第十六話 時間稼ぎ
宗士郎が時間稼ぎをしている一方、みなもは他生徒達を神敵拒絶で守りながら、電話で凛に救援を要請しようとしていた。
「今から神代先生に助けを呼びます! 私の異能で皆を守るから、なるべく私の後ろに固まって!!」
「あ、ハイ!!?」
みなもの鬼気迫る表情に、転入初日の可愛らしい顔しか知らないクラスメイト達は首を縦に振るしかなかった。
「神敵拒絶!!!」
修練場の壁を背にして、前方に光の障壁を展開する。
「あれが桜庭の異能かァ? 随分のイイの持ってるじゃないか! 炎狼の咆哮ァ!!!」
「しまっ!? 桜庭!!! 一点集中で防げっ!?」
至近距離でイヤリングを奪うか、破壊しようとしていた宗士郎には亮の攻撃を防ぐ手立てがなかった。轟ッ! 狼の雄叫びにも似たと凄まじい音とともに、みなものいる方向に爆炎が放たれる。
「っ!」
「きゃあああああっ!!?」
「うわぁああああっ!!?」
クラスメイト達が悲鳴をあげる。
それだけで、みなもは各々が恐怖を感じている事を背中越しにひしひしと伝わってくるのがわかった。
携帯端末を片手に、左手を前に突き出し、みなもは神敵拒絶の光の膜を前方で圧縮分裂させ、複数枚の光壁で迎え撃とうとする。
「くっ……ぅあああぁああっ!!!」
爆炎を前に光壁が一枚、また一枚と光の欠片となって砕けていく。
「桜庭ッ!?」
「ほらほらッ! 余所見すんっな、よっ!!」
「っ……意趣返しってことか……くそっ!?」
「ま、そんなもんだ。桜庭達が死ぬのを目の前で指を咥えて見てなァ!!!」
亮の爆炎に負ければ、クラスメイト達は重症は免れない。みなもはそれ以上の怪我、もしくは瀕死の状態に追いやられることだろう。
亮の猛攻を受けている宗士郎は亮の言葉通り、指を咥えて見ていることしかできない。宗士郎に苦悶の表情が浮かぶ。
(すまない、桜庭っ……。今の俺はそっちに行けそうにない。桜庭が感覚拡張の可能性に気付くしかない……頼む、気付いてくれっ!)
宗士郎はみなもの感覚拡張をまだ練習がいると言っていた。それは未だに異能の可能性が眠っているのと同義だ。
みなもが異能に――自分の可能性に気付かない限り、みなもに勝ち目はない。
(やっぱり、もうダメかなぁ……光壁がどんどん砕かれていってる。ここで死ぬんだな、私。意外と早かったなぁ……まだやりたいことが沢山あったのに……)
みなもは既に諦め掛けていた。
爆炎に光壁が砕かれる度、様々な情景が浮かんでは消える。
〝宗士郎と初めて出会った時のこと〟〝命を狙われた時のこと〟〝自己紹介の時のこと〟〝エルードが現れた時のこと〟
――そして、〝エルードから親子を救った時のこと〟!
(っ! そうだよ――私はあの親子を守った時のように他の人を……友達や家族を守りたい! 諦めたら私だけじゃなく、後ろにいるクラスメイトの皆が死ぬかもしれない!!!)
みなもの瞳に気力が舞い戻る。その瞬間、光壁の向こう側に宗士郎が垣間見えた。
「っ!」
戦闘中の宗士郎の眼からみなもにメッセージが届いた。否、宗士郎の眼から何かを感じ取った。
みなもの頭の中で、再び情景がフラッシュバックする。
〝言い訳をしたら……私は守れなかったことを一生後悔する。だから、教えて! 感覚拡張を! 戦う方法を!〟
(そうか! 感覚拡張……! わかったよ、鳴神君! 私が今すべきことがっ!!!)
みなもは携帯端末をスカートのポケットに入れ、もう片方の手を突き出し、強度を上げる。
それと同時に、残り少ない光壁の一枚に変化をもたらす。
(あの爆炎は既に制御を離れている。ただこちらに飛んできているだけ……だから、光で包んで異次元へと消失させる!)
爆炎によりまた一枚と砕けた。
――残り光壁二枚
自分に最も近い光壁を残して、残り光壁を一瞬だけ圧縮。その刹那、圧縮されて光球となったものを五芒星の形に展開する。
さながら五芒星のように見える神敵拒絶の輝きは爆炎を正面から受け止め、光の中へと内包させる。
(イメージが足りない……!? このままだと崩れるっ……だったら――)
消失させるイメージが足りないと感じたみなもは無我夢中で、力ある言葉を並べる!
「神聖なる光の前に全てを打ち消さん! 五芒聖光!」
言葉を言い終えるやいなや、神敵拒絶の光が増幅し爆炎を呑み込み、光とともに消失した。みなものそれは、ファンタジーの世界によくある『詠唱』のようなものだった。
「はあ……っ……はあっ……やったぁ……!」
「バカなッ!? 俺の最高の技だぞ! それをこうもあっさりと、だとぉ!?」
見事、みなもが爆炎を光へと葬った事により、亮の自信が音を立てて砕け散った。
「っ! 今だぁあああああッ!!!」
亮の動きが目に見えて鈍くなったのを宗士郎は見逃さない。刀身を走らせ、亮の右耳につけられているイヤリングの金具部分を両断する。そのままの斬った遠心力で身体の重心を回転させ、闘氣が乗った右後ろ回し蹴りを叩き込んだ。
「ぐわぁあああああッ!!??」
宗士郎の一撃で吹き飛んだ亮は修練場の壁へと激突し、瓦礫へと埋もれた。
意図的にCOQのスイッチと真逆の方向に吹き飛ばした宗士郎は一足飛びに駆けつけ、スイッチを入れる。
スイッチを入れた瞬間、最大出力に設定したクオリアの籠が修練場全体に展開された。
「桜庭、早く凛さんに救援を!」
「う、うん!」
宗士郎に急かされて、みなもは急いで電話をかける。
数回の発信音の後、すぐに相手は出てくれた。
『――はい、神代です』
「神代先生ですかっ!? 助けてください!?」
『宗士郎君じゃないようですね、その声は――もしかして桜庭さんですか?』
「はい、桜庭 みなもです! 何も言わずに修練場に来てください、お願いしますっ!? みんなが危険なんですっ!!!」
『穏やかじゃないですね……それに宗士郎君が電話をかけずに桜庭さんがかけてくるとは――』
「お、お願いしますっ……助けて……っ、ください……」
鼻をすすり、涙声になるみなも。宗士郎の番号で、みなもが電話をかけてきた事、その相手がただならぬ様子で取り乱していた。この二つの異常性を察してか、凛はすぐに返事を返した。
『――わかりました、三分……いえ、一分でそちらに向かいます。それまで持ち堪えていてください』
「はいっ……ありがとうございますっ」
電話が切るとともに緊張の糸が切れたのか、足から崩れるみなも。崩れると展開していた最後の光壁が光となって消え去る。
「桜庭さん!? 大丈夫?」
「神代先生はどうだって言ってた……?」
心配そうにみなもに駆け寄るクラスメイト達。その顔には恐怖と希望が混ざり合った表情が浮かんでいた。
「っ……来てくれるって……助けてくれるって……!」
「「「「いやったぁあああ!?」」」」
クラスメイト達の表情から恐怖が拭い去り、希望に満ち溢れた表情になった。
(皆の顔からするに、凛さんを呼べたようだな……。さて、あと少しの辛抱だ。それにしても、感覚拡張にもあんな形があるとはな……詠唱、か。桜庭は不思議な奴だな)
みなもの他とは違う感覚拡張の形に驚きをあらわにする。残心をして緊張の糸を緩めないようにする宗士郎。だが、立ち上がってこない亮を見て、まだ何かあると宗士郎の勘が警報をけたたましく鳴らしている。
「鳴神君! 一分っ! 一分で神代先生が来るって!!!」
「了解。桜庭、よく頑張ったな」
涙を拭って、みなもが到着にかかる時間を教えてくれる。平然な顔をしてるが、内心は驚きでいっぱいだった。
(速すぎないか!? 一分? 凛さんがいた職員室から、俺ですら三分はかかったってのに……やっぱり、あの人はあの日、出会った時から凄いな……)
到着した時間と比べて、改めて凛の凄さを実感する宗士郎。昔の凛を知る宗士郎は強さがさらに磨きがかかったのがよくわかった。
「桜庭、まだ神敵拒絶は使えるか? まだ榎本が何をするかわからないから、一応展開しておいてくれ」
「わかっ……た、やってみる……」
先程の爆炎で体力を大きく削られた為か、感覚拡張による強力な神敵拒絶の力は使えないが、基本的な光壁は出せるみなもは力を行使し、光壁を展開する。
「ぐっ、ごふっ……っ……ゲボッゲボッ……」
宗士郎に吹き飛ばされ、瓦礫に埋もれた量が血反吐を吐きながら徐々に立ち上がる。立ち上がれこそすれ、決して無事ではない事を物語っていた。
「ペッ、そうこなくっちゃあなぁ!? やっと、身体が温まってきたぜ」
「いや、お前元々そういう異能だから、温まるも何もないだろう!?」
戦闘の最中、こいつ何言っちゃってるの? と言うようにツッコミを入れてしまう。
「こいつ何言っちゃってるの?」
「ほらぁ、言われちゃってるじゃん!? 桜庭も可哀想だから言ってやるな……!?」
先程までしのぎを削っていたみなもが意趣返しとばかりに発言する。
「じゃあ、享楽の宴の続きをしようぜ……って――ない、ない!? どこにもないぞ!?」
「探し物って、これのことか?」
何かを慌てて探し出す亮に宗士郎は先程、イヤリングの金具を斬り飛ばした際に掠めておいた感覚結晶のイヤリングをチャリッと音を鳴らし、亮に見せる。
「そっ、それを返せッ! それがないと俺は……!? あの方の為にっ……グァアアアアアッ!!??」
「どういうことだ、これが榎本を暴走させている物じゃないのか……!?」
瓦礫を退けて、イヤリングを取り戻そうとする亮だったが、突然発狂して亮の身体から黒い霧が湧き出るようにして出現する。
「これは、もしかして……反天か?」
宗士郎が異能を授かった神――アリスティアが同じ言葉を言っていた記憶がある。言葉としては聞いていたが、それがどのような状態を示すのかはアリスティアに聞かなければ、わからないだろう。
ただ、宗士郎自身が幼い頃に反天しかけたからか、今の亮に自分と同じものを感じた。
「グッ!? グガァアアガアアアッ!!??」
亮の全身が爆炎に包まれる。
それはどんどん肥大化していき、既に半径5メートルはあるほどに膨れ上がっていた。
それからの宗士郎の判断は迅速だった。
「不味い!? 皆、ここから離れろぉおおお!!! 自爆するつもりだ! 桜庭ッ! 皆を神敵拒絶で包んだまま、走れッ! 早くっ!?」
おそらく亮は無意識のうちに我が身もろとも爆発するであろうと予測した宗士郎は、万が一に備えて神敵拒絶を展開させたまま、みなも達を逃がそうとする。
「鳴神君は!?」
クラスメイト達が逃げようとする中、みなもは振り返って立ち止まる。
「俺が何とかする……だから、早く逃げろ」
「でもっ――」
「――早く行けって言ってるだろうがッ!? 死にたいのかッ!!!」
「っ!? ごめん、鳴神君っ……」
しかし激昂した宗士郎に冷や水でもかけられたかのように、冷静になったみなもは涙を流してこの場を離れるのであった。