第二十二話 世界が繋がった理由
「少しは落ち着いたか?」
「は、はい……改めてありがとうございます」
宗士郎に撫でられて少しは落ち着いたのか、黄金髪の狐少女の顔に少しずつ笑顔が戻ってきた。
「良かった。俺は鳴神 宗士郎――君の名前は?」
「和心です。鳴神様とお呼びしてもよろしいでしょうか……?」
「はっ? 鳴神様? 別に好きなように呼んでいいけど、なんかこそばゆいな」
「いえ! 見ず知らずの私を助けてくれた恩人に少しでも報いたいだけなのです! ……ダメですか?」
「うっ……」
和心と名乗った狐少女は恩人に報いたい一心で、宗士郎を『様』付けで呼びたいようだ。
(断りづらいなぁ……断ったら泣き出しそうだし)
この手の子供は断ると、後で泣きわめくのが経験上わかっているので、仕方なく了承することにした。
「わかった。じゃあ俺の方も和心って呼ばせてもらうよ」
「はいっ、鳴神様!」
「で、このゴブリン、処分した方がいいよな? 何かライターって言ってもわからないか……燃やせる物とかない?」
「あ、大丈夫です。少し力も戻ったし、私がやりますよ」
「え?」
「えいっ!」
可愛らしい叫びと共に和心の身体から黄金のオーラが溢れ出し、ゴブリンに向けて構えた両手から真紅の小さな球体が発射される。その小さな見た目とは裏腹に、ゴブリンに着弾するとゴウッ! と一瞬にして身体を燃やし尽くし、最後はマッチの炎のような形となって消えた。
「驚いたな……! まさか狐火を使えるなんて」
「えへへ、そんなことはないです。鳴神様こそ、狐火をご存知で?」
「昔ちょっとな。それよりそれが使えるなら、なんであのゴブリン達に使わなかったんだ?」
「それは――」
和心が口籠る。
「言えない理由があるなら別に言わなくてもいいぞ?」
「いえ!? 大した理由でもないです! お茶でも飲みながら話しましょうか」
そう言って和心が畳のある部屋へと案内してくれると、座布団の上に座らせてくれる。数分経つと和心が二人分のお茶をお盆に乗せて持ってきてくれた。
「ありがとう、和子」
「いえ、気にしないでください!」
ほのかな香りが鼻をくすぐり、つい飲みたくなってお茶を飲んでみた。
「おっ、美味い!」
「ありがとうございます、鳴神様! 良い茶葉を使ってますので」
程よくリラックスできた所で、話を切り出す事にした。
「ふぅ〜。それで、なんで使わなかったんだ?」
「まず、最初に言っておきますが……ここは鳴神様がいた世界とは微妙に違う世界でございます」
「やっぱりか――それって異界の門の向こうの世界ってことで合ってるか?」
「その異界の門というのは存知あげませんが、十年前に突如、繋がってしまった世界であれば知っております」
「!? それ多分、俺の〝地球〟って世界だ。こっちの世界を〝現界〟、和心のいる世界を〝異界〟って呼ばれてる」
「ならば話は早いですね。鳴神様の現界の空間とこちらの異界の空間が十年前に混ざり合い、世界の行き来が可能となりました。ですが、訳分からずに無理矢理異なる世界と世界を繋がってしまったので、鳴神様の言う異界の門という入り口が不安定な状態になっていて、年を重なる度に歪みが大きくなっていきました」
「たしかに、前に行った時は最初に行った時と比べて、入り口が大きくなってたな」
宗士郎は一度、異界の門の前に行った事がある。その時は政府の許可も一人で行ける安全性も確認できなかったので、行く事はできなかった。
「その歪みが原因で、こちらの世界で突然知らない場所に飛ばされてしまい、〝知らない内に神隠しに会う〟という噂が立つようなりまして」
「なるほどな。それが今回の和心のいる世界と俺のいる世界が繋がった理由か……歪みが原因で異界の門とは違う場所で、不規則に世界が繋がってしまったという事だな?」
「ご慧眼でございます、鳴神様! おそらく今の世界は鳴神様のいる現界だと思いますが、私のいる世界の神社が部分的に繋がってしまったのです」
和心がお茶を飲んで一息つく。
「そして、無理矢理違う世界と繋がってしまったので、ゴブリンが迷い込んでしまった上、この神社に満ちていた神力が散らされてしまって、妖狐としての力を使えなかったのです」
「妖狐? 狐人族という種族とかと違うのか?」
「よくご存知ですね……! 間違っておりませんが、こちらの世界で狐人から稀に神力を持って生まれてくるのが、『妖狐』という存在です」
「魔力を持って生まれた、みたいなもんか」
「本当に良くご存知ですね? 神力と魔力は別物なのですが、そういう事でございます。そちらの世界でも魔力の概念があるのですか?」
「い、いや、その……なんだ、こちらの世界の創作物で知る機会があってな! ははっ!?」
い、言えない……
和子は知らないとは思うが、その手の漫画や小説、アニメやゲームとかで頻繁に出ていて、よく知ってるんだぜ? なんて口が裂けても言えないっ!!? しかも父さんの趣味でその手のジャンルの本が山のようにある事も……!
「……? そうでございますか。実は妖狐には上位の形態が存在しまして、〝神に神獣として認められた狐〟という意味で『神天狐』という存在がいます。お母さんがその神天狐でして、神天狐になる為の一環として、神社で巫女をしなければならないのです」
「神社で修行して人としての格を上げているって事か」
「はい!」
道理で和心が巫女服を着ていると思った、と宗士郎は納得した。
「つまり和心は神力という力を使える妖狐で、神社に満ちていた神力が散らされて、供給源を絶たれたから、大人数で抵抗できずにいたのか」
「えへ……お恥ずかしながらその通りでございます」
和心が恥ずかしいそうに顔を赤らめる。
「ところで、今は俺のいる世界って位置付けであってるんだよな?」
「はい、そうですが」
「和心って元の世界に帰れるのか?」
「おそらく、神力の戻った今なら私の力で戻れるとは思います」
「そっか……戻れるなら戻った方がいいよ。お母さんも心配してるだろうし」
「名残惜しいですがそうします。鳴神様……この度は本当にありがとうございました、感謝しています!」
「気にするな。和心みたいな可愛い女の子を助けるのは当然のことだからな」
自分でも驚きの歯が浮くようなセリフがスラスラと口から話される。助けたかったのは本心だが、流石にちょっと恥ずかしい……
「では鳴神様! また御縁がありましたら、今度はお母さんを紹介しますね!」
「ああ! その時はよろしくな!」
飛びっきりの笑顔と共に、和心の身体から黄金のオーラが先程と同じように溢れ出す。世界を越えて、折角出会えた異世界の少女と別れるのは寂しかったが、異界の門を通る許可が下りた時はいずれ会いに行く事にしよう。
「では、お元気で!」
宗士郎の視界を黄金のオーラで埋め尽くされ、快活な声と共に和子は元の世界へと戻っていった。
「行ったか……また会えるといいな……さて帰るか。鳥居をくぐって適当に歩けば帰れるだろ」
手で覆った視界を元に戻して、さあ帰ろうとしたその時――
「鳴神様ぁ〜」
先程、元の世界に戻った少女の可愛らしい涙声が宗士郎の背後から聞こえた。
「えっ?」
「鳴神様ぁ〜!? 戻れませぇ〜んっ!?」
背後から聞こえた声の方を振り向くと、そこには元の世界に戻った筈の和心がいた。
「嘘だろっ!? 元の世界に戻ったんじゃないのか?」
「神力は足りてるんですけど、何故か戻れませぇ〜ん!? うぇえええんっ!?」
「もう一回試してみろ! 話はそれからだ!」
「はいぃ〜っ!」
泣きながら、再び黄金のオーラに包まれて、今度こそ消えた! と思ったが――
「………………」
「マジか」
視界が戻った先にいたのは和心であって、消えた和心が立っていた畳ではなかった……
「うわぁあああんっ!? やっぱり戻れませんよぉ〜!? お母さぁあああん!?」
盛大に泣く和心の為に出来る事を考えていると、宗士郎に一つの案が浮かんだ。
「どうしたもんか……あっ、そうだ和心! しばらく、俺の家に泊まらないか?」
「ひっぐ……よろしいのですか?」
「一人増えた所で困るような家に住んでないし、大丈夫だ。俺がこっちの世界で向こうの世界に戻れるように許可をもらってやるから、安心しろ」
「ぅぅっ……ありがとうございますっ、鳴神様ぁ!」
和心がブワッと泣きながら宗士郎の胸に飛び込んでくる。
「本当はすぐにでも帰してやりたいが、許可が下りるまで時間がかかると思うから少し間我慢してくれよ?」
「はいっ、一人でここにいるよりよっぽどマシでございます! 本当にありがとうございますっ!」
異界の門をくぐるにはそれなりの手続きが必要であり、書類をいくつか書き、政府に送って許可を貰わなければ通る事は敵わない。
ガッシリとホールドされている身体は子供の見た目とは反して力強く、また離すのも可哀想だったので、和心が泣き止むのを待ってから、家に帰ろうと思った宗士郎であった。