第二十七話 新たな境地
不定期投稿、申し訳ありませぬ。
「士郎!」
自身の窮地に現れた宗士郎を見て、楓の双眸に希望の色が灯る。
「あいつが来た途端、目の色が変わりやがった。つーこたぁ、あいつがカイザル様の――カカカ! 面白れぇ!」
宗士郎の登場に驚き心を奮わせるグリィド。その矛先は完全に宗士郎へと移っていた。
「気を付けて! この魔人族は相手の能力を奪えるの! 剣技も異能も!」
「お、おまえ! なんつー事を!?」
楓がグリィドの能力を知らない宗士郎に忠告した。
いくら宗士郎でも他人の力を強奪できる敵が相手では分が悪いどころではないと考えたのだろう。
「何かしら? 知られて困る力ではないのでしょう?」
「だからって教えるバカがいるか!?」
「貴方敵でしょうが、よっぽどのバカねー」
「うがああああっ!!」
「…………助け、必要だったかコレ?」
楓とグリィドが繰り広げる寸劇に、救援に来た宗士郎は一瞬で毒気を抜かれ視線を逸らす。
氷漬けのオスカー。距離を離した場所で魔物の集団を叩く騎士団員。姿の見えない仲間達。誰がどう見ても切迫した戦況だと分かる程にこの場は混沌としていた。
「想像以上にヤバい状況らしいな……コムギさん、起きてくれ」
瞬時に状況を把握した宗士郎は突っ伏していたコムギを叩き起こす。
「はぁっ、はぁっ……き、きもぢわるっ」
「吐くならせめて魔人族相手に頼むな……それよりも頼みがある。騎士団に加勢して、さっさとこの場から離脱してくれ」
「……それはまた、何故ですか?」
「コムギさんの言う通りだ。魔傑将らしき敵が複数いる。どうやら半端な戦いじゃ終わりそうにない……」
気分が悪そうだったコムギも事態の大きさに気付いたらしい。ゆっくりと身体を起こすと辺りを見渡してオスカーを視界に入れた後、
「だ、団長!?」
氷塊と化していた騎士団長の姿を見て激しく狼狽した。動揺が収まらない中、コムギは重々しく頷いて、
「悔しいですが、今の私達はただの足手まといのようですね。分かりました……団長共々、早々にこの場を離脱します」
「ああ。ティグレによろしく頼む」
「はい……」
コムギが剣を引き抜き、仲間達の元へ駆けつけようとする。が、少し進んだ所で立ち止まった。
「鳴神殿。この国を護る騎士として客人である貴方がたに、この国の命運を託さねばならない事が何とも歯痒く感じます…………どうか、死なないで」
振り返らず、祈るように呟いたコムギの肩は震えていた。その手で国を守れない悔しさと怒りを胸に。
宗士郎はその気持ちを汲み、絶対に負けはしないという気持ちを言葉に込める。
「死なないさ、カイザルを倒すまではな。後は任せてくれ」
「お願いします、ご武運を」
「ああ。武運を」
奥歯を強く噛み締めたコムギは身を屈めて一気に加速。その勢いで仲間達の元の加勢に向かっていった。
「さて……どうしたものか」
コムギの背中を見送った後、宗士郎は視線を戻した。
楓とグリィドは未だ口論中だ。どうやら楓が意図的に挑発して戦いを引き延ばしているらしい。
「(ここに来るまでに情報は出揃ってる。目の前の魔人族、そして遥か後方に二人。その三人が魔桀将だ。どいつも禍々しい迫力があるからな。介入する気がないなら好都合だ、まずこいつから叩く)」
この場に介入するまでに敵戦力は既に闘氣法『索氣』で把握済みだった。宗士郎は頭の中で優先順位を付け、目の前の魔傑将から排除する事に決めた。
「刀剣召喚」
「!?」
異能の名を呼び、虚空から刀を引き抜く宗士郎。
戦闘の意識に没入した宗士郎の低く重い声が、言い争っていたグリィドの意識を強制的に宗士郎へと向けさせる。
「(な、なんだ!? この、身体が斬り刻まれるような圧迫感は……!)」
「楓さん。戻って柚子葉達の援護を」
「……わかったわ」
宗士郎は楓に戻るよう指示を出した。宗士郎に気を取られていたグリィドは楓の逃走を見逃してしまう。
「行ったか……」
楓が十分に離れたところを見計らって、宗士郎はグリィドに向けて一歩踏み出した。宗士郎から伝わってくる圧迫感に、グリィドは武者震いする身体を抑え込もうと拳を握って笑った。
「カ、カカ……! 面白れぇ! この身体にゾクゾクきてるぞ! 俺は強欲の魔傑将グリィド! お前、名は!」
「剣士、鳴神 宗士郎。いざ参る」
名乗りを上げると同時に宗士郎の歩みが加速する。早歩き、小走りと段階的に速くすると瞬時に全速力で突進を始めた。
正面から突っ込んでくる宗士郎を見るや否や、グリィドがまたもやオスカーの十八番を繰り出さんと剣を構える。
「カカカ! 騎士団長サマの技、お前に避けられるか? ――狂嵐の冰細剣!」
気合一発。腰の捻りを加えた氷撃の刺突が手元から繰り出される。三度瞬き……正面、斜め左右の軌跡を描く。しかし、その必殺技が宗士郎に当たる事はなかった。
「なっ――!?」
技が繰り出された瞬間、宗士郎が前上方の空間に飛んでいたのだ。空を斬っていたグリィドが予期せぬ動きに瞠目し硬直する。
「はぁああああ!」
「がぁはっ!?」
大技からなる大きな隙を見逃さず、宗士郎の右足がグリィドの顔を蹴り飛ばした。剣を手放したグリィドの身体は後方に大きく吹っ飛び、地面に転がった。
「……あ、あの技を避けただと!?」
「さっきの氷像と楓さんの忠告。それにグリィド、お前がその技を叫んだ時点で対処は簡単だった」
頬を押さえて驚くグリィドに、軽やかに着地した宗士郎は懇切丁寧に説明してやる。
「あの人の技は俺と同じ初見殺しだ。だが、技は直線的だからな、避けるのは容易い。一度見た技、それも人から奪っただけの剣技が俺に通用すると思うなよ」
「チィ! 調子に乗るなよ!」
宗士郎の余裕を感じさせる態度が気に食わなかったのだろう。グリィドはすぐさま立ち上がって右手をかざした。
「欲深き強奪者でお前の力を奪ってやるぞ……!」
「さっき、俺はお前の首を刈り取ろうと思えば出来た。なんでそうしなかったか、分かるか?」
「あぁ? いきなり何言ってんだ?」
グリィドの言葉を遮る宗士郎。訝しげに首を傾げるグリィドを警戒しつつも言葉を続ける。
「斬らなかったのは、お前にリヴルとカイザルの居場所を吐いてもらう為だ。他の魔傑将よりかは馬鹿で口が軽そうだからな」
宗士郎の言い分に一瞬呆然としたグリィドだったが、すぐに嘲笑してきた。
「カカカ、聞き出してどうする? リヴルは知らねえが、カイザル様には勝てねえだろうに」
「確かにそうだな、カイザルにはまだ勝てない」
宗士郎は己の実力がカイザルに遠く及ばない事を解っている。
カイザルの配下である魔傑将のアルバラスやリヴルでさえ、相当の苦戦を強いられているのだ。今は神族のアリスティアの言い付け通り、カイザル打倒の仲間を探す事が最優先事項なのだ――――。
「だが、それがお前達を倒さない理由にはならないだろうが!」
頭ではそう考えていても信念に基づく行動理念が宗士郎に剣を取らせる。心臓の鼓動が仲間を守る為戦えと促してくる。
「へっ、いいぜ。なら力づくで聞き出してみな。俺をバカにした事を後悔させてやるぜ」
「ならそうするとするか」
情報を引き出そうと剣気を迸らせる宗士郎が刀を構えた。その時、グリィドは心の中でほくそ笑んでいた。
「(カカカ、すっかりその気って感じだが、お前の負けは既に決まり切っているんだぜ? 欲深き強奪者は技を見てさえすればいつでも奪える。その力、今奪ってやる……!)」
宗士郎が動き出す前にグリィドは宗士郎の使った力を思い出し認識する。そうする事で、欲深き強奪者の発動条件を満たした。
「くらえ! 欲深き――」
そうして、いざ発動しようとした瞬間だった。
「――グリィド、力を引っ込めろ。それはボクの獲物だ」
「ぐぎゃっふ!?」
子供っぽさを残した高い声と共に空から誰かが舞い降りてきた。その小さな影はグリィドを下敷きにしたついでに、その頭を念入りに踏みつけた。
「……まさか、そっちの方から来てくれるとはな」
「やぁ、鳴神 宗士郎、さっきぶり。頭は冷えたかな?」
表面上ではフレンドリーに振る舞っているその者は手櫛で緑髪をかき上げながら、紫色の瞳で宗士郎を射抜く。
肌白く健康的な肉体。ケープ付きの黒緑色の装束を身に纏う姿。加えて先の一件。記憶に鮮烈に焼き付いていた宗士郎は憎たらしげにその人物を睨み付ける。
「それはこっちの台詞だ。いつまで、そのすまし顔をしてるつもりだ――リヴル」
「あの時の事はボクにとって想定外だったよ。まさか君にあんな力があるとは……知らなかった」
傲慢の魔傑将リヴルはいかにも不愉快な顔付きをしていた。自らの主、カイザル・ディザストルの言う通りだった事が気に入らないのだろう。それでも命令故に力を引き出さなければならない二律背反故の苛立ちが見て取れる。
「ならもう一度見てみるか? その恐れている力を」
宗士郎がハッタリを交えて不敵な笑みを浮かべる。
「カイザル様の命令だからね。また、君の仲間を傷付けてでも見させてもらうよ」
「っ……!」
リヴルの纏う雰囲気が一変した。
突然息苦しさが増し、宗士郎の身体に謎の負荷が掛かる。重力の重みとも違う圧迫感は以前リヴルに見つめられた時と同様のもの。しかし、今までのものと段違いの圧力が身体に降りかかっていた。
「(これがっ、奴の本気、なのか……!)」
同時に大気と地面が震撼する。暗かった空模様に黒雲が差し込み、中が朱色に明滅していた。
双方が睨み合いを続ける中、カッと雲が瞬いた瞬間――――。
「さぁ! 存分に屈服させ合おうじゃないか!」
「糞くらえだ! ドS野郎!」
どちらからともなく、二人は闘気を迸らせ激突した。
「アハハ! あの時よりも弱いんじゃないかい……!」
「生憎少し前まで暴走状態だったんでな!」
サディスティックな笑みを浮かべるリヴルの拳が真っ向から宗士郎の刀を受け止める。
刃と素手。普通ならば拮抗する筈のない獲物同士。しかし、何度斬り結んでもリヴルの拳が裂ける事はない。
時に蹴りが飛び交い、時に剣と拳を交える。両者引く事のない回避無用戦闘。顔や腹に攻撃を食らっても、二人の戦闘の士気が崩れる事はなかった。
「そろそろ能力の秘密を明かしてくれてもバチは当たらないんじゃないか……!」
「それは後のお楽しみさ。今はもっと屈服させ合おう!」
「このっ……!?」
刃を掴んだリヴルが自虐じみた声色のまま刀を砕く。得物を失った宗士郎はすぐさま蹴りを食らわせて、距離を離す。その隙に刀剣召喚で新たな得物を創生した。
「……流石だね、と言いたいところだけど。正直、ガッカリだよ」
「なんだと?」
「せっかくキミの持つ力を引き出す為に大軍を用意した挙句、仲間を痛めつけようとしたのに、未だカイザル様の望む結果は得られてないからね」
カイザルの望んでいる結果、というのが宗士郎には不本意だった。しかし、それ以上に今は攻撃が通用していない事に苛立ちを覚えていた。それも手を抜かれた上で手傷を負っている事が何よりも悔しいのだ。
「さっさとあの時みたいに覚醒してくれないかな? 例えば…………そう、仲間のピンチとかでさぁ」
ご都合展開を望むリヴルの嗜虐的な笑みに、宗士郎の心音が早まり、柄を握る手には次第に力が込められていく。
「……俺の力を引き出すが為に王都や近隣の村まで襲ったっていうのか」
「カイザル様の命令は全てにおいて優先される。そこにボク達や他人の意思は関係ないのさ」
「――――」
胸中に渦巻く壮絶な怒りが宗士郎の心を黒く蝕み始める。
赤の他人など、どうなろうと知った事ではない――――宗士郎はみなもの影響でそう考えるのをやめた。だからこそ、自分達に良くしてくれた人々が自身の為に命を散らした事がなによりも悔しく腹立たしい。
「お前ら、絶対に許さないぞ……!」
思考までも黒く染め上がった宗士郎には既にリヴルしか映っていなかった。身体から漏れ出し始めた黒銀のオーラを払うように腕を振るって、リヴルに突撃する。
「ぐっ!? な、なに……!」
「うぉおおおああああああっ!!!」
リヴルも目を見張る剣技にリヴルの動きが段々と守りに転じ始める。宗士郎は更にその守りを崩そうと鬼神の如き連撃を叩き込もうとする。
「くっ!? これは、思った以上に……!」
「鳴神流剣術奥伝――『連貫』ッ!」
超速の三連刺突がガードの崩れたリヴルを襲う。
「チッ! 頭が高い、頭を垂れよ!!」
「ぐうっ!?」
その刹那、リヴルの紫色の眼が妖しげな光を放った。凄まじい圧が宗士郎の斬撃を中断させ弾き飛ばす。
「そんなものが俺に効くと思うのかッ」
「君に効くとは思っていないさ、君にはね」
この時、宗士郎は精神的に盲目となっていた。いつもの如く冷静に判断を下してさえいれば、今起こっている異変に気付けただろう。
「――でも他の奴ならどうかな?」
リヴルが不気味なまでの嘲笑を浮かべた直後だった。
「なに……? がぁっ!?」
凄まじい雷撃が宗士郎の背後から襲い掛かってきたのだ。
「ぐぁあああああッ!!?」
駆け巡る電流に四肢を虐め抜かれた宗士郎が力なく倒れる。
幸いにもバリアジャケットの役割を果たす『戦闘服』が致命傷を防ぎ、少しの火傷に留めていた。しかしそれは致命傷に至らなかっただけで、痛みが打ち消された訳ではない。途方もない激痛が宗士郎の意識を混濁とさせる。
状況を把握しようと無意識に背後を振り返った。
「こ、れは……っ」
瞳に飛び込んできたのは酷く心を揺さぶり、胸を抉る光景だった。本来ならば絶対に有り得ない。何故なら彼女は宗士郎の妹にして仲間なのだから。
「ゆず、は……?」
「――――」
そこには酷く虚な眼をした柚子葉が立っていた。その身に電気を纏って。
「なにが、どうなっ――ぐぁあああッ!?」
何の前触れもなく地面が爆発した。柚子葉に気を取られていた宗士郎が派手に吹っ飛び無様に転がる。
「つぎ、は……爆発だと? まさか……っ、こ、これは……!?」
またしても致命傷には程遠い一撃に、宗士郎は誰によるものか理解しかけていた。だが、答えを出すより前に火傷や裂傷といった傷が根こそぎ元に戻った。
痛みこそ潜在的に残っているものの、傷は怪我をする前の時間に戻したように治っていた。本来気付ける筈のないその現象を目撃できたのは、単に幸運だっただけなのかもしれない。
そして、ちっぽけな幸運が舞い降りたとなれば、釣り合いが取れるような不幸が訪れるというもので。
「楓、さん……響っ……」
嫌な予感で胸がバクバクと大きく波打つ中、宗士郎は藁にも縋る気持ちで大事な人達の名を呼んだ。しかし、返ってきたのは静寂だけ。理由は気付けば傍らに立っていた二人の顔色を窺えばすぐに分かった。
「嘘、だろ…………」
響と楓。大切な友と女性も柚子葉と同様の顔付きをしていた。
「これは、いったいどういう事……なの? 何故、二条院殿達が鳴神殿を……?」
既に魔物との戦闘が終わり、退散するところだったのだろう。その歪な光景にコムギ達騎士団の面々も思わず足を止め、驚愕の表情を浮かべていた。
「お前っ……俺の仲間に、何をしたァ……!」
「君には、まだボクが傲慢の魔傑将と呼ばれる所以を語った事はなかったね」
リヴルの足元に転がった宗士郎が頭上のリヴルを睨み付けた。負け犬のように這いつくばる宗士郎の姿に、リヴルは薄ら笑いを浮かべて目元に手をかざす。
「固有魔法――強制支配の魔眼。ボクの眼は視界に入るあらゆる生物を屈服させる事ができる。ボクの性質とこの力が、ボクが傲慢の魔傑将と呼ばれる所以さ」
「アイズオブ、ヒュブリス、だと……!?」
「ボクに逆らおうなんて馬鹿な事をしなければ、こんな事にはならなかったのにね。ボクに逆らう事は即ちカイザル様に盾突く事だっていうのにっ」
リヴルが宗士郎の頭を踏み付ける。見下すように顔を後ろに逸らし、薄ら笑いを浮かべていた。
「そう、かっ……その思い上がりがその力の所以って事か……お前にお似合いの力だ、ははっ」
「くっ、ボクを嗤うな!」
明らかに馬鹿にした物言いで蔑む宗士郎を蹴り飛ばすリヴル。プライドを刺激され、目が血走っている。
「カイザル様以外、このボクを嘲笑う事なんて許さない!! 君みたいな雑魚はボクが相手するまでもない! 君の仲間達がお似合いだ!」
煮えたぎるような怒りに呼応するように楓達が宗士郎を取り囲む。
「死にたくなければ、足掻け! 苦しめ! 仲間をも斬り殺せェエエエエエッ!!!」
「くそぉ……ッ!」
地べたに這いつくばりながら、宗士郎は悔しさをぶつけるように地面の土を握り込んだ。
「(畜生……桜庭の奴、これを予見してたっていうのか? こんなものを見せられて絶対に怒るなだって? そんなの絶対無理だろうが……!)」
咄嗟にみなもの忠言を思い出す。しかし、その言葉を守る事は中々に難しい。宗士郎が最も大事とする仲間が敵の手に落ちているのだから。
「(仲間を操られて怒らない方が正しいのか? 違うだろ……俺の身を案じているのは分かる。だが! 大切な仲間の尊厳を傷付けられてもなお、怒りを堪えるなんて事は、人間としての矜持を失った恥ずべき行いだろうが!)」
「はははっ! いいね、もっとだ! もっと怒れ! 鳴神 宗士郎!」
「リヴルゥゥゥゥッ――!!」
宗士郎の怒りに呼応して、身体から更に濁った黒銀のオーラが溢れ出す。もはや、宗士郎という存在を満たすのは怒りそのものだ。リヴルに向けられる憎悪の感情がオーラに表れている。
「――ったく、相変わらず雑な対応だぜ。望んだ通りの展開になったかよ、カイザル様?」
リヴルに足蹴にされ放置されていたグリィドが傍らに立った存在を見やる。
「良い兆候だな。だが――」
カイザルが深淵を覗くように宗士郎を見つめて、溜息を吐く。
「あれでは我が望んだ結果にはならぬな。激情は力を生むが、あれでは力の前借りだ。本当の力とは魂から生まれ出ずるという事を、奴は理解しておらぬ」
「あん? ただあいつの怒りを煽れば良いって訳じゃねえのか? 訳が分からん」
「そりゃそうよ。私にも分かんないだから、バカのアンタに分かる訳ないでしょう」
「おう、喧嘩なら買うぞロゼット」
そう言ってグリィドを小馬鹿にしたのは、魔傑将の一人ロゼットだ。傍らには、相も変わらずびくびくしているラースが立っている。
「あいつ、なんか様子が変だよ……? 嫌な感じがする」
「…………」
ラースの言葉は宗士郎の状態を的確に言い表していた。されど、それは真実ではない。カイザルは宗士郎に起こりつつある変化にただ耳を澄ませていた。
「殺してやるっ……リヴル! ――ッ!?」
宗士郎がリヴルに斬りかかろうとして、その動きをビタッと止めた。理由は仲間が立ち塞がったからに他ならなかった。
「か、えでさん……ッ」
「君にはできないよねえ! 大切な仲間を手に掛けるなんてことはさぁ?」
「ッく、そぉ……!?」
辛うじて残っていた理性をフル稼働して、宗士郎は刃を楓の首筋寸前で止めていた。間髪入れずに足元が爆裂し、宗士郎の身体が何度も地面をバウンドして転がった。
「(できないっ――大切な人達を斬るなんて事、俺には……っ)」
愛すべき妹の力が身体を感電させられ、大切な女性の力が傷を戻し、親友の力が爆撃による激痛を与えてくる。仲間に危害を加える事もできず、宗士郎はただただ無抵抗に嬲られ続けた。
そうして、宗士郎は痛めつけられる中、ある真理に至っていた。
「(あの時のように、怒って暴走した所でどうにもならない――何も守れない――俺の理性もいつコレに飲み込まれるかも分からない――だからこそ、無駄なんだ――この怒りも反天して得た力も何もかも――――)」
慣れる筈のないこの状況にもいつしか諦めのようなものが生じていた。怒りや憎しみはより大きな力を生む。しかし、そういった感情はいつの世も自身を縛り付ける。
その事を宗士郎は悟った。
「これは、オーラが引っ込み始めている?」
リヴルが宗士郎の様子を観察しているとオーラの流れに変化が生じていた。
依然として宗士郎の周りには莫大なオーラが存在していたが、その勢いは緩まっていた。しかし、小さくなっていくオーラとは裏腹に、周辺の大気がビリビリと震動していた。
ただならぬ空気に、リヴルは確かめるように宗士郎に尋ねる。
「どうして抵抗しない? 何故、今の力で仲間を倒さない?」
「……大切な仲間を殺せる訳が、ない」
「はっ、よく言うよ。本当は仲間なんて信頼していない癖に――いや、ある意味では信頼しているのかな? ねえ君もそう思うだろう?」
「はい……リヴル様」
失笑するリヴルが柚子葉の顎を撫でると柚子葉が無機質な顔でそう答える。しかし、その行為ですらも宗士郎は達観したように見過ごしていた。
「仲間は大切、だから守る。仲間が持つ力を信じずに……君の傲りはそこだよ。守った気になって、君が一番仲間を信頼していなかったんだ」
リヴルが突き付ける様に宗士郎の闇を暴く。だが、その言葉は真の意味で宗士郎に届いてはいなかった。
「お前の術中に皆が掛かったのは俺の所為だ。力がなかったからお前から守れなかった。いや、そう思う事すらも俺の傲りなんだろう。今更、自分の力の無さを嘆いたり、激しい怒りを抱いたところで皆は戻ってこない……」
「何を、言っている?」
敵であるリヴルを前にして、ゆらりと宗士郎が立ち尽くす。だらりと脱力したように手を降ろし、夜天を見上げては深く息を吸っている。
「あの時、俺は誓ったんだ。絶対に仲間を守ってみせるって……その為には、どんな奴が相手だろうと何人だろうと斬り伏せる。…………この身は盾にして、敵を斬り払い討ち斃す必滅の刀――」
宗士郎は自身の奥底に潜り込むかの如く眼を瞑り、
「――今こそ斬滅の時だ」
眼を見開いた瞬間――――!
ピーン――――と、研ぎ澄まされるかのように大気の揺れが純粋なる無へと還った。
その場の誰もが一瞬顔をしかめた。静謐過ぎて逆に耳が痛いと思う程の静けさが戦場を支配していたが故に。空に漂っていた黒雲も何かが通り過ぎたかのように、真っ二つに割れて満天の夜空が顔を見せている。
「な、なんだ……何が起こっている……!? 空気が…………!!」
宗士郎の身に起きた変化にリヴルの身体は無意識に震えていた。
白髪がかった黒髪は更に白銀に染まり、濁っていたオーラは純粋な色を取り戻し、まるで日本刀のような輝きを放っていた。
そして、軍服だった外見も変化していた。膝までの灰色の袴に和洋折衷の白い上着、その上に夜のように澄んだ黒い羽織を纏っている。それはまるで、剣士であろうとする宗士郎の潜在意識が表層に現れたかのような気高い姿であった。
「くっ……み、認めてなるものか! ちょっと髪の色が変わったくらいで良い気になるなッ!」
宗士郎の余裕の表情が気に入らず、直接宗士郎を攻撃しようと躍起になるリヴル。宗士郎は微動だにせず、その拳を真っ向から待ち受けた。
「――斬祓霊魂」
自然と喉元を過ぎた言葉が産声を上げる。瞬間、黒銀のオーラが刹那の反応を見せたかと思えば、何かが宙を舞っていた。
「は?」
ボトリと、遅れて何かが落ちる音。宗士郎はその場から一歩も動いてはいなかった。
「な、なにが……おこ、って――は?」
そうして、リヴルは気付く。
右肘から先の感覚がない事に。自分に何が起こったのか、その可能性を否定できず、リヴルはゆっくりと右肩から下を見た。
「ボクのうで、腕が……ない、ナイ、ナイない無いナイぃいいい!? ぐぁあああああああああっ!!!」
その事実を痛感すると共に、腕からおびただしい量の血が噴き出した。発狂し、右肩を押さえては地べたを転げ回った。
醜態を晒すリヴルに向かって、宗士郎は曇りなき眼で告げる。
「仲間を救い出し、お前を斬滅する。さぁ、決着をつけよう」
激しい怒りによって再び発生した『反天現象』。宗士郎は戦いの中である境地へと辿り着いた。怒りも憎しみも胸に抱いたところで現状は変わらない。余計な感情全てを心から除いて至れる、その力とは――――。
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