第二十三話 禍殃の竜、襲来
「あっはは、呆気ないものだね。弱き者は淘汰され、強き者の前に儚く散る。そう、このボクの力の前にね」
王都の遥か上空を飛翔する黒い影。
強風に吹かれる中、その背の上でふらつく事なく立つ魔傑将リヴルが嘲笑った。王都の人々や街が一瞬にして壊滅した、その光景を見て。
さも当然とばかりに。
「無事、竜人族の調整を終えていたようだな」
「ええまあ。威力を調整しないと、王都全域が焼け野原になってしまいますからね」
リヴルの真横で、真下の光景を眺めていたカイザルがその成果に満足といった風に呟いた。
上空から見た惨状は余りに酷い。闇炎が落ちた場所には大穴が開いており、辛うじて生き残っている者はその残り火に焼かれる。その凄惨な情景を作ったのは、リヴルが支配して使役した竜人族――ディザスター・ドラゴンだ。
「禍をもたらす竜、ディザスター・ドラゴンか」
「奴等の間ではそう呼ばれているようですね」
「同胞を護る為の力がこのような結果を生む事にしか使われぬ。この竜人族はその事をさぞかし哀しんでおるだろうな」
「いいえ、むしろ光栄に思うべきですよ。このボクの手となり足となって、カイザル様の計画の礎となっているのだから!」
「グゥルルッ……!」
二人の言葉に分かっているのか、禍殃の竜が獰猛な様子で唸る。リヴルは次の指示を仰ぐ為、その場で膝を折りカイザルを見やる。
「それでカイザル様。ボクは次に何をすれば宜しいでしょうか?」
「ふむ。そろそろ周辺の村落や街が壊滅した知らせが、奴等の耳にも入る頃だろう。よって、汝はラースとグラーフィが攻め込んでいる間、鳴神 宗士郎に竜人族をぶつけろ。力の配分は任せる、ただし汝が戦闘に介入する事は禁ずる。良いな」
「あいつの潜在能力を引き出す為、ですか……?」
その問いにカイザルが無言で首を縦に振る。
「やはり、ボクは納得できません! あいつの中に本当にカイザル様を超える力があるとすれば、排除すべきです! 今すぐにっ」
「ならぬ」
未だその方針に納得のいかないリヴルが声を荒げて抗議しようとした。次が無いと分かっていても、主の過ちは配下が正すべきだと信じて。だが、その思惑に反して、カイザルはリヴルの望んでいない言葉を返した。
「これは我が計画に必要な事なのだ。頭でなく心で理解しろ。我の為を思うのならばな」
「っ、解りました。カイザル様の期待にお応えします…………」
「その言葉、確かに聞いたぞ」
そう言うと、カイザルの姿はその場から消え失せた。心が読めるカイザルがこの場からいなくなった事で、リヴルの不安が自然と吐き出される。
「カイザル様が何を考えているのか……子供のボクには分かりません。カイザル様の事だ、何か崇高な考えがあるに違いないんだっ……」
疑問を払拭するように、リヴルはそう思い込んだ。
突然の事態に王国民は一拍遅れて、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
何処へ逃げれば安全か。彼等にそんな事を考える余裕などなかった。ただ、「ここに居ればいずれ死ぬかもしれない」……そんな恐怖から本能的に足を動かす事を脳が選択しているのだ。
宗士郎達がその場から逃げ出す人の波に呑まれる中、犬人族の男の肩と宗士郎の肩がぶつかった。
「何をしてるんですか!? 大使様も逃げないとっ!」
「どこへ逃げても同じだ。上のあいつをどうにかしない限りな」
宗士郎は空に目を向けた。
視界に映るのは、かつて自分を瀕死に追いやった因縁深き敵。眼前で起こった惨劇を目の当たりにすれば、どこへ逃げようとも炎に焼かれて死ぬ運命が待っている事ぐらい解る。
「俺達大使がなんとかする。あんた達は家族や友人達となるべく遠くに離れてろ、巻き添えを食うぞ」
「っ、恩着ります!」
宗士郎の纏う闘気を肌で感じ取ったその男は、できるだけ周りの人に呼びかけこの場を去っていった。入れ替えに、柚子葉が申し訳なさそうに話し掛けてくる。
「私の『索氣』がもっと遠くまで探知できたら、未然に防げたのに……ごめん、お兄ちゃん」
「誰も奴が空から襲ってくるなんて思いつきもしないだろ。今そんな事を気にするよりも奴をなんとかするぞ」
「でも、どうやって? 前に戦った時は本当にギリギリだったよ?」
「それは――」
宗士郎がその先を言いかけた時、複数の足音がやってきた。
「士郎!」
「ソウシロウ!」
「楓さん! それにティグレ達も……この状況に対処しなくていいのか?」
宗士郎達の元へやって来たのは、宗士郎のデートにこっそり付いて来ていた仲間達だった。宗士郎はこの国の危機にまずティグレへと話を振った。
「無論対処する。ラパンサには避難誘導を任せ、兵を集めるように指示を出した。それに、先にオマエ達と合流した方が良いと思ってな……オレの国や民を壊した奴の事を考えると、はらわたが煮えくり返りそうだがなッ」
人の姿をしているティグレから一瞬、獰猛な虎に見えてしまう程の怒気が放たれている。国の長としての怒りが最大限にまで高まっている証拠だ。
「だろうな。これからどうする?」
だが今はグランディア王国を治める国王として、冷静な意見が欲しい。
幸いとも云うべきか、災禍をもたらした禍殃の竜は今、空で滞空している。それが何を意味するのかは定かではないが、対策を練らせてくれるというのならば、喜んでそうさせてもらおう。
「まずは敵の数を知る必要があるな。敵が上の奴だけならば、まだ対処のしようがあるが、他にもいるとなるとかなり厄介だ」
「それならば、吾輩が探ろう」
「いや、俺がやる。万が一って事もあるからな」
茉心の提案をあえて遮り、宗士郎が闘氣法・『索氣』を開始する。
万が一とは、茉心と和心の存在が明るみに出る事だ。壁に耳あり障子に目ありという言葉もある。いつ魔人族やカイザルが神力を察知するかも分からない。彼女達神天狐の力を耳や目で感じ取れる訳でもないが、それだけ用心すべきだ。
「なっ――!?」
生命探知を初めて十秒程経った頃、感じ取った生命反応に宗士郎が驚きに顔を歪めた。
「どうした!?」
「……王都が一万以上の敵に包囲されている。恐らく魔物だろうな、物凄い数だっ……」
「バカなっ……門衛は何をしていたのだ!?」
ティグレの疑問はもっともだ。魔物が攻め込んできたというのなら、その報告が宰相のユズリに上がってきてもおかしくない。
「既に殺されてしまったか、あるいは…………まさか、あの時のあれはその報告だったのか?」
「なんの話だ?」
「襲撃される少し前、早馬が来たんだ。恐らく、それがこの事を知らせに来たんだとしたら……」
宗士郎の頭に嫌な予感が過ぎった。
「まさか、この王都だけでなく周辺の村や街も襲撃された、のか? いや考え過ぎかっ」
「ティグレは城に戻って内容を確認して次の出方を窺え! 上のドラゴンは俺達でなんとかする!」
「すまん! 頼んだぞ! すぐに応援を差し向ける!」
「いや、応援は必要ない!」
宗士郎は急いで城に走ろうとしたティグレを引き留めた。当然、ティグレは怪訝な表情を浮かべた。観光区を瞬く間に破壊し尽くした強大な敵を前に、応援は必要ないと言われたのだ。
宗士郎の決断を変だと思うのも無理はない。
「奴とは因縁があるからって理由だけじゃないが、壁の外の魔物も問題だ。それもどうにかしない限り、王国はお終いだ。だからお前は民を守る事に専念しろ」
「…………ああ」
ティグレは立ち止まって、すぐに答えを出した。
「魔神と戦う為に同盟を結んだが、今がその時のようだな。ソウシロウ、それにお前達も。この国を守る為に力を貸してくれ!」
「もちろんだ」
王としての威厳を保ちながらも、一人の人間として心の中で頭を下げたティグレがその場から急いで去っていく。
「俺達はまず、禍殃の竜をなんとかするぞ。茉心と和心はこの国の住人達と避難してくれ。もちろん、姿は隠したままでな」
「良いのか? 吾輩が本気で戦えば、あのような敵、すぐに倒す事ができるぞ?」
「私も鳴神様のお手伝いをしたいのでございます!」
「この騒ぎがカイザル等魔人族の仕業と決まった訳じゃないが、用心するに越した事はないんだ。神力は奴等に察知されるんだろう?」
宗士郎が二人の善意の気持ちを断る。
魔傑将のアルバラスが和心を神天狐の娘と呼び、狙っていた事から、恐らくカイザル自身が和心や茉心の『神天狐』としての力を欲しているのだろう。
「あのドラゴンって、前に鳴神君達が負けたくらい強いんだよね? だったら、やっぱり力を借りた方が……」
と、心配になってきたみなもがそう提案するが、
「二人の力を使うのは、あくまで最終手段にしておきましょう」
「そうだね。ここで力を借りるようじゃ、カイザルにも勝てないもんね」
「まあ、そういうこったな! 一度戦った相手だ、行動パターンは大体は覚えてるぞ!」
一度、禍殃の竜と戦っている楓と柚子葉と響が宗士郎に同調した。
「決まりだな。桜庭も腹を括れ」
「私戦って事ないんだけどっ!? もぅ……分かったっ! 王国の人達を守る為だもんね!」
最初は渋っていたみなもがだったが、すぐに諦めたように目に決意の炎を燃やし、やる気を漲らせた。
「好きにせい。和心、吾輩達は一度城に戻るぞ」
「は、はい。鳴神様! 皆様! 頑張ってください!」
「ああ!」
外套のフードを深々と被った茉心が和心の手を引き、ゆっくりと王城へと歩き出す。
「それでどうするの? 私達は空なんて飛べないわよ?」
「前みたいに地面に引きずり下ろしても、王都の被害が出るよね?」
楓と柚子葉からもっともな意見が飛び出す。前回、宗士郎達が戦った時は響の爆弾で地面に叩き落としたが、今回ばかりは無理がある。
となれば、自ずと取る方法は一つ。
「なんとかして、戦いの場所を変える必要があるな。さて、どうするか」
「今回はヘリなんてないし、爆弾の用意もしてないしなー」
何らかの方法で禍殃の竜ごと移動させ、壁の外で戦う事のみ。しかし、その肝心の方法が思い付かない。
「あ、そうだっ!」
悩んでいると、みなもが名案思い付いたとばかりに手を叩いた。
「私が神敵拒絶で動きを封じて、響君の爆弾で吹き飛ばすのはどうかな!」
「! それならいけるかもしれないわね……相手が避けない保障はないんだし」
「時間を止めるのは、楓さんの負担になるし後で必要になるかもしれないでしょ? 上に行くのは、鳴神君の! え、えーと」
「疑似空間転移、『乖在転』だな。桜庭の方法でいこう」
良い感じに説得できていたものの、肝心なところで忘れたみなもの言葉を宗士郎が継ぎ足す。
「ここで桜庭が動きを封じた後、響の力でぶっ飛ばす。後で、すぐに移動するから三人はここで待っててくれ」
「鳴神君! タイミングはどうするの?」
「俺が桜庭の側に刀を突き刺した時だ。響、行くぞ」
「おう!」
宗士郎は桜庭にタイミングを伝えると、響と共にその場から姿を消し、入れ替わった刀だけが放置される。
「さあ、私達も準備するわよ。指輪は持ってるわね?」
「もちろんっ」
楓が指輪に収納されている『戦闘服』を着用するよう促すと、瞬時に全員の私服が軍服へと替わる。
「本当に不思議な効果だね、これ」
「そんな事言ってる暇があったら、タイミングを逃さないように準備しておきなさい」
「なんだ? 今の剣は……おっと、ようやくお出ましかな。鳴神 宗士郎」
「また会ったなリヴル」
『乖在転』で上空で創生した刀と位置を入れ替えた宗士郎が、闘氣法・『瞬歩』を作った闘氣の足場の上で、黒竜の上に立つ緑髪の子供を睨み付ける。
その正体はアトラ山脈地下ダンジョンで遭遇した傲慢の魔傑将リヴルだった。
「満足してくれたかな? ボクが手掛けた舞台は」
「凄く胸糞悪いな。センスを疑う事から始めた方が良いぞ」
「言ってくれるね……これは君の為に行われた事だっていうのに」
宗士郎の皮肉に、リヴルが心底呆れたように溜息を吐く。
「お、おい。あいつ誰だよ?」
「魔傑将のリヴル。アルバラスやカイザルの仲間だ」
「いや嘘だろっ、おい!?」
リヴルの事を知らない響に正体を教えてやると、何故か動揺し始めた。そんな響に気付いたリヴルが笑顔で挨拶をしてくる。
「おや、君も鳴神 宗士郎の仲間かな? よろしくね?」
「よろしくしねぇよ!? お前もアルバラスと一緒で変態趣味の持ち主なんだろ!?」
まあ、そう思うのも無理はない。宗士郎とて、同じ意見だからだ。響が鳥肌が立った腕を高速で擦る。
「失敬だね君、あんな奴とボクを一緒にしないで欲しいな。ボクは至ってノーマルだよ」
お前も十分アブノーマルだ、という言葉を敢えて言わずに飲み込む宗士郎。本題はそこではない。
「観光区を破壊したのも、王都周辺に魔物が集まってるのも全部お前達の所為なんだな」
「まあ、カイザル様のご命令だしね」
「禍殃の竜はお前が使役してるのか?」
「……そうだよ。あの時の蟻と同じさ。もっとも、アルバラスの力とは全くの別物だけどね」
「そうか」
リヴルは少し間を空けるから答えた。これ以上、聞きたい事は何も無い。
「今こそ、あの時の借りを返させてもらうぞ」
「何を言って――これは!?」
宗士郎が下にある刀を意思で制御して地面へと突き刺した途端、禍殃の竜の周りに神々しい光の膜が出現し、その動きを封じた。
「響!」
「おうよ! 世界の果てまで吹っ飛びな!」
宗士郎が親友の名を叫んだと同時に、宗士郎の影でエネルギーを溜め込んでいた響の滅龍砲が禍殃の竜を襲った。
周囲の空気を徐々に爆弾へと変えて放つ指向性を持ったエネルギーは強大な威力と熱量を誇る。しかし、『戦闘服』で強化されたみなもの障壁が壊れる事はなく、リヴル達を王都から離し、外壁の外側へと追いやる事に成功する。
宗士郎はすぐに『乖在転』で楓達の元へと戻る。
「全員掴まれ!」
いきなり宗士郎が側に現れるなり、楓達は一斉に宗士郎の身体に抱き付いた。そして、『乖在転』ですぐに移動して外壁の真上へ。リヴル達が吹っ飛んだ方向を再度確認したのち、再び移動する。
「桜庭! 障壁解除!」
「え、あっ、うん!」
外壁の外側の地面に降り立った宗士郎が即座に指示を出す。瞬時に『戦闘服』を身に纏い、刀剣召喚で虚空から引き抜いた刀を手に一目散に駆け出す。
「はぁああああ!!」
「ガァアア!?」
一瞬の溜めの後、振るった刃から放たれる不可視の斬撃。それも二連撃。地面に落下して砂塵に包まれ、姿が見えにくい中、宗士郎の狙い通りに斬撃が命中する。
「いきなりご挨拶じゃないかっ……だけどね」
「チッ、やっぱりこうなるか……!」
目の前で起こる現象に、宗士郎は思わず舌打ちした。
砂塵が晴れていく中、宗士郎が斬り飛ばした禍殃の竜の翼は根本付近から再び生えてくる。以前戦った時と同じように。
「以前と何も変わらないね。カイザル様の言うような力が君にあるとは到底思えないね」
「当然のように受け止められると、自信なくすぞ俺は」
そして、斬撃を難なく受け止めるリヴルに宗士郎は歯嚙みした。
だが、悪い事ばかりではない。禍殃の竜が落下した影響で、落下地点にいたかなりの魔物が圧殺されている。
「あ~あ、また壊れちゃったな……」
「子供に分不相応な玩具って事だ。精神的にも、道徳的にもな」
無関心が過ぎるリヴルの反応はやはり不気味だ。だからといって、排除する敵に変わりない。
「君のその態度、気に入らないね。ボクに説教して良いのは、カイザル様ただ一人だ!! 下等種族はボクにひれ伏せば良い!!」
「ぐぅっ……またか!?」
リヴルが叫ぶと同時に、紫色の眼が妖しく光る。
その直後、宗士郎の身体を激しい倦怠感が襲った。以前とは比べ物にならない程の気怠さだが、耐えられない程でもない。
「また、ボクの力に抗えたんだ? 甚だ不本意だけど、称賛に値するよ」
「これが何の力で何をしたか知らないが、そんなもので俺をどうにかできると思ったのかっ」
「いいや、思わないよ。ボクは今、カイザル様の命令で何もできなしね」
「なに?」
禍殃の竜から降りたリヴルが宗士郎に賛辞と拍手を送る。
「そういう命令なんだよ。ボク自身、君を凄く殺してあげたいけど、カイザル様の為だ、我慢するよ。だから君達が戦うのは、ボクの玩具の中で最強のコイツだ」
「ガァアアアアアア!」
「ぐぁっ……!?」
至近距離で木霊する黒竜の咆哮。
声量を抑えているのか、最初ほどの衝撃はないものの、十分な圧を放っている。宗士郎達は頭を抱えて唸った。
「ここなら君達が十分に戦えるだろう? さあ始めようよ! 君達の絶望に歪む顔を見せておくれ!!!」
ついに始まる禍殃の竜、ディザスター・ドラゴンとの超決戦。かつて、敗北を喫した宗士郎達は果たして勝てるのか…………。
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内容的にあまり進んでなくてすみません(泣) 次回から本気で戦います! ハイ!(泣)