第十二話 魔物撃破
「ね、ねえ? 冗談、だよね。鳴神君……?」
「俺が冗談を言う奴に見えるか?」
みなもはふるふると顔を横に振って、否定する。
宗士郎は戦闘中だというのに空を見上げて、寂しそうな横顔をみなもに見せる。
いや、見せてしまったと言った方が正しいだろう。
「大切な誰かが危険な目にあって、何もできないことに後悔するはずだ。後悔が自分を負の連鎖に縛り付ける。俺がそうだった。十年前の地震で俺は母さんを亡くした。大切な人を亡くして、初めて気がついた。胸の奥に刺さる孤独に、喪失感に……」
みなもが息を飲んだのがわかった。
十年前の『日ノ本大地震』は異能に目覚めた子供達や魔物、異種族の発見がメディアに大変注目されていた。だがそのような事があった裏側には、大勢の死者が出ていた事のも確かだった。
宗士郎は大切な何かを伝えようとして、無意識にその話題を出したのだろう。わざわざ亡くなった母親の話を引き合いに出すくらいだ。よほど重要な話だということは想像に難くない
「桜庭は自分の両親のことが好きか?」
「う、うん……大好きだよ、私の大切な家族だからね」
「その家族が自分の力が足りなかったがために、死んでしまったとしたら?」
「……っ!?」
空虚な、それでいて鷹を射殺すような視線を向けられ、みなもは想像してしまった。
〝家族が魔物に殺される光景を〟
そして理解した。ゾッとするほどの恐怖に縛られ、どれほどその光景が悲惨で、不愉快で、自らの心を抉るのかを……
(いや……嫌だよっ。胸が……痛いっ……胸が張り裂けそうっ……! お父さんとお母さんがいなくなるなんて、私には耐えられないッ……!)
みなもは心臓を握りつぶすように、胸を強く押さえる。
「心の大半を喪失感で満たされる――そんなの嫌だろ? 自分の異能が戦闘向きじゃなかったから。自分に力がなかったから。あのとき、自分が戦えていたら……って。俺は大切なものを守るために、もう一度立ち上がった。誰かを守れなかった悲しい思いを……桜庭にして欲しくない。だから……俺にできることをしたい」
「そう、だよね……いざという時、守るための手段がなかったから。そうやって自分に言い訳をしたら……私は守れなかったことを一生後悔する。だから、教えて!感覚拡張を! 戦う方法を!!」
宗士郎は地震があったあの日、母親の薫子を助けられなかったことを後悔していた。あのときは柚子葉に弱いところを見せまいと強気でいたが、夜寝るときはいつも一人で泣いていた。
薫子の葬式が終わって、気持ちの整理がつくと、宗士郎は今より強くなる決心をした。誰か守るためには力がいる。
そして大切な誰かを傷つけるもの、貶めるもの、自分の欲を満たすためだけ利用するものは、誰であろうと敵だ。それがたとえ同郷の人間でも。異界の魔物、亜人族でも。神であってもだ。
みなもは瞳の奥に宿る宗士郎の静かに燃える決意の炎を垣間見た気がした。そして、みなももまた、宗士郎と同じく固く決意をした。
大切な誰かを傷つける奴は許さない、と――
「よし、なら始めるか。柚子葉、響! 疲れてると思うけど、一分でいい。足止めを頼む!」
「うん、わかった!」
「疲れてるけどっ! 任せとけ!」
宗士郎が説明をしている間、エルードに程々にダメージを与えていた柚子葉と響が元気よく言葉を返す。
「楓さんも、よろしくね」
「わかってるわよ。私としても、そんな後悔はして欲しくないしね」
楓が右手を構えて、いつでも支援できるようにする。
「じゃあ、教えるぞ。昼前にも話したけど、感覚拡張っていうのは自らの異能の可能性を広げた結果に生まれる技術のことだ。桜庭の場合は光の盾だ。〝盾とはどんなものなのか?〟〝ただ守るだけなのか?〟〝本当に攻撃はできないのか?〟とイメージを広げていく。何が可能なのかをどんどん模索するんだ。失敗することは考えるな、俺がフォローする! 桜庭のイメージがそのまま力になる、可能性を広げろ! それが感覚拡張ができるようになるトリガーになるッ!」
みなもが多少長かった説明を噛み砕き、自らの糧としていく。
(神敵拒絶は光の盾を作り出す異能。誰かを守るために盾として、壁としての機能しか考えなかった。それはなぜ? 私が盾を作り出す異能だと思い込んでいたから! なら、盾は何枚出せる? 元は光の盾……盾同士を透過させることはできるんじゃあ? 私の都合の良いように、敵だけに接触する壁を――)
イメージを膨らませて、頭で完成図を創り上げていく。異能の可能性を広げる事自体初めてなので、上手くいくかはわからない。それでもみなもは自分だけの技を編み出す。
(形状を変えることはまだできなくても、あのカタチでエルードを囲むことができれば、倒すことができる!)
鬼気迫る集中力で、みなもは新たな戦う術を編み出す。それは近くにいた宗士郎や楓が思わず驚くほどの極限の集中だった。
「柚子葉ちゃん、沢渡君! 離れてくださいッ!」
みなもの声に反応し、二人が素早くエルードから距離を取る。
みなもがバッ! と右手を突き出すと同時に、
「神敵拒絶ッ!」
と言い放ち、エルードの前方に光の盾を斜めに展開し、それをエルードが吹き飛ぶであろうスピードで、エルードに向けて飛ばす!
「グワァンッ!?」
神敵拒絶に接触し弾かれたエルードは、再び展開された光の盾にさらに上に弾かれる。
そして、宗士郎達から三十メートル離れた場所まで来ると、みなもは新たに光の盾を展開しエルードを真下に弾き落とすと同時に作った、上面だけ開けた光の盾で形成した立方体の箱を落下先に展開する。
光盾の箱に入ったエルードが逃げ出す前に真上に作り上げた盾をみなもが右手で操るように真下に落とし、箱に蓋をした。
「これで終わり……なのか?」
「まだです。これでっ、終わり!」
響の疑問に答えるように、みなもがまるで林檎を握りつぶすかのように拳を作ると――
「グワァッ!? グモァッ、グワァァン!?」
握りつぶす動作と呼応するように、光盾で形成された箱がエルードを押し潰さんと圧縮していく。全身のありとあらゆる骨が折れ曲がっては、粉々に砕いていき、エルードの身体から血が噴水のように湧き出る。
「グワッ……ン!? ………ッ!!?」
全身の五分の一ほどに圧縮されたエルードは声にもならない悲鳴を上げ、やがて息絶えた。
みなもが静かに神敵拒絶を解くと、圧縮されたエルードの身体が地面に軋む音を響かせながら叩きつけられた。
「はぁ……はぁっ! ……っ! 」
極度の集中により、みなもの脳と身体はかなり疲弊していたが、みなもは立ち続ける。まるで「自分の勝ちだ」と言わんばかりに誇らしげな顔をしていた。
「えげつない倒し方だな……ははっ! まだ練習がいるが感覚拡張ができてたぞ、良くやったな桜庭」
「うん……ありがと。私、疲れたよ――」
静かに前に倒れ込もうとするみなもを地面にキスするよりも速く、宗士郎が正面からキャッチする。
「頑張ったな。今はおやすみ」
宗士郎がそう言うと、みなもは静かな寝息を立てて寝始めた。
「全く、俺の出番がエルードの注意を引いただけなんて、マタドールじゃあるまいし。でもまぁ、これで良かったのかもしれないな」
「注意を引いてあげたのは、みなもの為だったくせに」
宗士郎は一瞬だけ闘牛の注意を引く人の事を思い浮かべたが、すぐに頭を振って霧散させた。だが、みなもの為だった――というのもあながち間違いではない。みなもがエルードとの戦闘で自分に何ができるのかを理解してくれたことに満足感を覚えていたからだ。
楓が宗士郎に抱き抱えられているみなもの薄紫色の髪をさらさらと撫でる。
「お〜い、宗士郎。エルード、どうする? 魔石だけ剥ぎ取って、あとは処分するか?」
「ああ、剥ぎ取ってくれ。といっても、桜庭の攻撃で魔石が粉々になってるかもしれないけどな」
「了解っと」
響がエルードの身体から魔石を取るかどうかを確認してくる。
魔石というのはエネルギーであるクオリアが込められた感覚結晶と違って、魔力が込められた鉱石のことである。
感覚結晶には『クオリア』と名付けられたエネルギーがあり様々な活用方法があるが、逆に魔石に内在する物が何のエネルギーか分からず、魔物が持つものとして科学者の間では、名義的に〝魔力〟という名で呼ばれている。
魔石が見つかって既に五年以上は経っているが、未だに活用方法がわからない。だが、一応回収しておいて、いざ使い道がわかれば貯めておいた分の魔石を使って研究すればいいだけということなので、宗吉に頼まれ毎度回収している。
「兄さん――いつまで抱えてるんですか……?」
「ひっ!?」
地獄の底から這い上がってくるような声色に、宗士郎の背筋に冷や汗が滑り落ちる。
倒れそうになるみなもを咄嗟に受け止めたのは良かったが、いかんせん接触している所が悪かった。正面から受け止めたので、宗士郎の身体で支える形になっており、密着している部分から女の子特有の柔らかな感触がひしひしと伝わってくる。
慌てて楓にみなもを預けて、宗士郎は直立不動の姿勢になると、柚子葉に弁明の言葉を身振り手振りしながら並べ上げた。
「ゆ、柚子葉? これはだな、下心があったわけじゃなくてだな……! 確かに〝柔らかい〟とか! 〝いい匂いが……〟とか不覚にも思ったけど!! 不可抗力だと思うんだ!?」
「ふ〜ん……じゃあそういうことにしてあげます」
た、助かった……と息を吐いていると、すぐ側で楓が腹を抱えて大笑いしていた。
(っのやろ……っ! 何がそんなに面白いんだ!? 多分家に泊まるだろうし、枕元に裸体筋肉ダルマの身体と宗吉さんヘッドをコラージュした写真を大量の仕込んでやるっ……!)
「ぷっ! と、ところで、士郎。エルードはどうするのよ?」
未だに笑っている楓にイラッときたが、我慢する。
「いつも通り、宗吉さんに頼むよ。死人は出なかったし、街の修繕も兼ねてお願いする」
宗士郎はポケットからスマホを出すと、電話を掛けようとしてやめた。やはりここはメールにしておくべきだ。
電話を掛けたら、〝楓と結婚をするまでが、電話だよ?〟という遠足に引率する教師が言うお約束的なアレで宗吉に長話されるのが目に見えているのだ。
宗士郎は素早く指を動かし、今回のエルード襲撃に対する報告書、修繕と魔物の回収をお願いする件を手短にまとめてメールを送る。
早急に詳細な報告書を作成し、送らなければいけないのだが、この場を早く離れなければ、この後に来る修繕と回収をする業者の邪魔になる。なので、かなり簡略化したものを送り、素早くこの場を去ろうと考えた。
「じゃあ、帰るか」
宗士郎がそう言うと、寝ている柚子葉を除いて他の三人が返事をして鳴神家に向かうのだった。