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第十三話 鳴神家にて

 




 まどろみの中、空気を伝って香ばしい香りが漂ってくる。


 重い瞼にかかる光の量は少なく、既に日は落ちている。夏が近づき暖かくなったとはいえ、まだ六月の下旬だ。夜は少し冷え込むのか、みなもは無意識に布団を被り直したり、軽めに寝返りを打って体温を上げようとする。


「〜〜んぅ? 」


 寝返りをした所為なのか香ばしい香りと相まって、暗闇から意識が少しずつ浮上してくる。ゆっくりと瞼を開くと、そこには見知らぬ天井があった。


「お、起きたか。おはよう」

「ん〜〜鳴神君……?」


 声がした方に目を向けると、愛刀の『雨音』の手入れをしていた宗士郎が視界に入る。宗士郎は刀身を眺めてから刀を鞘に戻し、再びみなもを見ると「おはよう、良く寝てたな?」と笑う。


「……んぅぅ…………えっ!?」


 みなもはガバッと布団を取って身体を起こすと辺りを見渡す。6畳半の畳に、襖があるので、どうやら和室の一室にいるらしい。


「な、鳴神くぅん!?」

「はい、鳴神です」


 動揺した様子で宗士郎を呼ぶみなもに宗士郎は平然とした様子で返す。見知らぬ場所にいたのだから、動揺するのも当然だろう。


「見た? 見たよね、私の寝顔!?」

「さあ? 俺は刀の手入れをしていて、見てないけどなあ」


 視線を逸らして言う宗士郎にみなもをピンと来た。


 ――見られたのだろう、と。


 刀の手入れをしていたのは間違いないのだろうが、見ていないのならば視線を逸らしたりしないだろう。


「〜〜〜〜〜〜っ!?」


 みなもの顔が絵の具で塗り潰したかのように

 朱色に染まっていく。


(寝顔見られちゃった!? は、恥ずかしいよぉ……その、えと、つまり、無防備な顔を見られてわけで……って、あれ? 私、恥ずかしい所を鳴神君に結構見せてるような? そう思うとあんまり恥ずかしくないような、うん)


 自己鎮火したのかみなもの顔が元の色を取り戻す。宗士郎は「悪いことをしたな」と頬を指で掻きながら言う。


「あら、みなも。起きたのね」


 宗士郎の背後で、いつのまにか開け放たれていた襖の奥には、お茶の入ったコップが載っているお盆を手に楓が立っていた。


「楓さん! どうしてここに?」

「ここは士郎の家で、今日は夕食は頂くことになってるのよ。ついでに言うと、響は途中で帰ったわ。〝せっかく母親が作った料理を食べないわけにはいかないッ!〟って言っていたのよ。相当残念がってたけどね」


 楓は宗士郎の横に正座すると、みなもにコップを渡す。ちなみに響が残念がっていたいたのは、柚子葉の手料理がお世辞なしで美味いからだ。


「楓さん、戻っていたんですね」


 楓を見て「気付かなかったよ」と笑う宗士郎。戻ったという言葉に疑問を覚えたみなもが楓にどういうことなのか聞いた。


「……ちょっと、ね。野暮用よ」


 帰り道に少し用事があるからと楓とは途中で別れたのだが、別れてから約一時間後に帰ってきたのだ。


 時間がかかった理由はわからないが楓と別れる際、宗士郎は妙な視線を感じた。その視線はどうやら宗士郎だけでなく、柚子葉や楓、みなもにも向けられていた。


 なので楓が用事があると言ったとき、宗士郎は周りを警戒しつつ、この場は()()()()()()()楓に任せることにしたのだ。女性に荒事を任せるのはどうかと思うが、並の人間では彼女には勝てないので、よしとする。


「ん? 楓さん、服が汚れて――それに手が少し腫れてる。もしかして誰か殴ったの?」


 楓の手を摩りつつ、心配そうな顔をする宗士郎。大立ち回りをしたのか制服の裾が砂で汚れていた。部屋が汚れるぶんには良かったが、宗士郎は楓のことが心配だった。


「ええ、下衆な視線を向けていた猿どもに制裁を加えただけよ」


 パッと大輪の花を咲かせたように笑う楓に、みなもは少々ゾッとした。笑顔なのに何故か怖い雰囲気を漂わせる当の本人は気にした様子はなかった。


「それならそうと言ってくれれば良かったのに」

「士郎がそこまでする必要ないわ。それに私に下衆な視線を向けるならまだしも、私の大事な()()にも手を出そうとしたんだもの。士郎がキレる前に私がキレるわよ」


 呆れた様に楓が言う。


 ここで言う妹分というのは柚子葉のことだ。


 鳴神家と二条院家は家族ぐるみの付き合いで昔からよく遊んでおり、宗士郎と楓が前を走って、後ろから柚子葉が二人を慕って走ってくるのが日常だった。宗士郎はもちろんのこと、宗士郎の妹である柚子葉も楓は大事に思っていて、実の妹のように可愛がっている。


 そんな柚子葉に下衆な視線でも向けようものなら、宗士郎がもし気付いていたとしても真っ先に楓が元凶を叩きのめすだろう。


「えっと、あの、まだ状況がわかってないんだけど……なんで私、布団で寝てるの? パジャマ? 寝間着?  に着替えさせられてるの?」


 寝起きでまだ意識がはっきりしないのか、コップに入ったお茶を飲み干し、みなもは二人に問いかける。すると、楓は「覚えてないの?」と笑って、説明する。


「みなもはエルードを倒したけど、かなり集中して異能を使ってたのよ。昼前から色々あったみたいだし、心と身体が疲弊していた。おそらく、それが原因で気を失ったと思うわ」


 異能は集中して使うと、自分が思ってもないほど疲労する。普段から使用しているならまだしも、魔物とは縁が少ない地域に住んでいたみなもには少々辛かったようだ。


「それで気を失ったみなもを士郎が抱き抱えて、家に連れてきたのよ」

「わ、私……恥ずかしい所しか見せてないぃ〜!?」


 宗士郎にお姫様抱っこされている自分を想像、いや妄想して、顔を覆うみなも。またもや顔が朱色に染まっている。


「それで疲れて眠ってる桜庭を制服のまま寝かせるのはダメだろうってことで、柚子葉がお客用の寝間着具に着替えさせたんだ。一応言っておくけど、覗いてないからな」


 家に着くなり、柚子葉が「制服のまま寝てしまうと、シワになるし着替えさせて洗濯しておくね!」と宗士郎にみなもを自室まで運ばせ、着替えさせたのだ。その後、眠るみなもが休めるように客間へと運んだというのが今回の経緯だ。


「あとで柚子葉ちゃんにはお礼言っておかないと」


 にへら〜と顔を綻ばせるみなも。その表情に宗士郎は〝異性に見られなくて良かった〟という感情も含まれている気がした。


 経緯の説明が終わり、柚子葉が料理している台所から良い匂い流れてきて、宗士郎の鼻をくすぐる。


 どうやら夕食の頃合いのようだ。


「桜庭、体調が大丈夫そうならご飯食べるか? 夕食は柚子葉の手料理で、味は保証するぞ?」

「ご飯!? 柚子葉ちゃんのっ!?」


 〝ご飯〟という単語を聞くと、みなもは目にも止まらなくはないが、かなりスピードで宗士郎に肉薄する。どうやら〝美味しいご飯〟には目がないらしい。


「んんっ……! 私もちょくちょく食べに来てるけど、かなり美味しいわよ。柚子葉の手料理。私も保証するわ」


 宗士郎に近づき過ぎたみなもに嫉妬した楓がワザとらしい咳払いをして、柚子葉の料理の腕を保証した。楓の咳払いに自分の状況に気付いたのか、みなもが弾かれたように離れる。


「そ、それは楽しみだな〜。私、美味しい物に目がないんですよ〜てへへ」


 本当に楽しみなのか既にヨダレまで出ているみなも。


「あ、夕食といえば……蒼仁さんは今日、食べるのかしら? 今日も山籠り?」

「いや、特には聞いてないな。朝から父さん居なかったし、宗吉さんから桜庭を住まわせることを聞いてたはずだけど……」


 楓が思い出したように宗士郎の父親である蒼仁のことを宗士郎に聞く。


「蒼仁さんって……もしかして、鳴神君のお父さん? 今日から住まわせてもらうわけだし、挨拶したいんだけど」

「そんなに(かしこ)まらなくていいと思うぞ? 宗吉さん――学園長の話だと二つ返事で引き受けたらしいし」


 楓が「たしかにそうねえ。蒼仁さん、私が初めて来たときもそんな感じだったし」と昔のことを思い出す。


 蒼仁は「家が賑やかになる分には構わない」と普段から言っているサバサバした性格で、蒼仁の考えた道場の規則には〝我が道場に来るものは拒まず、去る者は追わず〟という物がある。これはよくある規則だが、蒼仁が決めたコレには多少なりとも意味はある。


「誰かを守るために」、「身体を鍛えたい」などの個人的な理由でも蒼仁は迎え入れ、何か相談事があれば出来る限り相談には乗り、何か他には言えない事情があっても、何も聞かないのだ。それ故か、蒼仁を慕う門下生は多い。


 十年前の地震の際、蒼仁達を手伝ってくれた門下生が多かったのには蒼仁の人徳による所が大きかった。


「とりあえず、会ったら挨拶するってことでいいと思う。気楽に過ごせばいい」

「わかった、そうするね!」


 気にしなくてもいいと言う宗士郎に、みなもは元気よく返事をする。


「兄さーん! ご飯できたよー!」

「ああ、すぐ行く!」


 台所から柚子葉の声が聞こえ、宗士郎は楓とみなもと一緒に食卓へと向かった。


 みなもの歓迎会も兼ねた夕食はそれは大層盛り上がった。普段から柚子葉の料理を食べている宗士郎や楓が驚くほど、豪勢な料理が食卓に並べられており、女子三人が会話に花を咲かせる。


 驚く二人を見て柚子葉が「気合いを入れ過ぎちゃった! えへへ……」と苦笑し、宗士郎が「仕方ないなあ……柚子葉は! あはは!」と笑い飛ばしたのだが――


「――うぷっ、もっ……もう、食えない……だけど、せっかく柚子葉が作ったものをっ、残すわけには……ッ!?」


 結果的に言うと、柚子葉の料理は美味しかった。美味しいご飯には目がないみなもが絶賛するほどに。


 だが、いくらなんでも量が多すぎた。


 食卓いっぱいに広がる数々の料理達。ステーキやハンバーグなどの胃にガツンとくる料理の他、サラダ類などが所狭しと並べられていた。


 だが、だがしかしッ! 決して四人で食べる量ではなかった!!


 柚子葉は程々に食べ、ニコニコと微笑みながら「腕によりをかけましたから、もっと食べてくださいね! おかわりもありますからね!」と宗士郎、楓にだけ効く圧を無意識に放った。


 その所為で、宗士郎は「妹が作ったものを食べ切らねば!」と胃に入る限界を超えながらも、料理を味わいつつ、最終的にはダウン。


 楓も女の子の割にはかなり食べる方ではあるが、「――ごめんね、柚子葉……私もギブ……」と言い、早々にダウン。


 みなもは宗士郎と楓がダウンする中、女子では到底食べれない量の料理をどんどん咀嚼(そしゃく)し、その化け物並の胃袋へと吸い込まれていった。


 二人が唖然とし、みなもを見ると、そんな二人の視線に気付き、「むぐ、ごくんっ! あむっ! しあわしぇ〜っ♪ んっ? どうかしましゅた?」と満面の笑みで返事した。


 みなもの笑顔を見ると、「バ、バカな……?」「みなものお腹はただ一つのサイクロン掃除機と同じなのね……」と言い、宗士郎と楓はそのまま意識を落とした。


 その時のみなもの笑顔は、それはそれは幸せそうな笑顔だった。






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