第二十六話 愚かな思い違い
またしても期間が空いてしまい、申し訳ございません! やる事が増えてきているので、不定期連載になりそうです(泣)。
負傷した騎士達が宗士郎の『乖在転』で王都の結界内部へと送り届けられた後――――。
「鳴神殿はこれからどうするおつもりで?」
外壁の外側に独り残った副団長のコムギが緑色の液体が入った小瓶片手に尋ねてきたのに対し、宗士郎はさも当然とばかりに肩をすくめる。
「勿論、他の場所へ救援に行く。コムギさんはなんで残った? 俺達と似たように魔力が尽きたら魔剣を使えないって聞いてるぞ」
宗士郎が何の気遣いも見せず、〝今のあんたでは戦力にはならない〟とそれとなく伝える。
平時ならばいざ知らず、生憎と今は戦時。力を十全に振るえない者が共に肩を並べて戦うなど、相方からしてみれば迷惑極まりない。
「ええ、その通りです。先程、王都に戻った時に少し待って頂いたでしょう? あの時、実家から魔力ポーションを幾つか持って来たのです」
そう言ってコムギが即座に一本飲み干し、続けてポーチに入れていた残りの二本も順に胃に収めていく。
宗士郎は以前、王立図書館にて異界の情報を把握する一環として、『魔法の概念』についても調べている。その為、『魔力ポーション』の用途や待たされた意図を察する事はさして難しい事ではなかった。
「これで、ある程度は魔力が回復しました。ですので、多少の戦力にはなれるでしょう」
「本当は撤退させるつもりだったんだが……コムギさん、存外頑固だな」
綺麗な直角お辞儀に果ては土下座までする勢いのコムギに宗士郎は苦笑いする他ない。
「妹を助けて貰い、その上私どもの命を救って頂いたのです。安全な場所でのうのうと戦友の帰りを待つような恥知らずにはなりたくありません。どうかっ……」
コムギが深々と頭を下げる。その慇懃さたるや、年下である筈の宗士郎が思わず仰け反る程だ。
コムギの言葉には、騎士の誇りや自己犠牲のような意味合いは含まれていなかった。ただただ仲間の想う誠実さが伝わってくる。
これ以上の問答は不要と判断し、宗士郎は諸手を上げた。
「降参だ、その義理堅さには負けたよ……道案内は任せてもいいか? と言っても、迷う程の道じゃないが」
「もちろんです! 私に付いて来て下さい!」
了解を得られたコムギの尻尾が感情の機微に反応してフリフリと揺れる。その後、コムギは忠犬さながらの動きで案内を開始した。宗士郎もコムギの後に続いて、外壁周りを時計回りに追走し始める。
王都ニルベルンの敷地は広大だ。王都中心部から外壁までの距離は徒歩で計測するならば、有に四時間以上は掛かる。
言わずもがな、半径と同様に外周も長く目的地まではかなりの時間を要する。長い移動の間、無言なのは余りに無益。だからこそ、宗士郎は情報を共有して貰う為に話題を振る。
「北門付近には誰がいる?」
「団長率いる精鋭部隊と二条院殿達の筈です。最初こそ一丸となって防衛できていましたが、魔人族の一人に部隊を分断されてしまい……」
「で、さっきの状況になったって訳か。その魔人族ってのはまさか――」
「……鳴神殿、そのまさかです」
「あのちんちくりん……傲慢の魔傑将リヴルか」
宗士郎の返答を予想していたのか、コムギの口元が苛立ちを隠せていない。『魔傑将』と聞いて即座に思い出した人物の特徴と名前を挙げる宗士郎だったが――――。
「いえ、あまり背は低くありませんでした。それに、一人ではありませんでしたし……」
「何!?」
否定から入ったコムギの言葉。付け加えられる更なる情報。リヴルへのリベンジに燃えていた宗士郎の顔が驚愕と怖気で歪んだ。
「私が見たのは男二人に女一人。どの相手も身体中から禍々しい魔力を放っていました」
「くそっ……厄介だな」
突き付けられた現実を前に今最も優先するべき事項。
それは厄介な力を持つ魔傑将三人を相手にどう立ち回るべきかだ。相手が一人ならば、まだやりようはあるが、コムギ達が敗北寸前だったように、一刻も早く駆け付けなければ最悪の事態もあり得る。
「(ひとまず、派手な技でわざと敵の注意を引くしかない、か……その後は、全員で協力して魔物を殲滅して、それから――)」
宗士郎は計画と言うには安易過ぎる対策を頭に思い描く。方針が固まった為、宗士郎は闘氣法による強化を全身に施したのち、コムギに簡素な断りを入れる。
「……コムギさん。ちょっと失礼」
「うひゃぁ!? い、いきなり何をするんですか!」
先行するコムギの速力に合わせた宗士郎がコムギを布団のように肩に担ぐ。
「コムギさんの言う通りなら、急がないと後の祭りになりかねない。悪いが、しばらくこのままでいてもらうぞ」
「や、やべてくだはぃっ……出ちゃう! 出ちゃいますからぁ!」
跳ねるように走る宗士郎にコムギの抗議が届く。地面を蹴り出す瞬間にのみ脚部に対する強化の度合いを上げる事で爆発的な加速を実現している為、彼女の言わんとする事は実に明快だ。
「激しい戦闘になるだろうから今吐くもの吐き出した方が楽かもしれないぞ」
「い、いやれふっ……楽になりたくありませんっ」
「吐いた後の事を気にしてるなら大丈夫だ。ちゃんと再利用するから」
「いったいどう再利用すると!? 降ろしてくださいぃいいい~!」
吐しゃ物を敵にぶちまけようと考えていた宗士郎の言葉を深読みし、ジッタバッタするコムギ。そんな彼女を決して落とさぬように、宗士郎はコムギを担ぐ腕に力を込めるのだった。
王都ニルベルン北門前――――。
敵である魔人族に分断された王国騎士団の精鋭と楓達は、敵の圧倒的物量を前に辛酸を舐めていた。
「はぁっ、はぁっ……これじゃキリがないよ」
『戦闘服』を着用し、雷心嵐牙にて魔物を焼き殺していた柚子葉の肩が上下に動く。他の者と比べ、既に数百もの魔物を倒してきた柚子葉だったが、数の有利は依然として魔人族側にある。
真夜中の戦闘故に睡眠不足からくる疲労が少々面倒なものの、外壁周辺から照らされる灯りがある為、問題なく戦えるのは大きいだろう。
「柚子葉は少し休んでいなさい。私とこの馬鹿がその倍は働くから」
後ろにいる柚子葉にそう言い渡すと、含み笑いを浮かべた楓が響の横腹を小突く。
「もう少し労わってくれても良くない? でも、確かに柚子葉ちゃんの火力はこの先絶対必要だから、俺達に任せて休んでなって!」
『戦闘服』である軍服をそれぞれ纏う三人。
軽口を叩ける程度には余裕があるものの、各々が持つクオリアの残量は既に総量の半分を切っていた。敵が少数ならば、出し惜しみせず高威力の技を連発して敵本体を叩くべきなのだが、生憎と戦力差は歴然としている。
魔物が想像以上に手強い事に加え、魔傑将らしき人物達が後に控えている為、楓達は消耗戦を強いられていた。
「奴等の余裕面、気に食わないわね」
「生ゴミ爆弾はどうだろう」
「堆肥で十分でしょ」
「真剣な顔で何をぶつけるか話し合うの止してよ」
舌打ちする楓に呼吸するように響が提案する。柚子葉が二人の会話にげんなりした様子で溜息を吐いた。
「だけど、行き詰っているのも確かよ。私達以上にオスカー殿の戦力差が不味いわ」
現在、楓達三人は数百以上の魔物に囲まれている。それに対し、魔人族三名及び二百体前後の魔物と戦闘中の騎士団長オスカーが率いる部隊は死傷者を含めず数えると百人程度といったところ。
いくら精鋭とはいえ、部隊の中で魔法を扱えるのはオスカーを含めて片手で数えられる程だと聞き及んでいた楓はどう立ち回るべきか急ぎ考える。
「いっその事、俺が何度か滅竜砲で敵を薙ぎ払って、オスカーさんの方に向かうか?」
「私は反対。響君のそれはエネルギー消費が激しいし、それで巻き込んだら申し訳が立たなくなるよ」
「さっさと片付けた方が良いと思ったんだけどなぁ」
「それが出来れば苦労しないわよ……」
溜息を吐きつつも楓はあたかも子供を後ろで見守るかのような立ち位置で周囲を観察する。
魔物に魔傑将、加えて仲間達が見せる表面上の様子。視界に映り動く全てを把握し冷静に対処する。それが、魔物相手には極めて戦闘向きではない異能――万物掌握を持つ楓のスタイル。
「(柚子葉と響が派手に倒しても魔物は恐怖の一端すら見せない。使役、とは違うわね。やっぱり本能が麻痺しているのかしら? 厄介ったらありゃしないわ……)」
楓はオスカーがいるであろう左方を見やった。相も変わらず魔物の壁に阻まれており、無事なのか助けが必要なのかも見当がつかない。
「(でも、それでもやりようはある!)」
すぅっ、と大きく息を吸った楓はおもむろに声を張り上げた。
「オスカー殿! 助けは必要かしら!!」
暫しの時が流れた後、
「――いや必要ない! これぐらいの敵、退けられなくては騎士団長として沽券に関わるのでね! ワタシ達の心配は無用。君達は自分達に出来る事をやり遂げなさい!」
覇気溢れるオスカーの鮮明な声が返ってくる。
それが誇りからくる猛々しさなのか、ただの大見得切りなのかは定かではない。しかし、
「ええ! ではお言葉に甘えて! 八秒後に止めますから、あの必殺技、お願いするわ!」
同盟の仲間として、その言葉を信じない訳にはいかない。一度本気で戦ったからこそ理解している――――オスカーという人物を。なればこそ、楓はオスカーの人間性と騎士団長としての力量に賭ける。
「――股間に関わるだぁ? カカッ! 何言ってんだアイツ!!」
楓達とオスカーの部隊の奮闘を他所に――――。
彼等の居る場所より少し離れた平地にて、高みの見物に興じていた魔人族の男が腹を抱えて笑っていた。
「……アンタこそ何言ってるのよ。馬鹿なの?」
「んだとぉ!? ぶっ殺されてぇのかこのアマ!」
「ハイハイ。それよりもほら、何かするみたいよ。見物ね……」
言葉を聞き違える魔人族の男に対し、魔人族の女は嘆息しつつもこれより始まろうとしている何かに心躍らせ期待を高めている。
「ラース! アンタは見ないの?」
「う、うん…………ちょっと妙な気配を感じたから、そっちの警戒をしておくよ」
一方、ラースと呼ばれた男は覇気もない様子で女の誘いを断り、南門の方向を注視する。
彼等の掛け合いなど知る由もない楓とオスカーは、今か今かとその時を待ちわびる。柚子葉や響、またオスカーの部下達が二人の集中を妨げぬよう、それぞれの手段で障害を薙ぎ払う。
そうして、八秒経った瞬間――――。
「いくわよ! 時間停止!」
――――ゴーン、ゴーン…………と万物掌握における時止め特有の音が辺りに響いた。だが、楓達を取り囲む魔物に対して行使したものではなかった。
「やはりか! 感謝する楓殿! ――狂嵐の冰細剣!!」
楓の意図を察していたのか、既に早口にて詠唱を終えていたオスカーの手元が数度瞬く。その刹那、凄まじい氷風と共にオスカー達の周囲に蔓延っていた多くの魔物が一瞬にして氷塊と化していた。
「――――」
「――――」
オスカー達に襲い掛かろうとする魔物、危機を察知したのか飛び道具にて攻撃しようとする魔物。その一切合切が地上または空中にて静止していた。ただ間違えてはいけないのは、オスカーの凄まじい剣技にて止まった訳ではないという事。
そう、まさにこれこそが楓が仕掛けた援護射撃に他ならなかった。
だがしかし、オスカー達を取り囲んでいた魔物が完全に動きを止めている中、オスカーの絶技から難を逃れていた者がいた。
「(あ、危なかったっ……反応するのがもう少し遅ければ、オレもやられていた!)」
「(だが、甘い。瞬時に魔法を練り上げ、その得意げな顔を崩してやる)」
「(覚悟しなさい!)」
魔人族の男女三人。各人、楓やオスカーの発する気配に反応しその場を飛び退いた者達だった。そうして安全な場所から、反撃かつ瓦解の一手となる魔法を放とうとして皆気付く。
「(あ、れ…………?)」
自らの動きが空中で完全に止まっている――――という事に。
「終わりだ」
時間停止の限界時間十秒以内に、オスカーはそれぞれの魔人族の心臓を細剣で刺し穿つ。そして、効果が切れると同時に氷塊が地面に落下し砕け散る。ピクリと一度反応した彼等の身体はそれ以後機能を停止し、辺りに血を垂れ流して息絶えた。
「ど、どうやら片づけられたみたいね……っく、はぁっ……はぁっ……」
オスカーが障害を打ち払った事を確認するや否や、呼吸を乱した楓が頭を押さえて膝を付いた。
「楓さん!?」
「へ、平気よ……柚子葉。うっ……数百体規模の時間を止めるなんて、流石に無茶し過ぎたかしら……っ」
「でもこれでオスカーさん達の危機は脱した! ナイス時止めだよ楓さん! 後は目の前の魔物片づけて、向こうでよろしくやってる魔人族を倒せば、フィニッシュだ! 柚子葉ちゃん、まだやれる?」
「うん! お兄ちゃんの妹として、不甲斐ない姿は見せられないからっ、ね!」
気合を込めると同時に身体中から電撃を迸らせる柚子葉。それに合わせ、響も爆弾に変えた石を構えて、楓の前に並び立つ。
「ワタシ達は楓殿達を外からお助けするのだ! 行くぞ!」
「「おおぉぉーーっ!」」
それに呼応するように、オスカーが気勢をあげて部下達を引き連れると魔物の壁に突貫していく。次々と魔物が討ち滅ぼされていく光景に、楓は勝機を感じた。
「(いけるっ……時を止めただけの甲斐はあった! このままいけば戦況を覆せる!)」
態勢を持ち直し、状況は好転。あれだけの数的不利のあった戦況を覆しつつあると、楓の目にはそう映った。
「――オイオイ、だらしねえなぁ! これじゃあカイザル様の言付け通りにならないだろうが」
少なくとも、後方で控えていた金髪の魔人族が戦場に足を踏み入れるまでは――――。
「む、貴様は」
「強欲の魔傑将――グリィドだ。暇つぶしと俺等の主サマの為に、いっちょ死んでくれや」
乱戦状態となりつつあった戦場に闊歩し、余裕綽々の様子で現れた金髪の魔人族は唐突にオスカーへと死刑宣告を言い渡した。
ヘドロのように淀んだ黒い眼を微かに覆う金色の短髪。肌は日本人のようなペールオレンジ、服装は金属の鎖やピンを用いたパンクファッションならぬ世紀末的なもの。両耳には銀色のピアスが五つ、両腕に銀のバングル、両足には銀のリングが三つ。それがオスカーに前に立ち塞がった『強欲』の魔傑将――グリィドという男。
一見して、ファッションの流行を取り違えたチンピラの如き風体。しかし、そんな見た目に反し、グリィドという魔人族が醸し出す殺意と這いよるような視線がオスカーの警戒水位を否応なしに最高潮へと引き上げる。
「なるほど。貴様が指揮官か。死ね、などという言葉は聞けないな。何故なら、ワタシは貴様のような愚物を倒さねばならないからだ。代わりと言ってはなんだが、貴様の命を貰い受けよう。今ここでっ!」
紳士であるオスカーの身体から怒気と呼称すべき気合が立ち昇る。彼等の侵攻により、祖国の大勢の民が死に追いやられたが故に。
「騎士団長サマさぁ……な~んか俺をバカにしてるよな? なぁ?」
「馬鹿の自覚があるからそう思うのではないかね」
「やっぱりバカにしてるな! カッハハハハハッ! …………良いぜ! 死刑決定だッ!」
オスカーの煽りに、グリィドは器用に怒りと笑いの感情を操り表出す。そうして、じりじりと間合いをはかっていると、不意に二人の殺意に水を差す怒声が飛び交った。
「ちょっとグリィド! 何勝手な行動を取ってるのよ! アンタみたいなバカに勝手に動かれるとこっちが迷惑なんだけど!」
「あぁん!?」
その声の主、もとい女は長い紫髪をたなびかせ、グリィドの真横に並び立つと黄色い眼で睨み付けた。
グリィドと同じ肌色でアクセサリーの類はなく、胸元を曝け出すデザインのドレスに身を包んでいる。真っ黒な布地には赤い宝石の装飾が幾つも施されており、腰辺りから両足を惜しげもなく露出させている。
「っ、貴様もワタシの相手をしてくれるのか? ワタシは一向に構わないが」
悠然と近付いて来ていた女にオスカーは毅然とした態度を取ってはいたが、内心では動揺を隠せないでいた。怒りを抱いていようと接近には無論気付いてはいた。しかし、肌を刺すような、濃密で禍々しい魔力が〝彼等は危険だ〟と警鐘を鳴らして止まない。
「そんな面倒な事、する筈ないじゃない。私はそこの馬鹿と違って血気盛んじゃないの」
「め、面倒……!?」
「またバカって言いやがったな!? ロゼット!」
グリィドにロゼットと呼ばれた女は呆れ果てた様子で嘆息する。その言動に思わず、オスカーとグリィドがカチンときたものの、オスカーだけは警戒を解くまいとすぐに気を引き締めた。
「だってその通りでしょ? 命令に背く気?」
「今更、雑魚を一人二人殺した所で何も変わりやしねえって」
「なら好きにしなさい。それで自分が殺されてもいいならね」
「ぐっ……チッ、わぁったよ!」
ロゼットに釘を刺され、グリィドが観念したように両手を上げた。その反応に満足したロゼットが再び元居た場所に戻ると胸を持ち上げるようにして腕を組み、高みの見物を再開する。
「一人で良いのかね?」
「カカッ、舐められたものだぜ。アイツは見学だし、俺一人で十分なんだよ。それに、さっき騎士団長サマの技も十分見れたしな」
意味深い言葉を口にすると共に、グリィドが右手を前に突き出しかざす。
「(今、何と言ったのだ……? ワタシの技を十分見た、だと? どういう事だ、技を見ただけで模倣できるのか? それとも避ける自信があるという事なのか……?)」
「オイオイ、なにビビってやがる。俺の圧倒的なまでの魔力に怖気付いたか」
「……フ、フン、何を的外れな事を。良いだろう、望み通りキサマの命を貰い受けるとしよう」
グリィドの言葉に何かが引っ掛かったものの、煽られたオスカーは動揺し、その考えを思考の海に沈めた。
「カカカッ、勇ましいねえ。なら俺は、騎士団長サマ……アンタの剣を奪わせて貰うぜ!」
「なに!?」
「奪い取れ――欲深き強奪者ォッ!」
「させるかッ」
グリィドが右手を握り込んだ瞬間、オスカーは腰のベルトに刺していた短剣を抜き去り投擲した。
短剣はグリィドの右肩を掠めていき、僅かに傷を付けるだけに留まる。だが、グリィドの顔が苦痛で歪む事はなかった。
「大仰な事を言っておきながら、ワタシの剣を奪えなかったようだな。馬鹿め」
グリィドの言葉を言葉通りに受け取ったオスカーは手中にある細剣を握り直してはほくそ笑む。思惑が外れてグリィドが相当悔しがると踏んでいた。しかし、返ってきたのは悔しがる声ではなく笑い声だった。
「カカ、カカカ……!」
「な、何がおかしい……!」
いつの間にか震えていた身体を抑え込み、発破を掛ける意味でも声を荒げるオスカーに対し、グリィドはくつくつと笑みを零し続ける。
「馬鹿なのはお前の方だぜぇ? 騎士団長サマよぉ」
「なんだと……――ぐ、くぁああっ!?」
ドクン、とオスカーの心臓が大きく跳ねた。全身から何かが抜け落ちる感覚が脳天を突き抜け、オスカーが苦痛に身を歪め体勢を崩した。
「はぁっ、はあっ……な、何が起こったというのだ…………」
倦怠感のような感覚がオスカーを支配し身体を重くする。しかし、それ以外には異常が見当たらない。
その様子を見るや、グリィドは爽やかな笑顔と共に大きく息を吸い込む。
「他人の才能を奪ったのは久々だが、やはり気持ちが良いなぁ……! よっと、これが良いか」
「才能を奪う、だと……!?」
グリィドが騎士団員の死体から長剣を手に取り、ジャグリングしてから再度掴んだ。
「殺しちゃあ不味いんだったよな……ったく、面倒くせえ。んじゃまぁ、そこん所の加減は騎士団長サマの技に期待だな」
「なっ、あの構えは――!?」
オスカーが驚くのも無理はなかった。剣の種類こそ違うが、グリィドが取った構えはまさに――自身が編み出した必殺の構え!
「カカカ、行くぜ――狂嵐の冰細剣!」
「そ、そんな馬鹿なぁああああああ!?」
グリィドの手元が瞬き、オスカーは一瞬にして氷に包まれる。どういう絡繰りなのか、それはオスカーが自分自身の才能を前に完全敗北してしまった瞬間だった。
「今の悲鳴、まさかっ……」
「ちょっと楓さん!?」
戦場に響いた叫び声に、未だ時止めの反動から回復していなかった楓がバッ! と面を上げると重い身体に鞭を打つ。唯一その動きに気付いた柚子葉だったが、目の前の魔物が邪魔して、みすみす見逃してしまう。
幸いにも包囲網は崩れており、隙間を縫った先で楓が見たものは信じ難い光景だった。
「そ、そんな…………」
「お、たしかお前は騎士団長サマと連携して魔物どもを倒した女じゃねえか! なにか用か?」
グリィドが新しい玩具を見つけた子供のような目を楓に向ける。握った拳は眼前の光景に驚きを禁じ得ず、ふるふると震えていた。
「…………オスカー殿に何をしたの」
「なあに。俺をバカにしてたクズを片付けたまでだ。なにが、〝私達の心配は無用〟だぁ……? それでお前がやられたら意味ねぇだろうがよぉ!」
グリィドの右足が氷漬けとなったオスカーを蹴っ飛ばす。楓はすかさず受け止めようとするも間に合わず、目を閉じた。しかし、その心配を他所に氷が砕け散る事はなかった。
「カカカ! 大丈夫みてえだな!」
「この、外道っ……」
「外道上等、この強欲の魔傑将グリィドに奪われる程の才能が騎士団長サマにあったんだ。その恩を……えっと、そう! 仇で返したまでだ!」
「救いようのないクズだった訳ね……それにしても――」
苛立つ心をなんとか落ち着かせた楓が横目でチラッとオスカーを見た。
「あのオスカー殿がどうしてこうもあっさりと……氷漬けにまでなって。まるで、あの技を自分で受けたかのような……」
「カカッ、中々鋭いじゃねえか。そうさ、俺が奪ってやったのさ。騎士団長サマの才能を、この固有魔法――欲深き強奪者でな」
「なん、ですって……!?」
「もちろん奪えるのは何も才能だけじゃねえ。お前達が使う異能力っていう力も俺に掛かれば、簡単に奪えるんだよ」
「くっ、甘く見ていたわ。魔傑将の力を……! アルバラスの時に散々思い知ったっていうのに……!」
戦況を覆せる、などというのはお門違いな認識だったと楓は思った。
数の戦力差など、魔傑将達にとっては些細な問題だったのだ。一人一人が、戦況を一変とさせる力を有するが故の余裕が彼等の胸中には渦巻いている。
「だけど、簡単に自分の力をばらしちゃって良いのかしら? そんな強力な力には必ず制限があるというのがお約束よ」
「ばらしても対策のしようがねえだろ。特に、力の片鱗すら見てねえお前にはな」
図星だった。ぐうの音も出ないとはこの事だ。ハッタリをかます隙もない。
「(敵の力はなんとなく解った。だけど、それを信じて良いのかも分からない。奪った能力はどれくらいで消えるのか? 射程距離は? 奪える限度数は? 奪った力が劣化するのかしないのか…………完全に身動きが取れないじゃないっ)」
楓は自身の愚かさを呪った。たとえ、時を止めたとしても十秒程。連続して対象に掛けられる訳でもなく、相手の意識を完全に切り離すような時間停止が出来る訳でもない。
今の時間停止は相手の意識を残し身体を動けなくする金縛りのようなもの。それではグリィドには対抗できない。
止めた時間の中を自分だけが自由に動けさえすれば、と楓は無い力を高望みするしかなかった。
「オイオイ、戦意消失かよ。つまんねえなぁ……カイザル様がご執心の野郎をピンチにしろって命令なのに、当の本人はここには居ねえみてえだし。命令以上の事も出来ないってのが、本当にイライラするぜ」
月明かりがグリィドの背に当たり、影となった部分が楓を覆う。敗者が勝者に這いつくばっているように見える光景が虚しさを醸し出していた。
「それにしても騎士団長サマの敗北に部下が気付かないってのはお笑いだな。戦いで必死過ぎるだろ! カカカ! って、お……?」
俯きながらも楓が立ち上がり、グリィドが興味深そうに眺める。
「なんだなんだ? やる気回復か?」
「……口が馬鹿みたいに回ってないと死んじゃうのかしら、いい加減耳障りよ」
「ん、だとぉ」
顔を上げた楓の双眸は闘志の炎で満ち溢れていた。何かを決意した楓の煽りにグリィドが目ざとく反応を示す。
「(柚子葉達の援護も期待できない今、私が……私が、こいつをなんとか食い止めないと……! ……出来るかは正直賭けだけど、一か八か。この魔傑将を時間の牢獄に閉じ込めてでも!!)」
精神統一し、楓が普段時間を止める時よりも膨大なクオリアを溜め始めた。封じ込めていたトラウマが顔を出し、途方もない吐き気と拒否反応が楓を襲う。
しかし、それでも止める事はない。
いつどんな時だったとしても、異能を使う時はいつだって大切なものの為だったから。
「カカ、何をしようとしてるか分からないが、お前のその眼は危険だな。しょうがねえ、お前も騎士団長サマと同じ目に遭ってもらうぜ」
グリィドの判断は正しかった。楓の眼は途方もなく黒い殺意に溢れていたから。仲間にバカだと揶揄されても自分の本能に正直に生きてきたグリィドの直感がオスカー十八番の構えを取らせた。
そうして、両者共に――――。
「生の時よ! 止まれえええぇぇぇっ!!!」
「氷の中で眠ってなァアアアアアアア!!!」
時殺しと絶対零度の一撃を解放しようとした、その時――――。
「っ!?」
グリィドの視界の端で一瞬何かが妖しく光を放った。それを見た瞬間、グリィドの本能はうるさい程に警鐘を鳴らし、それに従ってグリィドはバッと顔を逸らした。直後、顔があった位置を掠めるようにして、凄まじい衝刃が魔物の氷像と地面を斬っては通り過ぎていった。
二人の間に突然起きた現象に、両者が驚きの余り呆然とする。
「あ、あぶねぇ。な、なんだ、今のは……!?」
「い、今の……今のって、もしかして……!」
馴染みのない攻撃に驚愕と恐怖を。
馴染み深い攻撃に歓喜と安心を。
グリィドと楓がそれぞれの思いを抱き、揃って顔を横に向けた。
「――そこまでだ」
そこには、静かな怒りを露わにして刀を振り下ろしていた宗士郎と地面で芋虫のように這いつくばるコムギの姿があった。
相手の力を根こそぎ奪い尽くす脅威の固有魔法。それを操るグリィドを前に一大決心をした楓の元に現れたのはなんと、数時間前まで暴走していた宗士郎だった。
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