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エピローグ2 魂の力と竜人姫

エピローグはこれで終了だ!

 




「身体の節々が固い……流石に修行し直さないとな」


 王国が襲撃された日より一週間経った昼下がりのこと。


 城の『大教練場』で、宗士郎は療養中に堅くなっていた身体を丁寧にほぐしていた。辛く厳しい戦いで受けた傷は疾うに癒え、気力もあり余る程に充実しているが、こればかりは仕方がないだろう。


「お兄ちゃん、その時は一緒にしようね? 私も感覚のズレを感じてるし」

「一日練習を休んだら感覚を取り戻すのに苦労するのよね」


 少し離れた所で、念の為に『戦闘服』を着た柚子葉と楓が立っている。二人も宗士郎と同じで、怪我の類は全て完治していた。


「俺なら三日も掛からないぜ!」

「響君は何で張り合ってるの? そんな事は良いから、早く始めようよ鳴神君!」


 柚子葉達とはそう離れていない場所で、同じく『戦闘服』を纏った響が得意げに胸を張る。みなもは響に呆れた視線を向けた後、宗士郎に力の再現を促した。


「そうだな、早速始めよう」


 今日集まったのは、皆で駄弁る為ではない。魔傑将リヴルを圧倒した力を再現する為だ。


 とはいえ、最初から上手くいく訳がない――という事で、楓の提案により見物するなら『戦闘服』を着ようという流れになっていた。


「流石に反天(ブラウマ)して暴走状態になるのは、状況的にも精神的にも無理だよな。あの時の事を思い出しながら手探りでやってくしかないか……楓さん、頼めるか?」


 宗士郎が楓に、カイザルから聞いた情報の開示を求めた。その内容は無論、異能力の深奥に迫るもの事だ。


「時間だけはあったから、頭の中で話は整理できたけど、完全に理解してる訳じゃないわよ?」

「無いよりマシだ」


 もとより、敵から聞いた信憑性の低い情報だ。実際に確かめてみて、再現が不可能ならば、また方法を探せば良いだろう。


「それもそうね」


 楓は肩を竦めて溜息を吐くと異能力の深奥について話し始めた。


「そもそもの話だけど、カイザルが言う異能力の概念は私達の知るモノと大きく異なるようなの。いえ……完成していたパズルの中で、間違っていたピースを正しいものに填め直した、と言ってもいいかもしれないわ」

「それは、記憶――いや、認識の改竄ってことか?」


 楓の言葉から不穏なものを感じ取った宗士郎が声のトーンを一つ下げて言った。


「っ……改竄って、誰に……」

「いやまぁ、単に異能力を隅々まで解析できる技術がウチにはなかっただけかもしれんが」


 その意味を理解できた者は楓の他にみなもぐらいであった。意味深な事を言って怖がらせてしまったみなもを安心させる為に、宗士郎は冗談とばかりに笑いながら言った。


「(でも、仮にそんな事ができるとすれば、俺達に異能力を与えた神様のアリスティア(あいつ)くらいだよな……それにカイザルが別れ際に言っていた、あの言葉――)」


 ――汝に肩入れしている神族の女、はてさてどこまで信用して良いものやら。


「(奴が何であんな事を言ったのか、知ってそうなアリスティアには近い内に喋って貰わないとな)」


 真意はどうであれ、アリスティアとは一度会って話したくなる宗士郎だった。


「誰とか何故とか、今置いておきましょ。話を戻すわね……カイザル曰く、クオリアとは謎の力ではなく〝魂〟から生まれるエネルギーで、自分の魂の本質に基づく力こそが『異能力』という事らしいわ。だから、感覚臓器(クオリア・オーガン)は最初から噓っぱちのようね」

「既にこの時点から理解不能なんですけども」

「響、茶化さないで」


 響が白旗を上げて咎められるも、柚子葉やみなも、加えて説明している楓でさえ深くは理解できていない様子だった。


「〝クオリアは魂を体外に表出させる為の手段に過ぎない〟ともカイザルは言っていたわ。これは、恐らくクオリアを消費して異能力を発現させるプロセスの事だと思うけど……」

「けど、なんだ?」


 中々気になるところで言い淀んだ楓に、宗士郎が身体をほぐす手を止めて尋ねた。


「一つ気になる事があってね。皆、反天(ブラウマ)の効果を知っているでしょう?」

「あんな事があったからこそ、余計に覚えてるさ」

「たしか、メチャクチャ凄い負の感情が原因で理性を失って暴走するんだっけか。その代わりに異能力本来の力が引き出されるっていう自壊現象で…………あー、そういえば、牧原先生も宗士郎と似た感じだったよなー」


 宗士郎が苦々しい表情で吐き捨てると、響が反天(ブラウマ)現象について事細かに口にした。


「完全に暴走を抑え込んだ先生は私達では到底敵わない強力な力を手にした……だけどそれはカイザルに言わせれば、〝消費するだけだった魂の力(クオリア)をコントロールしただけに過ぎなかった〟らしいのよ。消費する筈のクオリアを纏う……ここがイマイチ分からなくてね……」

「うーん、難しく考えすぎじゃないかな?」


 と、そこで優しく微笑んだ柚子葉が口を挟んだ。


「私は直接見てないし、今の説明の半分も分かってない。けど、分からないなら実際に体験したお兄ちゃんに再現してもらうしかないよ。だからお兄ちゃん、頑張って!」

「無理な注文なのは重々承知してるわ。だけど、もう私には案は出せない。お願い、士郎」


 両手をぐっと握り込んではにかむ柚子葉。その横で楓が期待と申し訳なさがない交ぜになった表情で、宗士郎の目を見ていた。


「可愛い妹と大切な人の頼みだ……無理難題なんて、どうにかしてみせるさ……!」


 確かな情報も条件も分かってないこの状況で、柚子葉の期待は誰から見ても無茶が過ぎる。しかし、やはりやるしかないのだ。カイザルや他の魔傑将と渡り合うには、今よりも強い力を必要なのだ。


「むぅ……! 私だって、私だって鳴神君の役にぃ……ギリギリッ!」

「じゃあなんで応援しないの、みなもちゃん……」


 柚子葉はともかく、恋敵(ライバル)との差が離れる一方のみなもが悔しげに歯を擦り合わせる。相も変わらず残念系ヒロインの道を往く彼女に、柚子葉は同情すると同時に呆れもしていた。


「宗士郎ならぜってぇいけるって! なにせ、反天(ブラウマ)したのに、意識を持ったままリヴルやカイザルと戦ったんだからな!」

「んん? 響、お前今なんて言った?」


 響の過度な期待の中に、引っ掛かりを覚えた宗士郎が聞き返す。


「はぁ? あ、いや意識を持ったまま戦ったって……なんか気付いたのか?」


 強くなった時の記憶と感覚を覚えている宗士郎にとって、その引っ掛かりは非常に気になるものだった。すぐさま頷きを返すと見解を述べた。


「ああ。もしかすると、あの時反天(ブラウマ)した俺が何故か理性を保っていた事に関係あるのかもと思ってな」

「暴走した人は大抵が死ぬか理性を失うかのどっちかなんだろ? なら、単純に宗士郎の精神力が基準値を満たしていた、とかなんじゃないか? 〝宗士郎がレベルアップした! 宗士郎は『覚醒』を覚えた〟ってな」

「うーん……でもそれじゃあ反天(ブラウマ)するのが前提の強化になってない? それに、もしそうだとしても他に楽な方法ありそうだけど」


 みなもの指摘はもっともである。


 愛すべき人類に異能力を授けた神族アリスティア。そんな彼女がカイザルと戦う人類の為に、果たしてそんな設計ミスを犯すだろうか。仮に『覚醒』と呼ぶべき状態があるならば、それに至る安全な方法を用意しても不思議ではない。


「なら他にも条件はある、か……少し時間をくれ――」


 宗士郎は眼を瞑り、覚えている限りの状況を想起していく。


「(あの時は確か……リヴルの言葉に惑わされる事なく自分の意志を、信念を表明したんだったか。そうすると、何も気にならなくなって、怒りはあるのに思考は穏やかになって……)」


 全てにおいて冷静、かつ、達観した思考に迷いは無かった。その上で己自身が抱く信念をより明確にした事によって、身体の奥底から湧き上がる力を手にしたのだ。


「(それはまるで、熱を冷ます事で得られる刃の輝きのようで……)」


 視界を遮断し、自身の内側に意識を集中する。


「(どんな相手だろうと何人だろうと敵ならば斬る。それが、あの時(十年前)に俺自身に課した使命であり、守るべき信念――)」


 周囲の音は全く気にならなくなり、暗くて深い心の水底に向かって緩やかに落ちていく。


「(――心の刃になった)」


 深淵へと到達した宗士郎は暗闇の中で一際黒い部分に触れる。直後、常に揺れ動いていた心の波はさざめかなくなり、やがて無となった。


「そ、宗士――むぐ!?」

「しーっ!」


 長らく無言になった親友を不安に思い、響が声を掛ける。が、集中の邪魔はさせまいと楓がその口を手で塞いだ。


「――この身は盾にして、敵を斬り払い討ち斃す必滅の刀……」


 無意識のうちに唱えられていく信念の宣誓。


 周囲が身震いする程に底冷えする声音はまるで空気をも両断する勢いで、


「――今こそ斬滅の時だ」


 全てを言い終えた刹那――、


 ピーンッ――!!


「っ、何これ……!?」

「空気が、急に澄んで……!」


 その場にいたみなも達が一斉に顔をしかめた。それどころか、城内にいた全ての人間がその現象に反応したのかもしれない。


 それ程に、宗士郎から発せられる圧力は尋常ではなかった。


「この感覚、間違いない! あの時の宗士郎から感じたプレッシャーだ!!」

「え、えぇ!? 私には何がなんだか……!」


 そんな中、成功を確信した響が断言した。当時気を失っていた柚子葉には何がなんだか分からない様子だったが。


「はっ、ぁあああああッ――!!」


 内から湧き上がる超越感と絶大なる力。


「(よし、このまま力を引き出して――!!)」


 それらを感じ取った宗士郎が力を高める事に集中し叫び続ける。


 大気が震え、地面には大きな亀裂が幾つも走った。


 そして次第に、宗士郎の周囲に現れ始める黒銀のオーラ。まさしくそれは、リヴルとの戦闘で見せた時の状態だった。


「クッ、ぁあああッ――!?」


 しかし、事は思いの外簡単にはいかないらしく。


 溢れる力の波動はクオリアが四散すると共に消え失せてしまった。堰を切ったように襲い掛かる極度の疲労と激しい動悸に、宗士郎は思わず膝を付いた。


「か、はぁっ……!? っ、はぁっ……!?」

「鳴神君!?」


 心配したみなもが宗士郎に駆け寄った。楓達も一歩出遅れて、みなもに続く。


「はぁっ、くっ、し、失敗したか……皆、すまない」

「謝る必要なんかないわ。さぁ、今は呼吸を落ち着かせて……」


 謝る宗士郎の背中を楓が優しく擦る。その優しさに甘え、宗士郎は地面に腰を下ろした。


「今のが、楓さんの言ってたお兄ちゃんの姿なの?」

「いえ、正確には違うわね。あの時はクオリアを纏った上で服装まで変化したから」

「柚子葉、期待に応えられなくてごめんな」

「うぅん、気にしないで。でも……」


 笑顔を振りまいた柚子葉は辺りを見渡してから、


「これ、どうしよう……? 地面や建物が……」

「あー、……流石に不味い、よな。ティグレに怒られる可能性大だ」


 ようやく動悸が収まった宗士郎も柚子葉の懸念点に納得がいき、苦笑いを浮かべる。


 先の戦いでは王城の被害は少ないとはいえ、既に修復済み。それを宗士郎が壊した形となる訳だ。


「――な、何事だ!!」

「オゥ……」


 見知った者の声を聞き、宗士郎は静かに頭を抱えた。〝口は災いの元〟という言葉を今程実感した事はない。


「お、おうティグレ。ど、どうした」

「どうしたもこうしたもあるか! こ、この惨状は一体、どうしたと言うのだ!!」


 引き攣った顔で応対する宗士郎。


 グランディア王国国王のティグレは怒りと動揺の混じった顔で宗士郎を問い質した。心なしか、体毛が逆立って見えなくもない。完全に、怒る先輩怒られる後輩の図だ。


「ガラント陛下! これには訳があって……!」


 その不憫な様子を見兼ねた楓が二人の間に割って入った。


「ほう、聞かせて貰おうかカエデ殿? 何の理由があって、破壊活動に及んだのかをな」

「これは私達が士郎に頼んでして貰った事で責任は――!」

「待った、楓さん」


 楓が進んで罪を被ろうとしているところを肩を掴んで止める宗士郎。


「頼まれたとはいえ、この惨状を引き起こしたのは俺だ。ティグレ、すまない」


 言い逃れするのは失礼だと思い、宗士郎は潔く非を認めた。


「俺達が強くなる為にどうしても必要な事だったんだ。だが、壊してしまったのも事実だからな。煮るなり焼くなりしてくれ」

「そんなに肝の座った罪人など初めて見たぞ、全く。その理由ならば、オレも怒るに怒れないではないか……」


 ティグレが大きく溜息を吐いた。


「それにしても、だ。オレ達だけでなく魔人族とも()り合える『異能力』という力は凄まじいものがあるな。一体なにをしていたのだ?」

「簡単に説明すると異能力の強化だな――」


 宗士郎は異能力とその成り立ち、新たな解釈を簡略化して伝えた。


「ふむ……にわかには信じられない話だな。あの魔神に一太刀浴びせたとはな……」


 実際、伝聞だけでは到底理解し得ないだろう。その凄絶さは実際に見た者でしか味わえまい。


「――いや、そう驚く事もあるまいて」

「茉心」


 ティグレと話していると建物の影から見守っていたらしい茉心がゆらりと現れた。


「あの時、城で息を殺していた吾輩も知っておる。小童の、大切なものを守りたいという強い思念が伝わってきた。先の試みとて、同じ力強さを感じたぞ」

「それなら成功しても良い筈だろ?」

「おおかた、余計な邪念でも抱いていたのではないか? 例えばそう……強さを求める気持ちとかの」

「強さを求めるのが悪とでも言うのか?」


 宗士郎の問い掛けに茉心は首を横に振った。


「そうは言っておらん。流れに身を任せろと言っておるのだ。己の内側に意識を集中させたままで良かったのだ。さっき述べていた口上も己の深淵に身を投じる為じゃろうが」

「茉心、お前……何か知ってるのか?」


 見ていただけにしては、アドバイスが的を射ていると感じる宗士郎。僅か期待を込めて、茉心の目を見るが、


「何を期待しておる。吾輩は見たままを言っておるだけに過ぎん」

「流石、神天狐様ってところか……はは」


 驚きを通り越して、笑みすら湧いてくる宗士郎。


「それにじゃ。今しがた、見聞きした話を総合すると『異能力』の熟練度に関係しておるのではないか? つまり、そう……お主達流に申すなら、〝魂のれべるが上がった〟……という奴じゃな」

「成熟したかどうかってことか?」


 茉心は満足そうに頷く。手をピースの形に変えて目の上で縦にかざすと周りを見渡した。


「此度の戦いで、皆の魂は輝きを増しておる。小童は特に、の」

「そんな事もわかるのか。もはや何でもありだな。でも助かった。おかげで、光が見えてきたよ」

「礼には及ばん」


 話が良い具合に着地し、練習を再開しようとした時だった。


「――その力の波動、やはりあなたが……」

「ん?」


 城内部へと続く道の上で、黒髪の女が落ち着いた雰囲気の声を上げた。喪服のような着物を着た女は地面に足を滑らせるようにして歩いてきた。


 宗士郎の間合いギリギリで立ち止まった女は、しばらく何をするでもなく静かに佇んでいた。


「「「「っ!?」」」」


 と、女の姿をはっきり視認した楓、柚子葉、みなも、響の四人がその場からすぐさま飛び退いた。各々が持つ異能力を発現させ身構える。


「(誰だ? 特に何の変哲もない服装だが……異質な気配だ)」


 周りが緊張する中、宗士郎は目の前の女をよく観ていた。


「(気になる事があるとすれば、手足に鉄枷が付いていることくらいか……)」


 夜よりも暗く艶やかな黒髪の美人。腰まで伸びている長髪は圧巻と言えよう。


 しかし、宗士郎は目が眩むような美貌を無視する。手足の枷を見た後、素性を問い質す。


「何者だ?」

「まだ分からないご様子。では、これでは如何でしょう?」


 女がそう口にした直後、すぐに変化が現れた。


 二つの角に黒い翼、加えて黒鱗で覆われたトカゲのような尻尾。同時に身体が竦むような、魔力の波動がその場にいる者達に当てられた。


「お兄ちゃん! そいつから離れて!!」


 宗士郎の後ろで切羽詰まった声と共に雷が迸った。その主は言わずもがな柚子葉だが、宗士郎は振り向かずに手だけで制した。


「成程。ただの人間じゃないと思ってたが、お前――禍殃の竜ディザスター・ドラゴンか」

「ようやく気付いて貰えましたか。そうです。あなた方がそう称する存在こそが、このわたくし――竜人族のティナ・エデルスという訳です。その節は、ご迷惑をお掛けしました」


 宗士郎がティナの正体に気付くと、彼女は穏やかな笑みを浮かべて頭を下げた。


「本来ならば、そちらのガラント陛下から紹介して頂く流れだったのですが、先の騒動で置いて行かれてしまいましたので、こうして独りで参った次第です」

「ティグレ……こんな重要人物を置いてくとか、王としての責任はどうなんだ?」

「……面目ない。付いて来いとは言ったのだがな」


 宗士郎が心底呆れた目を向けるとティグレは申し訳なさそうに頭を掻いた。


「ティナ、とか言ったな。さっき迷惑を掛けたって言っていたが、リヴルに操られていた時の事を覚えているのか? 以前、俺と戦ったことも」

「はい……その辺の経緯もお話しします」


 ティグレから視線を外すと、宗士郎は気になっていた事を尋ねると彼女は粛々と事情を語った。


 ティナの話によると、操られたのは二年程前の出来事。見聞を広める目的で一人旅にしていたようで、竜の姿で寝ていたところ、偶然通り掛かったリヴルから洗脳を受けたのだと言う。


 それからこの二年間、リヴルの手駒として敵を殺し続けたようだ。


「洗脳を解いてくれた事、礼を言います。ですが……」


 宗士郎に礼を言ったティナは目を伏せる。


「操られていたとはいえ、大勢の無関係な人達を殺めてしまったこと、それに以前あなたを瀕死に追いやったこと……この身が犯した大罪の数々、全て記憶しています。ですので――」

「っ!」


 次の瞬間、宗士郎はティナがした行動に目を見開いた。


 あろうことか彼女は、その場で跪き首を差し出したのだ。今の彼女にふさわしいとさえ言える、断罪される前の罪人のように。


「何を、している……」

「あなたの手で、わたくしの首を刎ねて下さい。わたくしがしでかした事は到底許されるものではありません。誇り高き竜人族の姫として、そして一人の人間として責任を取らなければ――」

「何をしていると言ってる!!」


 ティナの言葉を宗士郎の怒声が搔き消した。


「誇り高き竜人族の姫? 許される事じゃない? ふざけるな! 操られていた事は仕方のない事だ。だがな、そっちの都合で大勢人を殺しておいて、いざ正気に戻ったから死んで責任を取るだって? なんで……なんでそんなに勝手なんだ! あんたは!」


 自らが犯した罪はその身で(あがな)う事で(みそぎ)とする、その姿勢に。


 宗士郎は心底腹を立てた。怒りの赴くまま、ティナの胸倉を掴む。


「死んで罪の重さから逃げるのは、俺が許さない。あんたはその罪を背負って生きていけ――俺と同じように!」


 大切なものを守る為に悪人を斬り、平穏を守る為に魔物や魔人を斬ってきた。その言葉からは文字通り、屍山血河(しざんけつが)を築いてきた宗士郎の罪の重さが感じられる。


「で、ですが、わたくしはこれ以外に責任の取り方を知らない……」

「あんたが罪の意識を感じているのなら、俺と共に戦え! 魔神を討つ為にその力を貸せ!」


 要求を伝え終わるや否や、宗士郎は胸倉を乱暴に手放した。


 尻餅を突いた彼女の表情は驚きに満ちていた。


「落ち着け、小童。竜人族は古来から皆不器用な者達ばかりなのだ。ふざけておる訳ではない」

「……俺は至って冷静だ。誰よりもこの竜人族を殺したいだろう奴が、何もしてないんだからな」


 茉心に諫められ、宗士郎は大きく息を吐くとティグレを見て言った。


「オレも思うところがない訳ではない。だが、いくら責めたところで何も戻りはしないのも解っている。だからこそオレは、オマエに処遇を委ねようと彼女を連れてきたのだ」

「考える事は同じ、か」

「それでどうする? 今のお前ならば、容易に殺せるだろう」

「言ったろ? 彼女――ティナ・エデルスには、生きて罪を償って貰う。俺達の仲間としてな、良いな?」

「はい……それが、せめてもの罪滅ぼしとなるのならば」


 ティナは宗士郎の言い分に従った。


 誇りを大事とするからこそ、自ら穢した竜人族の名誉は己自身の振る舞いで回復させなければならないのだ。


「分かった。オマエの選択を尊重しよう」


 二人の意思を確認したところで、ティグレは懐から一つの手紙を取り出した。それをティナに手渡す。


「これは……?」

「同盟に関する書状だ。条件や経緯も書いてある。この書状を持って、竜人族の里へと赴き、同胞を説得して貰いたい」

「承知しました。これでも竜人族の姫。竜人族の名誉とわたくしの誇りに賭けて、必ず説得して見せましょう――」


 ティナがそう言った直後、身体が光に包まれた。竜巻が巻き起こった直後、その姿は竜の形態へと変わっていた。


『では、行って参ります』

「――いや待てぃ!」


 そして、そのまま空へ飛び立とうとして、ティグレに止められた。


『他にも何かご用命が? はっ!? まさかわたくしっ、また知らぬ内に罪を……!? くぅ! わたくしはいくつ罪を犯すのか!! かくなる上は竜人族の姫にのみ伝わる秘伝の踊りを――!』

「そこまでしなくとも良い!」


 竜形態で踊り出そうとするティナを見て、宗士郎達は啞然とした。そして、思った。


 ――もしかしてポンコツなのではないか、と。


『で、では……?』

「同盟の使者を同行させるだけだ。少し待っていろ」


 ティグレが一度城の中へと消える。


 その間、その場にはとても気まずい空気が流れていた。


「このラパンサを連れて行け」


 数分もしない内に戻ってきたティグレがティナの背中にメイドのラパンサを放り投げる。


「ラパンサです、よろしくお願いしますね?」

『ティナ・エデルスです。では行きますよ!』


 手短に挨拶を済ませるとティナが翼をはためかせて空へ飛んだ。そうして、一気に加速すると瞬く間に見えなくなってしまう。


「うむ、これで面倒事が一つ潰れたな」


 ティグレが良い仕事をしたとばかりに頷く。


「あのティナって人。どことなく親近感が……」

「類友って奴よ、きっと多分恐らく確実に」

「なんか気が削がれちゃったよ……響君、爆弾一つ頂戴? それでストレス発散するから」

「柚子葉ちゃんのお願いなら断れないぜ! よし、どうせなら派手にいこう!」


 騒ぎの種が消えた事で、みなも達の緊張も解かれる。弛緩した空気のまま、修行をせずに好き勝手し始めてしまう。


「俺達も近い内に他の種族の元に行かないとな」


 共に戦う仲間を探す為に異界(イミタティオ)に訪れて、王国の戦士と戦って、魔傑将と魔神と戦って。


 大きな目的を持ったまま、流れに従って歩んできた道のり。その道は険しく、終着点にはまだまだ及ばないけれども。


「次は知り合いがいる分、少し気が楽だな……シノ、元気にしてるかな?」


 一歩一歩着実に進んでいる事を実感し、次の仲間の顔を思い出す宗士郎だった。





幾度の戦いを乗り越え、新たな力の存在を知った宗士郎。魔神と渡り合うには、まだまだ戦力は足りない。次に引き入れる仲間を思い出し、想いを馳せる。全ては、生きて大切な者達と明日を迎える為に――――。


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3章「グランディア王国編」完結しました! 約一年も長々と申し訳ありません! 書くのを諦めたと思った人もいるのではないでしょうか?


でも残念! 完結するまで続ける所存です!


4章の構想は既に練ってあります。……が、次に送る大賞を書く為、また少し期間が空くと思います。その為、次は書き貯めしようかなと思っています。先に書いて、ちょくちょく投稿の方が皆の心に残るだろうなって。


ひとまず、3章を読んで頂きありがとうございました! 4章をお楽しみに!

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