第十七話 万物凍結の異能
「はぁ、これで運が良くても俺だけが死ぬだけで済むな。楓さんや柚子葉を置いていくのは気がひけるけど……」
反天化した亮を前に佇む宗士郎。
「いくらCOQを起動してバリアジャケットで守られるといっても、バリア数値がゼロになったら痛覚が通って、あの世行きだからな……。さて、最後にこれだけは試しておくか……」
COQは装置の中にある感覚結晶から必要な量のクオリアを抽出し、障壁・バリアジャケットを形成する物。仮にバリアジャケットの数値がゼロになると、ダメージを肩代わりしているバリアが破壊され、生身で攻撃を喰らうことになる。
最後に確かめたい事があった宗士郎は亮から奪った感覚結晶のイヤリングを宙に放り投げる。そして、刀剣召喚で創り出した刀で両断した。
「グガッ!? グゥウウウガァアア!!?」
「勢いが緩まった? 破壊しないとダメだったのか……俺もまだまだだな……」
両断すると亮が放出していた爆炎の勢いが僅かだが緩まった。だが、今もなお自爆する雰囲気が去った気配はない。
「榎本をこんな風にした奴が学園にいる可能性が高い。ここは設備も整ってるし、研究室も多いからな……」
宗士郎は前へと足を踏み出す。
「今すぐにでも、首謀者を吊し上げて、そいつの身体を構成するありとあらゆる細胞を根切りにしてやりたいしてやりたいが……! 凛さんが来る前に死ぬだろうし、探し出すこともできないか……」
「グガァアァアアアアッ!!??」
あわよくば真相を確かめる事ができるこの状況。この出来事以降、亮のような人間が増える可能性がある以上、家族や友人に危険が及ぶかもしれない。その状況を作った首謀者に腑が煮え返る程に怒りを覚える。
爆炎が飛び交う空間の一歩手前で足を止めた宗士郎は創生した刀を虚空へと消した。
「榎本……お前だってこんなことはしたくなかったよな……お前のことは好きじゃなかったけど、そんなに悪い奴じゃなかったと思ってる。一人寂しく逝かせたりしない、俺も一緒に逝ってやるからな――」
共に逝こうと宗士郎は爆炎の中に歩を運ぼうとして…………
「――凍花染……」
直後、宗士郎の背後から透き通るような冷やかな声が聞こえた。
否、それだけではない。背後から冷やかな空気と凍った花弁が空を伝って、宗士郎――ではなく亮の元へと漂う。
その花弁はひらひらと亮が放出する爆炎に触れると、溶けるどころか飛び交っていた炎諸共、刹那の内に凍結させた。
「この冷気、この技……まさか」
「――柚子葉ちゃんを置いて、何をぽっくり逝こうとしてるんですか?」
「ひゃぅ!?」
後ろから近づいてきた人に首筋にコォォッと冷気を当てられ、思わず女の子みたいな声を出してしまう。
「や、やっぱりっ!? 凛さんの『優雅たる凍きゅ――ぃずん゛ッ!?」
「正解ですが、学園では神代先生と呼びなさい」
名前を呼ぼうとして、脳天に手刀を降ろされる宗士郎。衝撃で舌を噛んでしまう。
舌を噛んでしまって、直前で言えなかった凛の異能は万物を凍てつかせる『優雅たる凍久』。先程の凍花染は凛の十八番の一つだ。
「いてて、舌噛んじゃいましたよ!? 凛さん!」
「死ぬよりはマシでしょう? それより、これが私を呼んだ要因ですか?」
氷塊となった亮を一瞥する凛。先程まで暴走していたのが嘘のように、辺りは静まり返っている。
「はい、いつもと様子がおかしくて……暴走した原因はおそらくこれです」
「これは――感覚結晶の欠片ですか。暴走させる効果があるとは聞いた事がありませんね」
「俺もです。これを破壊したら爆炎の勢いが緩まったので、なんらかの関係があることは間違いないと思います」
宗士郎から話を聞くと、凛は氷塊の前に立つ。
「凛さん? 何を――」
凛が指をはじいて音を鳴らすと、氷塊が一部砕け散り、亮の頭部が視認できるようになった。
「まだ暴走していますよね?」
「ええ、暴走状態のまま凛さんが凍結させましたから……。何をする気なんです?」
「暴走状態なら暴走の元となる原因が彼にもあるかもしれません。それを凍結させます」
「えっ? それって洗脳されていたりしたら、その意識だけを凍結させるってことですよね? 危なくないですか? 下手すると思考すること自体出来なくなって、榎本が植物状態になるかもしれないんですよ!?」
「大丈夫です、嫌な気配の掴み方は理解していますから……」
凛は亮の額に手をかざし、眼を瞑ると……
「深層氷結」
整った顔立ちから紡がれる言葉と共に、亮の額に雪の結晶の文様が浮かび上がり、技をかけ終わったのか文様が消える。
「成功です」
「え、榎本? おい、大丈夫か!」
頬をペシペシと叩いて、目を覚まさせる。
「――ここは、どこだ……っぅ!? 頭いてぇ」
「榎本! 鳴神だ、大丈夫か?」
「な、鳴かみ……か? それに神代、先生……俺はいったい今まで何を……」
「覚えてないのか? お前がいきなり元春と和人を異能を使って殴ったって聞いてるが……」
「いや、覚えては……いるんだ。ただ――俺が俺じゃなくなるような、もう一人の俺が俺を飲み込もうとするような感じが……」
「もう一人の榎本? 自分が出演してる映画を見るような感じか……」
「鳴神のたとえは、あながち間違ってない……俺は確かにあの二人を侮蔑の対象として見ていたが、あそこまでする気は全くなかったんだ。まるで、もう一人の俺が俺を閉じ込めて、なり代わろうとされるみたいに、俺は自分の意思で身体を動かさなかった」
「嘘を言っているわけではないみたいですね……」
眼の動き、汗のかき方、緊張の度合い、あらゆる所作を観察して、凛が断言する。
「俺もそう思います。榎本、反天という言葉に聞き覚えはないか?」
「!?」
〝反天〟という言葉に榎本はただならぬ動揺を露わにした。
「その様子だと、知ってるんだな? 誰から聞いた?」
「それは――ぐぅ……っ!?」
「おい! 誰から聞いた!?」
「――思い出せない」
「思い出せない、だって……?」
「思い出そうとすると、頭がっ……」
思い出そうとして、再び痛みを訴える榎本。どうやら、霧で隠されたように靄がかかっているようだ。
「そういえば、顔は思い出せないがこんなことを言っていた気がする――『人為的に反天させてやる』と」
「何? 人為的だと……っ!?」
「その後、あのイヤリングをつけられ、何かを使って洗脳をかけられた……はずだ」
「凛さん、これは早急に対策を練るべきだと思います」
「そうですね、反天は一般的には公表されていない異能に関する極秘事項。もし、他にも反天した異能力者達が作られるとしたら、不味い事に……いえ、確実に良くない事が起きます」
宗士郎と凛の表情に影がかかる。
反天は過去、数度にわたり確認されてきた異能の特殊な形態の事だ。神から授かった異能本来の力が引き出される代わりに理性を失い、異能という暴力を無差別に撒き散らすようになる。
だが、十年前……宗士郎は『反天しかけている』と神族のアリスティアに指摘されたが、その時は異能を所持していなかったし、似ているのは理性を失う事と負の感情が心を満たすという事だけだ。一抹の疑問を覚えつつも、宗士郎は頭を振って忘れる事にする。
秘匿されている訳とは、反天する理由がわからない上に一度反天すると元に戻ったという実例がない為だ。その為、反天し暴走した異能力者を可能な限り、秘密裏に処分し、政府が異能力者の知人を口封じして情報を今まで隠し続けてきたのだ。
「榎本をこんな風にした奴は〝反天〟を元々知っていたのか、偶然知ってしまったのか、今の段階では想像の域を抜け出せないな」
「今、考えても答えは出ないでしょう。今は榎本君を拘束して手当をするべきですね」
「だよな……それだけの事をしでかしたんだ。拘束されるのも当然だ。でもそれなら、尚更今ここで俺を殺すべきだ」
恐怖と覚悟を孕んだ眼で宗士郎を見る榎本。いつ、凛の深層氷結が解け、暴走するかわからない以上、不確定要素を含む亮をこのまま生かしておくのは、命懸けで綱を渡るのに等しいだろう。
「それに、俺を洗脳した奴が情報を漏らしたと知れば、必ず俺を抹殺するだろうさ。情報が漏れた事に気付いた奴は、その〝人為的な反天〟を早めに実行するかもしれない」
「俺達が対策を練って、体制を整える前に打って出られるかもしれない、か……たしかにそうだ。でもな、そんな事はさせねえよ――俺の家族、友達の大切なものに手を出そうものなら、たとえ相手が神であろうとも俺は斬る……」
「!? そ、そうか……鳴神がそこまで言うなんて、手を出そうとした奴は気の毒だな。俺、死ななくて済むかな?」
「そんな事はないですが、気の毒なのは全面的に同意です。さて、私が凍らせた嫌な気配はまだ存在していますが……どうする気なんです、宗士郎君?」
凛が尋ねると宗士郎は返事の代わりに刀剣召喚で刀を創生する。
「簡単なことですよ。凛さんが意識だけを凍らせたように、俺も意識だけを斬る。この刀剣召喚で創った刀でな」
創生した刀を二人に向け、失敗なぞ知るものか! と言わんばかりの自信が宗士郎から溢れ出ている。
「はっ? それはどういう――」
「はぁ……さっきは危ないのどうのと慌ててたくせにこれですよ? 大切な人が絡むといつもこうなんですから……」
「なんだ、それ……意味わかんねえよ。負けたよ……好きにしてくれ」
宗士郎の馬鹿さ――いや、凄さに凛は呆れ、亮は苦笑いを浮かべるのであった。
今日だけ読者開拓の為、夜の0時にもう一話投稿します