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第二十二話 デートの幕引き

待たせてしまい、申し訳ありません! お楽しみに!

 




「お兄ちゃ~ん、待った?」

「いや全然。行くか」


 楓と別れて、数分後。


 先の二人と同じように私服を着た柚子葉が宗士郎の肩を叩いた。宗士郎はそのまま柚子葉と歩き出す。


「さっきは大変だったね。疲れた顔してるよ?」

「そりゃそうだろ……二人からキスされるわ、楓さんに揶揄(からか)われるわで、もう何がなんだが」


 宗士郎はゲッソリ顔で言葉を返す。


 側から見れば、宗士郎とみなもと楓の関係はまさに修羅場そのもの。その中心ともなれば、心身の疲労は計り知れないものがあるだろう。


「今頃、二人はいがみ合ってるだろうな……」

「んー、キャットファイトくらいはしてるかも。というか、してた。お兄ちゃんの唇を奪ったとか、私は舌を入れたとか言ってたし」

「マジか……俺帰ったら殺されるかもしれん」

「そうだね……二人の好意を分かってあやふやにしてるんだから、それくらいの罰はあって良い筈だよ?」

「なんっという理不尽っ……じゃないか、俺が招いた結果だからな」


 大袈裟に絶望してみて、しかし反省する宗士郎。楓に関しては言うまでもないが、みなもの好意にも『異界(イミタティオ)』に来る前から察しは付いていた。ただ、それに対して自分の気持ちを伝えてないなど不誠実にも程がある。


「分かってるなら妹としては、これ以上何も言わないよ。戦いが終わるまでどれくらいの時間が掛かるか解らないけど、早めに答えを出すようにね?」

「善処する……」

「雛璃ちゃんの事もね?」

「重々承知してるつもりだよ」


 今まで様々な苦労を掛けてきた柚子葉には、頭が上がらない。今は現世にいない後輩の話題も出され、宗士郎は苦々しく頷いた。


 それを見るや、柚子葉が宗士郎の前方に回り込み、これ見よがしに今着ている服を強調するポーズを取る。


「はい。なら、この話はこれでお仕舞い。それより、私に言わなくちゃいけない定番の台詞はまだなの? お兄ちゃん」

「ああ、服の事か」



 柚子葉が着ているのは、楓やみなもの気合の入った格好とは裏腹にカジュアルなものだった。


 下ろしていた茶髪はローツインテールに。オフショルダーのボーダー柄Tシャツにショートパンツを履いており、肩にサスペンダーをかけた姿が胸を強調していて、少し目が行きそうになる。


「我が妹ながら可愛いぞ、良く似合ってる」

「えへへ」


 勿論、妹に欲情などしない宗士郎は褒めると同時に慣れた手付きで柚子葉の頭を軽く撫でた。はにかみながら喜ぶ姿を見たのは、随分と久しぶりのように感じる。


「こんな機会を作ってくれた桜庭には感謝しないとな」

「みなもちゃんに? なんのこと?」

「いやなんでもない。さ、どこに行く? 王都の店の配置は大体頭に入ってるから、行きたい場所があるなら連れてくぞ」


 柚子葉は少し考える素振りを見せて、


「行きたい所は昨日、楓さん達と回ったから別に良いかな……今日はこの街をお兄ちゃんと練り歩いてみたい」


 控えな願いを宗士郎に伝えた。


 思いがけない要望に、宗士郎は唖然とする。


「……本当にそれで良いのか? 遠慮する必要はないんだぞ」

「……? 遠慮なんかしてないよ、私は。買い物とかするより、今はただお兄ちゃんと日常を過ごしたいだけなんだから」

「そこまで言うなら分かった。何も考えず、適当にぶらつくか」


 普段ならば甘えてくる状況で、柚子葉は甘えてはこなかった。宗士郎は深く追求するのは止め、ごく自然に妹の手を握り、歩き出した。


 何の変哲もない、ただの兄妹の触れ合いが街の景観に溶け込むかのように。


 昼時をとっくに過ぎ、街中を無邪気な子供達が駆けては元気にはしゃぐ。異種族とはいえ、そこは地球に生きる人と変わりない。


 そんな姿を見て、宗士郎は異能力を得る前の自分達と子供達を重ねてしまう。


「もう何年もしてないな……何も考えず遊ぶ事なんて」

「そんな生き方とはもう縁がないのかもね。私達」


 宗士郎と同じように平和だった過去の日常を思い出しているのだろう。苦々しく漏らした言葉からは諦めの念が十二分に込められていた。


「カイザルを倒して魔物の脅威もなくなれば、また戻れるだろ?」

「……お兄ちゃんは凄いね。固い信念を掲げて、目的の為に真っ直ぐなんだもん。不安や心配事とは無縁なのかも」

「いや、不安だぞ? カイザルに勝てる見込みが今のところ全くない」


 それどころか、宗士郎はカイザルの前に立つ事も少し恐い。だが、そんな不安を見せないように平静を装いながら言葉を続ける。


「でも、皆との日常を守る為だからな。その為なら、俺はどこまでも頑張れるんだ」

「やっぱり凄いね、お兄ちゃんは。私も頑張らないと」

「俺の妹なら大丈夫だ」


 そうして、しばらく歩いている内に人の喧騒は鳴りを潜め、静かな場所へと出た。


「ここは中央区か……結構話し込んでたみたいだな」

「あ、ねえあれ教会だよね?」


 宗士郎が柚子葉の指差す方角を見やると、そこには草木が茂る敷地に佇む大きな建物があった。日本にいた頃にも数度見かけた事があるが、それと似たような外観をしていた。


 少し立ち寄ってみると、柚子葉が興味を示し出す。


「中に入ってみるか?」

「うん、ちょっと覗いてこ」


 宗士郎は教会のドアを押して開けた。ドアを開けた瞬間、どこか神聖な空気が身体に取り巻いた気がした。


「あら? 祈りを捧げにきたのですか、大使様」

「あー、まあそんな所だ。シェーラ教に入ってる訳でもないが、良いか?」

「ええ、勿論。お好きなように」


 この教会のシスターだろう。入ってきた宗士郎達を見るなり、猫人族の女性が聖典らしき書物片手に出迎えてくれる。


 ベンチが二列、五つずつ並んでおり、王国民もちらほら見受けられ、その全てが瞑目し祈りを捧げている。


「なんだか心が洗われるような気がする」

「だな」

「何でしたら入信してみます? 今なら聖典と聖水が――」

「いえ結構です」


 シスターの押し売り勧誘してきそうだったので、宗士郎は即断った。すると、シスターは目尻に大粒の涙を浮かべ始める。


「ウルウルっ……」

「ウルウル涙浮かべても駄目だ」

「大使様のあんぽんたん」

「聖職者が人を馬鹿にしていいのかよ……」


 初対面の人間に毒を吐くシスターを遠くに追いやると、柚子葉が何か言いたそうな目でこちらを見ている事に気付く。


「邪険にしたらダメだよお兄ちゃん。可哀想だし」

「あのままだと興味のない宗教に入信するところだっただろうが」

「それもそうだね」


 宗士郎が他の信者に気付かれないよう小声で諭すと、柚子葉があっさりと引き下がった。やはり何かおかしい。何か他に話したい事があるような、そんな気がしてならない。


「なあ、もしかして甘えたいの我慢してないか」

「そんな事ないもん」

「目を逸らすな、膨れてるからまるわかりだぞ」


 少し追求してみると、分かりやすく反応を見せる柚子葉。そして、少し間を置いてから柚子葉がポツリと言葉を漏らす。


「心配だったんだからね……こっちに来てすぐお兄ちゃんはいなくなるし、茉心さんが食糧持ってたから、お腹空いて苦しい思いしてないかって…………」

「それは前に話したろ? 色々あったって……いや、今はそんな事はどうでもいいか。心配かけて悪かったな、柚子葉」

「っ、ん……」


 柚子葉が宗士郎の肩に頭を預けてくる。触れた部分から伝わる震えが、今までかなりの心配を掛けていた事を表していた。柚子葉の頭を撫でながら謝ると、掠れた声で返事が返ってきた。


「あのぅー大使様ぁ? ここは恋人と甘いひと時を過ごす場所じゃないのですが…………」

「へぇあ!? ち、ちち違いますよ!? この人は私の兄ですっ」


 そのまましばらく撫でていると、シスターが笑いを隠しもせずにからかってきた。祈りも捧げるでもなく、聖典を眺めるでもなく、親しい間柄の人がくっつきもすれば、そういう指摘をされるのも当然だろう。


「あっはっはー、知ってます。ちょっとした仕返しですっ、驚きましたか?」

「…………」

「柚子葉!? 雷撃は不味いっ、だからその怒りを鎮めろ!? おい、シスターさん! あのステンドグラスの人の絵はなんなんだ!?」


 シスターが照れ隠し代わりに舌を少し出すと、柚子葉が手元に電気を集束させていた。話をすり替えるべく、宗士郎は先程から気になっていたステンドグラスの話を持ち掛ける事に。


「ああっ、あれはシェーラ様を模した描いたものですよ。この教会の奥に像があるでしょう? あれがシェーラ様です」


 なんとか話を逸らす事に成功した宗士郎はシスターの視線を辿って、奥の像を見る。翼を生やした女性が胸元で何かを包み込むように抱き留めている。


「ら、らしいぞ? 柚子葉っ、俺達も祈りを捧げてみないか?」

「…………兄さんがそう言うなら」


 すっかり拗ねてしまった柚子葉は宗士郎の呼称を久々に戻してしまい、ベンチに腰掛けて目を閉じた。それに続き、宗士郎はシスターを軽く睨み付けた後、柚子葉の隣に座って目を閉じる。


「(――俺達の平穏がいつか必ず戻ってきますように)」


 地球の神アリスティア達とはまた別の神様だが、そう祈らざるを得なかった。柚子葉が漏らした言葉を聞いた後だと余計に。


「さ、そろそろ出るか」

「うん、そうだね」


 宗士郎と柚子葉は腰を上げた。ステンドグラスから差し込む日光に眩しさを覚えた次の瞬間、


「――」


 何かがステンドグラスの外を横切っていった。


「なんだ……? あの黒い影は」

「私も見えた。なんなんだろうね」


 ステンドグラス越しだと明確な事は言えないが、曇が太陽を遮ったようには見えなかった。横切るスピードが速過ぎる。


「まさか、魔人族が潜入してきてるのか……?」

「お兄ちゃん、とりあえず外に出てみよう!」

「魔人族ですか!? それは一体どういう――!」


 シスターの制止を振り切り、教会の外へ駆け出る。そして、すぐさま教会の屋根を見た。


「……いない?」

「お兄ちゃん! 一応、『索氣』で周囲を探ったけど、急速に離れる人や変な生命反応はなかったよ!」

「そうか、気のせいなら良いんだ」


 気を張っていた宗士郎は安堵して息を吐き出した。


「一体、なんだったんだろうな」

「案外、魔物だったりしてね」

「だったら斬るまでだ…………さてと、すっかり気を削がれたけど、デートの続きをするかっ」

「うん!」


 元気よく返事した柚子葉の手を握り、宗士郎は来た道を引き返していく。柚子葉が遠慮していた原因は先程解消したからだ。気分転換に近場の喫茶店にでも入ろうと大通りに出た。


「すまん! 道を空けてくれッ!!」

「うわっ!?」


 その瞬間、大通りの真ん中を馬に騎乗した騎士が叫びながら通り過ぎていった。


「危ない奴だな……大丈夫か?」

「う、うん……あの人、随分慌ててたね。何かあったのかな?」

「書状を握りながら手綱を持ってたから、恐らく早馬だと思うが…………」


 先程通り過ぎた騎士はかなり切迫していた。馬の速度も速かった上、注意を促す行動も宗士郎達の直前に来てからだった。人が走る速度にまで落とせば、より遠くからできた筈だ。


「何かあったのかも……お兄ちゃん、デートを中止してお城に戻ろう」

「かなり中途半端だが、仕方ないな。柚子葉、俺に掴まれ。一気に『乖在転』で飛ぶ」


 そうして宗士郎が柚子葉の手を握った刹那だった。


「――グガァアアアアアアッ!!!」


 何らかの絶叫――否、凄まじい咆哮が雲上より木霊した。


 大音声の咆哮は宗士郎達や近くにいた王国民などの鼓膜を刺激。鳴り響き終わった頃には、頭が攪拌(かくはん)されたかのような頭痛を覚えていた。


「ぐっ、ぁぁ……!? この、声はっ……!」


 宗士郎はこの声に聞き覚えがあった。聴覚や頭でなく、()()()()()()()()()()()()()()


 まさか、まさかと思いつつも嫌な予感が絶えずする。冷や汗が止まらず、胸の鼓動は警鐘を鳴らし、宗士郎のかつての記憶を激しく呼び覚ます。


「まさ、か……ッ」


 ――居る筈がない?


 そんな筈はない。何故なら()()、元々『異界(イミタティオ)』から流入してきた者なのだから。脳裏を掠めた思考が逆にその存在を肯定する。


「――まさかッ!」


 嫌な予感を否定したいと思いつつも、宗士郎が雲に覆われた大空を見上げた直後、薄暗かった雲が更に暗くなった。


 暗さは更に増していき、途端真っ黒に染まった。いや、そうではない。漆黒に染まる何かが、雲を突き抜けて落下してきていた。


 そしてそれは、刻一刻と王都へと降り注ぎ――


 ついに……最悪の事態が訪れた。


 ゴォオオオオオオオオンッ!!!


 観光区の方角に落下したそれは、轟音と共に激しい爆発起こし、凄まじい熱気と衝撃波を撒き散らす。暗黒色の火花が大気を汚染するかのように舞い、王都を悲惨さで染め上げていた。


「う、噓……」


 誰かが漏らした。


 観光区のあった場所は最初から何もなかったかのように、大きく深いクレーターを残して塵となっていたのだから。観光区から少し離れている中央区でも解る惨状が、その凄惨さを物語っていた。


「奴だッ……こんな事をできるのは、奴しかいないッ……」

「お兄ちゃんっ、それってまさかっ!」


 柚子葉もこの惨状と宗士郎の悲痛な顔を見て察したのだろう。宗士郎はその答えを絞り出すように漏らし始める。


「ただ一つの闇炎(あんえん)で生きる者全てを焼き尽くし、己の存在を象徴するかのような禍々しい姿っ、そいつの名前は――――!」


 大空に飛翔する漆黒の存在を視認した宗士郎が確かな敵意と畏怖を込めて、その名を叫んだ。


禍殃(かおう)の竜――ディザスター・ドラゴンッ……!」





柚子葉とのデート幕を引いた漆黒の劫火。それは、かつて宗士郎達が何度もその目で確かめ、人々の脳に恐ろしい記憶を植え付けた存在――ディザスター・ドラゴンが放ったものだった。



「面白い!」「続きが気になる!」と思って頂けたなら、ブックマークや【☆☆☆☆☆】の評価欄から応援して頂けると励みになります!! 感想・誤字・脱字などがございましたら、ページ下部からお願いします!


ここから三章終わりまで、ノンストップで戦闘が繰り広げられます!! お楽しみに!

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