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第二十五話 戦線復帰

前回の投稿から約一年。

これほど待たせてしまった事を読者の皆様方に深くお詫び申し上げます。


前回の内容を忘れているかもしれませんので、少し補足を入れておきます。


〈前回のあらすじ〉

禍殃の竜ことディザスター・ドラゴンとの激闘を繰り広げる宗士郎達。しかし、危険度Sの魔物に相手には宗士郎達の攻撃は今一つのダメージしか与えられなかった。そんな彼等の元に『傲慢』の魔傑将リヴルが舞い降り、仲間達の前でみなもを辱めようとしたその時、宗士郎は我を忘れて暴走する。その現象は反天ブラウマと呼ばれるもので、身体に多大な負担が掛かる一方で強大な力を発揮するものだった。

リヴルに手傷を負わせる事に成功した宗士郎の前に、魔神カイザル=ディザストルが現れ、宗士郎の暴走を鎮めるとその場を去っていくのだった――――。


今回は第二十四話「反天よ再び」の続きという事です。

では、長らくお待たせいたしました。「クオリアン・チルドレン」再開です!

 




「……ぐ、ぅあ……ここ、は」


 胸に掛かる圧迫感と疼く痛みにゆっくりと瞼を開く。地べたで眠っていた宗士郎は気怠げに身体を起こすと辺りを見渡した。


 視界に入るのは、昼間柚子葉と訪れたシェーラ教の教会の内装。今が夜という事もあり、月明かりが差し込むだけで少し薄暗い。


 整然としていた多くの長椅子が全て端に片付けられており、代わりに中央の空間には大勢の負傷者が横たわっていた。その者達の下へ治癒師達らしき人達が忙しなく駆けずり回り、容態を診ている。


 視線を戻して、次は腹にのしかかる人物を見た。腕を枕にして寝息を立てているみなもだ。


「重いのは桜庭の所為か。気を失う前、俺はいったい何を――ぐああッ!?」


 記憶を探ろうとした宗士郎は疼いた激しい痛みにこめかみを押さえた。痛み自体はすぐに収まったが、一つ気付いた事があった。異能を操る為のクオリアが以前の印象とは何処か違っているのだ。


「俺に、何があったんだ……ひとまず、現状を確かめないと」


 クオリアに関しては刀剣召喚(ソード・オーダー)を使ってみなければ分からない。となると、次に行うべきは現在の状況を知る事にある。宗士郎はすぐさま行動を起こし、みなもの肩に手を掛けて軽く揺すった。


「おい桜庭、桜庭」

「んぅう……はっ!? ご、ごめん! もしかして、寝てた!? 状況は!?」


 浅い眠りだったようで、みなもはすぐに目を覚ました。しかし、この慌て様だ。ずっと何かを警戒していたのだろう。かなり精神を擦り減らしていたらしく、みなもの顔が薄っすらと青ざめている。


「俺が知りたい……所なんだが、今の所は何もないから落ち着け」

「そ、そうなんだね。安心した~……って、鳴神君! 起きて大丈夫なの!? どこも痛くない!?」


 宗士郎の言葉に納得しほっと息を吐いたのも束の間、突如みなもが慌てふためく。その勢いで宗士郎の顔や胸板、腕などをペタペタと触って大事を確認してくる。どうやら、宗士郎と気付かずに応対していたようだ。


「お、落ち着け。俺は平気だ」

「ほ、本当? 嘘ついてないよね? ただでさえ反天(ブラウマ)したんだから、もう少し安静にしてないと」

「あ……そう、か……俺、桜庭がリヴルに穢されそうになって――」


反天(ブラウマ)』という言葉に宗士郎はようやく自分が暴走した事と禍殃の竜ディザスター・ドラゴンを倒した事を思い出した。そして、リヴルを容易くあしらった事も。


 反天(ブラウマ)の光景は今まで何度も見た。だが、経験の有無はやはり大きい。宗士郎は神族に与えられし力の本来のパワーに思わず身震いした。


 視線を戻した途端、みなもの身体が飛び込んきた。宗士郎はそっと抱き留める。


「桜庭……?」

「あの……ね? 鳴神君が起きてから言おうと思ってたんだけど、あの時は私の為に怒ってくれてありがとね。我慢してたけど、本当はリヴルに触られるのも嫌で、恐くてっ――」


 服を掴むみなもの腕は震えていた。宗士郎はその手を包み込み、二の句を継がせないように言葉を被せた。


「そうなる前に助けられなくて、ごめんな。大丈夫、大丈夫だから……」

「うっ……ぅぅ……!」


 しばらくすると、みなもは大丈夫だとばかりに手を解き、顔を綻ばせた。


「うん……だいぶ楽になったよ。ありがとね」

「(……また、なのか。俺はまた桜庭を……何度同じ過ちを犯すつもりなんだ!)」


 力が足りなかったばかりか、彼女に恐怖を与えてしまった己の未熟さ故に、宗士郎は拳を痛い程強く握り締めた。


「鳴神君……?」

「あ、いやなんでもない。ちょっと前後の記憶が曖昧でな。落ち着いたなら、今の状況を教えてくれないか?」

「うん。私がここにいる理由も話したいし、ちょうど良かったよ」


 みなもがまともに話せるレベルにまで落ち着いたのを見計らい、宗士郎は現状を尋ねた。


「今は王国の騎士団と楓さん達が外壁の外にいる魔物を退けてる。複数の魔人族も居て、その上防戦一方だからいつまで持つか……」

「…………戦況は厳しそうだな」


 先程から地鳴りや轟音が後を絶たない。外壁から遠く離れている教会にまで届く程だ。前線では凄まじい戦闘が繰り広げられている事だろう。


「敵の数は?」

「騎士団の斥候部隊の報告によれば、敵の数は二万前後。対して、私達の戦力は騎士団の五千人に私を除いたいつもの皆を加えた感じ。正直、敵の数に参っちゃうよ。あはは……」


 あまりの戦力差にみなもが力なく笑う。


 最初の観測では約一万前後だったが、どうやらその後戦力を増強したらしい。約四倍の戦力差にみなもが弱気になるのも無理はない。


「不味いな……聞いた様子だと消耗戦に突入している。長丁場になると、戦力を補強できないこちらが圧倒的に不利だ。最悪の場合、国が滅ぶ。俺も急いで援軍にっ――」


 ――と、王都の最悪な未来を想像した宗士郎が急ぎ立ち上がるのだが、


「ううん、待って! 被害はそれ程多くないんだよ。最初の……あの犠牲を除けば、だけど」


 すぐさまみなもが宗士郎の腕を掴みで引き留めた。一瞬周りを見て言い淀むと、そのまま引き寄せるように近付き、遠慮がちに耳元でそう囁いた。


「どういう事だ? まさか、遊ばれてるって言うのか」

「もしかしたらそうなのかも。積極性が見られないというか、魔物を使って断続的に外壁を叩くだけだから」

「ここまでの戦力を投入してるのに何で一気に攻めて来ない……? 目的はなんだ……」

「それはっ……」


 宗士郎が考え込む素振りを見せた途端、みなもが思わずといった様子で声を漏らした。


「まさか、知ってるのか?」

「それは、いや……あ、ほら! 私達の目的を阻む為とかじゃないかなっ」

「だとしたらグランディア王国と同盟を結んだ事がバレていた? だとしても、俺を敵として見ていないカイザルにしては、少し性急過ぎると思うが……」


 咄嗟に誤魔化したみなもに宗士郎が様々な予想をする為に首を捻った。


 しかし、実の所。リヴルと宗士郎の会話を聞く中で、みなもが考えた予想は確信へと変わっている。襲撃目的の半分以上が王国の滅亡でも宗士郎達の目的の阻止でも何でもなく、ただ宗士郎が持つ力の可能性を引き出す事にある――と。


 そんな事実、みなもは口が裂けても言えなかった。その理由は先の暴走にこそある。


「(言える訳ないよっ……そうなったら、今度こそっ――)」


 ぶっきらぼうで、しかし仲間や家族には過保護な程に優しく厳しい鳴神 宗士郎という男。


 優しい宗士郎がカイザルの目的を知れば、また反天(ブラウマ)してしまい、運が悪ければそのまま命を尽き果てるかもしれない。


 そんな懸念要素が頭を掻き乱していたからこそ、みなもは一度浮かんだ言葉を飲み込む他なかった。


「それで、なんで桜庭だけがここにいるんだ?」

「鳴神君が心配だったからだよ! それに今回、私が前線で戦うよりも後方で皆を護るべきだと思ったしね。王都には全力の結界を張ったし、私が王都の守りに専念すれば、皆は思う存分戦えるでしょ?」


 みなもが己の力を誇る様に胸を逸らした。


「その判断は的確だな。桜庭は誰かを守る事に関しては俺達以上に適任だからな」

「でしょ? まぁ、その所為でガス欠なんだけど」


 その話を聞いて、宗士郎は心の底から安堵した。


 後ろは彼女が守ってくれる。ならばと、宗士郎は指輪に念じて『戦闘服』である軍服を身に纏い、地面に置かれていた愛刀の『雨音』を拾い上げる。


「よし。なら、王都の守りは任せたぞ」

「え、そんなっ、無茶だよ!!」


 不安のあまり、みなもが突然声を荒げた。宗士郎が現状を知りたいと言っていた時から、なんとなく予感していたのだ――宗士郎が再び戦場に出る事を。


 軽傷の怪我人や治癒師、避難民が何事かと声の発生源に目を向ける。しかし、当のみなもは周りの視線にも気付かずに不安を吐露していく。


「ほんの数時間前まで暴走してたんだよ? もしかしたらまた暴走するかもしれない! そうなったら今度こそっ――!」

「少し落ち着け」


 宗士郎はそう言って、みなもの肩を掴むと周りを見渡した。


「あっ…………ごめん。皆さんもすみません」


 宗士郎の意図にみなもも気付き、冷静ではなかったと落ち着きを取り戻すと共に周囲の人々に謝罪した。


「必ず暴走するって決まった訳じゃないだろ。カイザルやリヴルと直接対峙するかもまだ分からないしな。ただ皆を助ける為に援軍に行く。それだけだ」


 刀を腰帯(こしおび)へと差し込みながら宗士郎はみなもの目を見た。不安と葛藤を孕む瞳には訴えかけられるものがあるが、戦っている戦友達を見て見ぬふりをしていられないのもまた事実。


「王都は桜庭が守ってくれるんだろ? 大丈夫だ、俺はカイザルを倒すまでは死ねないからな。無茶な事はしない」

「……っ」


 宗士郎が心の底から信頼している、といった視線をみなもに送ると、みなもは歯嚙みした。引き留めたいと切に願う一方で、「彼なら大丈夫」という信頼がせめぎ合っていた。


 反天(ブラウマ)は怒りや憎悪といった負の感情が極限にまで高まる事で起きる暴走現象とされている。


 リヴルやカイザルと対峙して、宗士郎が激昂するのはまず間違いないとみなもは踏んでいた。何故なら、彼等の目的自体が()()()にあるからだ。だからこそ、力を引き出す為にどんな非道な手段を取ってきても何らおかしくはない。


 しかし、それでもみなもは――。


「はぁぁ……なんでそうやっていつも無茶するかなぁ。心配する私達の身にもなって欲しいよ」


 最終的には諦観(ていかん)し折れた。それが好きになった彼という人間なのだと身に染みて理解すると共に送り出す事に決めた。みなもは大きく溜息を吐き、肩を竦めた。


「いや、無茶しないって言ったばかりなんだが」

「よく言うよ。大切なものの為に必ず無茶をするのが鳴神君でしょ。私が何を言っても無駄だよ」

「はははっ、よく分かっていらっしゃる」

「嫌でも分かるよ。だって、好きな人の事だもん」


 恥じらいを感じさせないストレートな言葉に、宗士郎は思わず面を喰らってしまう。


「もう止めない。けど、これだけは約束して。たとえ私達がどんな事をされても、絶対に逆上して理性を失っちゃ駄目だよ」

「それは……無理な相談だ。俺を解ってるなら尚更な」

「酷い事を言ってる自覚はあるよ、分からず屋だと罵ってくれてもいい。でもあの日の夜、言ったでしょ。自分を大事にしてって…………鳴神君が死んじゃったら皆悲しむんだからね」

「……分かってる。それは、あの時痛い程実感したからな」


 牧原 静流に腹を打ち抜かれた時、大切な人が殺されたと楓が泣き、柚子葉達が激情に駆られた事を宗士郎は覚えている。


「あんな思いは……二度と御免だ」


 刀の鞘を強く握り締め、今でも胸に刻み込んでいる後悔を想起する。続けて、守るべき仲間の眼を見た。


「じゃあ、行ってくる」

「うん、気を付けて」


 宗士郎はみなもに背を向けて走り出す。彼女の言葉に宗士郎が振り返る事はなかった。それが互いにとっての信頼であると信じて。


 程なくして宗士郎の姿は見えなくなった。戦火が広がる王都の教会でみなもは両手を重ねて祈る。


「どうかっ……どうか、傍に居られない私の代わりに鳴神君を御守り下さい……――」


 本音を言えば宗士郎に付いて行きたかった。今回の役目が自分の中でも最も適当だと理解しているからこそ、祈らざるを得なかった。





 教会を飛び出してすぐの事――――。


「なにか、変だ……身体は疲れている筈なのに……!」


 外壁に向かって全力疾走する宗士郎の身体は先程から羽でも生えたかのように軽やかだった。それこそ、起床直後は気怠いとすら感じた事がまるで嘘のように。


 反天(ブラウマ)した際、楓は暴走する〝宗士郎〟という人間の時間そのものを巻き戻している。局所的ではなく全体的に。にも関わらず、その効果を受け付けなかった。それ故に謎が深まっていくばかりだ。


「今考えても仕方ないか。このまま一気に駆け抜けるッ」


 闘氣法による身体強化も併用。剣戟の鳴り響く方向に向かって、人気(ひとけ)のなくなった区画を疾風の如く過ぎ去り――。


神敵拒絶(アイギス)の結界か。桜庭の奴、大分無茶をしたな」


 早々に到着した遥か高い外壁の内側には光輝く壁が展開されていた。視線を真上に巡らせれば、王都全域を包むドーム型の大結界が視界に入る。大結界は味方の宗士郎でさえ通る事ができない。ここから外側に出るには『乖在転』で移動する必要があった。


 外壁のてっぺんに刀を創生し位置を入れ替える。先程いた場所に存在する刀を消すと同時に、新たに創り出した刀を右手に掴む。


夜といえど現在は戦争中。その為、灯りには事欠かなく、非常に助かるところである。


「これはっ……中々にヤバい状況だな」


 遥か上から地上を見下ろせば、そこには絶望的な状況が広がっていた。


 王国騎士団の部隊が密集陣形を敷き、数千以上の魔物に包囲されている。視力を強化して俯瞰してみたものの、西門付近にはカイザルやリヴルの姿はおろか楓達の姿も見受けられない。


 最初から手当たり次第に周る予定だったが、どうやらかなり広範囲に渡って戦闘を繰り広げている事が分かった。


「皆は別の場所か。まず、ここから救援に入るか」


 宗士郎は刀の柄を握り締めた後、戦場の真っ只中に飛び込んでいった。





「くっ! キリがありませんねッ」


 燃え盛る魔剣で魔物を斬り捨てた女剣士が敵の多さに参り、そう吐き捨てた。


「コムギ副団長! 一度退きましょう! このままでは圧し潰されてしまいます!!」


 焦った猫人族の騎士が撤退を進言する。が、コムギは悔し気に告げた。


「退路など疾うにありません。後ろには護るべき民がいる事を忘れましたか! ここで臆し撤退すれば、恐らく数分と経たずに王都は火の海に沈むでしょう……」


 コムギ達は王都に大規模の結界が張り巡らされている事を知らない。みなもが楓達に相談し、国王であるティグレに無断で展開したからに他ならない。


 負傷者は数知れず、死傷者も幾人か出ている。コムギが率いる部隊は、もはや死に体と言っていい程に打ちのめされていた。まさに絶対絶命、背水の陣といった状況。仮に結界がなかったとしても、コムギに撤退の二文字はなかった。自らの誇りと国を愛する心が彼女の闘志を奮わせている。


 副団長という騎士団を預かる者の一人として、愛する者達を護る為に剣を取った騎士として。魔剣を突き出し、口を開く。


「故に一体でも多く討伐するのです! ここが我等の死地だ! 死力を尽くせ!!!」


 コムギは気迫に満ちた大音声で叫んだ。


「は、はっ!!!」

「副団長の言う通りだ!」

「魔人族の手先どもめが! 我等が剣技の前に沈むがいい!!」


 その声は戦う味方の心を奮わせ、更なる力と勇気を与えるに至った。そんな仲間の気勢とは裏腹に、コムギの心中には多大なる憂いが巣くっていた。


「(こんな事はそういつまでも持たない。この終わりの見えない戦いで皆の疲労はもう限界に近い筈。援軍も期待できない今、この士気もいつまで持つか……いいえ、副団長の私が弱気になってはいけませんね。民を護る為に剣を振るい、戦場で一花――否、満開の花を咲かせて見せましょう!!)」


 散るならば、せめて取り囲む魔物全てを倒し、残った団員達は生還させてやりたいという献身の想いを胸に秘め、コムギが魔剣に更なる魔力を注ぎ始めた。


「レーヴァテインよ! 我は更に求む! 我が魂魄をも喰らいてッ、戦場に烈華の絨毯を咲かせなさいっ」


 全身全霊でそう叫ぶや否や、一メートル近い剣身が全長五メートルはあろう長さに伸長する。


「はぁああああッ! 奥義――黎照華グランド・プロミネンス!!」


 魔剣レーヴァテインを振りかぶると裂帛の気合いと共に、前方を横薙ぎに切り払った。


 地面を抉りつつも放たれた焔刃は前方にいた数百もの魔物を抵抗すらさせずに燃やし尽くし、真っ赤に燃える花々を咲かせた。


 余りの威力と同胞が一瞬で絶命した事で魔物達が本能的に恐れをなし、一歩また一歩と後ずさる。


「まだですっ……もう一度――うっ!?」


 すかさず、第二刃を放とうとした矢先にコムギが頭を抱えて膝を付いた。


「副団長!?」

「戦闘を続行しなさいっ……ただ、眼が霞んだだけです」


 心配して駆け付けようとする部下の一人を手で制するコムギ。少し考えれば嘘とわかる言葉だったが、焦った頭では正しい判断が出来る筈もない。部下はコムギの指示に従い、戦列へと復帰していった。


 戻るのを確認したのち、コムギは立ち上がった。そして、再び魔剣を構えて奥義を放とうとして――。


 魔剣に起こった変化を目にした瞬間、絶句した。


「…………そ、そんな」


 刀身に灯るべき焔が消え失せている。弱々しく呟くと同時に気付く。いくら魔力を込めようと先程のような焔は微塵も出ない。深く考えずとも分かる――魔力切れだった。


 魔力が尽きた事にコムギはショックを受け膝を付く。


 仲間を護る為に魔法を使い、敵を屠る為に魔剣を使ってきた。焦っていたのは部下だけではなかった。コムギもまた、大きな軍勢を前に冷静な判断を下せていなかった。


「ギヒャーーーーッ!!!」

「し、しまった! 副団長ォーー!?」


 ショックを受けるコムギが晒す隙を見逃す筈もない。ゴブリンの一匹が戦う騎士達の間を縫い、コムギへと迫る。


 そうして、コムギの頭上に木の棍棒を振り下ろした。


「し、しまっ――」


 気付いた時には避ける事もままならない程に接近されていた。いくら非力なゴブリンの攻撃とはいえ、無防備で晒す頭部にひとたび一撃を喰らえば、致命傷は免れない。避けられない……コムギが心の中でそう呟いた瞬間だった。


 視界の端に軍服の男が素早く入り込み、その一撃を左手で受け止めていた。間一髪助けられたコムギはその男の後ろ姿を見て目を見開く。


「あ、貴方は……」

「俺の目の前で……よくもそんな方法で攻撃しようとしたな」


 男は静かな怒りを感じさせる声音でゴブリンに告げると、棍棒を薄い氷でもあるかのように握り潰す。砕け散った木片が地面に落ちるよりも速く、握ったままの拳がゴブリンの顔面を打ち貫いた。


「グヒャアッ!? ガヒュッ――――…………」


 慣性に従ってかっ飛ぶ先に先回りした男はゴブリンの首に剣を突き刺し捻った。絶命させるまでに五秒とすら掛かっていないだろう。


「無事か?」

「まさか姉妹共々、貴方に助けられる事になろうとは。礼を言います、鳴神殿」


 苦笑するコムギを立ち上がらせたのは、余裕ありげに手を貸した宗士郎だった。しかし、絶望的な危機を救われたコムギの顔はすぐに曇る。


「気にしないでくれ。部隊の損傷は?」

「今は貴方の助力があるとはいえ、絶望的な状況です。私の魔力も尽き、仲間達もボロボロなのです」


 絶体絶命の危機に宗士郎がたった一人援軍に来ただけ。部隊はほぼ壊滅の為、コムギが弱腰になるのも無理はない。


 それでも宗士郎は数千の魔物を前にしても怯みはしなかった。むしろ好戦的に、敵を脅威とも思わぬ傲慢さを兼ね備えて。


「……ゴキブリみたいにうじゃうじゃと。まとめて片づけるか」

「まさか、鳴神殿……お一人で戦う気ですか! 無茶です! せめて、貴方の力で私達にも武器を……!!」

「言っておくが、あれは俺専用だ。異能特性で他人の手に渡ると霧散するんだ」


 宗士郎が告げた刀剣召喚(ソード・オーダー)のデメリットに、その凄まじい切れ味を知るコムギが肩を落とす。


「そんなっ……流石の鳴神殿にもこの数の魔物には勝てないでしょう……もう、終わりです」

「諦めるなッ」


 宗士郎が膝を付こうとするコムギの襟元を強く掴み引き寄せた。面を食らったコムギが何事かと眼を見開く。


「魔力を失ったから戦えないだと? 違う、それはただ戦う事を放棄しただけだ。護るって誓ったなら、どんなに無様でも足掻き続けろ! 俺はそんな奴を格好悪いとは思わない!」

「足搔く……」

「そうだ。この戦いに生き残って、またツムギと姉妹仲良く過ごせばいい。その為の戦いだ。だから立て! 立って剣を取れ! コムギ・ホンディエ!!」

「そう、でした……私はまだ死ぬ訳にはいかないっ! だって、もう一度ツムギに会いたいのですから!!」


 ただの剣と成り果てた魔剣レーヴァテインを力強く握るコムギの双眸には、確かな闘志が宿っている。その横顔を見て、宗士郎は楽しそうに笑った。


「その顔なら後ろは任せて大丈夫だな」

「ええ。絶対に生き残ってみせますとも。我が愛する部下達に告げる! 敵の大半を我とこの大使殿で引き受ける! 貴方達は我等が討ち漏らした敵を各個撃破するのです!」


 コムギが猛々しく号令を下す。


「お、おおっ! 大使殿が援軍に!!」

「は! 副団長! お任せください!!」

「ふっ、さっきまでボロボロだった癖に元気ですね…………鳴神殿、先陣をお任せしても?」

「良いのか? なら――」


 コムギの意図を聞かずとも察した宗士郎が大気中の酸素を肺に取り込み始めた。そして、口が開いた次の瞬間、コムギは期待以上だと思う事になった。


「うおあああああ!!!」


 仁王立ちになった宗士郎が咆え、鞘から剣を抜き放つが如く、己の闘志を有らん限り解放した。びりびりと振動する空気に、魔物の軍勢が慄いた一瞬の隙を突き、オークが密集する空間に無謀としか言えない突撃を決める。


 敵陣深く切り込み、居合の要領で素早く斬り上げる。闘氣を込めた一閃がオークの肉を容易く斬り裂き、後方の魔物を激しい衝撃波が襲った。


 その一撃に周囲の魔物は一時的に恐れをなしたものの、すぐさま敵を屠らんと一斉に雪崩れ込んできた。


「鳴神殿に続けぇえええええ!!!」

「「おおおおおおお!!!」」


 コムギ達も一拍遅れて飛び出す。勇猛果敢に突撃する宗士郎に触発されたのか、部下達も雄叫びを上げて切り込んでいく。


 一つでも対処を誤れば、全てにおいて絶対絶命となるこの状況。しかし、背中を預けている為か、宗士郎の頭は驚く程にクリアだった。


 戦闘の最中、敵を斬る度に異能が研ぎ澄まされていく感覚が宗士郎を満たす。決して刃こぼれしない刀。その斬れ味は悪くなるどころか、更に増しているような印象を抱いた。


「まだだっ! もっと早く!」


 現状に満足しない宗士郎がまさに死神と化し、魔物の首を次々と刈り取っていく。率先して多くの魔物を引き受け、行く先々で『概閃斬』をお見舞いし――――。


 そうして、全てが終わる頃。宗士郎達は息を切らして、地面に横たわっていた。


「……生き残ってますね私達…………」


 コムギが夢でも見ているかのように呟いた。宗士郎は夢でも何でもないと、ただ一言だけ。


「ああ。この場に関しては、俺達の勝利だ」

「お、おぉ――」


 誰かが声を漏らす。それを皮切りに次第に声が上がっていき、


「「おぉおおおおおおおおおおお!!! 俺達が勝ったっーーーー!!!」」


 コムギの部下達は生き残った喜びを夜空に叫んだ。





カイザルの手により反天ブラウマ現象から正気へと戻る事ができた宗士郎は再び戦場に舞い戻らんとする。そんな宗士郎を引き留めようとするみなもだったが、仲間を大事とする宗士郎を止められなかった。戦線に復帰した宗士郎が目指すのは、楓達友人と新たに加わった仲間達の元。宗士郎はカイザルの思惑を打ち砕く事はできるのか――――。



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卒業論文執筆中の為、次の投稿は2月の半ば、もしくはその前後の日になると思います。

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