第一話 銀狼との再会
プロローグだけでわかるもんじゃない、この第4章の行く末はな……(某戦闘民族の王子風)
「本当に徒歩で行くつもりか?」
グランディア王国・王都ニルベルンの北門前。
太陽が中天を跨いだ頃。見送りに来ていた国王のティグレと国の重鎮達、そして彼等の子供達に、宗士郎達は別れの挨拶をしていた。
「ああ。馬車を必要とする程、遠くないしな。牙狼族の村までなら、十分歩いていける」
「それならば構わないが……荷物はそれだけか? 随分と軽装だが」
ティグレの視線が宗士郎達の装いに向けられるが、その心配はもっともだ。なにせ、手ぶらに近い状態なのだから。
「心配するな。異空間収納能力持ちの茉心に荷物持ちさせてるから」
「それは良い。どんどん荷物を預けてしまえ」
「お主達、吾輩をパシリか何かだと勘違いしておらぬか?」
宗士郎とティグレの軽快なトークに、茉心がこめかみをピクピクとひくつかせる。
途端、その場にいる茉心以外の全員が笑みを零した。そんな中、宗士郎のズボンが数度強く引っ張られる。
「兄ちゃん、ホントに行っちゃうのか?」
「寂しいぽん。もっといて欲しいよ……」
視線を下げると、そこには重鎮達の子息であるレオーネ達がいた。足に擦り寄る彼女達の頭を優しく撫でながら、宗士郎は朗らかに微笑む。
「復興の手伝いをしていたとはいえ、一ヵ月も長居しちゃったからな。まあ、二度と会えない訳じゃないんだ。そんな顔するな」
「うぅ……」
「そうです、レオーネ! また会いにくればいい話なのです!」
「狐人族の和心……お前っ!」
むふーっと自信ありげに胸を張る和心。
対して宗士郎から離れたレオーネは眉間に皺を寄せて睨み――
「うわぁあああん! 和心、お前やっぱ良い奴だぁ! うちの先祖達が馬鹿でごめんなーっ!」
「良いのですっ……! 私、王国に来られて良かった! 皆大好きなのですよ~っ!」
二人は涙して抱き合った。
グランディア王国と狐人族――他種族間のいざこざなど、純真な子供達にとっては些細な壁でしかなかったようだ。
感極まったフゥーカ達も次々とその輪に混ざっていく。
「復興を手伝い始めてから、ほんと仲良くなったねー」
「挨拶当初は一触即発だったもんねー……親からして見れば、和心ちゃんの成長はかなり嬉しいんじゃないかな?」
復興に尽力していた柚子葉とみなもが頬を緩ませながら、横目で茉心の様子を窺うと、
「うぅおぉぉんっ……! 立派になったのぅ、和心。ますます良い女子になってきたっ……」
「え、泣く程!?」
「無論じゃぁ! なんなら我が子の成長ぶりを大陸各地で吹聴しても構わぬっ!! 否、今すぐ行おう!!」
「そっ、そそそそれはやめて下さいお母さんっ!? 恥ずかし過ぎますしっ、何よりそれで私達の居場所が魔神に知られたら、それこそ末代までの恥でございますぅぅぅぅっ!!」
度を越した親バカは、流石の和心も恥ずかしかったらしい。顔を真っ赤にして、母親のお腹をポカポカと叩き抗議していた。
「クク……いや全く、ワタシも茉心殿にすこぶる同意だな」
「オスカーさん……! もう、お加減はよろしいのですか?」
少し遅れて、王国騎士団団長のオスカーが団欒の場に姿を見せた。
強欲の魔桀将グリィドに氷漬けにされた際の傷が完全には治癒していないらしく、今も副団長のコムギに肩を借りての登場。
当時の状況をその目で見ている楓は、彼の身が未だに気掛かりであった。
「なに、少し身体が鈍いくらいだ。大した事ではない。それより、改めて礼を言わせてくれ。此度の戦争、王国が滅亡せずに済んだのは貴殿達のおかげだ。騎士団を代表して心より感謝する」
「私も副団長としてお礼を言わせて下さい。本当にありがとうございました」
団長のオスカーに続き、コムギもまた深々と頭を下げる。
「あっははは、照れるなぁ! あ、お礼って事なら俺と付き合って下さいコムギさん!」
「えっ、戦争で特に役に立ってなかった人とは、あまりお付き合いしたくは……」
照れながら交際の申し出をしてくる響を、オブラートに包んで断ろうとするコムギ。だがそこで引き下がる響ではない。
「し、しししてたし!? 魔物討伐なら多分ダントツだし!? というかコムギさん、俺の活躍見た事すらなかったでしょう!?」
「ふふ、冗談ですよ。部下から活躍のほどは聞いていますから」
先程までのドン引き顔から一転して、コムギが優しげに笑う。
「え? じゃあ俺と清く美しいお付き合いを!?」
「ああいえ、そちらは結構です」
「ノォウ!?」
絶望して打ちひしがれる響の姿に、再びこの場に笑顔の華が咲いた。皆ひとしきり笑った後、宗士郎は緩んだ顔を引き締め、拳を掲げる。
「それじゃ、仲間探しに行ってくる」
「我等が盟友達よ。牙狼族の説得を終えたら、一度戻ってくるのだぞ。次の行動指針を決めねばならんからな」
「お前は俺の父親かっ……またな」
「王国の皆! ばいば~い!」
「また帰ってくるぜーい!!」
旅立つ者達の足はゆっくりと王都から離れていく。
宗士郎はぶっきらぼうに、みなもは明るく元気に、響は騒がしく、柚子葉と楓は控えめに手を振り、茉心に手を引かれた和心は大泣きしながら別れを惜しんだ。
牙狼族の村までの道中、宗士郎達は魔神の軍勢に滅ぼされた幾つかの村落に立ち寄り黙禱を捧げた。旅の移動手段に馬車を使用しなかったのは、この惨状をしかと目に焼き付けておく為でもあった。
休憩を挟みながら歩みを進めること約五時間。空が夕焼けに染まった頃、ようやく牙狼族のシノと別れた地点までやってきた。
周辺は王都よりも標高が少し高く、南に位置する王都の広い街並みはどうしても小さく見えてしまう。視線を北西に転ずれば、アトラ山脈手前に大きく広がる森林地帯が一望できた。
「あれがアトラ山脈だから……この先に見える森が牙狼族の村、で合ってるんだよな?」
牙狼族に会いに行くとはいえ、宗士郎も村の詳細な位置までは知らない。
以前王国の図書館で各種族や国が存在する場所を調べたものの、牙狼族の住処は大雑把にしか記載されていなかったのである。
この世界の住人である茉心ならば、と宗士郎は期待を込めた眼差しを茉心へ向ける。
「うむ、この先の大森林で間違いない。じゃが、お主の言う牙狼族の姫とやらに大人しく会わせてはくれぬぞ」
「……名乗りを上げて呼んでも駄目か?」
「彼等牙狼族は〝強者絶対〟の種族じゃ。故に、群れの長以外の指図は基本受け付けぬ。恐らく、『姫に何のようじゃゴラァ! いてこましたろかっ!?』と因縁つけられるぞ」
「何そのテンプレみたいな不良」
引き気味に、みなもが言った。
「戦争でも起きそうね。全員倒したら子分にでもなってくれるのかしら?」
「楓さんが言うと説得力が違うな……」
「はぁ? 何よそれ」
不敵に笑った楓が頷く宗士郎へ不満げな視線を注ぐ。
かつて日本で楓に壊滅させられた〝赦謝裏出〟という不良グループがあった事を、宗士郎は思い出していた。
「あ、そういえば、まだ聞いていなかったわねぇ。牙狼族の姫って何? いつ知り合ったの?」
「近い近い怖い怖い」
「確かに。どんな人なの、お兄ちゃん?」
ドスを効かせて詰め寄ってくる楓と純粋な好奇心で尋ねてくる柚子葉。
事前に関係や経緯を説明していなかった事を後悔しながら、宗士郎は観念して語る。
名前はシノ・ブラッドヴォルグで、強い牙狼族であること。王国へ向かう道中に通ったアトラ山脈……その地下ダンジョンで知り合い、魔物相手に共闘したことも。
「それでその時、再会の約束をしたんだ。後、俺達の目的についても話した」
「ふぅん……だから次の目的地が牙狼族の村なのね」
「そ、そうなんです」
未だ見ぬ恋敵(?)に嫉妬していた楓も、その説明で一応は納得できたらしい。それでも鋭い眼差しを緩めるには至らなかったが。
「それに、ただ強いだけじゃなくて、仲間を大事にできる気の良い奴なんだよ」
「それなら確かに、お兄ちゃんとは気が合いそうだね。それで、仲間になってくれるの?」
「……乗り気なのは確かだけど、まだ返事は貰えてない。だから会いに行くんだ」
「協力か拒否か。返事がどちらにせよ、衝突は避けられぬじゃろうな」
素っ気なく言って先に進む茉心に、宗士郎達は幾ばくかの不安を感じつつ歩みを再開させた。
日没と共に森の入り口に辿り着き、牙狼族の住処に足を踏み入れて暫くして――
「……小童、気付いたかの?」
何らかの異変を察知した茉心が宗士郎へ目配せする。
「ああ……ざっと二十人くらいか。自然に紛れていても、殺気がダダ洩れだ」
「茉心、吾輩の後ろに隠れておるのじゃぞ」
「はいでございます」
「殺気? ねえねえ、二人ともどうしたの? 何かいるの?」
茉心と宗士郎の目付きが変わったのを見て、みなもが辺りを見渡し始める。
「(馬鹿っ!? そんな露骨に反応する奴があるか――!!)」
宗士郎がみなもの行動を諫めようとしたが、既に遅い。
ガサッと小さな草木が揺れたかと思うと、周辺の半径十メートル程の茂みから何かが飛び出し、みなもへ襲い掛かった。
「っ、神敵拒絶!?」
一瞬呆気にとられたものの、即座に異能を発現させて襲撃を防ぐみなも。
障壁で弾かれたソレは、ひらりと地面に着地するや否や、殺気のこもった眼差しでみなもを指差す。
「おかしな術を使う怪しい奴め! 貴様ら、やはり吸血鬼族か!」
その者はある意味予想通りともいうべきか、犬に似た耳と尻尾を持つ異種族の男であった。
「いや、私人間……! というか吸血鬼族? 一体何の話なの!?」
「惚けるなッ!」
即座に否定し驚くみなもに、その男はより一層の怒りを見せた。
「大事な家族を何人も何人もっ、無惨に殺しやがってっ……! もう我慢できん! 今こそ我等が同胞の恨み晴らしてやる! ワォオオオオン!!」
男の遠吠えが森一帯を震わせる。
すると、彼と似た姿をした男女が示し合わせたように姿を現し、宗士郎達を取り囲んだ。
「何やら訳ありみたいだな……! 相手は牙狼族だ、可能な限り無傷で無力化するぞ!」
「無茶言うなYO! アイツら、俺達を確殺する気なんだぜ!? 牙狼族の姫とお知り合いなら、なんとかしてくれよ宗士郎!?」
殺意のある相手を手加減して無力化する、というのは存外骨が折れるもの。
難易度の高い要求に、響が他力本願の悪態をつく。
「無茶じゃない! お前も一応鳴神流の門下だろう、がっ!」
飛び掛かってきた牙狼族の男の動きにタイミングを合わせ、宗士郎が鳩尾に一撃。立て続けに、女が繰り出した右手刀突きを半歩出て力を逸らした後、柔術で投げる 飛ばす。
「とまあ、こんな感じだ。やれ」
「できるかーっ!? ――って、おわっ!?」
平然と敵を鎮めた宗士郎を見て地団駄を踏む響を、横合いから牙狼族の跳び蹴りが襲い、怯えるように屈んで躱す。
しかし襲われたのは、みなもや宗士郎、響だけではない。
「ごめんなさい、ちょっと痺れるよ!」
「時間逆進っ――やっ! はぁ!」
柚子葉は異能で相手を感電気絶させ、楓は動きを鈍くした者達の急所に的確に拳を叩き込み意識を刈り取っていく。
「あぁ!? ちょっと力入れ過ぎた!?」
手際よく片付ける二人と違い、手加減を間違えたみなものシールドバッシュが、牙狼族の男を木の幹へ盛大に叩き付けていた。
「全く……少し落ち着かぬか。吾輩達はどう見ても狐人族じゃろうが」
そんな中、明らかに吸血鬼族には見えない茉心も取り囲まれていた。和心を小脇に抱えながら、茉心は最小限の力で牙狼族の攻撃をいなし続ける。
「くっ……少し落ち着けよっ!」
牙狼族を次々と無力化する一方で、襲い来る敵の数は一向に減る気配がない。彼等の目は昼夜問わず連勤したサラリーマンの如く血走っており、その誰もが深い怒りに囚われている。
「聞け! 俺は鳴神 宗士郎! シノ・ブラッドヴォルグから何も聞いてないのか!」
「姐御を呼び捨てにするとはっ……! そんな名前の奴など聞いた事もない!」
「あ、姐御……? いや、姫よりむしろそれらしいか……? っと!?」
姫ではなく姐御。牙狼族達が使うシノの呼称に、驚くと同時に妙にしっくりくる宗士郎。
「(さて、どうしたもんか。いっそのこと、一人突っ切って名前を呼び回るか……?)」
痺れを切らした宗士郎が強行策を実行するべきか悩んでいた時だ。
「――お前ら、どうした!?」
宗士郎の後方。森の深部の方面から、牙狼族の女が駆け付けてくる。
「き、吸血鬼族です。敵は、七人っ……」
「なに!?」
同胞が発した〝吸血鬼族〟という単語に、女は辺りを見渡す。気絶しただけだが、既に十人近くの同胞が地を舐めている。
「っ……、野郎ォ!!」
少し逡巡したのち拳を握ると、女が宗士郎の元へ雷光の如く駆ける。
「ニコラの指示かは知らねーが、もう逃さねえ!」
「!?」
強い気配を感じ取った宗士郎は眼前の牙狼族を素早く蹴り飛ばし、風を切り唸る女の拳を間一髪左手で受け止める。
「っ、お前……!?」
「今日こそ事情を――!」
驚愕に目を見開く宗士郎を叩きのめそうと、女は更に押し込もうと力を込めようとして……
「――聞かせて、もらう……ぞ?」
宗士郎と同様に驚き、目を丸くした。その瞳に映る人物を知って。
「ナル、カミ……?」
「シノ……?」
両者揃って相手の名を呼んだ。
その女は銀髪緑眼の牙狼族――かつてアトラ山脈のダンジョンで宗士郎と共闘した、シノ・ブラッドヴォルグその人であった。
突然襲い掛かってきた牙狼族。再会する牙狼族の姫(通称シノ姫)。
彼女は敵か味方か……! そして、誰にとっての敵で味方なのか! 今後も目が離せない、筈!
「面白い!」「続きが気になる!」と思って頂けたのなら幸いです。
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