第二十一話 黄金髪の狐少女
修練場で起きた『人為的な反天』による事件が終息してから、既に二日経った。
あの日、反天した亮に重傷を負わされた元春と和人も治療を受けた後、一日中安静にしていたお陰で、今では普通の生活を送れるようになっていた。
後日、学園で誇り高い亮が二人に土下座をして謝罪したと聞いた時は流石に驚いた。しかも額を地面に擦り付けるというオプション付きで、だ。宗士郎自身が「誠心誠意、謝れ」と言った手前、そこまでする必要はないと言うのは筋違いというものだが、誠意を見せたおかげか、二人が謝罪を受け入れたようで何よりだった。
その際、元春がやけにニヤニヤと笑みを浮かべながら許した事が和人には変に思ったらしい。
元春は後期課程一年の時から、亮に虐められていたらしく、直接的な暴力を受けていたわけではないが、かなり陰湿に虐められていたと宗士郎はクラスメイトから聞いた。そんな元春がいくら土下座をして謝ったとはいえ、そんな簡単に許すだろうか?
あの日以来、二人が虐められる事はなくなったが、あまりにあっさりと許した事が宗士郎は気がかりでならなかった。
そして、『学内戦』五日前に迫った休日の朝八時。
鳴神家道場にて、みなもが宗士郎の指導の指導の下、来たる『学内戦』に向けて、感覚拡張の特訓をしていた。
「いいか? 桜庭の神敵拒絶はどう考えても、守りに特化している。だが、守るだけじゃいつまで経っても敵は倒せない、ここまではわかるな?」
「うん、その為に感覚拡張の特訓をしているわけだしね」
道場の隅で、二人とも道着を着て座りながら、話している。
「神敵拒絶は言わば光の盾だ。桜庭が盾と思って、使っていたようにな。でも、盾には攻撃手段がないわけじゃない」
「盾を投げる! とか?」
「間違ってはないけど、少し違う。〝シールドバッシュ〟って知ってるか?」
「うーん、聞いたことないよ」
「盾を使った攻撃手段の一つでな、手に持った盾を相手に叩きつけたり、突き当てる攻撃だ」
「でも盾を持ってるわけじゃないよ?」
「そうそこが重要だ。本来なら感じるはずの盾の重さが神敵拒絶を使うみなもにはない。だから、腕力は必要ないし、近距離で当てなくても、何も問題はないわけだ」
木の板を削り出して作った盾で、宗士郎自身が身振り手振りで説明する。
「つまり、桜庭次第で強力な武器にもなるってことだ。勢いよく叩きつければ、衝撃で相手は吹っ飛ぶし、みぞおちに抉るようにぶつければ、呼吸困難になる」
「凄いね! 攻撃手段が一つできたよ!」
「でも、これは対人戦闘時の戦い方だ。魔物にも通用する場合はあるが、ただ叩きつけるだけじゃ大したダメージにはならない。それに桜庭は感覚拡張が完全に習得できてないから、守りには応用できても、攻撃には応用する事が難しい」
「じゃあ、どうすればいいの……?」
「とりあえず、さっき言った〝シールドバッシュ〟で戦い方を模索しながら、ウチの人達と戦ってもらう」
宗士郎が後ろで鍛錬している門下生達を指差す。
「えええっ!? そんなの勝てっこないよぉ〜」
「最初は勝てなくてもいいんだよ。少しずつ戦い方を確立させ、使い物にする。朝のノルマはそうだな――たった一撃でいい、誰でも構わないから、一撃当ててみろ」
「えっ、一撃でいいの? そんなのすぐに終わっちゃうよ?」
「そんな甘い考えだと足をすくわれるぞ? 桜庭は武術初心者で、相手は大人で熟練者……桜庭が勝てる見込みなんて、ほぼないに等しい」
「じゃあなんで、こんな事しないといけないの?」
「圧倒的実力差で、追い詰められながら鍛錬する事で、心を鍛えると同時に実戦の中で敵を想定して動く事で、自然な身のこなしを身体に叩き込む事ができるからだ。誰かを守る力が欲しいなら、弱音を吐かずに頑張れ」
「ぅぅ……そうだよね、誰かを守る為に感覚拡張を覚えようとしてるんだもん。私頑張ってみるね」
「よし、じゃあ早速やるぞ。牛雄さん! 桜庭の特訓に付き合ってやってください。ノルマはみなもが一撃当てる事、牛雄さん達は攻撃は寸止めでみなもの攻撃を避け続けてください」
「ああ、わかったぜ坊ちゃん! 桜庭さん、遠慮はなしだぜ?」
牛雄に声をかけ、みなもの特訓に付き合ってくれるように頼む宗士郎。先日、みなもを天使扱いしていた伊散は、今日は休みでいない。思う存分特訓できるというわけだ。
「じゃあ牛雄さん、後はお願いね。俺は昼まで山で刀振ってくるから」
「おう、任されましたぜ」
「桜庭、頑張れば柚子葉の美味しいご飯をいっぱい食べれるように言っておくから、頑張るんだぞ」
「柚子葉ちゃんの……ご飯!? 頑張る、頑張る、頑張る! 美味しいご飯の為なら頑張れるよっ!」
「そのいきだ、じゃあ行ってきます」
柚子葉のご飯で釣る宗士郎。宗士郎の予想通り、〝美味しいご飯〟と聞いただけで物凄いやる気になってくれた。
「行ってらっしゃい! 坊ちゃん!」
「「「「「「「「行ってらっしゃい!」」」」」」」」
大勢の人に見送られ、宗士郎は山に向かった。
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「いい感じに岩や木があるし、今日はこの辺でいいか。」
鳴神家の敷地の裏にある、自然が豊かな山。
異能を授かってからは、さらに馴染み深くなった場所だ。自主的に山籠りしたり、父である蒼仁に言われて一ヶ月もの間、サバイバルをしたりと……
おかげで自然に詳しくなったし、何より岩や木々などの障害物を利用し、自由に駆け抜ける事ができるようになった。
「しかし、桜庭に頑張れと言った手前、俺自身まだまだ甘い事という事を再認識できたのが幸いだな」
亮との一戦を振り返り、敵である相手に手心を加えていたのもあって、危うく死にかける所だった。凛が来なければ、今頃灰となって宙を舞っている所だ。
反天した際、僅かに意識があった亮を〝人〟だと認識できてしまった所為で、戦闘時の心構えををつい忘れてしまった。
「たるんでる……って事だよな。小さい頃は家族を守る為に必死だったから、考える余裕もなかったしな……」
持ってきていた『雨音』を鞘から抜く。並び立つの緑の間を縫って光が差し込み、青白い刀身がさらに輝く。
まずは上段から始め、各種素振りを百回ずつこなす。
一本一本、相手を想定して斬る。この簡単なように思える事も最後まで集中を切らさずにやり切る事は、たとえ慣れた事であってもかなりの精神的疲労が溜まるのだ。
(あと、五日か……学内戦、無事に終われば良いんだけどな)
先日、亮が人為的な反天をさせられた事もあり、胸の内には不安の種が多くできていた。もし同様の事件が起きれば、『学内戦』どころではない。次は死人が出るかもしれない、大切な人が狙われるかもしれない。
「あぁ、くそっ! やめだ、やめ! こんな状態で刀を振っても、余計太刀筋が鈍るだけだ!」
少なからず不安に思っていた事が少し、考えただけで悪い方向へと考えてしまう。このままでは鍛錬に身が入らないと思い、気分転換しようとしてようやく異変に気付く。
「って、あれ? ここ、どこだ……?」
辺りは木々に囲まれていて、なんら変な所はない。だが先程と違う所が一点だけある。目の前に鳥居があり、その先には小さくも厳かな雰囲気を漂わせる神社がある事だ。
「うちの裏山に神社なんて、なかったはず……どうなってんだ?」
『雨音』を鞘に戻して、鳥居をくぐる。
――悠久の時を感じさせる年季の入った拝殿。
――注連縄が巻いてある大樹。
――どこか身を清められると思える流れる神気。
どれをとっても、相当古い神社であり、神聖な場所である事が感じ取れた。
「もしかして異界の門の向こう側じゃないだろうな? でも、そんな所入ってもないし……っ!? なんだ、何か聞こえる……!」
「――すけ……っ!」
「聞こえない……っ!」
闘氣法により聴力を高める。すると幼い女の子の声が次第に聞こえてくる。
「――っ……たす……け……って……!」
「っ!? チッ!」
宗士郎は声のする方へ脚力を強化して、疾走する。
女の子が泣いていた。空耳かもしれない。だが、女の子の声と重なるようにして、聞こえてきた声が不安を駆り立てる。
(俺の勘が正しければ、あの下品な声は――!)
本殿へ無断で上り込むのは気が引けたが、緊急事態だ。早く助けないと取り返しのつかないことになる。
「――ここか!?」
「ぁ……た、助けてぇ……助けて……っ!?」
本殿に繋がる扉を蹴破り、中を見るとそこには黄金色の髪の少女がいた。それも頭部に可愛らしい狐耳をつけた少女が、だ。
「グギャ? グギャグギャッ!」
女の子の周りには案の定、幼げな少女の服を乱暴に脱がし、純潔を奪おうとしていたゴブリンが三体いた。
小さくも扇情的な少女の肢体はまだ何もされていない様子だった。狐少女は涙目で必死に助けを求めていた。
「グギャッ!」
狐少女を取り巻くゴブリンの一体が突然現れた邪魔者を排除しようと、手に持っていた棍棒で宗士郎に振りかぶってくるが……
「――邪魔だ」
「……グ、ギャ?」
一閃。
ゴブリンが視認できないスピードで抜き放たれた刀身はその首をいとも容易く刈り取った。
宗士郎は静かに、ただ静かに怒っていた。その激しく燃え盛る怒気でゴブリン達が一瞬、萎縮する程に。
「グギャギャギャギャっ!? グギャアアアァアアア!!!」
〝よくも仲間を!? 許さねえ!!!〟と聞こえなくもない、その醜悪な顔面から紡がれる下品な声と共に、残りの二体が宗士郎に殴りかかってきた。
「フッ!」
棍棒で殴りかかってきたゴブリンの肘を刀の柄で叩き折り、その流れで刀を持つ反対の手で棍棒を奪い取ると、もう片方のゴブリン顔面に投擲し動きを封じた。
「グギャアアアアアアっ!?」
「グギャブッ!?」
「無様だな……侮っていた相手にそのちっぽけなプライドを砕かれた上、この場から逃げだそうとするなんてな。こっちの声は魔物如きじゃ聞こえないだろうが、その必要もない。お前達も聞きたくないだろうし、その口から発せられる下品な声も聞きたくない……」
ゴブリン達は危機感を覚え、この場から逃げようとするも、宗士郎から発せられる圧倒的なプレッシャーによって、動こうにも動けなくなっていた。
「――じゃあな」
一呼吸で二つのゴブリン首を真一文字に切断すると、首元から血が激しく飛び散る。刀身に浴びたゴブリンの血を刀を振り払って落とした。
「大丈夫か? 何かされなかったか?」
「…………っ!」
刀を鞘に戻し、狐少女の安全を確認する。その子は何も答えなかったが、理由はすぐにわかった。
「言葉が通じない、のか? 君の声は聞こえたのに……」
「っ、い……いえ、わかります。助けてくれてっ……ありがとっぅ……ございます……」
震えて泣いていた。抵抗もできずに好き放題されそうになって、恐怖で塗り潰されていたのだ。
「もう大丈夫だ、安心していい」
妹の柚子葉の頭を撫でるように、狐少女の頭を優しく慰めるように撫でた。