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第十四話 朝稽古

 




 柚子葉の手料理の物量に負けた数日後の朝。


 日課である朝の鍛錬をするべく、宗士郎は道場に立っていた。ちなみに楓はあの後すぐに、起きてお風呂に入ってすぐに帰った。宗士郎は朝風呂に入ってから道場に足を踏み入れている。


 ――明朝


 鳴神家の道場ではピリピリとした空気が漂う。


 道場の真ん中に立ち、刀剣召喚(ソード・オーダー)による武器の創生を始める宗士郎。その周囲には十人の門下生達が宗士郎を取り囲むようにして、それぞれ木刀を所持して立っている。


刀剣召喚(ソード・オーダー)


 宗士郎が太刀、小刀、曲刀、両刀などを創生し始めると、門下生達は一斉に宗士郎に攻撃を仕掛けた。


 ――坊ちゃんっ! 覚悟ォッ!!

 ――キェエエエイッ!! さっさと退場しろリア充がぁああッ!?

 ――それでお嬢を守れると思ってるんですかいッ!?


 四方八方から木刀をもった上段からの攻撃。あきらかに私怨を持って殺しにきている攻撃を宗士郎はステップを踏みながら、華麗に回避する。


 その間も刀剣召喚(ソード・オーダー)による武器の創生の手を止めない。創り出した武器は異能継続力を引き上げるために空中で待機させる。


 ちなみにお嬢というのは、柚子葉の事である。敬愛と親愛の意味も込めて、道場内ではそう呼ばれている。


(いつもは優しい人達なんだがな――)


 鍛錬で厳しい人達も普段は温和でフレンドリーなのだが……


 〝鍛錬中は己にも相手にも厳格に接しろ!〟


 蒼仁にそう言われているせいなのか、もしくはただただ嫉妬にかられて、「――たとえ、坊ちゃんでもお嬢を幸せにできなければ、さっさとその場所変わっていただきますよ!!」と昔からの付き合いでそう言っているのか……


 おそらく先程の私怨まみれの言動から察するに、後者であろうことは間違いない。


「だがっ!」


 存在を維持していた武器を操作して、門下生それぞれの喉元に寸止めで勢いよく突き付けると、まるで金縛りにでもあったかのように動きを止めた。


「ぐっ、降参です……」


 門下生達が両手を挙げて、負けを認める。


 各々が持っていた木刀を床に置いて座ると、口々に彼らは喋り始める。


「やっぱ坊ちゃんには勝てねぇか〜」


 宗士郎のを〝坊ちゃん〟と呼んだのは、門下生の中で最も強い、『気さくな猛牛』こと牛雄(うしお)さんだ。矛盾した二つ名をつけられ、中年の男性ながらも衰えを知らない身体を持った宗士郎達が生まれる前から門下生だった人だ。


「宗士郎君がチートだからじゃないですかね? 異能で作り出した沢山の武器を巧みに使いこなして、意思だけで操るなんて普通は無理ですよ……」


 溜息を吐いて、先程私怨まみれの攻撃をしてきたこの人は、サラリーマンの伊散(いちる)さんだ。そろそろ三十路を超える、自称年齢イコール彼女を作らなかった歴の彼は、可愛い妹と好き好きコールをしている幼馴染のお姉さんがいる宗士郎に大変嫉妬している。だから、あの言動というわけなのだ。


「だなぁ。異能なんて、十年前に初めて見せてもらった時は武の道にはそんなものは必要ない! と思っていたんだがな……。ここまで凄いと、俺達も欲しくなるわな」


 そして最後のこの男性は牛尾と同じく、宗士郎達が生まれる前から門下生だった『(げん)さん』こと玄十朗(げんじゅうろう)さんだ。そろそろ四十代になる一児のパパさんで、家族を守るべく仕事の合間に道場に通っている。


「そんなことないですよ、玄さん。異能を使えなくても、あらゆる脅威の数だけ守る力の数も違います。権力や暴力、家庭を支えるために働くことだって、守る事に繋がるじゃないですか。異能だけが守る力じゃないんですよ?」

「宗士郎君……」


 魔物が人々を襲うこのご時世。


 異能持たない大人達は自分の子供を守ることができないことに歯痒さを覚えることが多々ある。自分達より若い子達が戦地に立ち、死と隣り合わせで戦っているというのに自分にできることがないのか、と。


 シリアスな雰囲気が漂うが、そのシリアスが一瞬で吹っ飛ぶ。


「だよな! 俺達にできることをすればいいんですよ、玄さん! 例えば上司の靴をレロレロレロって舐める事とかね!」

「お前な!? できる事としなければいけない事を履き違えるんじゃねえよ!?」


 そんな玄十朗を元気づけよう(本人にそんなつもりは微塵もない)とした伊散が玄十朗を怒らせると、取っ組み合いに発展し「くぬぅ!」「ぐぬぬぬぬ……!」と息を荒くしていた。


「すまんな坊ちゃん。いつもの事とはいえ、神聖な道場でこんなことしちまって」

「いえ、たまにはこうやって少々荒っぽいガス抜きも必要でしょうし。いざとなったら俺が止めますよ」


 片手で申し訳なさそうに謝る牛雄。日頃、鍛錬だけしているのではストレスも溜まるというものだ。


「とはいえ、そろそろ止めないと学園に遅れそうだな。でもこのまま放置するのもなあ〜」

「でしたら、俺が――」


 と牛雄が止めに入ろうとしたとき、


「な、鳴神君ぅ〜ん! 柚子葉ちゃんが朝ご飯だって、言ってた……よ?」


 そわそわ入りにくそうにしていたみなもが道場にいた宗士郎を含む門下生達に聞こえる程の声で呼びかけてきた。


 その瞬間、宗士郎と牛尾を除く他の人達の時間が止まる。


「………………」

「あ、あれっ? お邪魔だったかな……?」

「いや、ナイスタイミング……」


 黙った門下生達を見て困惑するみなもに宗士郎が言葉をかける。みなもが来たことにより一時的に争いが止まった。


「そぅ〜しろぅ〜くぅん……?」


 すると突然、伊散がドロリとした低い声で、ヌルリと宗士郎に接近する。


「な、なんです?」

「お、おま……!」

「おま?」

「おま、お前なぁあああああ! 誰だこの薄い紫髪(しはつ)の美少女はぁ!? こんな子、()()まではいなかっただろ!?」


 宗士郎の双肩を掴み、驚愕した様子でぶんぶんと揺らしてくる伊散。昨日というのは昨日の鍛錬の時点で、ということだ。明朝と夕方に鍛錬をするので、明朝は当然として、夕方は宗士郎達が魔物と戦闘していたからいないのは当然である。


「この子は訳あって、昨日からここで居候している桜庭 みなもでっ!? ちょ、離してくださっ――離せぇええ!?」


 あまりにも取り乱した態度の伊散に宗士郎はつい、敬語ではなく素が出てしまった。「ったく、仕方ねえな」と手を離す伊散。息を落ち着かせると宗士郎は話し始める。


「この子は昨日から居候している桜庭 みなもです。訳あってここで居候させてますが、父さんが許可出したので問題ないはずですよ?」

「そうか――」


 説明を聞いて、みなもに視線を向ける伊散。みなもは一瞬困惑したが、何かに気付いたようにハンカチを取り出すと伊散の頬に当てる。


「な、なにを……」

「傷があったので。それに、そんなに怒っていたら疲れませんか?」


 ハンカチを当てられ、伊散が疑問に戸惑うとみなもは気遣うように笑いかけた。


「っ!」


 笑いかけられた伊散は力を失ったように膝から崩れた。そしてハンカチを持った手を取ると、


「君は天使か……」

「えっ?」


 怒りが浄化されたように嬉しそうな顔をする伊散。


「えと、伊散さん?」

「宗士郎君! 俺は歓迎だぞ! いつまでここにいるかは知らないが、たまに見学に来てくれると嬉しい!! なんなら、今からでも構わない!!!」

「ん〜残念ながら学園に行く時間だから、それは無理だな」

「くっそぉおおおう!!?」


 みなものお陰か態度を軟化させる伊散に皆は思った。「こいつ、チョロ過ぎる」と。


「あの、たまになら来てもいいかな……?」

「ああ、いい――」


 宗士郎がいいぞ、と答えようとした時、


「いいよいいよ!! いつでもおいで! もう大歓迎だから!」


 伊散が宗士郎を押し退け、歓迎の意を示す。


「あ゛あ゛ん?」

「ぼ、坊ちゃん! 抑えて……!!」


 苛立ちを露わにする宗士郎に牛雄と玄十朗が諌めにいく。宗士郎は振り返ると、とびっきりの笑顔で笑う。


「大丈夫っ、任せてくれ。牛雄さん、玄さん」


 そう言うと、先程と変わらずにみなもに話しかけている伊散の元に向かう。


(やべぇ……あれはプッツンしてるな。ご愁傷様だ、伊散君――)


 先程まで取っ組み合いをしていた玄十朗に同情される伊散。そして既に背後には、宗士郎が音もなく接近していた。


「それでねっ、俺はこう言ってやったんだよ――」


 舌がよく回る伊散に、流石に面倒だと思ったみなもは苦笑いを浮かべていた。


「あ、あの……そろそろ時間なので、お暇させてくれると嬉しいです……」

「そんなこと言わずに――」

「伊散さん? 流石に迷惑なんで、少し眠っててください」

「えっ――グベッ!?」


 闘氣法による身体強化に加え、足から腰、腰から腕へと溜めた力を伝導させ、伊散の鳩尾に掌底で一撃。その際、宗士郎の闘氣を衝撃波としてぶつけ、全身を激しく揺らす。


 全身が揺らされた事による倦怠感、そして脳震盪に近い状態になった伊散はその場で崩れた。


「はははっ! 相変わらずエグいな。坊ちゃんは」


 牛雄が豪快に笑う。


「ええっ!? あの、えと!? 大丈夫なの!? ぐべぇっ!? とか言ってたけど!」

「大丈夫だよ、お嬢ちゃん。あれでも鍛えているからね。だが、半日は起きないはずだがね! はははっ!」


 流石に武術初心者のみなもから見ても、それが凄まじいことは火を見るよりも明らかだった。牛雄に諭されるも()()と聞いて、さらに心配するみなも。


「よし、じゃあ学園に行くか。牛雄さん、玄さん! 後は頼みます。今日は各自解散! お疲れ様でした!」

「「「「「お疲れ様です!」」」」」


 何事もなかったように宗士郎が指示を出し、門下生達が宗士郎に礼をする。依然、伊散は放置されたままだ。


「まずは柚子葉の朝ご飯だな。桜庭、行くぞ〜」

「う、うん。皆さん、お疲れ様でした!」


 リビングに向かう宗士郎を追いかけるように、みなもは挨拶をした後に小走りでついて行った。





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