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第三話 牙狼族の掟

 




 シノの自宅へ戻り朝食を食べ終えると、宗士郎達は「少し出かけるぞ」というシノの誘いに乗り、村を練り歩く事になった。


「わぁ……!」


 心地良い陽気に感化されたかのように、みなもが辺りを見渡して目を輝かせる。


「牙狼族の家って自然と一体になった感じなんだね〜!」

「まあな。他にも洞穴とかで暮らしてる奴もいるぜ」


 月並みな感想を口にするみなもにシノが補足説明すると、響が笑って口を挟んだ。


「よくそんなに感動できるね、昨日見たばっかなのに」

「ふふん、今の私はさながら海外旅行を楽しむ市民……日本とは異なる景色全てが新鮮に映ってしまうんだ……」

「まぁ、朝と夜じゃ見る風景も違うし理解はできるけど……」


 自然に紛れて立ち並ぶ、竪穴住居に似た家屋。


 建築素材は石材や木材、丈夫な(ツル)や葉など――どうやら全てが自然由来のものであるらしい。


 建てやすさと利便性も兼ねてか、基本的に大樹の根元や水源付近に建てられており、文明レベル的には日本の縄文時代に近いものがある。


「――それで、俺達はどこに向かってるんだ?」


 先導するシノの後ろを歩く宗士郎は周りの風景には目も暮れず、気になっていた事を尋ねた。


「あたしのオヤジ……前族長の元にだよ。今は隠居の身とはいえ、昨日の件もあるしな。報告も兼ねて一応紹介しとこうかと」

「それは助かるが……なるべく急いでもらっていいか?」


 言いながら、宗士郎は視線を左右へ行き来させる。


「なんで……あぁ」


 シノは理由を考えながら辺りを見渡して、得心した。


「おい、(あね)さんと歩いているあの連中、たしか昨日の……」

「ほんとだ。けど、姐さんが敵意を見せないなら大丈夫じゃない? ほら、前に出会ったっていう異世界の人じゃ……」


 異郷の服装が目立つのか、村の人々が警戒の視線を宗士郎達へ向けている。


(昨日のあの様子じゃ、余所者を警戒するのも無理ないか……)


 ふと、昨夜の襲撃が宗士郎の脳裏をよぎる。


 彼等から向けられた過剰なまでの敵意。〝吸血鬼族〟という言葉。


 宗士郎達の来訪以前に、〝吸血鬼族〟による襲撃を度々受けていたと容易に想像できる。また、度重なる襲撃による警戒心から、吸血鬼族と勘違いされたという事も。


「――お前ら、あんま警戒すんじゃねーよ」


 突然、軽快に喋り出したシノが宗士郎の肩を叩く。


「こいつらはあたしの友達(ダチ)で客人だ。敵じゃあない……な?」


 唐突な行動に続いて、顔だけ振り向きウインクしてくるシノ。その意図に気付いた宗士郎は彼女に頷きを返すと、周りに向かって一度頭を下げた。


「昨日は騒がせて悪かった。俺達は(ゲート)の向こう側の人間だ。この村に立ち寄ったのは、友人のブラッドヴォルグ……さんに会う為で、危害を加えに来た訳じゃない」

「そういうこった。昨日その場にいた奴らには教えたんだけど、なにせ夜だったしな。皆への紹介が遅れちまって悪かった」


 堂々とした態度で、シノが説明を終えると、


「――ってことで皆。すまねーけど、他の奴らにも言っといてくれるか?」


 申し訳なさそうに、縦に立てた手刀を顔の前へ掲げた。


 誤解を解く説明にしては軽すぎるのでは――と、懸念していた宗士郎達だったが、


「なんだ、そうだったの?」

「姐さんがダチと認めた人達なら問題ないな!」


 シノをよく知る牙狼族達にはそれで充分だったようで。


 各々が警戒を解き始め、若手を中心とした者達の視線が柔らかくなっていく。心の壁をあっさり取り払ってしまえる姿からは、シノの人望の厚さが窺えるようだ。


「ふん、余所者が……見た所、軟弱者ばかりではないか」

牙狼族(我等)と同等だと思っている奴等の頭は相当おめでたいらしい」


 もっとも、一部の者達からはあまり歓迎されていない様子だったが。


「さ、早いとこ親父に会いに行こうぜ」


 瞬く間に仲間の疑問を払拭したシノが歩みを再開させる。


「ねぇ! さっきから聞きたかったんだけど、普段はどうやって過ごしてるの? やっぱり狩りかな?」

「おい、不躾過ぎるぞ」


 ひょっこり、とシノの肩越しに笑顔を覗かせるみなも。


 見かねた宗士郎は無遠慮に尋ねるみなもを注意するが、その動きをシノが手で制する。


「別にいいって、これくらい。えーと、確か名前は――」

「桜庭 みなも。みなもで良いよっ」

「おう。ミナモの言う通り、基本的には森で狩りをしててな。他にも木の実や野草を採取したりだ」


 途中シノが手を振った方向を、皆で見てみる。


 山の幸一杯の籠を脇下に抱えた女達が、胸の前で小さく手を振り返していた。


「ただ、ウチの連中は頭数が多い。だから川魚を干物にしたり、畑で野菜を育てたりしてるわけ」

「そっかー。自然の恵みが豊富だから、生活の全てが森で完結してるんだね……あっ、だからグランディア王国で見たような文化がないんだ」

「まぁな。牙狼族(あたしら)自体、あまり他種族との交流を好まねぇつーか、弱者との会話を避ける嫌いがあるからさ。気にする連中の事も考えて、交易もしてねーんだ……っと、着いたぜ」


 村人達の包囲を抜けたところで、シノがようやく足を止めた。


 目の前には、一際大きい家屋が鎮座している。それでもすぐには入らず、シノが入り口の前で家主に呼び掛けた。


「おはよう、オヤジ。いるかー? 客人連れてきたぜ」

「…………入れ」


 渋い声が返ってきて、シノは宗士郎達を手招きしてから入り口を(くぐ)った。


 部屋の奥にいたのは、ざんばらな黒髪の牙狼族の男。鋭い眼光を放ち、胡坐をかいている。


「紹介する。あたしのオヤジ、フレガ・ブラッドヴォルグだ」

「フレガだ。まあ立ち話もなんだ、座れ」


 渋さと格好良さを兼ね備えた男――フレガに促され、宗士郎達は彼の対面に腰を下ろした。娘のシノはフレガの隣だ。


「それで客人と言ったか……すると、オマエ達が昨晩の襲撃者か?」

「いや、襲ったのはあたし達の方なんだ。下の奴らが先走っちまってな。駄目だって分かってたのに、あたしもつい頭に血が(のぼ)っちまった……」

「ふむ、()()の仕業に怒りを募らせているからな……」

「皆、改めてすまねーっ!」

「客人達よ、オレからも謝ろう。娘と同胞達が悪かった」


 二度目の謝意を見せるシノに続き、フレガも申し訳なさそうに床に拳をつけ頭を下げた。


「何か事情があるみたいだしな。特に気にしてないから顔を上げてくれ」

「助かる」


 宗士郎が皆を代表して答えると、フレガは顔を上げて微かに笑った。


「それでだ、オヤジ。前に異世界の面白い奴と会ったって話をしたろ? あいつがそうなんだ」

「鳴神 宗士郎だ。恐らくこっちの世界じゃ、昔滅びた人間族って括りになると思う」


 シノに紹介され、宗士郎は軽くを頭を下げてから名乗る。


「ほう……?」


 顎に手を当てたフレガの口元がニヤリと笑った。まるで品定めをするような視線を宗士郎に注いでいる。


「そ、それからーっ!」


 空気が停滞し始めたのを感じてか、シノが明るい声を張り上げ、フレガの正面に躍り出る。


「こっちはナルカミの妹でユズハ、カエデ、ミナモ、ヒビキ……そして、あいつらの協力者で狐人族のマコとワコだ! ナルカミ達は魔神打倒の為に世界を越えてきたんだよ、オヤジ!」


 他の面々も紹介されていき、各々がその場で軽くお辞儀する。


「っ……そうか」

「(あ、あぶねー。危うく、オヤジがナルカミにケンカ売るところだったぜ……)」


 フレガが我に返ったのを見て、シノも額の汗を腕で拭った。族長の座から退いた身とはいえ、フレガもやはり漢。強者との戦いを求めるものなのだろう。


「しかし、にわかには信じ難いな。オマエ達と同じ風貌の者を、十年前に見た事はあるが……」

「望むなら、異世界から――いや、故郷の日本から来た証拠を見せようか?」

「いや、それには及ばない。シノの鼻は本当によく利く。昔から、周囲の異変や悪人の存在には特に敏感でな……村の誰よりも早く気が付くのだ」

「ふぅん……?」


 フレガからの絶対的な信頼を寄せるシノに、疑わしいと思わんばかりのジト目を注ぐ宗士郎。シノは笑って頬を搔き誤魔化す。


「そのシノが警戒すらしない……であれば、少なくともオマエ達は我等牙狼族に仇なす存在ではないのだろう。その事実だけで、オマエ達は信用に値する」

「へー、なんか意外――あっ」

「……ほう?」


 うっかり口を滑らしたみなもが慌てて口をつぐんだ。


 悪い癖だと理解しつつも失言自体は取り消せない。フレガが常時纏う強者の風格に圧倒され、みなもは冷や汗をダラダラ流す。


「ミナモといったか……何が意外なんだ?」

「い、いいいえ!? 別に、『十年前に来た日本の使者を敵視してた割に思ったより理性的なんだな意外~っ!』なんて、全然これっぽっちも思ってませんイエスっ!」


 更なる失言に、室内の空気が凍り付く。


 身内からは呆れと溜息。シノからは同情と申し訳なさ。フレガは表情一つ動かさず無言。早口言葉で言い終えたみなもは微妙な空気に耐えられず、涙目で宗士郎に助けを求めた。


「……俺も、少し意外に思った」


 流石に可哀想に思い、宗士郎は咳払いしてから助け船を出す事にした。


「前に貴方の娘から話を聞いて、牙狼族は荒くれ者の集団で、その中でもあいつだけが異質なのかと思っていたんだが……」

「そうだな……大方その認識で間違っていない。だが今は少し違う」


 そう言って、フレガは優しげな目を隣へ向ける。


「オレ達のささくれた心を、シノが変えてくれた。本当に、感謝しかない」

「オ、オヤジ!? なに客人の前で()(ぱず)ずかしい話してんだよ!」


 顔を紅潮させて、シノが両手をばたばたと振って抗議するが、


「……病で逝ったオレの妻も、草葉の陰で喜んでいる事だろう」

「話を聞け―っ!?」


 必死の抗議もむなしく、フレガがしみじみと頷くので、シノは恥ずかしさのあまり声を荒げた。耳と尻尾が天を突く勢いでピンと反り立っていた。


「シノさんとフレガさんの反応も良いし、他の人達とも仲良くできそうだね?」

「だと良いけどな……」


 耳打ちしてくるみなもの楽観的な考えに、宗士郎は小声で不安を漏らす。宗士郎には一つの懸念があった。


 そう、先程歓迎していなかった者達の存在だ。


「(村にはシノを慕う奴とそうじゃない奴がいるように思えた。後者の連中は俺達の存在を良く思ってないようだし……そんな不安要素を抱えて、どうシノを説得すればいいんだ――)」


 未だにシノの説得方法を決めかねていた、その時だ。


「――随分と楽しそうだな」


 (けん)のある声が玄関の方から聞こえてきた。


 足早に、けれど音を立てずに入ってきたのは、短い黒髪の男。


「吸血鬼族の襲撃で村が混迷しているというのに、よもや余所者を招き入れて談笑とはな……族長としての意識に欠けるようだ」

「ヴォルフ……!」


 不躾な訪問者に対し、シノが鋭い視線を向ける。


「突然押しかけてきて何の用だ。今は客人が来てんだぞ?」

「客人……? フッ、おかしなことを言う」


 だが、ヴォルフと呼ばれた男は宗士郎達を見て、蔑むように笑う。


「牙狼族における客人とは、村の者全てが認める強者のこと。そこの貧弱な余所者など村の子供でも勝てるぞ。――ん?」


 かと思えば、目を細めて首を傾げた。舐め回すような視線で宗士郎達を観察して、


「……貴様達、一体何者だ? 鬼人族に似た雰囲気だが」


 尋ねられた宗士郎は無言を貫いた。宗士郎が何も言わないので、楓達も口を閉じたままだ。


 その態度が気に障ったのかもしれない。ヴォルフは素早く手を伸ばし――


「お、おい!?」

「何者だと聞いている! そんなにこの爪で引き裂かれたいのか?」


 宗士郎の胸倉を掴み上げた。


 シノの怒気が一層強くなり、楓達も一斉に臨戦態勢を取る。


 ――が、次に宗士郎が取った行動を見て、僅かに敵意を緩めることになった。


「牙狼族ってのは、獲物じゃない奴には挨拶もできないのか?」


 冷静に、かつ堂々と言い放つ宗士郎。


 その瞳に映っていたのは、ヴォルフではなくシノだった。ヴォルフの圧をもろともせず、呆れた眼差しを浮かべている。


 シノは顔を横に振った。


「ヴォルフ、その手を離せ。族長命令だ」

「……フン」


 シノに命令されたヴォルフも同様に、別の人物を見た。彼女の父であるフレガだ。彼の反応を窺うよう一瞥した後、不承不承ながらも乱暴に手を離した。


 それに合わせ、楓達も構えを解いていく。


「やれやれ……」


 宗士郎が上着の乱れを直していると、ようやくヴォルフの視線が向いた。


「……ヴォルフ。この村の族長となる筈()()()男だ」

「(だった……?)」


 急な名乗りに、宗士郎は眉をひそめる。同時にシノが息を飲んだ。どちらも気にはなるが、わざわざ会話を止めてまで聞く程の情報ではない。


「俺は鳴神 宗士郎。(ゲート)の先から来た、いわゆる人間族だ」

「人間族……? あぁ、古きに滅びた一族とご同類か」


 一応手を差し出してみる宗士郎。しかし案の定、ヴォルフは差し出された手には目も暮れず、小馬鹿にしたように笑った。


 再び、部屋の空気が重苦しいものとなっていく。


 しかし、そんな空気を払拭しようと立ち上がった者がいた。


「クク、一つ良い事を教えてやろう……奴は人間族の中でもナンバーワンの実力者……だが! 最強の二番手の存在を忘れてもらっちゃ困るぜ……!」


 そう、響だ。ニヒルな笑みを浮かべ、芝居がかった口調で会話に割り込む。


「なに!? 最強のっ……二番手だと??」


 人間族最強の……と聞かされ、ヴォルフの顔が驚愕に歪む。が、すぐさまその目が怪訝そうに細められた。


「そう! 最強の二番手と謳われるのは、この俺! (スーパー)異能力者――沢渡ひび……」

「二番手に興味はない」

「ぐはぁっ!?」


 そして、呆気なく一蹴されてしまった。「語呂悪いね、それ」「正論ね、お疲れ様」と、みなもや楓達に貶さ(慰めら)れ、超異能力者(?)はここに沈んだ。


「――さて、もう一度聞くぞ。ヴォルフ、何のようでここに来たんだ?」


 と、シノが逸れかけていた本来の話題に触れると、ヴォルフは肩を竦めた。


「余所者とフレガさんの家に向かったと聞いてな。報告も兼ねて邪魔する事にした」

「報告……?」

「フレガさんには既に話したかもしれないが――」


 今更何を、と怪訝そうな顔をするシノを尻目に、ヴォルフが語り出す。


「昨晩の騒動……貴様は族長という立場を忘れ、進んで余所者に立ち向かっていったそうじゃないか」

「吸血鬼族を捕らえる為だ。別に忘れた訳じゃねー」

「勇ましいな。一ヶ月前、俺達を(たし)めた時の言葉は嘘だったのか? ええ?」


 シノに思う所でもあるのか、()()()()のこもった笑みを浮かべている。


「言動は支離滅裂、村の監督も行き届いていない。そして何より、族長としての責任感がまるで感じられない。俺が不満を持っているのは、貴様のそういう所だ!」


 更に、シノを睨み付けたヴォルフは大袈裟に溜息を吐いた。


「相手が吸血鬼族でなかったから良いものの、もし争いに発展していたらどうなっていた事か……」


 その言葉に、シノの眉がピクリと反応を示す。


「話を聞くだけじゃ、そうはならねーだろ」


 すかさず、シノは強がるようにヴォルフを睨み返した。


 そういった行動を取るのは、ヴォルフの追及が正しいからか。自覚している部分が少なからずあるからなのか。


 その点を見抜いていたヴォルフは鼻を鳴らして挑発する。


「強がるなんてどうした、おい。身に覚えがあり過ぎて、心が圧し潰されそうか? なら、貴様はその程度の存在だ。常々言っているだろう? お前は(おさ)の器じゃないとな」

「っ、ちょっと言い過ぎ――!」


 みなもや柚子葉、響が止めに入ろうとした時だ。


「やめないか!」

「オ、オヤジ……」


 ピシャリと一喝。


 事の一部始終を無言で傾聴していたフレガが二人の会話に割って入った。


「ヴォルフ。お前がシノをライバル視しているのは承知している。だが五年前のあの日、お前は負けたのだ」

「し、しかし! シノはまだ若く未熟! ならばいっそ俺が……!」

牙狼族(オレ達)は強者に――族長に従う……強者絶対の掟、忘れたとは言わせないぞ」

「くっ……!」


 目を細めたフレガに睨まれ、気を大きくしていたヴォルフは思わずたじろいだ。


 フレガの声量は決して大きい訳ではない。むしろ小さい方だろう。だが、刃の如き声の鋭さと震えるような低音が得も言われぬ迫力を醸し出している。


「ここ最近のお前は少しおかしいぞ。当時、多少はごねても娘を族長として認め、傍で支えていたではないか。以前ほど、族長の座に執着しなくなったと思っていたのだが……オレの勘違いだったか」


 そう語るフレガの顔は思い出を懐かしむようであり、どことなく残念そうでもあった。その瞳に失望の色が混ざっていない事だけは確かだった。


「少し頭を冷やしてこい」

「っ……はい」


 入り口に向かって顎をしゃくるフレガ。


 衝撃を受けたように顔を強張らせたヴォルフはシノを睨み付け、その場を後にした。





「くそ、くそっ……!」


 逃げるようにフレガの家を出たヴォルフ。


 その足は次第に速くなり、地面を荒く踏み締めていく。


「あ、ヴォルフの兄貴。今日の成果はどう……」

「どけっ」


 住処の洞内に辿り着いて早々。苛立ちをぶつけるようにして子分を突き飛ばすと、勢いよく腰を下ろした。


 尻餅をついた子分の男はただただ困惑するばかり。


「ど、どうしたんだよ兄貴。シノの株を落としにいったんじゃ……」

「奴の話はするなっ! 黙って失せろ!!」

「わ、わかったよ。……シノに説き伏せられたのかな? う~ん」


 立て続けに怒鳴られた子分はしきりに首を捻りながら立ち去っていく。


 そんな去り際の呟きが聞えたのか、あるいは先の出来事で頭が一杯だったのか……。


「くっ!」


 軋む程に握られたヴォルフの拳が、地面を深く窪ませた。


「フレガさんは何も分かっていない! あんな奴に族長が務まると思っているのかっ……娘可愛さに目が曇っている!!」


 再度拳を強く打ち付ける。頭に血が上っていて、痛みなどお構いなしだ。


「族長だった頃は誰よりも孤高で強く、物事を冷静に見抜く目を持っていたのに……! いつからだ? いつから俺の憧れは輝きを失ったっ!?」


 胸の奥から込み上げて来るドス黒い感情と共に、ある人物が頭に浮かぶ。


 少年の頃に可愛がった、あどけない少女――。


 次期族長だった自分を完膚なきまでに叩きのめした、最強の女――。


 そして、今もなお族長として不甲斐ない姿を見せる、妬ましくも憎らしい敵――シノ。


「そう、奴だ! 奴がフレガさんを弱くした! 俺から族長の座を奪っただけでは飽き足らず、俺の憧れすらも汚そうというのかっ!」


 そのような思い込み(現実)は、フレガを慕っていたヴォルフには耐え難い苦痛だ。


「今回はフレガさんの顔を立てて退いてやったが……少しずつ、着実に貴様を追い詰めてやる」


 ヴォルフの瞳に狂気の色が滲む。


「あの人の跡を継ぐのは、俺であるべきなんだっ――」


 ふと、頭が脈動したように震えた。


 いつから其処にあったのか、頭頂部に生える極小の赤薔薇。その花弁が根に近い方から、徐々に黄色く染まっていく。


 それはあたかも、ヴォルフの悪感情(養分)を吸い上げるかのように。





シリアスとおふざけを半分で割って、第4章のテーマ「嫉妬」をブレンドした……つもり。


いつもふざけていますが、超異能力者ことロリコン響君もやる時はやります! 多分!


「面白い!」「続きが気になる!」と思って頂けたのなら幸いです。

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