃダメ?」
「むぅ、ならば柚子葉お姉様ということで!」
「う〜ん、まあそれならいいかな。短い間だけどよろしくね、和心ちゃん!」
「はい! よろしくお願いします、柚子葉お姉様!」
事情を説明すると納得してくれた柚子葉が早速、和心と仲良くなっている。これなら和心があまりストレスを感じずに過ごせるだろう。お姉様呼びは気にしないんだな、凄いぞ柚子葉。
「柚子葉、桜庭は今どこにいる?」
「みなもちゃんなら、昼までの鍛錬が終わってシャワー浴びてる所だよ。入ったのが三十分前だからもう上がってるんじゃないかな」
「じゃあ、着替え終わったら道場に来るように伝えてくれ。先に牛雄さん達に和心を紹介してくる」
「わかった、伝えておくね」
「和心、行くぞ」
「鳴神様、了解でございます!」
和心を連れて、宗士郎は道場へと足を運ぶ。
「牛雄さん! お疲れ様です、今ちょっと良いですか?」
「坊ちゃん! 今帰ったんですか?」
「今さっきね。それよりも山で鍛錬してたら、女の子を保護して、しばらくうちに住まわせる事にしたから紹介するね」
「へっ? 保護ですかい?」
「うん、そうだよ。和心こっちおいで」
「和心です! 今日からお世話になります!」
「狐……いんや、犬か」
「失礼なぁ!? 私はれっきとした狐人族です!」
牛雄が和心の耳と尻尾を見て、犬と見間違えるとプンスカップンプン! といった様子でシャー! と威嚇する和子。なるほど、狐を見た事がない人は犬だと勘違いするのか……って、そんな事はどうでもいい!
「いや、すまんすまん! おじちゃんの軽い冗談だ、許してくれ。俺は牛雄だ。嬢ちゃん、これからよろしく頼むぜ」
「牛雄おじちゃんですね! よろしくお願いします!」
牛雄が屈んで、和心の小さい手を握る。
「なぜ異種族が?」、「なぜ保護することになったのか?」と聞かれないのは、宗士郎が牛雄に信頼されているお陰なのだろう。時を見て、事情を話そうと思った。
牛雄が子供だからといって、イタズラするなと注意喚起をする。
「おい、お前ら〜! 和心ちゃんにイタズラとかしたら承知しないぞぉ!」
――わかってますよー!
――これまた可愛い女の子が来たもんだなー!
それに対して、玄十朗を含む他の門下生が口々に返事を返した。
そんな中、道場に風呂上がりのみなもが髪を乾かしてやってきた。
「鳴神君〜? 入ってもいいかな?」
「いいぞ、こっちに来てくれ」
「牛雄さん達に一撃も当てられなかったよ〜。くやし――って!? 誰この可愛い子っ!」
可愛い物を見つけたぁ! と、みなもは和心に擦り寄り、和心の耳や尻尾をもふもふしだす。
「うわぁ〜もふもふだ〜! きっもちぃ〜!」
「な、なるかみさまぁ!? 誰でございますか、この人は〜!? ――ぁぷっ!? やめてくだひゃぃ〜!?」
「うちで居候中の桜庭 みなもだ。しばらくもふもふされていれば、勝手に収まるだろ」
髪を撫で、抱きしめ、果ては顔をスリスリするようにまでになったみなもを止めたりでもしたら、一生恨まれるような気配がする。ひとまず、もふもふしてるみなも達を放っておいて、宗士郎は牛雄に鍛錬の結果を尋ねることにした。
「桜庭の動きはどうでしたか?」
「桜庭さん、動きはてんで素人ですが、光るものはあります。相手の動きを学習して、弱い所を的確に突いてきました。あの学習能力は恐ろしいですよ」
「そうですか。もしあの戦闘スタイルが板に着けば、一人で戦える領域まで踏み込めるかもな……魔物に対しては、こっちで対策を練らないと……」
シールドバッシュを用いた戦闘スタイルは対人ではかなりの効果を発揮するが、魔物に関しては、硬い、素早い魔物が出た場合、〝攻撃が通らない〟や〝そもそも攻撃が当たらない〟などの可能性が出てくる。
強弱混合の魔物の大群で押し寄せようものなら、上空から神敵拒絶で叩き潰せばいいのだが、かなり難しい所だ。
守れるように、戦えるようになるにはやはり感覚拡張による自力の向上だろう。何かみなものイメージを構築、向上できるものはないものかと宗士郎は悩む。
「……今考えても仕方ないか。和心、桜庭! 出かけるぞ!」
「出かけるって、何しに?」
「二人の服、日用品を買いにだ。桜庭はこっちに来たばかりで、揃ってない物も多いだろ? 和心は服がその巫女服一着だけだからな、買いに行かないと毎日それで過ごす事になる」
「わかりました! 鳴神様についていきますっ!」
「わかったよ、それでこの三人で行くの?」
「いや、楓さんを呼ぶ。柚子葉はやる事があるみたいだから、今回は見送りだ」
携帯端末を取り出し、楓に電話をかける。ちなみに今使用しているこの端末は、前にも何度か使用したが、感覚結晶――クオリアを動力源としている。
「楓さん? 今から買い物に行くけどどう?」
「――行くわ。どこに何時に行けばいいかしら?」
即答だった。
最近は魔物やら、宗吉の頼み事やらで、一緒に何かするという事はしばらくなかったので、飢えている楓が即答したのは当然ともいえる。
宗士郎は道場の壁に備え付けられている壁時計を見てから――
「う、うん……じゃあ、今十時半だから、三十分後に駅前で大丈夫かな?」
「わかったわっ、待ってる!」
プツッ!
「切れた……急いで怪我しないといいけど」
返事を言う暇もなく、電話を一方的に切られてしまった。
「聴いてた通り、三十分後に出るから各自用意よろしく」
「うん!」
「はいです!」
(和心の耳と尻尾をどう隠すか……耳は良いとして、尻尾がなぁ)
宗士郎は和心の耳と尻尾をどう隠すか、考えるのだった。